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第11話 先送りにした結果がコレだよ





「ところで、この方たちは何の目的で集められたのでしょうか?」


 唐突に、そして今更になって、リィズリースは問いかけた。


 視線の先には、制服姿の二人。


 ――ああ、この人はきっと、今の状況を何もわかっていないんだ。


 ロングヘアの子は、ピントのずれた発言に唇を噛む。


 ――だってこんなの、言われなくたって……。


「あ? そりゃお前、売るために決まってんだろ」


 それでも、カスの何気ない一言は、制服の子ら二人をさらに揺さぶった。


 横たわる亜人の子は鋭く睨みつけ、ロングヘアの子は泣きそうになるのを必死にこらえる。


 だが、リィズリースはまるで他人ごとのように淡々と受け止めていた。


「まあ、そうなのですか? では、この方たちにも値段がつくのですね」


 言いながら、じっと制服の二人を観察する。


「いったいお二人は、どれくらいの値段になるのでしょう?」


 無邪気な瞳。純粋すぎる疑問。

 ロングヘアの子は、ついにリィズリースの正気を疑った。


 しかし、その質問はカスのテンションを上げたようだ。カスは喜々として、都合のいい願望を語り始める。


「いくらだろうなあ。三百万エンくらいにはなンのかなあ」


「それはお高いのですか?」


「そりゃ高いだろ。だって百万の三倍だぜ?」


 カスは独特の論理でそう評価する。




 実際この、三百万エンという金額は高いとも安いとも言えた。


 百万エンあれば中古の、最低限走る車が買える。

 三百万エンあれば、一年くらいは普通に生活できるだろう。


 だが、人一人の値段と考えれば、あまりに安すぎる。


 もっとも――現実には、三百万どころか百万ですら売れるか怪しいのだが。


 普通、どこの誰とも知れない女を、その身柄ごと買おうなどという奴は、その女の「稼ぎ」を当てにしている。

 そして「稼ぎ」の相場は決まっており、買い手はさっさと回収したいのが本音だ。


 必然、出せる額も限られてくる。




 そんな現実をつゆしらず、カスは楽しげに皮算用を続けた。


「そうだ、五百万エン超えたらいい車かってよぉー。へへ、そしたらお前らにもアイス奢ってやンよ」


「まあ、お優しいのですね」


 リィズリースは、本心からそう返した。


「だろ? わかってんじゃン」


 二人は笑いあっていた。


 黙って聞いていればよかったのに――


 狂気の会話に耐えられなくなったロングヘアの子は、ついに声を上げてしまった。


「あ、ああああ……! あ、あなた、だって……! う、売られるん、です、よっ……!」


 その言葉が、リィズリースの興味を引いた。


 リィズリースはロングヘアの子の方へ振り返り、じっと瞳を覗き込む。


「私は売れないと言われました」


「え、えっ?」


「私は売れるんでしょうか?」


「……えっ……あ…………し、しり……」


 リィズリースは、ただ静かに、まっすぐに見つめ続けた。


「ははは! ぜーんぜん売れるって! そりゃお前、ただの嫉妬じゃン?」


 カスが豪快に笑いながら、二人の会話に割り込む。


「まあ、そうなのですか?」


 リィズリースは、カスの方へくるりと振り返り、確認するように尋ねた。


「そうそう」


「なるほど、そうだったんですね」


 再びにこやかに笑い合う二人を見て、ロングヘアの子は確信した。


 きっと、自分の方がおかしくなってしまったのだ。




 その時――


 地獄の底から鳴り響くような低いうなり声が、さらに奥から聞こえてきた。


 ロングヘアの子は、びくりと体を震わせる。しかし、カスは平然と振り返り、頭を掻いた。


「――っと。そろそろポチにもご飯やらねえとなあ。お前らもいい子にしてろよ?」


 うなり声に促されるようにして、カスは部屋を後にする。


 扉が閉まる。


 そして、そこには三人の「売りモノ」だけが残された。


 沈黙が広がる。


 やがて――


「……なあ……」


 亜人の子が、息も絶え絶えに声を上げた。


「ちょ、っと……いい、か……?」




 ◇




 ホンゴウビル。


 扉と言う扉が開け放たれたビルの廊下で、ホカゼはイヒトにしがみつき、泣きそうな顔で謝っていた。


「ごめ、ごめんなさいっ……! 私のせいだ……私が連れ出して、一人になんかさせたから……っ!」


 ビルの中は無惨だった。


 空き部屋も、イヒトの部屋も、ホカゼたちの暮らす二階も、店舗の倉庫も――すべてがめちゃくちゃに荒らされ、床には物が散乱している。


 二人が、消えたリィズリースを必死に探しまわった結果だった。


「ホカゼ、落ち着け!」


 イヒトは肩を掴み、取り乱すホカゼを必死に宥めようとする。


 だが、ホカゼは震える声で言う。


「で、でも……さ、さらわれちゃったかも……!」


「お前は悪くない。俺が言わなかったせいだ」


 その言葉を口にした瞬間、イヒト自身もまた動揺していた。


 なぜなら、まったくその通りでしかないからだ。


