少しの成長
「うう〜ん〜……」
地べたで腕を枕に寝ていたが、まつ毛を何かがカサカサと擦るので、気になって目を覚ますと、クロリスが僕の顔をベッドにして寝ていた。カサカサ動いていたのは、クロリスの羽根だった。聞こえる寝息とともに動いているので、こう言うものなんだろう。
だが、一度はっきり目を覚ますと、頭が冴えてしまい、二度寝をする気にならない。僕は頬の上で寝ているクロリスをむんずと掴み、「ぐえっ」とジタバタするクロリスとともに起床する。
「何するのよ!」
僕の周りをプンスカ怒りながら回るクロリスを、ちょっとウザいと思いながら腹を擦る。昨日? の食事だけじゃあと、一晩寝た僕の腹の虫が鳴き声を晒す。
「人間って、効率の悪い生き物よねえ」
そう言うクロリスは、昨日の密団子の残りを食べている。あの団子1つで、僕より出力が上なんだから、クロリスから見たら、確かに僕は非効率な生き物に見えるのだろう。
「はい」
そんな僕を見兼ねて、クロリスがギリーパンサーの肉を出してくれた。これかあ。と思わずジト目になってしまう。
僕の余りにあからさまな態度に、溜息を吐きながら、更に毒草と『高位水生成』でコップに純清水を出してくれた。
「ありがとうごぜえます」
折角の女帝様の温情だ。ありがたく頂くとしよう。純清水の入ったコップで毒草を軽くすすぐと、聞いていた通り、それだけで毒草の毒素が純清水へ移った。僕の昨日の苦労は……。と思っても言わない。こっちの方が効率が良いのだから、文句はない。
その後、毒抜きした毒草とギリーパンサーの肉をミンチにして、昨日と同じくコップの肉詰めを作って食べ終えた僕。
「今後も、セーフティゾーンがあるとは言えないよね? 予備の食料を作っておいた方が良いかなあ?」
「ええ? そんな事していたら、今日1日、料理で潰れるんじゃない? 私は嫌よ」
嫌よ。って言われてもなあ。そっちはまだ蜜団子が8つ残っているから、幾分か余裕があると思うけど、こっちはそうはいかない。
何かクロリスを説得する材料はないか? と謎にレベルが上がりまくった自分のステータスウインドウを開く。最悪、材料が見付からなかったら、僕が死に戻る。と脅して、今日は料理の日にして貰おう。と思っていたのだが、
『料理Lv12』:調理が上手く出来る。
料理アーツ:『早切り』『温度管理』『五法』『料理複製』
へえ、なんか一気に『料理』のスキルレベルが上がっているなあ。アーツの『五法』は切る、煮る、焼く、蒸す、揚げるの5つを上手く出来るアーツで、『料理複製』は、
「クロリス、そんなに時間は掛からないと思う」
「どう言う事?」
今にも扉から飛び出そうとするクロリスが、こちらへ顔だけ向ける。因みに現在進行形で扉を開けようとしているクロリスだけど、扉が人間サイズだから、フェアリーの腕力じゃ、押しても引いても動かないようだ。
「昨日と今日、料理をしたからか、料理のアーツが増えていたんだけど、その中に、『料理複製』って言うアーツがあるんだ。これの説明によれば、作った事のある料理なら、素材さえ用意すれば、一瞬で作れるみたい。アーツのクールタイムが6時間あるけど」
「あら、そんなアーツがあるのね。なら私の蜜団子を複製して頂戴」
「何で!?」
自分の食料を複製したかったのに、何故にクロリスの蜜団子を複製する流れに!?
「ゼフは今別にお腹空いていないでしょう?」
「そりゃあ、食べたばかりだからね」
「私は、この蜜団子が今の倍あれば、多分最下層までは持つわ。だから、ゼフが途中でお腹が空いたら、私が守るから、その間に自分の食料を複製すれば良いのよ」
良いのよ。って、それはセーフティゾーンが見付からない前提で、外のアンデッドたちとの戦闘中に、クロリスに守られながら『料理複製』しろって事だよね?
