前進前進前進!
久々に南西の大門に来た気がするな。高い大門の向こうでは、この世の終わりのように、空を覆う真っ黒な雲の下、暴風雨が巻き起こり、雷が落ち続けている。
「お疲れ様です」
それでも小門の方から門外へ飛び出していく冒険者パーティは少なくないようで、列整理をしている門番に声を掛けると、片方は前と変わらぬ笑顔を返してくれたのだが、もう片方が僕から目を逸らす。いや、トンブクトゥから目を逸らしたのか。
「ああ、アレですか?」
「ああ。アレでこの東地区を治める地区長直々にお叱りがあってな。半年給金が3割引かれたうえに、今回の件が終息しない間は、休みなしになった」
それは中々に厳しい沙汰だけど、【世界観察者】からの情報を酒場で漏らしたなら、そうなっても仕方ないか。
「トンブクトゥは上から何か厳罰を受けなかったんですか?」
尋ねればトンブクトゥも目を逸らす。どうやらトンブクトゥの方も何かあったようだ。
「ああ、まあ。次はない的な事は言われましたね」
こちらも厳しい沙汰である。
「それって大丈夫なの?」
流石にクロリスも心配してか、トンブクトゥの周りをくるくる回りながら尋ねる。
「大丈夫です! ゼフュロスさんの色々を報告して、好感度を稼いでいるので、次でクビにされる事はないかと」
握り拳を作って虚勢を張るトンブクトゥ。
「次の次はヤバいんですね」
また目を逸らした。
「ワタクシの為にも、今回の件、ゼフュロスさんたちが解決して下さると嬉しいです」
切実だな。
「まあ、でも今日は様子見なので、今日中に他のパーティに解決されても、文句言わないで下さいね?」
「あ、そんな感じなんですね? 因みにどのように様子見するのでしょう?」
「私も聞いていないのだけど?」
下手になって尋ねてくるトンブクトゥとは対照的に、高圧的なクロリス。
「クロリスは僕が何を計画しようと、付いてきてくれるでしょう」
「事と次第に拠るわよ」
そうなのか。クロリスの方がレベルが圧倒的に上だから、僕が何しても動じないイメージだった。
「まあ、まずはあの天災の最中を突っ切って、南地区まで到達するのが、今回の目標かな」
「それはまた、大きく出たわね。あの中では、私も微小とはいえダメージを受けるのだけれど?」
ああ、そうか。クロリスだって、グレイだってダメージ受けるよなあ。
「某は先のワイバーンからHPとMPを吸収しているから、南地区に到着するまでは保つであろう」
「そうなの?」
「あたちのスキル『吸念』は、攻撃の度に攻撃相手からHPMPを一定量吸収して、ストックするのよ。そのストック出来る量は、基本HPMPの10倍までなのよ」
それは強力なスキルだな。
「ふ〜ん。折角、風で向こうの攻撃を防いであげようと思ったけれど、必要ないみたいね?」
「ふふ。お主の世話にはならぬ」
「なのよ」
ジト目のクロリスに対して、ジト目で返すグレイ。どっちも負けず嫌いだなあ。
「ゼフは大丈夫なの?」
「僕も大丈夫。ここでもスライムスーツの性能実験も兼ねているから」
なのであとはトンブクトゥが付いてこれるかなんだけど……。
「顔が真っ青ですね」
「まあ、普通に通過するなら2日は掛かる距離を、突っ切ると言っているのですから、全力疾走するんですよね? 『亜竜の巣窟』の悪夢が……」
ああ、うん。『多段加速』は使わないけど。スライムスーツの性能が高いからねえ。
「でも、風雨や雷の攻撃を避けながらなので、ストップアンドゴーの繰り返しで、全力疾走の場面は殆どないかと」
「それって余計に酔うやつじゃないですか!」
そうなる……、のかな?
「付いてくるのが辛いなら、あの……、『影武者』? ってスキルを使えば良いのでは?」
「あれは使うのに申請が必要なんです。生理現象や向こうでの食事、睡眠、体調不良など、相応の理由を報告しないと使えないのです」
「意外と不便なスキルなんですね」
「それだけ有用なスキルと言う事です。観察する事だけを考えたら、ずっと『影武者』にやらせていれば良い訳ですから。ワタクシたち【世界観察者】に求められているのは、データ上では分からない些細な変化を見逃さない事なので」
「見逃していた人間の言えた事じゃないわね」
キリッと【世界観察者】の矜持を口にしたトンブクトゥだったけれど、クロリスの1言に水を差されてシュルシュルと小さくなってしまった。
「すみません、まだ新米なもので。何がチートでバグでグリッチか、判断するのにデータと見比べずには測れないのです」
まあ、僕だってつい最近まで、ずっとレベル1だった訳だし、右も左も分からなければ、迷うのは仕方ないよねえ。僕もスキルをマニュアルで使うの、クロリスに教わったし。ん?
