過去の汚点
「でも、それって論理の飛躍じゃない? 幾らそのエアスライムが、HPダメージ現象と同じ現象を引き起こせるからって、あの規模はあり得ないわ。それにゼフの言では、あの天災級の気象現象の説明が付かないわ」
クロリスの言い分も分かる。しかしこれには明確な反論が僕の中にあったが、それを口にしたのは僕ではなく、トンブクトゥだった。
「それに付いては、ゼフュロスさんと同行したエアスライムが、その進化先であるウェザースライムに進化したと考えれば、可能性は見い出せます」
「ウェザースライム?」
また聞き慣れないスライム名に、クロリスが首を傾げる。
「はい。エアスライムの2つ先の進化先です。能力は先程話に出た『天候操作』。エアスライムはその体積を、最大でも10㎥までしか大きく出来ませんが、ウェザースライムまで進化すると、最大で全長1から2キロまで巨大化すると言われています。天候を操る為に、高高度に浮遊しており、人の目に触れる事は稀ですが、各地方の大回廊に100体は存在するとされ、大回廊の天候の一部を担っていると言われる存在です」
そう。エアスライムと別れた後、僕が図書館で調べたモンスターの生態図鑑にも、そのように記されていた。しかし、
「たとえ、相手がそのウェザースライムだと想定しても、規模が大き過ぎるわ」
クロリスが反論する通り、幾らウェザースライムが大きいと言っても、精々1から2キロと言う大きさだ。街to街でも、街to町でも、ファストトラベルを使わず歩けば、その距離は2日は掛かる。モンスターもいる大回廊だ。1日に移動出来る距離は10から15キロとされ、それを示すように、途中途中にはマイルストーンが置かれ、それがセーフティゾーンの役目を担っている。
つまり街to街でもウェザースライムの20倍はあるのに、エイトシティ南地区全域を封鎖させる程に巨大なウェザースライムと言うのは、現実的ではない。
「そもそも、ゼフの旅に同行したのはエアスライムでしょ? それとも、そのエアスライムはウェザースライムまで進化したの?」
クロリスの疑問はもっともで、トンブクトゥも疑惑の視線を向けてくるし、グレイも僕の腰を締め付けてくる。
「僕が別れた時に見たあの子の最後の姿は、エアスライムから進化するところだった」
「最後に見たのが、進化するところ? ってどう言う事?」
まあ、疑問に思うよね。これは僕の汚点だから、あまり話したくないのだけど、話さないとこの話題が先に進まない。
「僕は、逃げたんだよ」
「逃げた? 進化するエアスライムの姿に恐怖を感じたんですか?」
トンブクトゥの質問に、僕はイエスともノーとも言えず目を瞑る。
「エアスライムと旅を続け、どうにかこうにかエイトシティ南地区目前まで辿り着いた僕たちだったけど、その行く手を阻むように、運悪くモンスターの集団に遭遇してしまってね。エアスライムが孤軍奮闘する中、凶悪なモンスターに恐れをなした僕は、エアスライムをその場に置き去りにして、その場から逃げ出してしまったんだ。ある程度戦場から離れた僕が振り返ってみると、そこに見えたのは、戦闘の中心で竜巻を巻き起こし、僕たちを襲ったモンスターたちを薙ぎ倒している暴風の姿だった」
「それがエアスライムの進化した姿だと?」
今度の問いには首肯で返す。
「一瞬でモンスターたちをバラバラにしたその竜巻は、モンスターを倒したその姿で、僕を追い掛けてきた。その姿があまりに恐ろしくて、僕は必死になってその竜巻から逃げ出した。走って走って走り続けて、気付けば僕はここ東地区の南西門まで辿り着き、振り返ると竜巻は既に僕を追い掛けてきてはいなかった」
なんて恥ずかしい話か。今思い返せば、あのエアスライムは、ただこれまで同様に僕と同行しようと、その身を翻らせただけだったのだろう。それなのに、こっちで勝手に恐怖して、僕はあの戦場からも、あのエアスライムからも逃げ出した。僕はなんて、
