表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
0と1の世界でブラックシープ共は夢に溺れる  作者: 西順
第一章 異分子の台頭

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/91

パフォーマンス

 錬金術師ギルドの工房で色々してから1週間。僕はまだダンジョンに潜っていない。潜っていない。と書くと主導的にダンジョンに潜っていないように聞こえるが、実際は潜れていないと言うのが実態だ。理由は━━、


「ゼフ!」


「はいよ!」


 シューシさんの食堂の天井近くを、クロリスの風魔法で厨房から吹っ飛んできた3つの野菜炒め。それを僕が見事にくるりと1回転しながら3枚の皿でキャッチすると、すかさず近くのテーブルの上にそれを配膳する。すると食堂に拍手が巻き起こる。


「おお! 凄え!」


「本当に料理が空飛んでいるぞ!」


 などとお客から喝采を浴びるが、どうしてこうなったのやら。いや、僕が芸術家ギルドで【軽業師】となり、『キャッチ』のスキルを覚えた事が主な要因なんだけど。


『キャッチ』:様々な物をキャッチする技能。


 何に使うんだこんなもの。と思うなかれ。見ての通り、慣れてくると飛んでくる野菜炒めをキャッチする事も簡単に出来るようになる。


 元々は錬金術師ギルドから帰ってきて、その日は食堂が賑わっており、なので当然のように食堂を手伝っていた時、たまたま娘のシナイさんとぶつかってしまい、シナイさんが落とした皿を、くるりと1回転して床に落ちる前にキャッチしたのが始まりだ。


 これを見たシューシさんや奥さんのダーラさん、それにお客までがやんやと騒ぎ立て、僕が『キャッチ』のスキルを手に入れたと知るや、それならどれくらいの事が出来るようになったのか。と初めは林檎やオレンジなどの果物だったものが、いつの間にか野菜炒めを皿キャッチするに至っていた。汁物もキャッチ出来るが、お客がヒヤヒヤするので止めてくれ。との要望で止めている。


 そんな事をしていたら、どうやらお客の中に新聞記者がいたらしく、それは翌日の新聞の一押し欄に掲載され、それを見たり噂を耳にした者が押し寄せるようになり、この1週間、お客が増える一方だ。


「やっぱり、僕のLUK(こううん)は高くないんじゃないですかね?」


「どうでしょう? お客様を呼べているので、シューシさんたちからしたら、幸運を呼び込む神の使いでしょう。それに、それを言うなら、宿屋の手伝いをさせられているワタクシも同類となりますね」


 僕に同行する事となったトンブクトゥが、僕の愚痴に愚痴で返してくる。そんなトンブクトゥも両手に皿を持ち、配膳の手伝いをしている。一蓮托生の自業自得だが、使えるものはバカでもハサミでも世界観察者でも使うのだから、この宿屋も商魂逞しい。


「喋ってないで、次、4番テーブル! 野菜炒め4つ!」


「はいいっ!?」


 クロリスが出来たばかりの野菜炒めを、4番テーブルへ放り投げる。ここから真反対じゃないか! と心の中で愚痴りながら、お客で混雑する食堂の人混みを、軽業師の『軟体』スキルで、するすると言うよりも、ぐにゃぐにゃと通り抜けて、腰のポーチ型アイテムボックスから4枚の皿を出し、ササササッと身体の頭上、前、股の下、後ろとキャッチして、4番テーブルに配膳する。


『おおおおっ!!』


 お客が盛り上がってくれるのは喜ばしいが、やっているこっちは毎日へとへとだ。臨時バイトの募集で2人入ってきたが、それでも手が回っていない。


「ちょっとクロリス、わざとバラけさせるのやめてくれる?」


 4番テーブルから厨房の方へ戻ってきた僕は、野菜炒め飛ばし係のクロリスに文句を言う。


「あら? こっちの方がお客が喜ぶじゃない」


 とこっちが何を言っても柳に風で流されるうえ、「違えねえ!」とお客たちも同意してまた盛り上がるので始末が悪い。


「って言うか、配膳係が戻ってきてどうするの?」


「アイテムボックス内の皿がなくなったんだよ」


 理由を説明すれば、クロリスはシューシさんと目配せし、シューシさんが厨房から顔を出すと、


「ええ、今、お食事の終わった皿を回収しますので、『空飛ぶ野菜炒め』は一旦ここで打ち止めでーす!」


 これに「ええーっ!?」や「そんなー!?」などと不満を口にするのは新規のお客くらいで、この1週間で増えた常連客は、「お? 次の演目か?」と沸き立つのだから、嘆息もこぼれると言うものだ。