「【世界観察者】は、別にユニーク職業な訳じゃないですよね? なら新米でも、先達があれやこれや教えてくれるんじゃないですか?」
目を逸らされた。しかしクロリスに回り込まれた。
「…………ハハ。いやあ、あれやこれや教わりはしたんですけど、やっぱり座学と実践は違うと言うか、実際に対象と接触して、その動向を観察するとなると、自分とのプレイングの違いで、こんな事が出来るはずない。ってなるんですよねえ」
「私もゼフもグレイも、あなたとは違う考え方を持つ、ひとりの個体よ。その個性を否定していたら、誰を観察しても、不正をしているようにしか見えなくなるんじゃない?」
「ハハ、仰る通りです。ですのでこれからも皆さんをつぶさにこの目と耳、全身を使って観察させて頂きます」
どうやら話は纏まったかな? ちらりと門番さんの方を見遣れば、そろそろ僕たちの番のようだ。では、地獄へ参ろうかな。
✕ ✕ ✕ ✕ ✕
そこは正しく地獄であった。1歩門外へ出ると、横殴りの雨がスライムスーツをバチバチと叩き、地上では岩さえ巻き上げる竜巻がそこかしこに点在し、轟音とともに雷を降らせる黒雲を見上げれば、赤い電光が雲に筋を刻んでいる。
「行くよ」
隣りでクロリスが『旋嵐の防壁』で身を守るのを見ながら、ピカッと『スポットライト』で全身を光らせると、それを感じ取ったらしいウェザースライム亜種(仮)の動向に変化が現れる。
僕目掛けて幾条もの雷が降り注ぎ、豪雨と竜巻が僕へ向かって襲い来る。が、既にそこにいる僕は分身だ。僕自身は光学迷彩で世界からその姿を隠すと、全速力でその場から逃げ去る。
ウェザースライム亜種(仮)も、攻撃が無駄に終わった事をすぐに掴み、空気の流れから僕の位置を割り出す。それは僕も織り込み済みだ。
またピカッと光って分身を作ると、それを囮にその場から逃げる。これを高速で繰り返しながら、南地区へ向かって前進を続ける。
(早い!)
僕が大蛇古道を直進していると理解したウェザースライム亜種(仮)は、僕が進もうとする前面に、竜巻と雷を起こして立ちはだかる。
(仕方ないか)
多少遠回りとなるが、大蛇古道から外れる場所にも足を踏み入れながら、僕はストップアンドゴーを続けた。
(これで多少撹乱してくれれば良いのだけれど)
僕の狙いが理解出来たらしいウェザースライム亜種(仮)は、今度は、竜巻ではなく、南地区周辺全域に暴風を作り出し、僕の前進を少しでも遅くさせる方向へ行動をシフトさせた。当然と言えば当然なのだけれど、スライムダンジョンの普通のスライムと比べれば、格段に頭が良い。
(けれど、そんなに全力を使って大丈夫なのかい?)
僕の歩みは確かに遅くなったけれど、それでも進めない程ではなく、雨に打たれ、風に吹かれ、時に雷を近くに落とされながらも、僕は着実に南地区へと進み続けた。
それはスライムスーツの耐久力あっての事だけれど、それはウェザースライム亜種(仮)の予想を上回る行動であり、予想を上回る行動をされたならば、ウェザースライム亜種(仮)としても、それ相応の行動をしなければならない。
どこに動くか分からないならば広域に更に強力な暴風を吹かせ、少しでも僕が光ったならば、全力でそこへ豪雷を落とす。その繰り返しは、相手が魔王候補であったとしても、着実にそのMPを消費させるに足る行動であったらしく、僕が南地区に到達する頃には、空の黒雲は薄っすらした灰色の雲へと変化し、ところどころから陽光が差し出す程に、天候が回復していた。
「ふう……、何とか辿り着けた」
南地区の北東の大門に手をつきながら、スライムスーツを弛め、タートルネックを口元から外してフードも外し、自分が来た道を振り返っては、陽光を反射して輝く雨跡の美しさに、ほんの少しだけ見惚れるのだった。




