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0と1の世界でブラックシープ共は夢に溺れる  作者: 西順
第二章 Berserk Tribe

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強者は武器を選ばない

 金属と金属がぶつかり、弾ける音が闘技場に響く。音が弾ける度にロイコの身体はボールのように10メートル以上吹っ飛ばされ、しかし膝を突く事さえ許さぬように、マスサイダーが吹っ飛んだ方向に先回りして、その巨大な剣をロイコ目掛けて振り払う。


 全身を重鎧で固めているのだから、普通であればその速度は歩くだけでもやっとのはずだが、マスサイダーの動きは素早い。それはロイコよりも圧倒的に高いステータスだから出来る芸当であった。


「うっはー! 凄えな! まるで四方から迫りくるトラックと闘っているみたいだぜ!」


 ロイコは刀を構えながらそんな事を口にしているが、マスサイダーの心中は穏やかではない。己の目の前で、理解出来ない事態が巻き起こっているからだ。


(何故だ!? 『観測』の結果じゃあ、レベルもステータスも装備も、俺の方が圧倒的に上だ。本来なら一撃当てただけでこいつは塵になって消えているはずだ!? それなのに、何でこいつはまだ存在している!?)


 理解の外を垣間見たかのように、フルフェイスの兜の中で、マスサイダーの顔は焦りを見せていた。


(これじゃあ、クランの連中に示しが付かねえ。本来ならこのプレイヤーを一撃の下に伏して、ストレンジャーも【世界観察者】も倒して、既に【天槍】に手を掛けていたはずだ。それなのに、何でこいつは倒れねえ!?)


 マスサイダーのステータス的に見れば、装備的に見れば、10倍以上のステータス、竜の鱗を混ぜて作られた大剣ならば、ロイコが握るただの鋼の刀なんて、そのまま両断出来ているはずで、斬れなかったとしても、大剣の重量でへし折り、ロイコ自身を切断しているはずだった。しかし眼前の新参者は、初心者装備の布の服はおろか、大剣を受け止めている刀でさえ、その姿を保ち続けていた。


「どう言う絡繰だ!? 手前の称号スキルか!?」


 両手に持つ大剣を振り回しながら、それをしのぎ続けるロイコに、疑問をぶつけるマスサイダー。


「何言っているんだ?」


 マスサイダーの疑問が何を指しているのか分からず、ロイコは眉根を寄せる。


「手前がまだ生きているのが理解出来ねえって、言ってんだよ! レベル差! ステータス差! 装備差! どれをとっても、手前は一撃で死んでねえとおかしいんだよ! 攻撃を無効化するスキルでも持っていなけりゃ、説明が付かねえ!」


 マスサイダーがそう説明してくれて、漸く疑問の意味を理解したロイコ。そしてその疑問への返答は、言葉ではなく行動だった。


 マスサイダーの右手に握られた大剣が上段から大振りで振り下ろされる。それを半身になりながら紙一重で躱したロイコは、目標を失い地面に突き刺さったその大剣に向かって、今度は己の刀を振り下ろす。するとその刀によって、竜の鱗を混ぜて硬度を上げて作られた大剣が、ただの鋼の刀によってスパッと両断された。


「んなっ!? 馬鹿なっ!?」


 それはマスサイダーの心からの声、叫びであった。マスサイダーが持つスキル『観測』は、『鑑定』よりも高位の鑑定スキルであり、自分よりも低い相手であれば、その情報を簡単に暴く。レベルが低ければそのレベルを、ステータスが低ければそのステータスを、装備の性能が低ければその装備の性能を。


 なのでこの場でステータス減しているロイコたちのステータスは丸分かりだった。懸念があると言えば、ゼフュロスが連れているフェアリーのレベルやステータス、ゼフュロスの装備であるコバルトブルーの服や腰のベルトの性能が分からない事だった。ただ、ゼフュロス自身のレベルやステータスは『観測』で看破出来ていたので、そこはクランメンバーと囲って袋叩きにすればどうと言う事ない。との結論に至っていた。


 だと言うのに、自分が持つ大剣がただの鋼の刀に両断された事実は、脳がその事実を拒否して、思わず叫ばずにはいられないのが本音であった。


「は! 自分の武器が斬られた事が理解出来ないか? ならもう1本もっ!」


 言ってロイコが返す刀で、マスサイダーが左手に握った大剣も切断してしまった。


「レベル差? ステータス差? スキル差? そんなの訳分かんねえの関係ねえよ。単にお前と俺の技量に差があったってだけだ」


 口角を上げながらロイコが語るも、それはマスサイダーの耳には入らず、それよりもこの場で己の武器がなくなった事の方が重大であった為に、マスサイダーは素早くロイコから距離を取ると、アイテムボックスから別の剣を取り出した。それは先程まで使っていた大剣よりも一回り大きく、華美で重厚な剣であり、流石のロイコでも、あれは両断出来ない。と見ただけで理解出来る代物であった。


