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0と1の世界でブラックシープ共は夢に溺れる  作者: 西順
第一章 異分子の台頭

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高速度体験

「ここが『亜竜の巣窟』かあ」


 転移陣から指定して転移し、Aランクダンジョン『亜竜の巣窟』へとやって来た。そこはペンペン草1本生えてない荒涼とした大地が広がり、その最奥に、雲を突き抜け高く(そび)える活火山が鎮座するフィールドタイプのダンジョンだった。


「ウィンザードたちは何階とか階層を口にしていたけど、そういうタイプのダンジョンじゃないのか?」


「階層型のダンジョンは、あの火山の中に存在するんです。あの火山が亜竜の住処となっており、その住処を攻略するのが、『亜竜の巣窟』です」


 とトンブクトゥが説明してくれた。へえ、そうなのか。


「じゃあ、第1階層はフィールド探索なんですね?」


「いえ、ここは第0階層です。あくまであの火山が『亜竜の巣窟』ですから」


「そうなんだ……」


「それよりも、早くこの場から離れ、『亜竜の巣窟』へ向かう事をお勧めしますよ」


 え? 何で? と聞くよりも早く、僕の立っている場所が翳った。何事だろうと上を向けば、3頭の茶色にくすんだワイバーンが、鈍色の空からこちらを見下ろしており、その口は、炎が出す光で煌々としていた。


 ヤッバい! と瞬時に悟った僕は、逃げ出すようにその場から駆け出す。それと同時に、僕が先程までいた場所から、強烈な熱波が押し寄せるのだった。


(絶対あのワイバーンたちが炎のブレスを吐いただろ! だからって振り向いている場合じゃないか!)


 僕は緩めていたスライムスーツをぴったりフィットさせると、タートルネックで口を覆い、フードを被ると、完全防備状態となり、全力で走り始める。


「うおっ!?」


 実際にスライムスーツを扱ってみると、自身が強化されているのが一目瞭然だった。まず身体が軽い。いや、軽いと言うよりも、別の力で前へ前へと押し出されているような感覚で、下手をしたらつんのめって転んでしまいそうな推進力だ。


 それに合わせて、視界に映る光景が、光や色だけ残して、後ろへと曳行されていくような不思議な景色が目に広がる。


「ギャアアアッ!!」


 上方から不快な鳴き声が聞こえて見上げれば、前方から1頭のワイバーンがこちらへ向かって突進してきていた。


 スライムスーツの推進力の凄さにまだ慣れないせいで、細かな方向転換は難しそうだと判断した僕は、上空から突っ込んでくるワイバーン相手に、左拳を握り締め、推進力を乗せたパンチをワイバーンの顔面にお見舞いしてやった。


 ドムンッ!! と言う、何とも不思議な感触が左拳から伝わってくる。振り抜かれた拳は確かにワイバーンの顔面に直撃し、そして突進してきたワイバーンを、見事に吹っ飛ばした。


「おおっ!!」


 ここで、ズザザザザザッ! と『強制停止(フォースストップ)』で無理矢理停止しながら、吹っ飛んだワイバーンからの反撃に備えて腰からグレイを引き抜くも、僕に吹っ飛ばされたワイバーンは、地面の上でピクピクと痙攣していた。


「死んではいないけれど、もう死に掛けている?」


 ワイバーンをパンチ一発で瀕死に追い込むとか、STRの強化も凄いな。とりあえず、この場でこのワイバーンを放置しておく理由もないので、グレイでサクッと首を刎ねる。


 う〜ん、これだけ強化されているなら、さっきのワイバーンたちも余裕で倒せるはず。と振り返ると、トンブクトゥが青ざめていた。


「どうしました?」


 心配して尋ねると、その場にへたれ込むトンブクトゥ。


「い、いえ、ワタクシは『目標追跡(ターゲットトレース)』と言うスキルのお陰で、ターゲットに設定した相手から、一定以上離れた場合、即座にそれを自動追跡するように設定しているのですが、今まで体験した事がない速度だったもので、少々驚いてしまいまして」


