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0と1の世界でブラックシープ共は夢に溺れる  作者: 西順
第一章 異分子の台頭

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前進前進前進!

 久々に南西の大門に来た気がするな。高い大門の向こうでは、この世の終わりのように、空を覆う真っ黒な雲の下、暴風雨が巻き起こり、雷が落ち続けている。


「お疲れ様です」


 それでも小門の方から門外へ飛び出していく冒険者パーティは少なくないようで、列整理をしている門番に声を掛けると、片方は前と変わらぬ笑顔を返してくれたのだが、もう片方が僕から目を逸らす。いや、トンブクトゥから目を逸らしたのか。


「ああ、アレですか?」


「ああ。アレでこの東地区を治める地区長直々にお叱りがあってな。半年給金が3割引かれたうえに、今回の件が終息しない間は、休みなしになった」


 それは中々に厳しい沙汰だけど、【世界観察者】からの情報を酒場で漏らしたなら、そうなっても仕方ないか。


「トンブクトゥは上から何か厳罰を受けなかったんですか?」


 尋ねればトンブクトゥも目を逸らす。どうやらトンブクトゥの方も何かあったようだ。


「ああ、まあ。次はない的な事は言われましたね」


 こちらも厳しい沙汰である。


「それって大丈夫なの?」


 流石にクロリスも心配してか、トンブクトゥの周りをくるくる回りながら尋ねる。


「大丈夫です! ゼフュロスさんの色々を報告して、好感度を稼いでいるので、()でクビにされる事はないかと」


 握り拳を作って虚勢を張るトンブクトゥ。


「次の次はヤバいんですね」


 また目を逸らした。


「ワタクシの為にも、今回の件、ゼフュロスさんたちが解決して下さると嬉しいです」


 切実だな。


「まあ、でも今日は様子見なので、今日中に他のパーティに解決されても、文句言わないで下さいね?」


「あ、そんな感じなんですね? 因みにどのように様子見するのでしょう?」


「私も聞いていないのだけど?」


 下手になって尋ねてくるトンブクトゥとは対照的に、高圧的なクロリス。


「クロリスは僕が何を計画しようと、付いてきてくれるでしょう」


「事と次第に拠るわよ」


 そうなのか。クロリスの方がレベルが圧倒的に上だから、僕が何しても動じないイメージだった。


「まあ、まずはあの天災の最中を突っ切って、南地区まで到達するのが、今回の目標かな」


「それはまた、大きく出たわね。あの中では、私も微小とはいえダメージを受けるのだけれど?」


 ああ、そうか。クロリスだって、グレイだってダメージ受けるよなあ。


「某は先のワイバーンからHPとMPを吸収しているから、南地区に到着するまでは保つであろう」


「そうなの?」


「あたちのスキル『吸念』は、攻撃の度に攻撃相手からHPMPを一定量吸収して、ストックするのよ。そのストック出来る量は、基本HPMPの10倍までなのよ」


 それは強力なスキルだな。


「ふ〜ん。折角、風で向こうの攻撃を防いであげようと思ったけれど、必要ないみたいね?」


「ふふ。お主の世話にはならぬ」


「なのよ」


 ジト目のクロリスに対して、ジト目で返すグレイ。どっちも負けず嫌いだなあ。


「ゼフは大丈夫なの?」


「僕も大丈夫。ここでもスライムスーツの性能実験も兼ねているから」


 なのであとはトンブクトゥが付いてこれるかなんだけど……。


「顔が真っ青ですね」


「まあ、普通に通過するなら2日は掛かる距離を、突っ切ると言っているのですから、全力疾走するんですよね? 『亜竜の巣窟』の悪夢が……」


 ああ、うん。『多段加速(ロケットブースター)』は使わないけど。スライムスーツの性能が高いからねえ。


「でも、風雨や雷の攻撃を避けながらなので、ストップアンドゴーの繰り返しで、全力疾走の場面は殆どないかと」


「それって余計に酔うやつじゃないですか!」


 そうなる……、のかな?


「付いてくるのが辛いなら、あの……、『影武者』? ってスキルを使えば良いのでは?」


「あれは使うのに申請が必要なんです。生理現象や向こうでの食事、睡眠、体調不良など、相応の理由を報告しないと使えないのです」


「意外と不便なスキルなんですね」


「それだけ有用なスキルと言う事です。観察する事だけを考えたら、ずっと『影武者』にやらせていれば良い訳ですから。ワタクシたち【世界観察者】に求められているのは、データ上では分からない些細な変化を見逃さない事なので」


「見逃していた人間の言えた事じゃないわね」


 キリッと【世界観察者】の矜持を口にしたトンブクトゥだったけれど、クロリスの1言に水を差されてシュルシュルと小さくなってしまった。


「すみません、まだ新米なもので。何がチートでバグでグリッチか、判断するのにデータと見比べずには測れないのです」


 まあ、僕だってつい最近まで、ずっとレベル1だった訳だし、右も左も分からなければ、迷うのは仕方ないよねえ。僕もスキルをマニュアルで使うの、クロリスに教わったし。ん?


