物扱い?
「はあ……」
僕はあまり褒められない形でギルドで有名であったらしく、レベル1がCランクダンジョンから生還したなんて知られた今、表玄関から帰ると、情報くれくれマンたちが対価も支払わずに、僕に情報開示を求めてきて危険だ。とギルマスが、従業員用の裏玄関から僕を裏路地に出してくれた。
僕が外に出たすぐ後、ギルマスがクロリスやグレイの情報は秘匿したうえで、今回判明した、Cランクダンジョンの裏ボスと、隠しダンジョンの情報を売りに出したようで、ギルド内が盛り上がっている。そんな喧騒を遠くに聞きながら、僕は裏路地に座り込んだ。
脳がヘトヘトで考えがまとまらないが、何とかステータスウインドウを操作すると、そのボタンは確かにあった。
(見知ったボタンだ。僕が村から飛び出した頃から、既に存在していたボタン、『DEADOUT』。それが自殺する為のボタンだと、僕は何故か最初から理解していたし、何でこんなボタンがあるのか、自殺したい人間なんていない。とクロリスと出遭う前の僕には理解出来ていなかったけど、今なら理解出来る。出来てしまう。今後、プレイヤーの道化として生きていく人生なら、死を選ぶのも選択肢の1つだ)
ギルマスやミリー嬢はこのボタンを羨ましく思っていたな。このボタンは、プレイヤーのアバターであるストレンジャーだから実装されているボタンで、シチズンであるギルマスやミリー嬢は、自殺する権利を、この世界の法則により取り上げられているそうだ。
「それで? これからどうする? 私、色々あったから、宿で寝たいんだけど」
僕がステータスウインドウの『DEADOUT』ボタンをぼーっと眺めていると、クロリスが声を掛けてきた。
「これ、妖精よ! 普通はこんな時、主殿の精神状態を気遣うものじゃないのか?」
「そうよ。マスターの精神は今、限界なのよ」
グレイのふたりは気遣ってくれるけど、
「大丈夫。死を選んだりしないよ」
僕は優しくグレイの髑髏を撫でる。
「本心か?」
「無理をしていない?」
「無理していないよ。逆に腹が据わったくらいさ。このままDEADOUTを選んで、無に帰すくらいなら、自分に出来る精一杯で生きて、逆にプレイヤーたちを超える冒険者になってやる」
『おお!』
僕の決意を喜び迎えるグレイ。
「あたちは初めから分かっていたのよ」
「ぬぬ、娘よ。某だって、疑っていた訳ではない。心労を慮っていただけだ」
「ええ? 怪しいのよ」
僕の宣言に喜ぶグレイとは対照的に、
「まあ。こんな風になるって思っていたわ」
と訳知り顔のクロリス。ははは。まあ、『頑張る』しか取り柄のない僕だからね。
✕ ✕ ✕ ✕ ✕
「この宿?」
「うん」
疲れているから早々に休みたい。とのクロリスの要望に応える為、街外れにある僕行き付けの宿屋にやって来た。
玄関扉を開けると、カラランと扉に備え付けられているベルが鳴り、受付にいた宿屋の主人、中太りの体型をしたシューシさんが受付から顔を覗かせ、僕に気付いたシューシさんが、破顔して僕に近付いてくる。
「お久しぶりです」
「ああ……!」
応えながら、シューシさんは僕を強く抱き締める。その強さに、どれだけ僕を心配していたかが伝わってくるが、男性に抱き締められてもなあ。と僕の邪心が顔を覗かせる。まあ、それでも僕もシューシさんも、泣いていたんだけど。
✕ ✕ ✕ ✕ ✕
「え? そんな、悪いですよ。いつもみたいに宿の手伝いをしますよ」
「いいっていいって。大冒険をしてきたんだろう? 今日くらい、ゆっくり身体を休めな」
今の会話から分かる通り、金のない僕は、この宿の手伝いをする事を条件に、宿屋の一角を使わせて貰っている。が、今日のシューシさんは気前が良く、手伝い無用で休んで良いと言う事だ。
「主人の優しさを無下にするのも悪いわ。今日はゆっくりさせて貰いましょう」
クロリスの言に、それもそうか。と僕はいつもの部屋に向かい、その戸を開けた。
「ここで寝るの?」
そんなクロリスが眉をひそめる。気持ちは分からないでもない。クロリスからしたら、ベッドのある部屋を想像したのだろうけど、ここは物置部屋だ。置かれている物が日焼けしないようにカーテンで暗くなっているが、ここで人が寝るの? となるのは分かるくらいごちゃごちゃしている。
「普通に宿で部屋を取って休める程、僕にお金がある訳ないだろう」
「そうだけど、また床に直寝するの?」
げんなりしているクロリスだけど、君、セーフティゾーンで寝ていた時も、いつも僕の顔の上で寝ていたよね?
