不貞腐れる
とりあえず、テーブルに出された『ラウドウルフの肉』なる素材を、『怨霊破壊の剣』で薄く削ぎ、鉄のコップで焼いて食べてみる。
「美味しくなさそうね」
僕の顔を見て、クロリスも同じく不味そうな顔をしている。
「そうだね。何と言うか、しっかり焼いたのに、噛むごとに鼻に抜ける生臭さと嗚咽を催すえぐみ、そして肉自体筋張っていて何度も噛まないと飲み込めない。その2つが合わさって、いつまでも口と鼻の中で不味さが残り続けるのが、ちょっとどうしたものか考える不味さだね」
「不味さの表現が的確過ぎて、聞いているだけで食べたくなくなるわね」
クロリスの顔が一層険しくなる。
「でも、【テイマー】の従魔は、毒がなければどんな肉でも食べるらしいよ? 何か高位ランクのダンジョンのモンスター肉は、バフ効果があるとか」
じっとクロリスを見遣るも、プルプルと首を横に振るクロリス。
「私は食べないわよ! そもそもフェアリーは、肉なんて食べないもの!」
確かに。僕が話を聞いたのは、マーダーハウンドやスクリューイーグルなんかの、肉食のモンスターを連れていたテイマーだった。同じモンスターの括りでも、フェアリーが肉を食べるとは聞いていないな。
「私が食べるのはこれよ!」
僕が思案している事に不安(恐らく肉を食べさせられる)を感じたクロリスが、ポンッと『ストレージ』から2つ何かを取り出した。
『満開古木の花粉』:ブルーミングトレントから採れる花粉。状態異常回復効果あり。
『妖精女帝の百花蜜』:フェアリーエンプレス自らが、様々な花から採取した花蜜。その味は食べた者に恍惚感を齎し、HP、MP、全ステータスに20%(6時間)のバフを与える。
ブルーミングトレントの討伐素材の1つであるらしい『満開古木の花粉』と、どうやら先程の花畑のダンジョンで、クロリス自らが採取したらしい花蜜が、クロリスの身体と同じくらいの大きさの瓶に入れられていた。この瓶、素材の水分が多かったり、粉状だと、モンスターを倒した瞬間に自然と出現するらしい。不思議現象だが、食堂のマスターなんかは、悟ったように、「世の中、そうなってんだよ」と語っていたのを思い出す。
「しかし、どちらも凄いね」
僕が褒めると、胸を逸らして偉そうにするクロリス。
「まあね。花粉はともかく、蜜はこれだけの量採るのに苦労したもの」
バフ効果を褒めたつもりだったんだけど、クロリスの口から出てきたのは、採取の苦労話だった。まあ喜んでいるから良いけど。
「その2つって、そのまま食べるの?」
「? そうよ」
何を当たり前の事を聞いてくるの? って顔のクロリスに、2つを少し分けてくれないか頼んでみる。
「別に構わないわよ。お肉、そのままだと食べ難いみたいだもんね」
クロリスは僕が肉の味付けに、2つを使うつもりだと思ったみたいだけど、違う。
僕は左の手の平の上に差し出された2つを、隠し味として少量の岩塩を振り掛け、右の人差し指でぐにぐにと混ぜ合わせていく。するとそれは団子状に塊を形成し、10個の蜜団子となった。
「あとは……、コップにもう一度『怨霊水』を注いで貰える?」
ポカーンとしていたクロリスは、僕の声でハッと我に返り、コップに『怨霊水』を注いでくれた。それを『怨霊破壊の剣』で『清浄水』に変えてから、そこへ蜜団子をポチャリ。暫く火に掛けて、蜜団子が浮いてきたところで、コップから取り出し、クロリスに用意しておいて貰った小皿によそう。それを手で仰いで熱を冷まして、
「どうぞ。多分こっちの方が食べ応えがあると思うから」
と差し出すと、じゅるりと涎を垂らしていたクロリスが、誰も取らないと言うのに、我先にその顔と同じくらい大きい蜜団子にかぶりつく。