 リィズリースが普通ではないとわかっていて、なぜ隠そうと思ったのか。なぜ、「後で話せばいい」と先送りにしてしまったのか。


 ホカゼたちを信じきれなかった自分が、今になってひどく愚かに思える。


 だが、後悔している暇はない。

 今は、とにかくリィズリースを見つけ出すのが先決だ。


「さ、探しに行かなきゃ……!」


 ホカゼが外に駆け出そうとするのを、イヒトは腕をつかんで引き止めた。


「なんで!」


「もう時間も遅い。お前まで危ないだろ」


「でも……!」


「通報だってしたんだ。そのうち見つかる。ちったぁ警察を信用してやれ」


 一瞬ホカゼは怒鳴りそうになった。無責任で勝手なことばっかり言って――と。


 けれど、ホカゼはその言葉を飲み込む。イヒトの顔が、まだあきらめていなかったからだ。


「……イヒトさんは、どうするの?」


 イヒトは懐から印器(スタンパー)を取り出した。


「『失せもの探し』の人造印だ」


「失せものって……そんなことできる印があるの?」


 ホカゼは怪訝な顔で印器を見つめる。


 人造印は、確かに「魔法のようなもの」だと言われる。


 しかし、そのほとんどは、少し力が増したり、体が丈夫になる程度のものでしかない。


「失せもの探し」なんて、まるで本当の魔法のような能力――ホカゼは、そんなものがあるなんて聞いたこともなかった。


 だが、イヒトは肩をすくめて答える。


「そりゃあるだろ。なんせ人造()()だぜ?」


 ホカゼは、ますます眉をひそめた。




 時は、三次大戦末期。


 人類の滅亡一歩手前に突如として現れた、「聖なる刻印」を宿す者たち。

 彼らは聖印保持者と呼ばれ、数多の奇跡を起こし、世界を救った。


 その聖印を人工的に再現したものこそが、人造印――すなわち、人造聖印であった。


 つまり、世に広まる刻印技術の大本は、聖印という奇跡の力なのだ。

 ならば、人造印が人知を超えた力を発揮しても不思議ではない。


 イヒトはそう主張しているのだった。




「それは……知ってるけど」


 ホカゼはまだ半信半疑の表情を浮かべるが、


「大丈夫だ。高かったんだぜ」


 イヒトが軽く冗談めかして言うと、ホカゼもようやく少し納得したようだった。


 イヒトは裏口へ向かい、扉を開けて外へ出る。

 春も半ばを過ぎたというのに、夜風はまだ冷たかった。


「……ま、方角くらいなら平気だろ」


 小さく呟いたイヒトは、印器を手の甲に押し当てた。

 その瞬間、体がビクンと震える。


「い、イヒトさん?」


 ホカゼが心配そうに声をかけるが、イヒトはすぐに顔を上げ、笑顔を見せた。


「っ……大丈夫だ」


 印器を離したイヒトの手の甲には、赤黒く染まった矢印が浮かび上がっていた。


「あっちだな……ホカゼは家で待ってろ。すぐ連れ帰ってくるからよ」


 イヒトは矢印の指す方角を見つめる。

 だが、そこあるのはただの民家の塀しかない。


「じゃ、行ってくる」


 そう言い残し、イヒトは勢いよく駆け出した。


「ちょ、イヒトさん!?」


 ホカゼが驚き、慌てて引き留めようとする。しかし、イヒトはそのまま塀を軽々と乗り越え、迷いなく突き進んでいく。


 やがてホカゼの視界から消えると、イヒトの動きが一瞬ぎこちなくなった。


 苦しげに胸を押さえる。


「……ペッ! あんなポンコツ人形相手だってのに、まあまあキツイじゃねえか」


 吐き捨てるように呟き、イヒトは口の端を拭う。


 そこには、赤く染まった唾が滲んでいた。




 イヒトは走った。


 夜の小秋市を、ひたすら真っすぐに。

 街路を横切り、民家の間をすり抜ける。


 途中、暖かい光の灯る家々の中を突っ切り、屋根の上を駆け抜けて、驚いた住人たちの怒鳴り声を背に「スマン!」とひとこと謝りながら。


 一度も立ち止まることなく突き進んだ。

 闇の中、響くのは足音だけ


 イヒトは都市の境界を越え、いつの間にか市外へ出ていた。


 ――方角がズレたか?


 不安がよぎる。


 再び「失せもの探し」をしなければならないかと、イヒトは顔をしかめた。


 だが、もう一度となると――


 思考を巡らせていると、視界の先に廃工場が見えた。

 外壁は崩れかけ、瓦礫が散乱している。


 だが、建物自体は意外としっかりしており、よく見ると、出入り口という出入り口は、すべてシャッターで厳重に閉ざされていた。


 まるで、ここには大事なものがある――とでも言わんばかりの防備だ。

 イヒトは立ち眩みをこらえ、軽く息を整える。


 工場の裏に回ると、ひとつだけドアがあった。

 その周囲の土は踏み固められ、まだ真新しい足跡が残っている。


 ――人の出入りがあるな。


 誰かいるからといってリィズリースと関係があるかはわからないのだが――まあいい。

 間違っていたら仕方ない。ごめんで済むだろう。


 イヒトは掌を拳で叩き、()()()()()()()()()()


 勢いよくドアノブをひねると、バキッと激しい音を立ててドアが壊れた。




以下はキャラクターの参考画像です。




・ロングヘアの子

挿絵(By みてみん)


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