旅する妖精女帝
「さ、行くわよ! …………え〜と、トム? 普通の名前ねえ……」
脳内でウインドウを開き、ひとりで何やら考え込むクロリス。そんなクロリスに僕は再度声を掛けた。
「行くわよ。って、ウインドウを見ているなら、僕のスキルも分かっているだろう? 君には全ステータスに55%のデバフが掛かっているんだ。しかも獲得経験値も55%減。更に僕はそれに加えて37%減だ。本来の実力の8%しか出せない奴とパーティ組んだって、何の得もない!」
僕は自分と言う人間の不出来さをクロリスに一生懸命説明するも、クロリスは僕には目もくれず、ウインドウを操作していた。
「うん。トム、あなた、ゼフュロスに改名しなさい」
「へ? 話聞いてた?」
「ううん。どうせ、つまらない話でしょう? 私が聞く意味がないわ。これからよろしくね、ゼフ」
この女帝、形は小さいけど正しく女帝だ。それも悪の女帝。平民の僕の話なんて耳に入れてもくれない。しかも改名? 更には呼び易いように縮めて呼んでいるし。うわっ!? なんかステータスウインドウの僕の名前が、トムからゼフュロスに変更されているんだけど!?
「どうなっているの!?」
訳が分からず声を上げると、
「五月蝿いわね、殺すわよ」
クロリスにそう脅されては、口を両手で塞ぐしかない。
「あなたは今この時からゼフュロスなの。良・い・わ・ね?」
「…………はい」
どうやら僕に拒否権はないらしい。自分のステータスウインドウの名前の部分をじっと見詰めても、触れる事の出来ないステータスウインドウに手を伸ばしても、一度変更された名前は変わらないようだ。
「え?」
しかも、「基礎レベルも、職業【冒険者】のレベルも16まで上がっているなあ」などとステータスウインドウを眺めていたら、なんとスキル欄にスキルが増えている。それ自体は基礎レベルと職業レベルが上がったから当然なんだけど、
『剣術Lv3』:剣を上手く扱う。
『短剣術Lv3』:短剣を上手く扱う。
『盾術Lv3』:盾を上手く扱う。
『鑑定Lv3』:鑑定する。
『ローヒールLv1』:MPを2消費して、HPを10回復させる。
『春風Lv1』:フェアリーエンプレス直々の命名により、このスキルを授与された者の移動を、風の力で基礎ステータスから10%速くさせる。
と表示されていた。上の5つは基礎と冒険者のレベルが上がったからだけど、最後の1つは明らかにおかしい。
「何これ?」
「私が命名したからよ」
僕の疑問に対して、胸を張って威張るクロリス。
「命名されただけで、スキルが付くの?」
「私を誰だと思っているの? フェアリーエンプレスよ? 私の命名は、命名された存在に深く根差し、そのものを規定するの。分かる? 私は規定される側ではなく、規定する側なの? フェアリーエンプレスよ? 偉いんだから!」
どれ程怒っているのかは分からないけど、ぷんすか怒っているクロリスの姿は、可愛いと思った。
「さ、分かったなら、このダンジョンのボスのところへ向かうわよ」
クロリスは己が先頭だと言わんばかりに、羽根を羽ばたかせて、ずんずん進んで行ってしまう。それを追い掛ける僕。
「本当にこのまま向かうんだね?」
「当然よ。私は己を磨く為に、修業の旅でエイトシティへやって来たの。だけど、敵が弱くって相手にならなかったのよねえ。それで暇してお昼寝していたら、ゼフと出遭って、あなたが丁度良いスキルを持っていたから、私の方がパーティに間借りさせて貰おうと思った訳よ」
成程? クロリスが僕とパーティを組んだ理由は分かった。僕とクロリスとの間に、レベル差があるせいで、僕の方から分かるのは種族名と個体名だけで、クロリスの基礎レベルや称号、スキル名なんかは文字化けして分からない。それは良いんだけど……、
「でも、獲得経験値も55%引かれるんだよ? それで修業になるの? そもそも、何で修業の旅なんて……」