 はあ? 顔が青ざめる程速かったって事かな? 僕の主観ではどれだけ速度が上がったのか分からないので、クロリスに客観的な意見を求めると、


「トンブクトゥがゼフに引き摺られるように移動していて、面白かったわ」


 と言うクロリスの主観が返ってきた。でも、トンブクトゥが引き摺られていた。と言う事は、トンブクトゥを置いてきぼりにするくらいには速かった。と言う事だろう。どうしよう。


「少し速度を落とした方が良いですか?」


「いえいえ! ワタクシが勝手に付いてきているようなものですから! ゼフュロスさんはゼフュロスのお好きなようにこのダンジョンを攻略して下さい」


 そう口にしてはいるが、やはりその顔は青ざめている。むむむ……、どうするべきか? と逡巡する間も与えてやらない。とばかりに、上空から、先程置き去りにした3頭のワイバーンが迫ってきた。がグレイを軽く1振りすれば、それらはグレイの節刃により、直ぐ様バラバラのされるのだった。


「うむ。主殿が某を振るう速度も、前とは段違いに速くなっておられる」


「あたちもブンブン振り回されて楽しいのよ」


 グレイ的にも、僕の速度上昇は体感出来るものであるらしい。


「ゼフは大丈夫なの? そのスーツ、魔力を消費して使用者のステータスを上げるのでしょう?」


「そうなんだけど……」


 クロリスに指摘されてMP残量を確認するけれど、今ワイバーンを倒す為に使ったMPは、もう既に回復している。


「このスーツにふんだんに使用した精霊糸が、使用者のMNDを上昇させるものだったからか、使った側から回復していくね。感覚としてはプラスマイナス0って感じ。もっと速度を上げたり、防御の為にスーツを硬化させたりしたら、また違ってくるのかも知れないけど、普段使いする分には、MP消費は気にしなくて良いと思う」


「そうなのね。ならさっさと先に行きましょう。ワイバーンたちが騒がしいわ」


 とクロリスが上空を見上げれば、10を超えるワイバーンが、上空で円を描き、今にも襲い掛からんとしている様子だった。


 ✕ ✕ ✕ ✕ ✕


亜竜(ワイバーン)って、以外に脆いのね」


 火山(ふもと)の洞穴に入り込むと、外のワイバーンたちは襲って来なくなった。ダンジョン的な考察をすれば、エリアが違う。ワイバーンたちからすれば縄張りが違うと言ったところか。


「外の第0階層のワイバーンは、レッサーワイバーンなので、あれらをワイバーンの基準にしてはなりません」


 とトンブクトゥは、ゼーハーゼーハーと荒く息を吐き出しながら答えてくれた。それ程速度を出した覚えはないけれど、トンブクトゥ的には恐怖体験だったらしい。まあ、上空のワイバーン……、レッサーワイバーンに対抗する為に、こっちも飛んだり跳ねたりしたからなあ。まさか、ワイバーンが旋回する高度まで飛び上がれるとは僕も思わなかった。


「そこらのジェットコースターなんて目じゃない高速度体験でした。胃がキューっとしたかと思うと、次の瞬間にはふわっと浮遊する。自分が吐かなかった事を褒めて上げたいです」


 はあ。ジェットコースターって何?


「観察どころじゃないので、『目標追跡』切っても良いですか?」


「そこはどうぞ、ご勝手に」


 僕がどうこう口にする事じゃないし。トンブクトゥは僕が許可を出すより早く、「『目標追跡』オフ」と口にして、スキルをオフにしたようで、


「ふあああ〜〜〜〜………」


 と今度は長く息を吐き出すと、またいつもの真面目そうなトンブクトゥに戻った。スキルだけでなく、自分のオンオフの切り替えも早いな。


「ここからは更に気を引き締めて行きましょう。レッサーワイバーンたちが近寄れない、本物のワイバーンたちの巣窟ですから」


 もう恐怖体験しなくて良くなったからって、張り切ってリーダーっぽく仕切らないで欲しい。


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