「まあ、ごちゃごちゃしているから、寝場所なんてないように見えるけど、あそこ」
僕が指差した先、物置部屋の隅には、物置棚の柱と柱の間に通されたハンモックがあった。
「へえ、ハンモック? 悪くないんじゃない」
クロリスも一応納得してくれたようだ。
その後、僕はコップの肉詰めを『料理複製』で作り、クロリスは残っていた蜜団子で食事を摂った。グレイは周囲からMPと言う形で栄養を摂取出来るそうで、食事を必要としないそうだ。
「じゃあ、もう寝ようか」
食事も摂って人心地付いたので、今日はもう眠る事とした。外は明るいが、それはいつもの事だ。このシャムランドに夜はない。夜があるのはダンジョンの中だけだから。
✕ ✕ ✕ ✕ ✕
「KYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーー!!!!」
まるでガラスに爪を立てたかのような高音で、僕はハンモックから飛び起きた。何が起きたのか分からず、周囲を見渡すと、部屋の壁に、数人の冒険者がクロリスの光の矢で縫い付けられている。縫い付けられている冒険者たちは気絶しているようだ。どう言う状況?
「何事だ!?」
1階の食堂で調理でもしていたのだろう、シューシさんがおたまを手に、物置部屋に乗り込んできて、混沌とした状況に目を点にしている。そしてそのまま、その目は僕に向けられる。いや、僕も分かりません。クロリス、グレイ、説明して。
✕ ✕ ✕ ✕ ✕
ウインドウを操作したシューシさんのコールで、どこからともなく現れた官憲により、先程の冒険者たちが別空間へ連行された。
「全く、なんて奴らだ。うちのバックヤードはプレイヤー立入禁止だってんだ」
連行された後もプンプン怒っているシューシさん。あの冒険者たちは、どうやらクロリス目当てで、隠れて物置部屋までやって来たらしい。が、それに対してクロリスの『自動反撃』の光の矢が冒険者たちを壁に打ち据え、それに気付いたグレイが、叫声を上げてそれで冒険者たちを気絶させたらしい。いや、それよりも、
「物置部屋って、プレイヤー立入禁止だったんですね」
「おうよ。俺たちシチズンは、基本的にプレイヤーへの抵抗手段がないからな。平穏な生活を送る為に、プレイヤー立入禁止の空間を設けて、プレイヤーに乱される事なく生活出来るようにしているんだが、たまにああ言う馬鹿な輩が現れるから、困ったもんだぜ」
そうか。僕が物置部屋使えてたのは、僕がプレイヤーじゃなかったからなのかあ。う〜ん、今日だけでいったい何回僕の目から鱗が落ちたのだろう。
因みに、シューシさんの話では、官憲に連行された冒険者は、その罪の重さによって、数日間この世界へやって来れなくなったり、もっと重い罪の場合、『垢BAN』と言って、この世界へやって来る事自体出来なくなるそうだ。シャムール様も、そこら辺のさじ加減には苦労していそうだ。