権利/権限/制限
「しかし……! NPCがマニュアルでスキルを使う事なんてあるのか? プレイヤーだってスキルをマニュアルで扱うのは苦心するんだぞ?」
素朴な疑問だったのだろう。冒険者の1人がトンブクトゥに尋ねると、これに他の冒険者たちも同意し、トンブクトゥに説明を求める。
「別に、彼だけが、特別な訳ではありません。プレイヤーから、ステータスウインドウに、スキルや魔法をマニュアルで扱える項目があると知らされたり、DEXが高いNPCには、たまに見られる現象です」
トンブクトゥはそう口にした。僕が特殊な事例な訳ではないらしい。
「このエイトシティ東地区には来たばかりなので、まだ彼しか見掛けていませんが、前に立ち寄ったツーメガロポリスの一流料理店でコック長をしているNPCは、DEXが特別高く、『料理』スキルをマニュアルで操作し、創造性に富んだ料理をお客様に提供していました。このシャムランドにはINTの項目がありません。その代わりを務めるのが、DEXです。なので、ある程度DEXの値が高いと、NPCでもクリエイティブな行動を取るようになるのです」
ツーメガロポリス……! ツー地方から、次元の壁を越えてやって来たのか!?
「言ったでしょう。【世界観察者】は、『世界』中を回っていると。上からそれだけの権利と権限を与えられて活動しているのよ」
顔に出ていたのか、驚く僕に、クロリスが説明してくれた。地方を越える権利と権限を持つのか。しかも禁則事項に抵触すれば、それを罰する資格もあるようだし、
「やっぱり強いのでは?」
「それはないわ。【世界観察者】は、上から戦闘を完全に禁止されているの。だからこその高い権利と権限よ。まあ、あの職業自体、準ユニークとも言える特殊上位職だから、プレイヤーでもなれるのは一握りだけど」
そうなのかあ。黒褐色の彼は、もう冒険者たちが説明を求めて来ないと分かると、戦闘エリアへ下りてきて、とてもうきうきしながら、僕に声を掛けてきた。
✕ ✕ ✕ ✕ ✕
「はい。11万1100M受領しました。では、ゼフのギルドランクをBランクへと昇格させます」
ウィンザードたちによって滞っていたギルドランクの昇格。それが淡々としたミリー嬢の手続きで、僕は一気にFランクからBランクへと昇格したんだけど……、めっちゃお金搾り取られたな。この金額の並びだと、各ランクからのランクアップ毎に、10倍の金額が要求されるようだ。Aランクになる為には貢献度だけでなく、100万M必要と言う事だ。ぼったくりかな?
「運営費です」
顔に出ていたらしく、ミリー嬢に窘められてしまった。はあ。まあ、クロリスに頼めば払えない額じゃないのが、逆に困りものかも。
「お待たせしました」
複雑な思いを抱えながら、ギルドの食堂のテーブル席に座る、トンブクトゥの下へやって来た。トンブクトゥが何やら提案があるそうだ。
「いえいえ、冒険者ギルドのランクを上げるのは、行けるダンジョンが増える事と同義ですから、でも良かったのですか?」
「良かった?」
尋ねてきた意味が分からず、僕はトンブクトゥの向かいの席に座りながら、首を傾げた。
「あなたの実力なら、ポリス、いえ、メガロポリスでもやっていけると思います。ポリスやメガロポリスなどの現在地よりも上位の都市に行くと、冒険者ランクを1段下げられるのです。ですから、プレイヤーによっては、最初にメガロポリスでAランクとなり、各地で活躍するプレイヤーが少なくありません。メガロポリスでAランクになれば、その地方のどの冒険者ギルドへ行っても、ランクを下げられる事はありませんから」
そうなのか。と言う事は、街でBランクになっても、都市の冒険者ギルドに行ったら、1段下のCランク扱いになるのか。ついでに尋ねると、FランクはどこでもFランク相当の扱いみたいだ。でもなあ、
「いや、それは買い被りでは?」
僕がそのように反論すれば、トンブクトゥからボイチャが申請されてきた。周囲に聞かれてはいけない内容らしい。僕はYESを押下して、トンブクトゥの話に耳を傾ける。
「何を仰るやら。魔王候補となり得る従魔を従えているのですから、やっていけない訳がないでしょう?」
これには眉根を寄せた。
「クロリスもグレイも仲魔です。従魔じゃありません」
「……!? それは失礼しました」
僕にしては強気な態度だったからか、それとも脇を固めるクロリスやグレイの圧に負けたのか、トンブクトゥは素直に頭を下げた。
「いえ、理解して頂けたなら十分ですので」
「そう言って頂けると、ワタクシも心が軽くなります」
顔を上げたトンブクトゥは、それでも笑顔が引き攣っているので、やっぱりクロリスとグレイの圧が怖いのだろう。僕はふたりの頭を撫でながら、トンブクトゥを睨む両者を宥める。
「すみません。ワタクシには戦闘能力が備わっていませんので、こちらのおふたりに目を付けられては、死に戻り必至ですから」
まあ、魔王候補に睨まれては、ねえ。
「それで、お話と言うのは? 僕に提案があるとか?」
僕はトンブクトゥが少し可哀想になったので、話題を変える事にした。
「そうでした。実はワタクシ、つい先日、このエイト地方の観察を、上より仰せつかりまして、つきまして、ゼフュロスさんに、護衛として同行して頂けないかと。勿論報酬は支払います」
「護衛……、ですか?」
これに僕は腕組みした。護衛依頼と言うのは、冒険者ギルドでも上位ランカーに出される依頼だ。報酬はそれなりに出されるし、貢献度も高い。少し前の僕からしたら、憧れの依頼であるが、実はプレイヤーには不人気だ。何故なら、拘束時間が長い。ダンジョン外は普通の時間の流れだから、それなら6倍速のダンジョン内でモンスター狩りをした方が、旨味が大きい。との考え方だ。やるなら村や町から街や都市など、上位の都市へ狩り場を変える時が一般的である。
だけど、僕がトンブクトゥからの護衛依頼を渋るのは、別に理由がある。拘束時間云々は、僕がストレンジャーなので問題ないのだが、
「人間であるあなたが僕とパーティを組むと、漏れなく僕もあなたも、僕の称号【ザコボッチ】の影響下に置かれ、あなたの行動に制限が掛かるうえ、僕は今より使い物にならなくなるんですけど?」
とちゃんと理由を説明すると、目を見開くトンブクトゥ。そして数瞬逡巡し、頭の中に答えが出たようだ。
「ああ、護衛依頼は初めてなのですね。基本的に護衛対象はパーティ編成に含まれません。たまに1人2人で出歩く場合、護衛対象をパーティに含む事もありますが、今回はその限りではないので、ゼフュロスさんの『お荷物』や『空回り』の範囲外ですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。そもそも、【世界観察者】をパーティに加えると、ゼフュロスさんの称号スキルのように、パーティにデバフが掛かる仕様なので、【世界観察者】は、護衛のパーティには加えて貰えないのですよ」
成程、権利と権限が大きい分、制限も大きい職業なのか。




