大事の前の大事
「て言うか、もうイベントの時期なんですね」
イベントは毎月中頃に、10日間行われるシャムール様主催のお祭りだ。イベントの1週間前に、その月に行われるお祭りの内容が告知される。この1週間忙しくて、もうそんな時期になっていたのに気付かなかった。僕はステータスウインドウのインフォメーションを開いた。
『復刻! SPRING WELCOME FESTA!!』
「へえ、あのお祭りをもう1度やるのか」
「はい。4月は新しく何かを始める季節ですから、新規のプレイヤーを迎える為に、復刻させたのだと思います」
トンブクトゥが何言っているのか良く分からないが、プレイヤーにとっては4月はそう言う季節なようだ。
SPRING WELCOME FESTA!!は、地方内全ての都市町村のダンジョンに、ブレッドマンと呼ばれるパンに手足が付いたモンスターが現れるので、各地を巡り、そのブレッドマンを倒していく。と言うイベントだ。
ブレッドマンは都市町村数と同じく31種類存在し、各ブレッドマンを倒すと、ブレッドマンシールが手に入る。それを11、21、31種類と集めると、種類数に応じたボスブレッドマンが存在する空間に飛ばされるので、これを倒すと、限定アイテムの『チケット』が手に入る。と言う構成だ。
『チケット』には、ステータスアップチケット、スキル獲得チケット、経験値チケットと種類があるが、ボスブレッドマンを倒しても、何がドロップするかは運である。
ブレッドマンは各地のダンジョンに複数種類現れるが、現れるブレッドマンには各地のダンジョンで傾向があるので、全種類集めようと思えば、自然と各地に赴かなければならない仕様だ。
「これを機に、現プレイヤーにもメガロポリスなどの大都市や、各地に籠もってその土地のダンジョンにばかり潜るのではなく、様々な土地に行って、様々な体験をして貰いたい。と言うのが上の方針のようです」
「そう言う事だ。イベントにかこつけて、既にシャムランドで遊んでいるプレイヤーが、まだ遊んでいない向こうの世界の友人をこちらへ呼んで、各地を巡る言い分にもなるからな。上もそれに期待しているようなんだが」
トンブクトゥに続いてそこまで言ったギルマスが、腕組みをして転移陣を見ている。そこではいつになく忙しなく転移陣で移動する冒険者たちと、それに追従するシチズンの姿があった。
「ああ。シティの南地区が全面封鎖になったから、イベントに支障が出ると?」
僕の言は当たりだったらしく、ギルマスとトンブクトゥが同時に頷く。
「そう言う事だ。上もこの非常事態を重く受け止めているらしくてな、早期解決の為に、シティでBランク以上の冒険者に対して、5000万M払う。と大盤振る舞いだ」
「5000万M!? それは随分と奮発しましたね?」
思わず声が大きくなったので、最後の方は口を手で塞いでしまった。それでも目立ったらしく、何人かがこちらへ顔を向けたが、僕を見付けて胡乱な目をして、その目を逸らした。何で?
「でも、それだったらもっと騒がれてもおかしくない。と言うか、メガロポリスやポリスのAランク、Bランクが来ていてもおかしくない。と言うか。いや、直接南地区に行っているのかな?」
が、僕の予想は外れらしく、首を横に振る2人。
「A、Bランクであれば誰でも良いと言う訳ではないのです。頼む相手は厳選しています」
とトンブクトゥは少し声を潜めて口にした。
「何故です」
それに付き合い、自然と僕の声も小さくなる。
「5000万と言う金額は、メガロポリスやポリスで活動する、ここより高位の冒険者にとっても高額です。そうなると、下手をするとその5000万を巡って、冒険者同士のPK合戦に発展する可能性がある為、各冒険者ギルドから、信用に足ると評価を受けている冒険者パーティにのみ、指名でクエストを発行しているんです」
成程。5000万もあれば、あれもこれも買えるもんなあ。表面上は協力してこの問題に当たりつつ、原因が分かった瞬間裏切ってPK、手柄を自分たちだけのものにする輩やパーティがいてもおかしくないか。
「で、僕ってこのクエストが受けられるくらい、冒険者ギルドから評価が高いんですか?」
自慢じゃないが、1週間前までは最低ランクのFランクだったからね!
「ゼフの場合、隠しダンジョンの発見を秘匿せずに公にした実績と、ゼフがこのクエストを受けた場合、トンブクトゥが監視に付くと明言してくれた事が大きい」
トンブクトゥが? 横目でトンブクトゥを見れば、しれっと何食わぬ顔で水を飲んでいる。おい。
「別に、PK行為はシャムール様から許された行為ではありますが、殺った殺られたで問題解決が先延ばしとなり、イベントにズレ込むのが1番頂けないですからね」
と当然のように口を開いた。水を飲み終わって林檎ジュースを頼んでいるし。はあ。
「良く知りませんけど、トンブクトゥや冒険者ギルドに指示を出している『上』とか『運営』と言う組織は、何か情報を掴んでいて、そのうえで僕に行けと指示しているんですか?」
これにはトンブクトゥもギルマスも首を横に振るう。
「いえ、あそこは肝心なところは秘匿して、下に情報を下ろしてくる事は稀です。今回も、ワタクシにはゼフュロスさんがこのクエストを受けるようなら、同行して事態を見守れ。との指示しか受けていません。なので、何が待ち受けているのか知りませんし、上としては、別にゼフュロスさんが今回の問題を解決せず、他の冒険者パーティが解決しても、オーケーだと考えているように思えます。私見ですが」
ふ〜む。僕に直接関係がある訳ではない案件か。5000万の報酬は魅力的だけど、それだけで動くには、山が大き過ぎる気がするなあ。
「ただ、今回の一件、ワタクシはゼフュロスさんが絡んでいると思っています」
「何故?」
林檎ジュースが入ったガラスのコップをカウンターに置き、トンブクトゥはこちらに向き直った。
「まず、今回の一件が、他の地方では起きていない。と言う事。このエイト地方独自の案件なんです」
他の地方では起きていないのか。地方によって起きる現象にはバラつきがあるが、ある程度収束する傾向にある。これはシャムール様が公平を是としている神様だと誰かが言っていた。それなのに、今回の案件はエイト地方だけで起きたようだ。公平を期すなら、今回の案件自体を起こさないか、他の地方でも、都市町村にバラつきはあっても、同様の案件が起きないとおかしい。
「でも、それだけだと、僕との繋がりは薄くないですか?」
「ええ。ですが、今回の案件で犠牲者が出始めたのは、ゼフュロスさんが東地区の外、南地区に通ずる南西門側の大回廊で、自身の現在の力量を量ろうと、グレイさんを振るってから起きているんです」
「それはつまり、僕が大回廊に出たから、南地区周辺が封鎖されるようなHPダメージ現象が起きた、と?」
聞き返せば、深く頷いてみせるトンブクトゥ。トンブクトゥの頭の中では、かなり確度の高い考えらしいが、僕からは勘から導き出された主観に塗れていて胡散臭い。でもなあ。
「受けて解決出来なくても、罰則とかないんですよね?」
ギルマスに尋ねれば、こちらも深く頷いた。
「じゃあ、受けるだけ受けて、僕に解決出来ないレベルなら、他の冒険者パーティに投げよう」
「ワタクシも、それくらいの気概で良いと思います」
はあ。これは宿屋が暇になって良かった。と思うべきなんだろうか?