「ん~~〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
言葉はいらない。その所作が物語っていた。瞳をキラキラさせながら、足と羽根をバタバタさせ、無我夢中でどんどんと食べていくクロリス。食事を作って、喜んで食べて貰えるって、こんなに嬉しい事なのか。クロリスの食べっぷりを見ていると、僕の心の澱が、消えていくように感じられた。
「ゼフ、天才ね!」
蜜団子を1つ食べ終えたクロリスは、先程の薬膳水の時のように、僕をポカスカ殴る蹴るのだが、今の僕はそれさえちょっと嬉しい。が、それは僕の腹の虫の鳴き声で中断されてしまったのだった。
✕ ✕ ✕ ✕ ✕
「さて、どうしよう」
『ラウドウルフの肉』とは別に、『ギリーパンサー(花畑)の肉』なるものも薄切りにして焼いて食べてみたけれど、味に大差なかった。う〜ん、筋張っているのは、微塵切りでどうにかするとして、味だよなあ。
「クロリス、毒草って持っている?」
「毒草? 持ってはいるけど、何に使うの?」
「臭み消し。毒草は少し味に癖があるけど、爽やかな甘い香りがして、意外と美味しいんだ」
「…………」
そんな、「お前は肉を美味しく食べる為に、毒まで食らうのか?」みたいな顔はやめて欲しい。
「毒はちゃんと消すよ。コップに『水生成』で水を出して貰える?」
「…………分かったわ」
不安に思いながら、クロリスは毒草を『ストレージ』から取り出してから、『水生成』でコップに水を注ぐ。生成された水は『清水』だ。もっと高位の水も生成出来るらしいが、今はこれで十分。
僕は根本から束となっている薄紫色の毒草を、1枚1枚丁寧に分け、それを沸騰させた水に漬ける。じっくりゆっくり、1時間は茹でただろうか。お湯が薄く紫色になったところで、火から離すと、コップから毒草を取り出し、コップの水を捨てた。テーブルに置かれた毒草は、紫色が抜けて、綺麗な緑色の草となっていた。
「へえ。これで毒草から毒が抜けたの?」
「うん、そうだよ」
「工程自体は随分簡単なのね。私も毒草から毒を抜く方法は幾つか知っていたけど、そんな私も、今まで生きてきて知らなかった方法だわ。でも時間が掛かり過ぎじゃない? 刻んで煮ちゃ駄目なの?」
「刻んでこれをやると、毒草の毒素が切断面から毒草に戻ってきちゃうんだ。見た目はこれみたいに緑色になるから、時短でやると痛い目をみるんだよ」
「ああ」
とクロリスも想像して半眼となる。
「そう言えば、クロリスも毒草から毒を抜く方法を知っているんだね。どんな方法?」
僕は素朴な好奇心からクロリスに尋ねるも、目を逸らされてしまった。何故?
「クロリス?」
「……ああ、ええっと、毒草ってある程度高位の水に漬けると、毒が抜けるのよ」
と目を逸らしたまま答えるクロリス。へえ、ある程度高位の水かあ。…………ん?
「それって……」
「私の『高位水生成』で生成した純清水とか、さっきの『清浄水』とか」
これを聞いて、思わず腰から砕け落ちる僕。
「他にも、さっきの『満開古木の花粉』みたいな、状態異常回復効果のあるものを混ぜると、毒草じゃなくなるの」
僕は何もかもやってられなくなり、地べたに仰向けになって不貞腐れた。
「いや、でも、自力で毒草の毒を抜く方法を思い付いたゼフは、凄いと思ったわ!」
クロリスは懸命に慰めてくれているけど、嬉しさは薄れてしまった。はあ。
✕ ✕ ✕ ✕ ✕
それでも腹は減るので、毒抜きした毒草と、『ラウドウルフの肉』に、岩塩を混ぜてミンチにして、コップにぎゅうぎゅう詰めにすると、弱火の遠火でじっくり焼き、コップの肉詰めを作って、クロリスが出してくれたスプーンで食べ、その日はこのセーフティゾーンで不貞寝したのだった。