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0と1の世界でブラックシープ共は夢に溺れる  作者: 西順
第二章 Berserk Tribe

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現実世界の蛮勇

「ぜああああああッッ!! めえええええんッッ!!!!」


 天を衝くかの如き気合いとともに、竹刀によって面が打ち下ろされた。毎年3月に行われる、全日本高校生剣道大会個人の部決勝の1場面だ。


 竹刀を振り下ろされた選手は、気合いを当てられた段階で既にその身が萎縮しており、何も出来ずに面を食らい気絶した。打たれた竹刀はへし折れており、それ程に対戦相手との力量に差があったのだ。


「し、勝負あり!」


 対戦相手が気絶した段階で、審判は試合を止めに入り、相手を気絶させた選手は、開始線まで戻って立礼してその場から辞した。


 ✕ ✕ ✕ ✕ ✕


「あ゛あ゛〜〜、人殺してえ〜〜」


「口から出てくる言葉が物騒なんよ」


 昼休み、五分刈り頭に細身ながら引き締まった筋肉が、制服越しからも浮かび上がる少年の前の席から、コーヒー牛乳を飲みながら、センター分けの友人は、かの友人の行く末を憂う。


「俺が何を習っていると思っているんだ。剣術だぞ? 剣だぞ? 殺人武器だぞ? 人を殺してなんぼだろ?」


 五分刈りの少年は、周囲にクラスメイトがいるにも拘らず、そんな自身の(うち)から溢れる願望を口にする。


優人(ゆうと)さあ、1年生で全日本大会で優勝したんだし、もう少し言動を考えろよ? そんな態度だと、幾らお前でも、次の大会に出場させて貰えないかも知れないぞ?」


 友人、如月(きさらぎ)優人を、センター分けの友人は諌める。


「はん。あんな大会もうどうでも良いよ。龍星(りゅうせい)、俺の絶望が分かるか? 決勝でさえ、対戦相手がビビって面一発で終わったんだぞ?」


「そりゃあよう、決勝まで全試合、対戦相手気絶させて勝ち上がってきたのが相手だったら、俺だって闘う前から心折れているよ」


「ちっ、詰まんねえ」


 友人、千葉龍星の正論に対して反論する言葉も出ない優人は、窓の外へと視線を向けて、昼休みに外ではしゃいでいる生徒たちをぼーっと眺める。


「殺したい。とか言うなよ?」


「言わねえよ。俺は俺と同等レベルの奴と闘いたいんだよ。死んだらそこまでのヒリつく闘いがしたいんだ。何の関係もないそこらの一般人を快楽の為に殺したいんじゃねえんだよ」


 いや、同等レベルの奴であっても、法律上殺したら駄目なんだけどな? と喉まで出かかって龍星はそれを飲み込んだ。今それを口にしたところで、優人の溜飲を下げる効果がないからだ。しかしそれならばこの戦闘狂を、どのように矯正すれば良いのか、友人が殺人を犯す前に、どうにかするのも友人の務めと色々考える龍星だった。


「あ!」


 色々考えて、1つの案が思い付き、それが思わず口から吐いた為に、優人の期待の眼差しが龍星へ向けられた。これは話さない訳にはいかない。と思い至った龍星は、思い付いた案を口にする。


「『シャムランド』ってゲーム知っているか?」


「知らん」


 言葉も一刀両断だな。と思いながらも、龍星は話を続ける。


「俺の兄貴がハマっているフルダイブのVRMMORPGなんだけどな。これが凄え作り込まれているって話でさ」


「フル? 何? さっぱり分からないんだけど?」


 これまで剣一筋で生きてきた男だ。ゲームになんて触れた事もなかったのだろう。1度嘆息を挟みながら、龍星は更に話を続ける。


「要するに、頭に専用の機械を被ると、まるで異世界のような場所に行けるゲームなんだよ。それが本当にリアルでさ、その世界で生活しているNPCは、学習型AIを極めたような、まるで本当の人間のように反応するし、世界自体も砂1粒1粒まで再現されているんだってさ」


「ほ〜ん」


 だからどうした。と言わんばかりの優人の反応の薄さだが、これから話す事を耳にすれば、その考えも180度変わるだろうと言う確信が龍星にはあった。


「そのゲームの中には、PKer(ピーカー)って言って、プレイヤーやNPCを殺す事に喜びを感じる輩がいて、集まっては日々殺しを楽しんでいるって、兄貴が言っていたよ。凄え迷惑そうにな。実際、殺人鬼集団なんて実害しかなくて迷惑だろうけど」


