想像力/創造力
「トンブクトゥ……、【世界観察者】……?」
突然現れた1人の青年が、その場の空気を支配するかのように、全員が黙り込んだ。何者だ、彼?
「【世界観察者】は、冒険者ギルド同様、上と通じている職業よ。『世界』中を回り、バグやチート、シャムランドの和を乱すものに裁きを下すと言われているわ」
事態を静観していた僕に、クロリスが彼が何者か教えてくれた。
「へえ。それじゃあ凄く強いんだろうねえ」
「いえいえ、あなた程のプレイスキルもない、ただの傍観者ですよ」
僕がクロリスに話し掛けたのを、観覧席から耳にしたらしく、トンブクトゥが若干興奮気味に話し掛けてきた。地獄耳だな。
「そんな傍観者に、何で熟練の冒険者たちが怯えたような顔を向けているんです?」
「さあ? ワタクシの前でだけでも行儀良く見せないと、この世界で活動出来なくなるとでも思っているのでしょう。実際は、禁則事項に違反していなければ、どのようなプレイングをしていても、構わないんですけどねえ。あなたを罠にハメた冒険者たちだって、そこで普通に活動出来ている訳ですから」
トンブクトゥの言葉と視線から、その先に僕をCランクダンジョンへ招いた冒険者たちがいるのは分かったが、僕としては視線を向ける事もしたくない。ので無視だ。
「なあ、【世界観察者】が来たって事は、やっぱりあのNPCはチートかバグなんだろう?」
「いいえ。彼は何も禁則事項に触れる事はしていませんし、存在自体がバグでもありません」
冒険者の1人がトンブクトゥに対して、恐る恐る言外に、僕が勝ったのはおかしい。と訴え出るも、トンブクトゥはこれを否定した。これに波打つように不服そうな声が冒険者たちからこぼれる。
「いや、おかしいだろ!? あいつは今日標準レベルに上がったばかりで、個人と【冒険者】のレベルがカンストしていたとしても、総合レベル100だぞ! それであんなにAGIが高い訳ないし、たとえあいつのレベリングがAGI特化だったとしても、『一文字斬り』を『横』に振るっていたのはおかしい! あれは『縦』に振るう『剣術』のアーツだろ!」
必死に訴える冒険者だったが、トンブクトゥは首を横に振るう。
「そんな事はありません。あれは彼のプレイスキルに基づいて構築されたアーツチェインです」
「そんな訳あるか!!」
そこへ怒鳴り込んできたのは、僕に負けたウィンザードだ。あまりの怒りで綺麗な顔が鬼の形相となっている。余程僕に負けた事が納得出来ないらしい。ダンジョン内はダンジョン外の街と違い、時間が6倍の速さで流れる。つまりダンジョン内で6日過ごしても、ダンジョン外では1日しか経過していないのだ。その時間差を考えると、ウィンザードは死に戻りして、本当に直ぐ様このダンジョンにやって来たのだろう。
「【冒険者】をカンストさせた程度のNPCに、俺が殺される訳ないだろ!! 俺の総合レベルはもうすぐ300だぞ!!」
woah、凄いな。僕の3倍もレベルが上なのか。そりゃあ、天地がひっくり返ったとしても納得出来ないだろう。
「確かに、あなたと彼とではレベル差があり過ぎて、普通に闘えば、100回闘っても100回あなたが勝つでしょう」
「ならチートか、それに相当するズルをしたんだろ! あいつの従魔が、決闘前まであいつとゴニョゴニョ話していたのは、あいつにバフを掛ける為じゃないのか!? それ以外にあいつが俺に勝てる道理がない! あいつは俺との決闘前の約束を破ったんだよ!!」
『そうだそうだ!!』
ウィンザードの主張に、他の冒険者たちも同意する。しかしこれにも柳に風か、トンブクトゥは首を横に振るうだけだ。
「それはありません。ワタクシもおふたりが戦闘になる前からここで観察していましたが、彼が彼女からバフを与えられた場面はありませんでした」
「じゃあバグだろ! 【冒険者】カンスト程度のNPCが俺に勝つなんて、変な設定になっているんじゃないのか!」
それでも食い下がるウィンザード。これにもトンブクトゥは首を横に振るう。さっきからこれの繰り返しだな。迷惑客を相手にしている時のシューシさんを思い出す。
「バグでも、彼に特別な設定がなされている訳でもありません。これは一重に彼個人がこれまでに鍛え上げ、積み上げた、彼のプレイスキルが、あなたの予想を上回っただけです」
「はあっ!? ふざけんなよ!? 俺よりNPCの方がゲームが上手いって言うのかよ!」
「そうです」
「ッ!?」
僕の方がウィンザードよりもプレイスキルが高いと断言され、ウィンザードは閉口してしまう。これを契機と思ったのだろう。トンブクトゥがこちらへ質問してきた。
「ゼフュロスくん、でしたね? 君はアーツを全てマニュアルで発動させているんじゃないかな?」
「え? ええそうですけど?」
初見でそんな事まで分かるのか。流石は観察者。だが、これには他の冒険者たちが酷く動揺を見せる。
「NPCがアーツをマニュアル? そんな事出来る訳ないだろう」
ウィンザードもこれには懐疑的だ。そんなにおかしい事なのか?
「普通はプレイヤーもNPCも、補正で上手く出来るオート1択らしいからね」
とクロリスが僕の疑問を察して答えてくれた。ああ、確かに、マニュアルでアーツを使うようになったばかりの頃は、上手くアーツが使えなくて、何度も死にそうになったっけ。
「彼が今回の決闘で使ったスキルは4つ。まず『闘争本能』でステータスを2倍にし、そこからの『多段加速』に『強制停止』、そして『剣術』。『多段加速』はまだ覚えたてなのか、3歩しか加速出来ませんでしたが、彼はそのうちの最初の2回を、その場で足踏みするのに使いました。それからクールタイムギリギリまでその場で粘り、クールタイムが開ける直前に3歩目を踏み出し、すかさず再度『多段加速』を使用した。これにより、最初の『多段加速』に更に『多段加速』を重ねた形となり、その速度は通常時の3倍近くまで跳ね上がりました」
『3倍……ッ!?』
その場の全員が驚く中、トンブクトゥは言葉を続ける。僕も驚きだ。3倍も出ていたのか。
「それを驚きながらも『ジャストパリィ』で弾いたウィンザードも流石でしたが、ゼフュロスはそれも織り込み済みでした。マニュアルの『強制停止』で、身体を反転させながら無理矢理その場で着地した彼は、あなたが弾いた事によって加速した剣速も加味して、これまたマニュアル操作の『剣術』アーツ『一文字斬り』を横に薙ぐ事で、あなたを真っ二つにした」
『…………』
トンブクトゥの説明を聞かされては、その説得力で黙り込むウィンザード始め冒険者たち。ウィンザードは何か言い返そうとするも、何を言ってもこれ以上は負けた言い訳になるとでも考えたのか、口を噤んだ。
「勿論、彼の持つ剣の斬れ味が凄まじかったのもありますが、それを加味しても、やはり彼のプレイスキルがずば抜けていた。と言うのが私の結論です」
とトンブクトゥが締め括れば、もう誰も僕の勝利に口を挟む者は現れなかった。