厄介な相手
「ここで最後か」
『マッピング』しながらこの洞穴の最奥の部屋まで来たけれど、ワイバーンの姿はなし。リポップにはそれなりの時間が掛かるようだ。まあ、それ以外━━、ブレッドマン以外にも、蝙蝠型のコンバットバットや、百足型のコイルセンチピード、幼虫型のヒートグローワームなどが存在していたが、ここら辺はブレッドマンと違う在来種で、ワイバーンよりもリポップが早いようだったので、少し面倒だった。
「さて、ここの宝箱には何が入っているのかなあ?」
ここまでは最初のランダムスキルスクロールが1番良くて、それ以降はあんまりだった。いや、中級ポーション×10とかはきっと良いものなんだろうけど、僕の場合は薬草と清浄水から、『薬膳水(低)』が作れるからなあ。あれが中級ポーション相当だから、旨味を感じなかった。
僕が宝箱に手を掛けると、カチッと言うスイッチが入ったような音が、宝箱から聞こえた。瞬間、『トラップ!』と言う言葉が頭を過ぎり、素早くその場から飛び退くと、宝箱は酸っぱい臭いの煙を発生させながら、ドロドロと溶けていく。宝箱に手を出したら、酸で溶ける仕組みが組み込まれていたようだ。
「うわあ、やっちゃったなあ」
「ここまで宝箱にも、通路にも罠は仕掛けられていなかったものね。それ系のないダンジョンだと思っていたけれど、そうじゃなかったって事ね」
「僕、罠発見や罠解除のスキル持っていないんだけど」
「それは次の洞穴で、ランダムスキルスクロールから出るのを願うしかないからんじゃない?」
そうなるのかあ。
「いえ、もう1つ【探究者】レベルが上がれば、『罠発見・解除』のスキルは覚えるはずですよ」
とトンブクトゥが教えてくれた。
「そうなんですか?」
「今、【探究者】のレベルが4ですよね? 【探究者】レベル5で、確定で『罠発見・解除』のスキルを覚えるはずです」
成程、『マッピング』に『罠発見・解除』。ダンジョン探索には必須のスキルだ。【冒険者】よりもより探索向きなスキル構成になっていると考えるべきだろう。
「普通は【探究者】になるより先に、【盗賊】や【偵察】にジョブチェンジして覚えるんですけどね」
そんな感じにトンブクトゥは苦笑いとともに教えてくれた。
「まあ、僕の場合はスライムダンジョンからいきなり、Cランクダンジョンの隠しダンジョンに潜ってしまったので、ジョブを変えるどころではなかったので」
「ハハハ」
ちょっとしたジョークのつもりで口にしたのに、トンブクトゥの反応は、棒読みと言うか、乾いた笑いだった。目が笑っていないな。それよりも、
「何か、ずっと煙が出続けているんだけど?」
未だ煙を出し続けている宝箱を見ていると、その煙が1ヶ所に集まり始めた。何事? とその様子を観察していると、それが凝縮して形を成す。
「━━!」
ブレッドマンだった。でも他のブレッドマンとは違い、ところどころカビている。鑑定するとその違いが分かった。
『カビクリームパーン』:クリームパーンが不衛生な場所に封じられていた為に、腐ってカビを生じさせるに至った存在。美味しく食べられずカビた事への怒りから、凶暴化している。
「あんなブレットマンは、前回のイベントにはいませんでした」
トンブクトゥ曰く、初出のモンスターであるらしい。そりゃあ上としても、同じ事の焼き回しでは芸がないか。
「━━! ━━!」
凶暴化しているカビクリームパーンが何やら声を発すると、全身のカビが増殖し、白い胞子と黒い胞子を放出してきた。これはヤバい。僕やグレイ、ついでにトンブクトゥは大丈夫でも、
「クロリス!?」
「問題ないわ! 『風の防壁』!」
クロリスは直ぐ様、風を自身の周囲に展開し、カビが付着するのを防ぐ。それと同時に自動反撃の光の矢がカビクリームパーンに向かって放射された。
ドスドスッ! と光の矢はカビクリームパーンに命中するも、