一瞬とは言え、戦闘中に敵から目を離して調理するのは何か嫌だ。と目で訴えるも、向こうからの『やれ』圧の方が強い。これは折れてくれそうにないな。それに確かにセーフティゾーンが今後もあるとは限らない。なら、戦闘中にも調理するくらいの覚悟はしておくべきだろう。
「分かったよ」
若干の唯々諾々さで僕が首肯すると、分かれば宜しい。とばかりに、にんまりふんぞり返るクロリス。まあ、どちらの食料を先に用意しても、作るのは一瞬だし、そもそも素材はクロリス持ちなんだ。そう考えれば、僕には最初から拒否権はなかったな。
僕は嬉々として蜜団子の材料を用意するクロリスへ半眼を向けながらも、きっちり『料理複製』で蜜団子を複製するのだった。
✕ ✕ ✕ ✕ ✕
「ぐはっ!?」
それから1時間、未だ底が見えない『怨霊蠱毒の壺』を下っていると、後ろ、クロリスの方から矢を射掛けられた。左肩の後ろに刺さったそれを抜き、『ローヒール』で傷を癒しながら、クロリスの方を振り返る。すると、先行するクロリスの周囲には、スケルトンなどの初期アンデッドの姿はなく、スケルトンソルジャーやスケルトンアーチャー、スケルトンランサー、スケルトンソーサラーなど、スケルトンの種類が増えている。いや、スケルトンだけじゃない。ゾンビもレイスも、種類が増えている? いや、そうじゃない! アンデッドの格が上がっているんだ!
「何で!?」
思わず声が口から転び出る。その隙に、僕に向かって、上階段からスケルトンソルジャーが剣を振り下ろしてくる。これを剣で何とか受け止め、スケルトンソルジャーの腹を蹴飛ばす。
「こっちもか!?」
突然周囲のアンデッドが上位のものに変わって、訳が分からずぐるりと見渡す。するとその理由が分かった。アンデッドが他のアンデッドを倒すと、倒したアンデッドが、上位のアンデッドに進化しているのが、目に入ってきたのだ。
「どうやら、周囲のアンデッドたちは、私たちだけが敵じゃなく、他のアンデッドも敵判定で、倒すと経験値が入る仕組みみたいね。それでここら辺まで来たアンデッドは、一定の経験値に達して、進化するんだわ」
クロリスは、何て事ない。と言っているが、さっきまで光の矢1つで倒せていたアンデッドたちが、それだけで倒せなくなっている。ヤバいんじゃないのか? 僕の『お荷物』が完全にクロリスの足を引っ張っている。
「面白くなってきたわ」
しかしクロリスは、それに腹を立てるでもなく、嬉々として両手を振るう。それだけで真空波が前方の上位アンデッドたちを切り刻む。恐らく風魔法だろう。
「そっちも!」
見惚れていた僕の方を振り向いたクロリスが手を伸ばすと、僕の後ろから襲ってきた、先程蹴飛ばしたスケルトンソルジャーに、ファイアレイスと、ポイズンゾンビが八つ裂きにされる。
「ぼさっとしていたら死ぬわよ! 私たちの目的は最下層なんだから、こんな中途半端で終わらせないでよ?」
クロリスに一喝されて我に返り、僕は上階段からやって来る、上位アンデッドと対峙する。そうだ。こんなところで、死ぬ訳にいかない。僕の『頑張る』は、諦めが悪いんだ。
そうやって襲って来るスケルトンランサーの槍をパリィで捌き、その胸部に剣を突き刺す。これだけでスケルトンランサーは瓦解した。
「あれ?」
上位のアンデッドなのに、一撃? HPが低く設定されているのかな? なんて甘い想像をしながら、ウォーターレイスを袈裟斬りに、トールゾンビも横薙ぎに一閃する。…………いやいや、この僕の攻撃力が、こんなに高いはずがない。だって僕だもん。僕は手に持つ剣を『鑑定』する。すると、
『怨霊吸魂の剣Lv4』:アンデッドを倒し続けた剣が、更に多くの魂を求めた為に、その性質を向上させた剣。その剣は生者死者問わず、魂と言う名の供物を求める。
怨霊吸魂の剣アーツ:『吸魂』『念翔斬』
なんか、剣がいつの間にか進化しているんですけど? 書かれている説明文も怖いし! 見た目も切れ味鋭そうになっているし! しかもこの剣だけのアーツまである!? 『吸魂』はアンデッドへの攻撃力上昇。『念翔斬』は、MPを使用して、斬撃を飛ばせるのか。
「こうか?」
僕は『怨霊吸魂の剣』へMPを注ぎ、剣を横に振るった。すると黒紫の斬撃が剣から飛び出し、5メートル程先まで飛んでいく。そしてその途中にいるアンデッドたちは光の塵となって消えた。
「すげえ……」
と立ちぼうけていたら、上の方から、見覚えのある、と言うか今さっき僕が出したのと同じ黒紫の斬撃が飛んできた。それを何とか『怨霊吸魂の剣』で受け止める。
「危なっ……!? って言うか、ですよねえ」
こちらへ襲ってくるアンデッドたちの武器も、僕の武器同様進化していた。そりゃあそうか、元々スケルトンのドロップアイテムだもんね。