道化の嘆き(後編)
「嘘だ!」
語気を強め、思わず立ち上がる。それとともに、心の裡の憤りが、これまでの冒険者人生が、走馬灯のようにフラッシュバックする。いつも冒険者ギルドにたむろしていたあの冒険者たちは、プレイヤーだったのだろうか? いつまで経ってもレベル1の僕を、どんな気持ちで嘲笑っていたのだろうか。
『また道化が笑わせてくれた』
うああああああああッ!! 考えれば考える程、思い出せば思い出す程、自分の冒険者人生が絶望色に塗り潰されていく。
「嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ!!」
「本当の事よ」
喚く僕を宥めるように、静かに、いつもと変わらない調子で、クロリスが答えた。
「そんな……」
様々な出来事がフラッシュバックして、脳内を掻き乱す。プレイヤーなのは冒険者だけなのか? エイトシティで働く、あの錬金術師は? あの鍛冶師は? あの料理人は? 司書は? 釣り師は? パン屋は? 八百屋は? 肉屋は? 服屋は? 宿屋は? 様々な事柄で脳が爆発しそうになり、それは自分が道化なんかじゃない事実を求めて記憶を漁り、1つの答えに辿り着く。
「じゃあ! 蒼炎の翼は!? あいつらも僕と同じ『それ以外』なんですか!?」
「あいつらはプレイヤーだよ」
ギルマスは淡々と事実のように語るが、語るに落ちたな。僕には彼らとの幼馴染だった記憶がある。【剣聖】のウィンザードと枝を剣に見立てて駆け回った事を、【拳帝】エマと夜遅くまで遊び回り親に怒られた事を、【衛王】のルガートと腕相撲をした事、ウィンザードやエマやルガートとケンカして【賢者】のシェリルに巻物で治療して貰った事、その記憶があると言う事は、僕がプレイヤーか、皆が僕を騙そうとしているか、だ!
「ゼフ、きっとお前は、自分にはあいつらとの幼い頃の記憶がある。と思っているかも知れないが、それは創られた記憶だ。真実じゃない」
しかしそれを否定するように、ギルマスは訥々と語る。
「それがストレンジャーの特徴なんだよ。ストレンジャーは、プレイヤーが選ばなかった人生を送る、この世界が生まれた時から連綿と存在するシチズンとも違う、異分子だからな」
異分子? ああ! もう!! 意味が分からない!! 僕の脳の容量を超えている!!
「……………………はあ」
脳が疲れ、糖分を欲したので、一旦ソファに座ると、お茶菓子のビスケットを貪り食った。それを皆は温かく見守ってくれていた。乱雑に
、他の事を記憶から逸らすように食べ散らかす僕に対して、誰も咎める事がなかった。それが、僕と蒼炎の翼との記憶が間違いだと物語っていて、気付かれされて、涙がこぼれそうになるけれど、それを必死に我慢する。
「少しは落ち着いたか?」
「…………はい」
食べ終え、ソファに身体を預ける僕に、優しく尋ねてくるギルマスに、力なく返事をするしか出来ない。
「話を続けるが、プレイヤーと言うのは、この世界を創造された、この世界の人間から、シャムール様と規定されている者と、同じ世界から、このシャムランドに遊びにやって来ているんだ。彼らに、この世界で幼い時代を過ごした記憶などない」
「シャムール様と同じ世界から……?」
また話がぶっ飛んだな。
「理解に苦しむだろうが、シャムール様は、シャムール様が実存する世界でも優秀で、その力でもってこの世界を創り出し、それ創造性に魅了され群がるプレイヤーたちを遊ばせているのさ」
「何の為に?」
「そもそもシャムール様ご自身が、己の創造性を誇示する性格でいらっしゃる事もあるが、突き詰めれば、生活の為らしい」
自分の中で凄く神聖だったシャムール様像が、随分と人間臭い、街にいるようなおじさんに置き換わった。それが、何だか腑に落ちた。
「そうですか。生活の為なら仕方ないですね」
「そこは納得するのかよ?」
「僕も生活には苦労していますから」
そう口にすれば、ギルマスもミリー嬢も苦笑する。
「結局、僕って何なんですか?」
この話の根幹を尋ねる。
「ストレンジャーは、プレイヤーがこのシャムランドで遊ぶに当たり、まず身体動作など、この世界で身体を動かすのに問題ないかを試す為に創られた身体だ。プレイヤーによってはその身体でこの世界を遊ぶ者もいるが、アバターが気に入らなかった場合、その身体をこのシャムランドに放逐して、お助けキャラとして、冒険の手助けをさせる事が出来るんだ。ストレンジャーとはそう言う存在だ。蒼炎の翼と幼馴染だと言うのも、向こうにとって、それが都合が良いと言うだけの話だ。因みにゼフはウィンザードが作ったアバターらしい。あいつ自身がそう語っていた」
「お助けキャラ? 僕は、あいつらの引き立て役って事ですか? それが、シャムール様が僕に望むこの世界での役割だと?」
「そんな事ないわ」
僕と言うアイデンティティが崩れそうになる横から、クロリスが否定する。
「確かに、ストレンジャーはお助けキャラ的な側面があるけれど、だからと言って、必ずしも、プレイヤーを助けなければならない訳じゃない。プレイヤーと仲良くしなくても良い。対峙したって、対立したって良いのよ。ゼフは、生まれ落ちた確かな生命なのだから、ゼフの人生を送って良いのよ」
「そう……、なんだ……」
クロリスの言葉が心に染み入る中、脳が疲れ果てて糖分を欲するも、いつの間にやらビスケットは僕が全て食べてしまっていた。




