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0と1の世界でブラックシープ共は夢に溺れる  作者: 西順
第一章 異分子の台頭

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事態は一向に進まず

「うう〜……ん……」


 目を覚ますと、そこに見えたのは見慣れぬ天井で、一瞬だけ自分がどこにいるのか分からなくなる。


(そうか。お客さんが減って、シューシさんの宿屋の個室が使えるようになったんだっけ?)


 記憶を照合させながら上半身を起き上がらせると、


「目覚めたか」


「おはようなのよ」


 ベッドの枕元に立て掛けられていたグレイが、目覚めの挨拶をしてくれた。


「おはよう……、ふあ」


 まだ少しボーッとする頭で返事をし、あくびをしながらベッドから下りる。今の僕は肌着しか着ていない。スライムスーツを着て寝ようものなら、熱さで睡眠障害になって途中で飛び起きていた事だろう。


(今日はスライムスーツの性能実験だっけ? 1日性能を試して、明日にもウェザースライム亜種(仮)に挑むのか)


 武者震いがする。ここまで頑張ったのだから、自分の手で事態を収拾したい。そう思いながら枕元に畳まれていたスライムスーツへ手を伸ばせば、その上では、クロリスが精霊布の端切れで僕が作ったスカーフを、掛布団のように羽織りながら、大の字になって眠っていた。大の字って何?


 まあ、それは良いとして、このままではスーツが着られないので、僕は良く眠っているクロリスを起こさないように、そうっと両の手でクロリスを(すく)うと、枕の上に移動させる。


「少し甘過ぎるのではないか?」


「なのよ」


 グレイからすると、そう見えるのだろう。いや、僕からしてもクロリスに甘いのは分かっているけれど、人形のようなクロリスを目の前にすると、僕より強いと分かっていても、ちょっとの力で壊れてしまいそうで、無下な扱いが出来ない。


「良し」


 スライムスーツを下半身だけ着て、グレイとアイテムボックスを腰に巻いた僕は、クロリスを起こさないようにそろりそろりと部屋から出ていった。


 ✕ ✕ ✕ ✕ ✕


「おはようございます」


 洗面所で顔を洗い、食堂に顔を出すと、食堂は賑やかなざわめきに包まれていた。南地区封鎖前程ではないが、客足が戻りつつあるからだ。ちらりとステージを見れば、2人のバイトさんたちが芸を披露しており、それが客にウケているようだ。


「完全に立場を奪われちゃったんですけど?」


 カウンター席に座りながら、厨房でフライパンを振るうシューシさんに愚痴をこぼす。


「そりゃあな。ゼフは冒険者なんだ。いつまでもここに縛り付けておく訳にもいかんだろ」


 その通りですけどね。2人のバイトはこの宿屋でバイトをしているうちに、個人レベルがあがったので、恒常的にこの宿屋で働く事を念頭に、芸術家ギルドで【軽業師】のジョブに就いたそうだ。今もステージで皿回しやらバランス芸を披露している。


 こうした動きはこの宿屋だけでなく、この宿屋に客を奪われた他の宿屋や食堂などでも、ステージを用意しては芸人を雇ったり、楽器を演奏出来る者を雇って客に歌わせたりと、客足を取り戻す動きは活発で、そのせいだろうか、エイトシティ東地区は、エイト地方で今1番賑わいのある地区だと噂になっているそうだ。


「まあ、街中でも大道芸人さんとか見掛けるようになりましたよねえ」


「だろ? 街自体が賑わってくれて、こっちの懐も賑やかだぜ」


 ニヤリと片方の口角を上げながら、シューシさんは僕の前にワンプレート皿を置いてくれた。今日最初のご飯は、卵焼きを挟んだロールパンに、分厚いベーコンと薄切り玉ねぎを1枚挟んだベーグル。それにアンパンとメロンパンまで付いている。


「これはまた……」


 見事にパンだらけだな。


「パン祭りのお陰でパンには困らんが、野菜に、何より果物が値上がりして、出回っていねえ。この機に乗じるにしても、やっぱり南地区の封鎖は早いとこ解決して欲しいもんだ」


 ちらりと僕の顔を覗き込んでくるけれど、僕に期待されてもな。まあ、頑張ってはいるけれど。


「解決の見込みはまだついていないんですか?」


「ああ。なんか魔王候補って言う凄えモンスターが居座っているらしい。って話は入ってくるが、それがどんなモンスターなのかは、全く耳に届かねえ。祭り前から意気込んで挑んでいた冒険者たちも、全く事態が進展しないうえに、外に出るだけで死に戻ってデスペナ食らうもんだから、段々南地区に向かう冒険者は少なくなってきて、パン祭りの方に本腰入れ始めよう。ってなってきているようだ」


