情動
「何だあいつ?」
ロイコのその感想は、何であいつらはまた誰かに絡んでいるのか、そしてあの派手なコバルトブルーの服を着たやつは誰なのか。その2つが含まれていた。
「なあ」
「ええ」
対するフォンやんとリリルは、互いに目配せし、あの絡まれているコバルトブルーの服の少年が何者なのか見当が付いていた。
「お前が魔王候補を倒した。って奴だな? どう言うトリック使ったんだ?」
「やっぱり世界観察者から情報漏洩してんじゃねえの?」
「ストレンジャーに情報流すなら、俺たちプレイヤーに情報寄越せよな!」
どうやら実際に絡まれているのは、コバルトブルーの少年と言うよりも、その脇に控えているバックパックを背負っている褐色肌の青年のようだった。
「ワタクシが彼に与えた情報は、冒険者ギルドで手に入る程度と変わりありません。今回の件の真相を解明し、実際に解決に至ったのは、9割方、彼自身の能力に拠るところです」
褐色肌の青年はそう主張するが、彼らを囲む男たちは、それをまるで信じていない。
「はいはい、言い訳乙〜。口では何とでも言えるよなあ」
「あんたがパーティ組んでるストレンジャーが魔王候補倒した段階で、その理論破綻しているんだよなあ」
言いながらじりじりと囲いの範囲を狭めていく男たち。
「なんか分からんが、ムカつくからあいつらもう1度殺して良いか?」
寄って集って癇に障る集団に、ロイコの我慢も直ぐ様切れた。
「まあ、あいつらなら何度殺しても良いんじゃないかしら?」
リリルはそう言いながら、己のアイテムボックスから、先程あいつらからドロップした剣の1つをロイコに差し出す。
ロイコがその鞘を左手で握ったところで、囲いの中にいるコバルトブルーの少年と、ロイコの視線がたまたま交差した。
それはロイコに取って初めての経験で、まるで初恋を思わせる運命の電流が、ロイコの全身を駆け巡った。
(こいつだ!)
それは確信だった。
(こいつこそが俺の追い求めていた相手だ!)
その勘に間違いはなかった。
(俺が全身全霊を賭して成し遂げるべき目標。こいつを殺さずして、死ねないと言う相手)
ヒリつく感覚がロイコに訴えていた。このコバルトブルーの服の少年を殺す為に、自分は生まれたのだと、マグマのように沸騰した血流が全身を駆け巡り、全身の毛が全て逆立つ。それでいて頭は冷えて、棋士の如く何十、何百と相手の殺害方法を計算しだす。
「璃流、もう1本だ」
「は?」
「あいつを殺すには1本じゃ足りない。もう1本寄越せ」
妹でありながら背筋がゾッとしてその声に、兄の顔を覗けば、兄はこちらの顔など見る事もせず、先程渡した剣を鞘から抜き放つと、さっさともう1本寄越せと左手で催促してきていた。その顔が、獰猛な肉食獣さえ見たら逃げ出すような鋭い眼光を宿していた事から、只事ではない。これに逆らえば、兄は私さえも殺して、今から起こす殺戮を敢行し兼ねないと感じ取ったリリルは、素直にもう1本剣を兄に渡した。
そしてその始まりは鮮血で鮮烈だった。兄ロイコが剣を2本手にした段階で、コバルトブルーの少年が手を振るうと、彼を囲っていた全ての冒険者たちが輪切りにされたからだ。
リリルからは何が起こったのか理解出来ず、理解が出来なかったから身体がビクッと強張る横で、
「ハッ! 鞭剣使いかよ! それも初めてだ! 興奮してきたぜ!」
言いながら兄ロイコは、今さっき冒険者たちを全員一瞬で輪切りにしたコバルトブルーの少年へと突っ込んでいった。
止める暇などあるはずがなかった。例え兄の前に出て止めたとしても、兄は自分さえ殺してあの少年に突っ込んでいった可能性を幻想した。だからリリルは自分でも気付かぬうちに、自然と手を胸の前で組み、兄の願いが成就するよう祈っていた。
「死ねやあ!」
