懸念事項
「『空歩』?」
ホテルに戻り、どうにかしようと皆で捻り出したのは、『亜竜の巣窟』で手に入れた『心眼』以外のランダムスキルスクロールに、良いのがないか? と言う他力本願な提案だった。そして最初のランダムスキルスクロールから獲得出来たのが『空歩』であった。
『空歩』:空中を歩行走駆するかのように移動出来る。1歩毎に10MPを消費する。
「これがLUK特化の引きの強さか」
トンブクトゥが口から感嘆の声を漏らしているが、確かにこれがあれば、アトモスライムの核まで空を走っていける。
「う〜ん、でも1歩で10MPは結構な消費量ですよねえ。僕のMPじゃ100キロを駆け抜けるのは難しいです。グレイの『無間肋刃』で途中まで連れていって貰っても、届かない気がする」
「私が一緒に行くわ。そうすれば『魔力譲渡』で魔力を補給しながら、アトモスライムの核まで届くんじゃない?」
確かに、クロリスの『魔力譲渡』には今までも助けられてきたけれど、
「多分、向こうも馬鹿じゃないからね、アトモスライムから攻撃されながら、僕に『魔力譲渡』使うのって可能?」
これにはクロリスも渋い顔になる。上空は正しくアトモスライムのテリトリーだ。その攻撃は苛烈を極めるだろう。その中で自分を守るだけでなく、僕にMPを分け与えている余裕は、流石のクロリスにもないと思う。
「それよりも、クロリスには地上からアトモスライムを攻撃して欲しいかな。アトモスライムも、スライムだから、自分の核への攻撃を無視して、僕にばかり攻撃する事はしないと思うし」
「魔力回復はMPポーションでって事?」
「そうなるね。ボンベでも背負って突貫かな?」
そんな呆れたような目はしないで欲しい。
「まあ、それが建設的かしら。アトモスライムの注目をこちらで引き受けて、その間にゼフが核へ接近する」
クロリスの言に首肯で返す。
「そうとなると、またスライムダンジョン行きなのよ?」
グレイ(女)が尋ねてきた。ボンベを作るにも素材が必要だからねえ。
「いや、ボンベを作るくらいなら、街売りの素材でどうにかなると思う。1回限りで、使い捨てだからね」
「ふむ。主殿はこの案件の解決を急いでいるように思えるが?」
グレイ(男)の指摘は当たっている。
「理由は2つ。アトモスライムがMPを回復させて、また荒天を生み出されたら、核の居場所が分からなくなると言うのが1つ。もう1つは、僕たちの行動で、この荒天を生み出している存在が遥か上空にいる事が、他の冒険者たちに推察されただろうから、先を越されるのを防ぎたいってのがある。まあ、後者は倒されたらそれはそれなんだけど」
「確かに、他の冒険者パーティも、アトモスライム攻略に動いているようです」
トンブクトゥは確信を持ってそんな事を口にした。彼の下にはどこからか(上から? 運営から?)情報が下りてくるので、その情報は正確なのだろう。
「なら今からでも動きましょうか」
✕ ✕ ✕ ✕ ✕
「ふう、完成」
『MP酸素ボンベ』
レア度:4 品質:☆☆☆
効果:圧縮酸素とMPポーションを錬成して作られたMP酸素ポーションが入れられたボンベ。ボンベの素材は鉄だが、ホースとシュノーケルにはスライム素材が使われており、吸引の手助けをする。
僕の前にあるのは高さ30センチ、幅10センチの円筒形のボンベだ。その先端にはホースとシュノーケルが付いていて、こっちはスライムスーツと同じ素材で出来ていて、口元に当てれば、そこからMPポーションを酸素と一緒に吸引出来る仕組みとなっている。
「これがあれば、空気のない高高度でも息が吸えるうえに、MPまで回復出来る優れものだ!」
腰に手を当て、胸を反って威張る僕だけれど、三者でカードゲームやっているのは頂けないなあ。
「わあ〜、凄いわね」
「うむ、流石は我が主殿」
「マスターしか勝たんのよ」
「本当に何でも作り出すその手腕、錬金術師を名乗るに相応しいですね」
「…………皆、何でそんなにセリフが棒読みなのかな?」
口先だけでカードから目を逸らさないのは、今佳境なのかな?
✕ ✕ ✕ ✕ ✕
「おい、邪魔だ」
はい? 北東門から外に出ようとしたら、知らない冒険者に手で突き飛ばされたうえに横入りされた。
「いやいや、僕が先に並んでいたんですけど?」
その冒険者に文句を言ったら、その場にいる冒険者全員が大笑いした。
「ご苦労さん。お前の仕事はもう終わったんだよ。魔王候補を倒すのは俺たちに任せて、お前はギルドで魔王候補討伐の報告を心待ちにしているんだな」
ふむ。懸案事項の2つのうちの後者が、こんな形で噴出するとはなあ。
「はあ!? 敵の居場所さえ見付けられなかったド三流が、何を今になってしゃしゃり出てきてんのよ!」
クロリスさんが荒れておられる。
「主殿を愚弄する事が、何を意味するか、その身に知らしめてやろうか?」
「この世界にいたくなくなるくらいには、簡単に殺されると思わない方が良いのよ」
グレイさんも荒れておられる。
「ほう? 出来るものならやってみて欲しいものだねえ? 出来るなら、な?」
僕を突き飛ばした男が、高圧的にそのような事を口にすると、また周りから笑いが起こる。やれやれ。
「クロリスもグレイも、そんなの気にしていたら、僕とのパーティは長続きしないよ?」
僕はそう言いながら、クロリスとグレイが凶行に出る前に、北東門から少し離れる。
「ゼフ、この世界、舐められたら負けよ」
「奴らはどうせ大言壮語を語るだけで、実力などありはせぬ。その癖威張りおって」
「殺、なのよ」
うちのパーティメンバー、殺意高過ぎんか?
「気にする事ないよ。弾除けが増えたと思えば良いんだから」
「でも、奴らが門を見張っているせいで、ゼフが街から出られないわよ?」
「それも問題ないよ。彼らを出し抜くのは難しくないから」
僕の言葉に、首を傾げるクロリスとグレイ。そしてそれを1歩離れたところから見守るトンブクトゥだった。