「私が上げたいのは、基礎レベルとかスキルとかじゃないのよ。確かに、フェアリーエンプレスになった事で、種族特有のスキルも授かったけど、そうじゃなくて、私が上げたいのはプレイスキルの方なの」
「プレイスキル?」
聞き慣れない言葉に、僕は首を傾げる。
「そう。例えば、もしあなたと同じレベルで、同じステータスで、同じスキル構成をしている者がいたとして、その者と闘った時、その勝敗を分けるのは、何だと思う?」
クロリスの問いに、思わず僕は顔をしかめてしまった。だって、世の中に僕と同じステータスを、【ザコボッチ】の称号を持っている者がいるはずがないのだから。だけれども、クロリスからの問いに、僕を蔑むような雰囲気はなく、ただ単純に尋ねているだけだと分かる。なので、僕も真面目にそれに付いて考えてみる。
「…………どれだけ、そのスキルを使い熟せているか、かな?」
「正解」
どうやら当たりだったらしい。確かに、同じスキル構成だったとして、僕はクロリスによるパワーレベリングで、いきなりレベル16になってしまったけれど、普通なら、もっと段階を掛けてレベルは上がっていくはずだ。その途中で、『剣術』や『盾術』などをどのように扱うか、己の身体で剣や盾を振るい、身体に刻んでいくのではないだろうか?
だって、いきなりあなたは『剣術』の、または『短剣術』のレベルが3だから、この技が使えますとか言われても、実戦で即応して扱えるとは思えない。因みに、『剣術』と『短剣術』では、Lv1で『スラッシュ』と言う技を覚える。次に技を覚えるのはLv2で『スタブ』、その次がLv5で、『剣術』では『スラッシュクロス』、『短剣術』では『ダブルスタブ』を覚える。なので現在僕は『スラッシュ』と『スタブ』が使える。
「つまりクロリスは、スキルの熟練度を上げる為に旅をしているの?」
「そう言う事」
とまた胸を張るクロリス。クロリスが何をしたくて旅をしているのかは分かった。そしてそれに僕のスキルが適しているのも分かった。プレイスキルを伸ばすには、早々にレベルが上がってはいけないのだ。今現在使えるスキルをしっかり習熟して、使い熟せるようになる時間が必要になってくる。となれば、僕の『お荷物』の獲得経験値55%減は、レベルが上がり難くなるので、その間に持っているスキルの習熟をするのにぴったりだ。でも分からない事がある。
「何でそんな旅をしているの?」
クロリスはフェアリーエンプレス、妖精女帝なのだから、安全な立場なのではないのだろうか? クロリスの口振りだと、まるで命を狙われているかのようだ。
「フェアリーエンプレスって言うのはね、フェアリークイーンの中から当代一強い、最強のフェアリークイーンだけが名乗れる種族名なの。だから、私の地位を狙うフェアリークイーンは少なくないのよ。私自身、先代のフェアリーエンプレスを倒して、今の地位にいるからね。だから、修業を欠かす事は、地位からの転落に直接繋がるから、常に厳しい環境に身を置いていないといけないのよ」
成程なあ。しかし、このダンジョンのモンスターたちをバラバラにしたり、地位を掛けて闘ったり、フェアリーってふわふわした印象とは真逆で、どうやら武闘派らしい。
……最初から分かっていたけど、僕、とんでもないのに巻き込まれちゃったんじゃ?
「着いたわよ」
などと思索していると、先を進んでいたクロリスが、その羽ばたきを止めて、僕の右肩に乗る。そんなクロリスが見上げるのは、15メートルはあるだろう、全ての枝に花咲き乱れる美しい巨木だった。
「ここに、このダンジョンのボスがいるの?」
僕は腰からナイフを引き抜きながら、肩に乗るクロリスに尋ねる。
「いいえ、違うわ」
しかしクロリスはこちらを振り返りもせず、巨木から目を逸らさずに答える。
「この木が、このダンジョンの裏ボス、ブルーミングトレントよ!」
クロリスに名称を看破された巨木が、正しく生き物の如くその太い枝を動かし、僕たちに襲い掛かってきた。