コバルトブルーの服の少年に突っ込んでいったロイコは、テンションマックスのまま、右手の剣を上段に掲げ、それを振り下ろす。
それをバックステップで余裕で躱したコバルトブルーの少年、この物語の前章の主人公であったゼフュロスは、「ふっ!」と息吹とともに手に持ったグレイを横に振るった。
これで終わり。と言うゼフュロスの予想は、これを勘だけで後ろに飛びながら地に臥せったロイコの行動によって霧散した。
背中から地面に飛び退いたロイコは、直ぐ様跳ね起きると、同時に両の手の剣を振り回してゼフュロスを攻撃していく。それは勢いの凄まじさから、一見乱雑に2本の剣を振り回しているかのように見えたが、それがしっかりと剣術を習っているものならば、隙のない見事な剣筋をしている事は明白であった。
しかし当たらない。ゼフュロスはロイコの剣を剣で受ける事もせず、右に左に後ろに下にと、人間の身体はこんなにも柔軟に動くのか。と身体の駆動限界を超えたようなぐねぐねした動きで、ロイコの剣を躱し続ける。
先程の男たちがいれば、こんな動きも出来ていなかったはずで、ゼフュロスが男たちを直ぐ様殺したのは理由があったのだとリリルたちが気付き始めた頃、ドムンッとゼフュロスの前蹴りが、ロイコの、本当に一瞬だけあった隙を突いて腹に決まり、ロイコが蹲ってスタンしたところで、ゼフュロスはロイコの首筋に剣を寸止めで当てた。
「一体何故僕を狙ったのかな?」
狙われた理由が分からず、名前も知らない少年に尋ねるゼフュロス。
「はあ? そんなの俺がお前を殺したい! と心の底から、いや! 爪先から頭の天辺まで、いや! 前世から、いや! 俺と言う存在の全てが、そう思ったからに決まってんだろうが!」
正しく慟哭のような切望を口にするロイコは、憤っていた。
「お前こそ、何で今の一撃で俺を殺さなかった!? 自分を殺そうとしている相手に、情けを掛けてんじゃねえよ!」
負けた。こいつとの闘いでは、それはイコール死であるべきと考えていたロイコには、殺されずに生かされている今の状態は、恥辱以外の何ものでもなかった。
「それでも何か? まだ殺意が足りねえか? そこの色黒が殺されれば復讐するか? それともそこで呑気に浮かんでいるペットのチビスケを殺してやろう……かッ……!?」
ロイコがそこまで口にしたところで、ゼフュロスの左手によってロイコの首が絞め付けられ、そのまま地面に叩き付けられた。
喉を絞め付けられた状態だ。肺の空気に出口はなく、頭に血が上り、ロイコは正常な判断が出来なくなっていた。そんな中でロイコは見た。人が人に向ける本物の殺意と言うものを。
眼前の少年は激昂していた。それはロイコが感じた興奮など、南極の氷塊に埋められてしまう程の凍り付くような絶望的激昂で、その目を見れば、どんな人物だろうと死から逃れられないと実感するのに十分、いや十二分、いや一万分はある殺意で、少年のもう片方の手である右手が、いつの間にか剣を離しており、ただ拳を握っている事がロイコは殊更怖かった。
(死ぬ! 殺される! い、嫌だ! 死にたくない! 殺されたくない! 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!)
喉を絞められて、命乞いも出来ないロイコは、本物の殺意が込められた眼光と、その殺意とともに握られた拳が、電光を発しているのを見て取り、無駄だと分かっていながらも、情けなくもジタバタと手足をバタつかせて藻掻く。
死に遭遇したものが体験するスローモーションのように、絶望を乗せた少年の右拳が、ロイコの顔面に叩き込まれる。鼻が潰れ、眼窩が脳にめり込み、頭骨が割れて、脳みそが耳から噴出するのを感じながら、ロイコは何も出来ずに殺されると言う、現実ではそうそう体験出来ない恐怖のどん底に落とされる感覚を感じながら、そのアバターを光の塵として消失させた。