「【世界観察者】は、別にユニーク職業な訳じゃないですよね? なら新米でも、先達があれやこれや教えてくれるんじゃないですか?」


 目を逸らされた。しかしクロリスに回り込まれた。


「…………ハハ。いやあ、あれやこれや教わりはしたんですけど、やっぱり座学と実践は違うと言うか、実際に対象と接触して、その動向を観察するとなると、自分とのプレイングの違いで、こんな事が出来るはずない。ってなるんですよねえ」


「私もゼフもグレイも、あなたとは違う考え方を持つ、ひとりの個体よ。その個性(キャラクター)を否定していたら、誰を観察しても、不正をしているようにしか見えなくなるんじゃない?」


「ハハ、仰る通りです。ですのでこれからも皆さんをつぶさにこの目と耳、全身を使って観察させて頂きます」


 どうやら話は纏まったかな? ちらりと門番さんの方を見遣れば、そろそろ僕たちの番のようだ。では、地獄へ参ろうかな。


 ✕ ✕ ✕ ✕ ✕


 そこは正しく地獄であった。1歩門外へ出ると、横殴りの雨がスライムスーツをバチバチと叩き、地上では岩さえ巻き上げる竜巻がそこかしこに点在し、轟音とともに(いかずち)を降らせる黒雲を見上げれば、赤い電光が雲に筋を刻んでいる。


「行くよ」


 隣りでクロリスが『旋嵐の防壁(ストームプロテクト)』で身を守るのを見ながら、ピカッと『スポットライト』で全身を光らせると、それを感じ取ったらしいウェザースライム亜種(仮)の動向に変化が現れる。


 僕目掛けて幾条もの雷が降り注ぎ、豪雨と竜巻が僕へ向かって襲い来る。が、既にそこにいる僕は分身だ。僕自身は光学迷彩で世界からその姿を隠すと、全速力でその場から逃げ去る。


 ウェザースライム亜種(仮)も、攻撃が無駄に終わった事をすぐに掴み、空気の流れから僕の位置を割り出す。それは僕も織り込み済みだ。


 またピカッと光って分身を作ると、それを囮にその場から逃げる。これを高速で繰り返しながら、南地区へ向かって前進を続ける。


(早い!)


 僕が大蛇古道(オロチこどう)を直進していると理解したウェザースライム亜種(仮)は、僕が進もうとする前面に、竜巻と雷を起こして立ちはだかる。


(仕方ないか)


 多少遠回りとなるが、大蛇古道から外れる場所にも足を踏み入れながら、僕はストップアンドゴーを続けた。


(これで多少撹乱してくれれば良いのだけれど)


 僕の狙いが理解出来たらしいウェザースライム亜種(仮)は、今度は、竜巻ではなく、南地区周辺全域に暴風を作り出し、僕の前進を少しでも遅くさせる方向へ行動をシフトさせた。当然と言えば当然なのだけれど、スライムダンジョンの普通のスライムと比べれば、格段に頭が良い。


(けれど、そんなに全力を使って大丈夫なのかい?)


 僕の歩みは確かに遅くなったけれど、それでも進めない程ではなく、雨に打たれ、風に吹かれ、時に雷を近くに落とされながらも、僕は着実に南地区へと進み続けた。


 それはスライムスーツの耐久力あっての事だけれど、それはウェザースライム亜種(仮)の予想を上回る行動であり、予想を上回る行動をされたならば、ウェザースライム亜種(仮)としても、それ相応の行動をしなければならない。


 どこに動くか分からないならば広域に更に強力な暴風を吹かせ、少しでも僕が光ったならば、全力でそこへ豪雷を落とす。その繰り返しは、相手が魔王候補であったとしても、着実にそのMPを消費させるに足る行動であったらしく、僕が南地区に到達する頃には、空の黒雲は薄っすらした灰色の雲へと変化し、ところどころから陽光が差し出す程に、天候が回復していた。


「ふう……、何とか辿り着けた」


 南地区の北東の大門に手をつきながら、スライムスーツを弛め、タートルネックを口元から外してフードも外し、自分が来た道を振り返っては、陽光を反射して輝く雨跡の美しさに、ほんの少しだけ見惚れるのだった。


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