「ええ、それでは次に、今、『空飛ぶ野菜炒め』を魅せてくれていたゼフュロスくんによる、『料理演芸』をお楽しみ下さい!」


 シューシさんがそんな事を喧伝すれば、それが何か知っている常連客たちが、俄に熱を帯びた視線をこちらへ向けてくる。それは一瞬も僕の動きを見逃さないように、との注目の視線だ。何かこんな視線を1週間浴び続けたせいで、『スポットライト』と言うスキルを獲得してしまったくらいに熱烈だ。


『スポットライト』:周囲から注目を集めるスキル。戦闘中であれば、敵モンスターからのターゲットとなりやすくなり、実際に身体を光らせる事も可能。また任意の地点を指定して、そこを光らせて、敵モンスターのターゲットを集める事も可能。生産中は周囲に見物者がいる程集中力が増し、製作物生産に上方補正が入る。これであなたもスターになれるかも?


 スターになるのか僕? 夜空のお星様かな? ……違うよね。現実逃避はここまでにしよう。


 僕が足を運んだのは、人混みに溢れる食堂で、唯一誰もいない場所。1段高くなっている、ステージ的な場所だ。ここで僕はこれから『料理演芸』スキル、つまり料理パフォーマンスをするのだ。料理パフォーマンスとは、調理自体をパフォーマンスとして魅せる技能の事だ。


 シナイさんによってワゴンで運ばれてきたのは、バスケットに盛られた果物の数々に、それを後で載せる皿。そしてクロリスだ。クロリスは僕の助手的立場だが、既にお客の中にはファンが付いていたりして、クロリスが手を振れば、「可愛い!」、「お人形さんみたい!」と老若男女問わず、その愛らしさに魅了されている。


 そんなクロリスが、ステージに上がったところで一旦お客たちを落ち着かせると、その小さな身体を目一杯使って、こちらに向かってグレープフルーツを投げてくる。


 対する僕が握るのはグレイだ。初めは包丁を使ってパフォーマンスをしていたのだが、グレイたちの方から、お役に立ちたい。との申し出があったので、『料理演芸』ではグレイを使っている。


 ヒュンッと(グレイ)を1振りすれば、それだけで、グレープフルーツは中空で皮を剥かれ、グレープフルーツの後にクロリスから投げられた皿を受け取り、グレープフルーツの下にそれを滑り込ませれば、皿に載ったグレープフルーツは、皮が剥かれただけでなく、果肉の方も一つ一つくし切りとなっていたのが分かる。


『おおっ!!』


 これにお客たちから歓声が起こる。これには僕もにっこりだが、これで『料理演芸』が終わりな訳ではない。次にオレンジ、ハニーライム、キウイ、大粒葡萄(ぶどう)1粒、チェリー、と切るものを小さくしていき、最後は小粒葡萄を房ごと投げられ、それを全て皮を剥いてくし切りにして魅せる。


『おおおおっ!!』


 これによって更に歓声が巻き起こり、これにお辞儀をして、『料理演芸』は次へ。


 次いでクロリスが両手で持ったのは林檎だ。これを投げられ、グレイを振るうも、皿に載った林檎に変化はなし。失敗か? と皆が頭に思い浮かべたところで、するするすると林檎上部から皮が細〜く剥かれていく。それを手に取り、伸ばしていけば、それは厚さ1ミリ、長さ20メートルを超える長大な皮となる。


『おおおおおおっ!!』


 更に違う林檎をうさぎりんごにしたり、スターカットと言う中心が星型になる切り方や、リーフカットで木の葉を表現したり、果肉を薄く切って、それを巻いて花を表現してみたり、とお客を飽きさせないように手を変え品を変え、林檎を切っていく。最後に『料理演芸』と『カービング』と言う彫刻表現のスキルを発動させて、林檎の表面にクロリスの顔を描けば、


『おおおおおおっ!!!!』


 とお客たちの興奮も最高潮となり、皆が席を立ち、ステージまで身を乗り出す程に食い入るような視線にお辞儀をすると、僕はグレイを持たない方の手で、お客たちの後ろを指差す。すると皆の視線は自然と後ろを振り返る事となり、その先には、誰もいなくなったテーブルがあり、そこにスイカがデンッと載っていた。


「何だ?」とお客たちが首を傾げる横を通すようにグレイを伸長させると、グレイの剣先がスイカに届き、その表面を削っていく。数刻の後に出来上がったのは、『カービング』で今日来ているお客の笑顔が描かれた彫刻であった。


『おおおおおおっ!!!!!!』


 今日一番の盛り上がりに沸くお客たちにもう1度お辞儀すると、僕はクロリスの乗ったワゴンとともにステージから去るのだった。お客へ手を振るクロリスと、腰に戻ったグレイとともに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