「そうなんですねえ」


「それでも果敢に挑んでいる奴らも、まだ一定数いるらしいけどな」


 10日近く進展がないのは、この世界の出来事としては珍しい。毎月のイベントが10日間だからね。前回の『百魔王侵攻』だって、それくらいで各地の魔王が討たれている。イレギュラーな事態とは言え、半分の5日も経てば、何かしら進展があってもおかしくないのに、これじゃあ、シューシさん一家を始め、シチズンは生活が安定しなくて困ってしまうだろう。


「まあ、冒険者として頑張りますよ」


「おう! 頼むぜ! 我が宿屋の救世主殿よ!」


 あれで救世主扱いされても困るし、あれって外のウェザースライム亜種(仮)とは全く関係ないよねえ?


「おはよう……」


「おはようございます」


 そこへやって来たのはまだ眠そうな目をして、精霊布のスカーフを、ゆったりドレスのように着込んだクロリスと、寝起きとは思えない、しゃっきり、お目々ぱっちりのトンブクトゥだった。


「良く眠れた?」


「ええ……」


「はい! 今日も1日同行させて頂きます」


 まだあくびが止まらないクロリスは、僕が食事している横で、スカーフに(くる)まって二度寝を始め、トンブクトゥは今日も同行する気満々で、クロリスを間に置いてカウンター席に座ると、モリモリとパンを食べ始めるのだった。


 ✕ ✕ ✕ ✕ ✕


「おう、おはよう」


「おはようございます」


 8日振り? に冒険者ギルドのギルマスの顔を見た気がする。いつものようにカウンター席の端っこに座ると、ギルマスが水を差し入れてくれた。


「それがゼフの新しい防具か?」


「ええ」


 全身コバルトブルーのスライムスーツは、周囲の目を引くらしく、ギルマスだけでなく、他の冒険者たちもチラチラこちらを見てくる。


「何と言うか…………、前衛的? だな」


 それは褒められているのかな?


「トンブクトゥは、出来上がった時に未来感があるって言っていましたね」


「未来感……?」


 ギルマスはトンブクトゥにちらりと視線を向けるも、首を傾げる。ピンと来ていないらしい。まあ、僕もピンと来ていないけど。


「今日はどうするんだ? こっちに顔を出したって事は、ダンジョンに挑むのか?」


「はい。このスーツの性能実験をしたくて。どのダンジョンが良いですかね?」


 僕が尋ねると、腕組みして考え始めるギルマス。


「今はイベント期間中で、いつものダンジョンにもブレッドマンが出現するから、ここがお勧めとは、一概にどこも勧められないんだよ」


 とここまで口にしてから、ギルマスはその強面の顔を僕に近付けてきた。一瞬ドキッしたが、内緒話か。とガテンがいき、耳をギルマスに向ける。


「どうせだったらこの隙に、『亜竜の巣窟』に挑戦したらどうだ?」


「あ……ッ!」


『亜竜の巣窟』!? 思わず変な声が出そうになって、慌てて僕は口を押さえる。


「それって、ウィンザードたち蒼炎の翼が、まだ攻略出来ていないAランクダンジョンですよね?」


「今のゼフに攻略出来るかは分からんが、Bランク冒険者でも、1つ上のAランクダンジョンに挑む事は可能だぞ?」


 うう〜〜ん。どうなんだ? 僕としては性能実験が出来れば良いんだよねえ。最悪、岩を殴ったり走り回ったり出来れば良い訳で、あまり相手をするモンスターが強過ぎても、正確な情報が手に入れられないような気が……、


「良いんじゃないですか?」


 そう口にしたのはトンブクトゥだった。その顔はいつもの澄まし顔で、意図が読み取れない。それが分かってか、口元を水で濡らしてから、その意図を話し始めた。


「『亜竜の巣窟』にいるのは亜竜(ワイバーン)。空のモンスターです。今回の件を鑑みても、相手取るには良いかと」


 成程。空のモンスターを相手に、どれだけの事が出来るかを推し量るには適している相手って事か。


「じゃあ……、やってみるか」


 まさか僕が『亜竜の巣窟』に挑むなんて、1ヶ月前の自分に教えても、信じなかっただろうなあ。


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