「ほほう?」


 やっぱり食い付いてきたか。話を聞いた優人の眼は、正しく肉食獣が獲物を見付けた時を思い起こさせる、密やかながら強烈な殺意が籠もった眼だった。


「そいつらみたいにPKすれば、擬似的でも、殺しを楽しめるんじゃないか?」


「は? 何言っているんだよ、龍星。俺の標的はそいつらだ。殺しを楽しむのは構わないが、何の関係もない奴らを殺すような外道、八つ裂き、いや千切りにしたって誰も文句言わないだろう?」


 優人の声に籠もる殺意だけで、龍星の身の毛がよだつが、言っている事に間違いはない。ただ、殺人鬼集団は文句を言うだろうけれど。と思う龍星だった。


 ✕ ✕ ✕ ✕ ✕


「ハッハッハ!! 手に入れたぜ! フルダイブ用のヘッドギア!」


 その日のうちにおもちゃ屋に駆け込んだ優人は、大会優勝で親から貰った小遣いを使い、ヘッドギアを買い、家に着くなり部屋に籠もって包み紙を破いて、包装箱からヘッドギアを取り出した。


「これをPCに繋げれば良いんだよな? ん? あれ? どうやって繋げるんだ!?」


 ヘッドギアの扱い方が分からず、優人が部屋で右往左往していると、


「お兄、ドタドタ五月蝿いんだけど?」


 と髪を肩で揃えた優人の妹がドアを開けた。


璃流(りる)、良いところに来てくれた! これ、どうやってセットするんだ!?」


 五月蝿い呼ばわりされた事など気にもせず、優人はヘッドギアのセットの仕方を妹の璃流に尋ねる。


「え? お兄、ヘッドギアなんて買って何するの? 剣道の練習?」


「剣道の練習!? そんな事も出来るのかこれ!?」


 兄の驚き方から、違う使い方をするのだ。と感じ取った璃流だったが、ヘッドギアがセットされるまで騒ぎ続ける未来しか見えないので、仕方なく兄の部屋に入る事とした。


「ヘッドギア買ったなら、付属の有線ケーブルが付いていたでしょ? それをPCに接続するんだよ」


「これか!?」


 箱から有線ケーブルを取り出した優人は、それを握り締めて妹の方へ突き出す。


「そう、それ。それを繋げて、まず生体認証を要求されるから、携帯と同期させれば、あとはお好きなゲームをダウンロードするだけだよ」


「お、おう! やってみる!」


 璃流から見たらとても危なかっかしい手付きで、兄、優人はどうにかこうにかケーブルを接続すると、PCの案内に従い、携帯内に収められている生体データを同期させた。


「おお! なんか、なんか考えるだけで動くぞ!」


「そう言うものだからねえ。……お兄がわざわざヘッドギアを買ったって事は、何かやりたいゲームがあるんでしょう? 何?」


「『シャムランド』ってやつだ!」


「うげっ」


 璃流は自分も遊んでいるゲームを兄が始めると知り、もう嫌気が差していた。


「何でそのゲームなの?」


「なんか龍星の話じゃ、ピーカーって奴らがいるらしくてな。そいつらを殺す」


「……そう」


 相変わらず我が兄は物騒だと思う反面、兄ならばPKerどもを一掃してくれるんじゃないか。と言う一縷の希望もあった。


「どこの地方(リージョン)サーバーから始めるとか、もう決めているの?」


「何だそれ? 分からん。龍星も一緒に始めるから、龍星次第だな!」


「龍星さんも一緒に始めてくれるんだね」


 なら安心か。と思うも、龍星1人でどれだけ兄の防波堤となれるか不安な瑠流は、


「2人ともまだ決まってないなら、エイト地方サーバーを選択してみる? 私も遊んでいるから、最初の方案内出来るし」


 と提案すれば、


「本当か!? 助かる!! 流石は我が妹だ! 美人なうえに頭も良い!」


 優人は褒めてくれるが、瑠流にしてみれば、単に自分の不安を解消したいだけだ。


「お? 龍星からメッセが来た! ああ、向こうもエイト地方? っての希望だってさ。兄貴の鳳陽さんが今エイト地方にいるらしい」


 これを聞いて成程と思う璃流。今現在エイト地方では魔王候補が暴れているとの情報が出回っているので、もしかしたら鳳陽さんはそれを当て込んで、地方を変えた手合いなのかも知れない。と言う考えに至った。


「なら、エイト地方のエイトヴィレッジ南南西地区の教会で待ってて。すぐに迎えに行くから」


「了解!」


 そう妹に返事をしながら、寝床に横になる優人だった。


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