「━━!!」
カビクリームパーンが何やら叫ぶと、パキンと壊れる光の矢。そして命中した部分に出来た穴は、カビに覆われて塞がれてしまった。
「生半可な攻撃は受け付けない。って訳か。グレイ、ごめん!」
僕はこれを見て直ぐ様グレイを蛇腹剣状態で腰から引き抜くと、その蛇腹剣をカビクリームパーンに向かって突き出す。
グレイは文句の1つも言わず、己の節刃をカビクリームパーンに巻き付け、奴をバラバラにしてみせるが、バラバラになった側からカビの菌糸が伸びて、切断面を接着させる。
「斬るのも突くのも効果なしか」
グレイを蛇腹剣から剣状態に戻して、相手の出方を窺っていると、
「━━!!」
凶暴化しているカビクリームパーンは、高速で僕に接近し、その両の拳を握り締めて、僕へと猛攻を仕掛けてきた。
避けられないと判断した僕は、スライムスーツを硬化させてそれを耐えるが、連撃でありながら、一発一発が重い。一撃毎にずりずりと後退させられていき、僕は壁際まで追い込まれてしまった。
「━━!! ━━!!」
このまま攻撃を受け続けるのは不味いと判断した僕は、何とかカビクリームパーンの攻撃の間隙を縫って、一撃を食らわせるも、ボスッと手応えのない感触が拳に返ってくるだけで、僕が開けた穴は、直ぐ様カビが修復してしまう。これ、カビクリームパーンって言うか、クリームパーンカビだろ。
「ゼフ、そこから避けなさい!」
カビクリームパーンの後ろに回ったクロリスからの言に、素早く反応した僕は、前蹴りで何とかカビクリームパーンから距離を取ると、左へと横っ飛びでその場から逃れる。
「『衝撃の雷光!』
クロリスの重ねた両手の指先から豪雷が迸り、カビクリームパーンの身体を貫くと、カビクリームパーンの身体が雷の電熱で膨張して弾け飛んだ。
「うわあ……」
流石にこの威力には耐えきれなかったようで、カビの胞子を部屋中に霧散させて、光の塵となって消えた。
「全く厄介な」
カビクリームパーンを倒したクロリスも、突き出していた両手をだらんとさせて肩を落として、厄介なモンスターの出現に嘆息していた。
「お疲れ様〜」
「本当よ。多分あいつを倒すには、高火力で燃やすのが正解なんでしょうけれど、私火炎系統の魔法使えないのよねえ」
元々が花の妖精であるフェアリーだもんなあ。幾ら進化しても、火炎系統は覚えないようだ。
「それよりも早く出ましょう。あいつの最後っ屁のせいで、部屋が煙いわ」
確かに。カビクリームパーンが爆散したせいで、部屋がカビ塗れ……、
「早く出よう!」
「え、ええ」
『どうした(のよ)?』
僕が皆を急かすように、この部屋から飛び出ると、僕たちが出た直後に、部屋の全面に付着したカビから、僕の腰くらいある茸が生え出した。
「何あれ?」
部屋の外から様子を窺う僕たち。クロリスが思わず呟くのも分かる。茸たちを観察していると、その柄に手が生え足が生え、徐ろに動き出す。みるみるうちに、部屋は大量の茸マンたちで埋め尽くされてしまった。
「気色悪いのよ」
「やられた後でさえ置き土産を残していくとは、とことん厄介な手合いであるな」
グレイも顔を顰めている。
「まあ、でも、あれだけしっかり実体があるなら」
僕はグレイを蛇腹剣にして、部屋を埋め尽くす茸マンたちを攻撃する。すると今度はグレイが一撃当てるだけで、茸マンたちは光の塵となって消えていくのだった。
「良かった。最悪ではなくて」
「そうね。こいつらもあのカビパンみたいに高火力で燃やさないと、ってなると面倒だったわ」
僕の言に同意してくれるクロリス。本当に厄介だなカビパン。
因みに奴を倒して手に入ったのは、『カビクリームパンシール』と言う他の白バックにパンが描かれたシールと違う、黒バックにカビたパンが描かれたシール。それに除菌剤だった。ついでにこの茸たちも除菌剤をドロップした。なんだかなあ。




