目に見えるもの
「ただいま戻りました〜」
洞穴を抜けた先を少し行ったところに、中継地点となる転移陣があったので、それに登録して冒険者ギルドに戻ってきた。
疲れた。精神的にはまだまだ先へ進めそうだったが、スライムスーツが熱過ぎて、1回戦闘をする度に休憩を取らないといけないのが、体力的に疲弊する。僕はぐてっとなりながら、いつものカウンター席に腰掛ける。
「お疲れ。どうだった『亜竜の巣窟』は?」
ギルマスがいつもと変わらず水を差し入れてくれる。
「1階層を半分くらいは進みましたね」
「お? やるじゃないか。蒼炎の翼だって、最初の攻略では初めの洞穴から逃げ帰るので精一杯だったんだぞ?」
「へえ。まあ、僕の場合はパーティの仲間が仲間なので、卑怯ですからね」
「確かにな」
ギルマスは、クロリスやグレイにちらりと視線を向けながらカラカラと笑う。
「それで? 南地区の件、どうにか出来そうなのか?」
一頻り笑った後、真剣な表情になったギルマスが、僕の目を覗き込むように尋ねてきた。
「どうでしょうねえ。このスーツの性能実験の結果からして、短期決戦でなければならないのは分かりました」
「いやいや、そのスーツでなくても、あんな継続HPダメージを受け続ける場所で闘うとなったら、短期決戦になるだろ?」
それもそうか。幾ら大量にHPポーションを用意したところで、活動限界はあるよなあ。その限界の中でどれだけ早く向こうの弱点であるスライム核を見付け出し、そこを急襲出来るか。今回の南地区の件はそれが出来るか出来ないかが結果に結び付いている。
「それで? クロリスは何でトンブクトゥを睨んでいるの?」
クロリスとトンブクトゥが、僕の横で何やらバチバチしているんですけど?
「こいつに、ゼフと同行する資格があるかを確かめる為よ」
僕と同行する資格? 僕がトンブクトゥに同行する資格じゃなくて?
「いや、確かに、契約を打ち切れば、トンブクトゥと同行する理由はなくなるけれど、それでトンブクトゥがこちらを観察するのを止める事は出来ないと思うけれど?」
「それでも、こいつを同行者として横に置くのは、私の気分的に嫌なの」
我儘な女帝様だ。
「トンブクトゥ、何をしてそんなに怒らせたの?」
「いえ、それは……」
僕に聞かれるのは憚れるのか、トンブクトゥは僕から目を逸らす。
「こいつはゼフがチートなんかで、ズルをしているって思っているのよ」
ああ、その件ね。グリッチだなんだと、僕がやる事にあーだこーだ言っていたなあ。
「僕がチートだと問題なんですか?」
真剣にトンブクトゥを見詰めると、観念したのか、トンブクトゥはステータスウインドウから僕たちパーティに対して、ボイスチャットを申請してきた。YESを押下して、トンブクトゥの話を聞く。
「グリッチならば、それが出来なくなるように、環境設定を変えるように申請すれば良いのですが、もしもゼフュロスさん自体にチートが使われていた場合、最悪、ゼフュロスさんの存在を抹消しなければなりません」
「抹消……」
自ら『DEADOUT』のボタンを押して、存在を消すのではなく、トンブクトゥの一存で僕の存在が消されるって事か?
「あくまで最悪の場合です。修正で直せるならそのように取り図られる事になるかと」
でもそれって、ステータスや行動、性格が勝手に変更されるかも知れないって事だよね? 結局、元々の自分じゃなくなる。って事か。はあ。悪い事をしてきたつもりはないし、そう言うのは自分とは無縁だと思っていたんだけどなあ。
「まあ、今回はそんな事にはなりませんから安心して下さい」
血の気が引き、不安で胃が重くなるような感覚に陥っていた僕に、それを笑い飛ばすように、トンブクトゥは笑顔を見せた。
「じゃあ、ゼフがチートじゃないと認めるのね?」
尋ねるクロリスに、トンブクトゥは頷き返す。
「そうですね。元々ゼフュロスさんのデータに改竄された後は見受けられませんでした。ただ、そのデータと現実に動くゼフュロスさんの動きに大きな齟齬があったので、それがチートではないかと疑っていたのですが、どうやら、こちらの勘違いだったようで」
これを聞いて、ホッと安心の溜息が出る。だがそれだと疑問が出る。
「じゃあ、トンブクトゥは何を判断材料に、僕がチートじゃないと判断したんですか?」
「マスクデータです」
「マスクデータ?」
何それ?
「我々【世界観察者】にも、閲覧制限と言うものがあり、ワタクシが見える範囲を超えた隠されたデータと言うものが存在するのです。ゼフュロスさんの行動を観察していて、その部分の働きが大きいと、ワタクシは判断しました」
どう言う事? 意味が分からず、クロリスに解説を求める。
「つまり、トンブクトゥはゼフのプレイスキルの高さが、他のプレイヤーやストレンジャーと隔絶していたから、チートと勘違いしたのよ」
んん? そんなに卓抜したプレイスキルを持っているとは思わないんだけどなあ。
「ふふ。ゼフュロスさんご自身は基本的に他の冒険者たちと共闘する事がないので、比較出来ないのでしょうけれど、ワタクシから見たら、他の誰よりも面白いプレイングをしていますよ」
そうなんだ。そうなのか?
「普通、ストレンジャーはゼフみたいに勝てるか分からないモンスター相手に、1人で特攻したりせず、安全マージンを取って闘うのよ」
とクロリスが教えてくれた。そうなのか。そうなのか?
「僕も洞穴でワイバーン釣りしたり、安全マージンを考えて行動していたけれど?」
「最後、勝てるか分からない中型ワイバーン相手に、1人で突っ込んでいっていたじゃない」
言われてみれば?
「それだけでなく、ゼフュロスさんの闘い方は、スライムから核を取り出す作業や、ワイバーン釣り、クロリスさんとグレイさんに服を用意したり、スライムスーツを使った分身など、クリエイティブに富んでいるのも特徴です。恐らくそのクリエイティビティが、ご自身の身体や頭脳を十全に扱わせており、その為に行動がステータスよりも高いパフォーマンスを出していたので、ワタクシの目からはチートのように見えていたようです」
そうなのか。そうなのか? まあ、結局トンブクトゥの勘違いで、僕は存在を抹消される事はない。で良いんだよね?
「僕、このままで良いんだよね?」
「はい」
「当然よ。抹消なんて決定されても、私が覆すわ」
トンブクトゥとクロリスが保証してくれたので、それならこの件は忘れて、このまま南地区の案件に取り掛かろう。いつまでも考えていたら、ゾッとしたままトンブクトゥとの距離感に悩んで仕方ないだろうし。