「アダマンタイトに竜の鱗と竜の骨を混ぜて作らせた剣だ。これは流石に斬れねえだろう?」


 これに対してロイコは腰を落とし、刀を低く後方に構える、脇構えだ。


「……でもよう、剣は斬れなくても、お前が着ている鎧はどうかな?」


 ロイコの突き刺すような声に、マスサイダーは寒気を覚えた。この場はただのゲームの中であるはずなのに、ロイコから殺気のような圧力まで感じる。会話の内容とその圧力が、マスサイダーを1歩後ろに引かせる。


「引いたな?」


 ロイコの言葉に、歯軋りするマスサイダー。ロイコのような新参者よりも圧倒的に長くこのシャムランドを遊んでいると言うのに、本人の技能だか技量だか何だか知らないが、そんなものに押し負けるなんて事は、マスサイダーのプライドが許さなかった。


「手前、絶対にぶっ殺してやる!」


 そう言いながらも、マスサイダーの視線は他の仲間の姿を探していた。仲間殺しと言う非道を行う事で、更に自分のステータスを上げようと画策したのだ。だが、


「い、いねえ!?」


 ロイコたちを囲っていた30人以上いたクランメンバーの姿は既に闘技場にはなく、あったのはクランメンバーたちが残したドロップアイテムだけだった。


「悲しいねえ。真剣勝負の最中に他所見するなよ?」


 それはマスサイダーのすぐ近くから、耳の中に虫でも入り込んだかのような嫌悪感を伴い聞こえてきた。ハッとなって己の下を見れば、ロイコがマスサイダーを見上げていた。


「て、手前え!!」


 ゾッとする拒否感から、マスサイダーが特製の大剣を横薙ぎに振るうも、ロイコはその振りに合わせるように刀を振り上げた。


 その軌道は直線的で、斬ると言うよりも柄頭で突くような軌道であった。そしてそれはその通りであり、横薙ぎに振るわれたマスサイダーの大剣の軌道に合わせるように、突き出された柄頭が、下からマスサイダーの大剣を持ち上げると、大剣はロイコの上を空を斬って通り過ぎ、その光景にマスサイダーが驚きで、目を見開いている間に、ロイコは刀を弧を描くような軌道へと変化させて、マスサイダーをその重鎧諸共両断してみせたのだった。


 ドサリとその場に仰向けに倒れるマスサイダー。それを見下ろすロイコ。両者の目がかち合い、ロイコのその冴えた視線が、マスサイダーを突き刺す。その視線はゲームの中だと言う事をマスサイダーから忘れさせ、これが命のやり取りなのだと実感させるのに十分な、いや、十分過ぎる殺意の籠もった眼光で、両断されたと言うのに、これからまた殺されるかのような恐怖でマスサイダーは身震いし、


「お、お願いだ! 殺さないでくれ!」


 と思わず懇願しながら、マスサイダーは上半身だけで後退りながら、光の塵となって消えていったのだった。


「終わったみたいね」


 マスサイダーが光の塵となったのを見届け、納刀するロイコにホリーが声を掛ける。


「そっちもね」


 ロイコが振り返れば、残っているのはロイコのパーティだけだった。


「まるで歯応えのない奴らだったな」


 肩を竦めるジェントル。


「1歩も動かず終わりました」


 とそれに続くゼフュロス。クロリスやグレイも同意している。


「所詮は弱い者イジメしかしてこなかった連中。って評価を下したいけど、お兄が勝ったマスサイダーは別。何で今日始めたばかりのお兄が、マスサイダークラスのプレイヤーに勝てるのか、脳がバグるんですけど?」


 リリルは口ではそう言っているが、その理由が兄の圧倒的な技量によるものだと理解していた。


「まあ、でも、俺もまだまだだ。剣じゃ勝てないと悟って、刀にしちまったからな」


「西洋剣で斬鉄が出来る奴なんて、うちの爺様婆様くらいだろうよ」


 ロイコが自重すると、ジェントルが珍しく慰める。剣でフルプレートの重鎧との闘いは、自分でも関節を狙うなどすると、暗に認めていたからだ。


「強者は武器を選ばないって言うからなあ。まだまだだ」


 そうこぼすロイコの姿に、ゼフュロスはトンブクトゥやロンシンと視線を合わせ、肩を竦めるのだった。


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