ッ!?
「なら良いわ。さあ、始めましょうか」
言ってクロリスは自身も観客席へと引き上げていく。と言っても他の観客がいるのとは反対側だが。そして戦闘エリアに残されたのは、僕とウィンザードの2人だけだ。
「かかってきな!」
どうやら先手は譲ってくれるらしい。まあ、そうだよね。普通に闘っても、Aランクパーティで活躍しているウィンザード相手に、僕が勝てる訳ない。う〜む、どうしよう。グレイならこんな距離、ないも等しい。多分僕が必死になって全力を振るわなくても、グレイだけで良い闘いが出来そうな気がするが、それで勝っても、そんな事をすれば、負け惜しみで先程の言質をひっくり返すくらいするだろう。
(う〜む………、そうだ!)
どうせ僕が普通にやっても勝てないだろうから、ちょっと挑戦的な戦略を試してみよう。さっき面白いスキルも手に入れたし。
「はああ……、ふううう……」
僕は深呼吸とともに『闘争本能』でステータスを2倍にしてから、タンタンッとその場で素早くステップを踏み、剣を水平にして構える。
「ハッハッハッ」
僕が剣を構えただけでウィンザードの口から笑いが漏れた。
「お前本当にその構えしているのな。冗談で作ったキャラが、その通りに動いているの見るのウケるわ」
どうやら僕がいつも剣を水平に構えるのは、ウィンザードがこの身体を作る時に設定した構えであったらしい。それが殊の外可笑しいようだ。
「その構え、剣振り辛いだろ? それを何の疑問も抱かずに、そのまま使っているとか、笑えるわあ」
他の誰から嘲笑を浴びても、何とも思わないけど、生みの親からそんな事を口にされると、ほんの少しだけ、心の奥がチクッとする。まあ、もう良いや。時間も経過したし。
僕は視界の端に映る『多段加速』のクールタイムが終わりそうなのを確認し、3歩目をウィンザードへ向かって踏み出し、クールタイムが終了したのを確認すると、もう1度『多段加速』を使用する。これで『多段加速』を連続して2度使用した事となり、僕の突進速度は、通常の『多段加速』よりも速くなる。
「ッ!?」
これに目を見開くウィンザード。幾ら僕のレベルが上がったからと言って、総合レベル100の僕より、ウィンザードの方が速い。その差を縮めるのがこの2回目の『多段加速』だ。流石に驚かすくらいは出来たか。僕はそのままウィンザードの首を狙う。
『ジャスパッ!』
それをギリギリのところで、ウィンザードは『ジャストパリィ』で弾く。やっぱりこれくらいで倒せる相手じゃないよね。でもここまでは僕も織り込み済みだよ。
僕は剣を弾かれた事で、挙動が左へ逸れた自身の身体を、左回転で180度回転させながら、『強制停止』で無理矢理急停止。流れた剣はそのままに、『一文字斬り』でウィンザードの胴を薙ぐ。
「ッ!?」
「ッ!?」
それで決まりだった。振り返った時、ウィンザードは剣を上段に構えていた。その剣が光っていたので、何かしらのスキルを発動させようとしていたらしいが、まさか僕がこんな自身の近距離で急転回して、直ぐ様攻撃を仕掛けてくるとは思わなかったらしく、その目は驚きで見開かれ、そしてそのままがら空きの胴を晒したウィンザードを、僕の『一文字斬り』が上下真っ二つに斬り裂いたのだった。
ええ〜〜? 死んだウィンザードが光の塵となって消えていくのを見守りながら、僕は戸惑いが隠せずにいた。
いや、確かにグレイは強力な剣だから、当たれば相応のダメージを与えられると思っていたけど、まさか一撃で死ぬとは思わないじゃん。剣が無防備な胴に当たっても、ノックバックが起こるくらいだと思うじゃん。Aランクパーティが、一撃死すな! そりゃあ『怨霊蠱毒の壺』も途中で死に戻るわ!
「やったわね!」
喜び勇んで僕の顔に抱き着いてくるクロリス。それとは対照的に、反対側の観客席では、どよめきが起こっていた。
「何したんだ!?」
「標準レベルに上がったばかりであのスピードはおかしいだろ!?」
「『一文字斬り』って、縦にしか使えないはずだろ!?」
などなど、僕が勝てたのは何かの間違いで、やはりチートだとか、ズルだとか、そんな声が観客席からは上がっていた。
これは、やっぱり無効試合で、再戦させられる流れかなあ。と僕が心の中で嘆息をこぼしていると、他の冒険者たちとは違う結論を口にする冒険者が1人いた。
「いえいえ、あれはチートじゃありませんよ。彼のプレイスキルによる、本物の勝利です」
その、穏やかだけれど良く通る声の持ち主に、その場の全員の視線が向けられる。その見慣れぬ人は、全身カーキ色の布装備に、頭には探検帽を被り、顔に眼鏡を掛け、背中に大きなバックパックを背負った細身の青年であった。
「何だお前?」
いつの間にかいたその青年に、常連の冒険者が誰何する。
「これは申し遅れました。ワタクシ、【世界観察者】をしている、トンブクトゥと申します」
その青年は、このエイトシティでは珍しい、黒褐色の肌をしていた。