後ろ髪引かれる
「勝った……の?」
呆然とする僕に、クロリスはサムズアップで応える。
「そっか……」
裏ボスのブルーミングトレントに勝った。勝ったのはクロリスだ。僕は邪魔をしていただけ。それなのに、レベルが上がっている。幾つかスキルも獲得している。
「ズルいなあ」
「ズルい? パワーレベリングなんて、人間なら普通でしょ?」
いつの間にか、僕の眼前にまで来ていたクロリスが、僕の呟きに対して、不思議そうに尋ねてくる。
「そうだね。人によってはそれが許される人もいると思う」
「自分は許されない、と?」
不思議そうに首を傾げるクロリスに、僕は説明する。
「ツアーって知っている?」
「ツアー? 聞いた事がないわ」
小さくてもモンスターのクロリスなら、知らないのが当たり前か。
「ツアーって言うのは、レベル1の冒険者に対して、冒険者ギルドが行っているサービスでね。お金を払って、1番ランクの低いFランクのダンジョンを、先輩冒険者が、新人冒険者を、クリアまで引っ張っていってくれるものなんだ」
「へえ。そんなのがあるのね。で、ゼフはその抽選にでも漏れたのかしら?」
勘が良いクロリスが、当たりを付けて尋ねてきた。でも違う。
「ツアーに申し込めるのは、ギルドが期待している新人だけなんだ。シャムール様が下さる称号にも、ランクや得意不得意があるから、ダンジョン攻略に向いていない称号の者や、ランクの低い称号しか貰えなかった新人は、そのツアーから弾かれるんだよ」
「成程。ゼフは弾かれた組なのね」
僕はこれに首肯する。僕は一縷の望みを持って、ツアーコンダクターの先輩冒険者に頼んでみたけど、変な顔をされて断られただけだった。
「新人プレイヤーへの、チュートリアルってところかしら」
「え?」
「ああ。私たちには関係のない話だから、気にしなくて良いわよ。それなりのランクの称号持ちでも、ツアーに参加しなかった人だっていたんでしょう?」
「それは……、まあ」
僕と同期でツアーに参加したのは、蒼炎の翼だけだ。確かに、他の新人はツアーに参加出来るだけのランクの称号持ちでも、参加していなかった。
「まあ、そんなものよ。世の中、あいつらが楽しめるように創られているんだから」
どこか悟ったようなクロリスの言葉に、僕は首を傾げるしかなかった。
「さて、ここの裏ボスも倒した事だし、ゼフのホームに帰りましょうか」
これ以上の問答に意味はない。とでも言いたげに、クロリスは転移陣へと引き返そうとする。
「うん。…………あ、でも、まだブルーミングトレントの素材を回収してないや」
戻ろうとしたところで、僕は不意にそれを思い出した。思えばクロリスと最初に出遭った時も、素材回収していない。ダンジョン内で倒されたモンスターは、もれなく素材となるが、それを暫く放っておくと、その素材も消えてしまうのだ。勿体ない事をしたと言う思いと、アイテムボックスを持っていない僕では、素材を持ち切れなかっただろうから、あの時の事はなかった事としよう。
でも流石に裏ボスの素材を、1つも持って帰らないのは金銭的にも、僕の心の安寧的にも、後ろ髪引かれる。なので枝の1つでも持って帰ろうとしたところで、
「あれ? ない?」
僕はそこで初めて周囲に散らばっていたはずのブルーミングトレントの素材が、花びらの1つもない事に気付いた。
「素材なら、私が回収しておいたわよ」
「い、いつの間に!?」
「私、『自動回収』のスキルを持っているから、敵を倒したら、自動的に私の『ストレージ』に回収されるの。わざわざ拾っていたら、面倒じゃない」
まるで当然の事のように口にするクロリスだけど、待って。『自動回収』に『ストレージ』? どっちも高位のスキルじゃないか! ウィンザードたち蒼炎の翼だってまだ獲得していないスキルだ。
「さ、流石は女帝様」
「変なところで見直すわね」
褒めたのに、なんか変なものを見るような目を向けられた。
「まあ、そんな訳だから、ここにはもう本当に用はないの。久し振りに、人間のベッドで寝たいから、もう行きましょう」
流石に裏ボスとの戦闘で疲れたのだろう。クロリスは空中で伸びをしながら、「ふわわ」と欠伸をする。
確かに、後ろ髪を引かれるも、もうここに用はない。この巨木が消えて出来た大穴も、ダンジョンが勝手に修復して、またここに裏ボスのブルーミングトレントを配置する事だろう。さりとて何故か僕は名残惜しさを持ちつつ、一度振り返ってからクロリスに付いていこうとして、
「待って!」
とクロリスが転移陣へ行こうとするのを制止した。
「何よ?」
裏ボスを倒して、気分晴れやかだっただろうクロリスが、胡乱な目をこちらへ向けてくる。でも今はそんな些末事よりも重大な事態だ。
「あれ見て! 大穴の下に横穴がある!」
「横穴?」
僕の言葉が信じられないのか、クロリスは僕の横にやって来ては、僕と目線を同じくして、大穴を覗き込む。
「確かに……。こんなの、以前のパーティからは聞いていないわ。きっとあいつら、ブルーミングトレントを倒した事に浮かれて、あれを見逃していたのね。大発見じゃない、ゼフ!」
僕を見て、目をキラキラさせるクロリス。
「行くわよ!」
「いきなり!?」
そして猪突猛進とばかりに、クロリスは直ぐ様その横穴へ特攻するのだった。分かっていたけど、クロリスの闘争本能も相当なものだ。
✕ ✕ ✕ ✕ ✕
「おお……」
クロリスに続いて大穴を滑り降りた僕は、横穴の入り口で立ち止まって(実際には浮いて)、中を覗き込んでいるクロリスの横に並ぶ。成程、これなら猪突猛進なクロリスでも、足踏みしてしまうだろう。
横穴の先は、広い螺旋階段となっていた。ここから向こう側まで、200メートルはある。階段の幅自体10メートルある程だ。その螺旋階段を、スケルトンやゾンビ、レイスなど様々なアンデッドモンスターたちが、他のアンデッドと闘いながら下っている。どう言う状況? 意味が分からず、僕の足も止まる。
「『怨霊蠱毒の壺』ねえ」
ダンジョン名らしきものをぽつりと呟きながら、クロリスは上を向いた。釣られて僕も上を向くが、上は真っ暗で、そこからアンデッドたちが、湧いてきている。そう。無限リポップしているのだ。
「上は行き止まりみたいね」
「そうだね。下は…………、僅かに明るいかな?」
螺旋階段はすり鉢状になっていて、下へ行けば行く程、空間が狭くなっていっている。その終点と思しき場所は、淡い青色をした明かりで照らされていた。
「ふっふっふ〜ん。前フェアリー未到のダンジョンか。面白いじゃない! 行くわよ、ゼフ!」
「うん!」
クロリスに続いて、弾けるように返事をして、僕は自分の力量も考えず、『怨霊蠱毒の壺』に足を踏み入れた。
その次の瞬間の事だ。僕たちが入ってきた入り口が、ゴゴゴゴゴッと音を立てて閉じられたのだった。