「格好悪いわね」
クロリスの言葉にハッとなって目を見開き顔を上げれば、腕組みしたクロリスが僕を見下していた。
「どのモンスターにだって、少なからず感情があるのよ? ましてや旅を一緒にした相手が、自分の姿に恐怖して逃げ出したなんて、そのスライムがどれ程傷付いたか、同情するわ」
クロリスの言葉は正しい。だからその突き刺すような視線から、目を逸らすように俯くも、僕の腰のグレイの洞のような目と目が合い、何とも気不味い雰囲気から逃げ出す事が出来なかった。
「その可哀想なスライムが、ウェザースライムまで進化して、久方ぶりにゼフの姿を見付けて感情が暴走した。ゼフはそう考えているのね?」
頭の上から響くクロリスの声に、歯を食いしばりながら頷く。
「それが分かっているなら十分。私たちがゼフとそのスライムを逢わせてあげる」
その言葉に顔を上げれば、クロリスが笑顔でサムズアップをしており、腰のグレイも、僕を勇気付けようと強く引き締めてくる。これだけで涙が溢れそうだ。いや、まだだ。僕は今回の件をちゃんと清算しないといけない。
「そのウェザースライムが今回の件に関与している可能性を考慮しても、規模が大き過ぎますね」
対してトンブクトゥの声はどこか落ち着いていて、事態を俯瞰しているのが分かる声だった。だから逆に、僕の頭も冷静になった。過去の汚点と向き合いつつ、ふう、と僕は深呼吸すると、皆を見遣る。
「その事なんですが、もしかしたら今回の件、あのエアスライムが魔王候補になっているんじゃないかと、僕は思っています」
「あ……!」
「そうか!」
「そうかも知れないのよ」
クロリスとグレイは自分に共通するものを感じ取ったのか、僕の意見に納得する。しかしトンブクトゥは懐疑的だった。
「つまり、ゼフュロスさんが昔旅したスライムが、ウェザースライムよりも高位のスライムに進化して、あの大規模天災を巻き起こしている。と言いたいのですか?」
これには腕組みして唸るトンブクトゥ。
「信じられませんか?」
「……そうですね。ワタクシが考えた可能性として、件のスライムがウェザースライム亜種に変化して、他のウェザースライムをこの地に呼び込んだ為に起きた、一種のスタンピードだと考えていました。魔王候補であると考える根拠はあるのですか?」
トンブクトゥはその懐疑的な視線を僕に向けてくる。僕も大勢のウェザースライム説は考えたけれど、それでは説明出来ない現象が門外では起きていた。
「僕が『見切り』で見た限りでは、辺り一面から満遍なく攻撃を受けている印象でした。ウェザースライムであった場合、高高度からの『天候操作』による攻撃のはずです。しかし僕や、僕たちより前にHPダメージ現象に遭った人たちも、天候の変化よりも先に、HPダメージを受けていた。これは天候によるダメージではなく、エアスライム同様、僕たちが魔王候補のスライムのテリトリー内に入り込んだ為に起きた、継続ダメージじゃないかと、僕は類推しました」
これにはトンブクトゥも目を見開き、また瞑目して黙考に入る。
「…………3体目の魔王候補……」
「信じられませんか?」
「……そう、ですね。今までは、魔王候補は1地方に1から2体と思われていましたから。もし3体目の魔王候補が現れたとしたら、正しく前代未聞の事態です。しかもそのスライムが、シティの1地区を封鎖するまで大きいとなると、どのようにこの事態と自分の感情との折り合いを付けていけば良いやら」
事実だけを並べていけば、魔王候補が存在する可能性は高いけれど、トンブクトゥの感情的には、そんな異常事態には心が追い付かないようだ。
「それを見定めるのも、【世界観察者】の仕事じゃないの?」
クロリスにこう言われて、トンブクトゥも観念したのか、「はあ〜〜〜〜」と深く息を吐き出し、
「分かりました。とにかく今は、実地調査をしましょう」
と自分の感情は一旦棚上げして、トンブクトゥは覚悟を決めたようだ。




