シンクロ
「『横殴り竜巻』!」
クロリスが、締めのつもりか、まるで拳闘士の技名のような呪文を唱えると、しかしてそれは横薙ぎの大竜巻となり、螺旋階段を駆け上って、アンデッドたちを駆逐していく。そしてアンデッドが一掃されたのを確認したクロリスはこっちに近付いてきた。
「勝ったようね」
「はは。本当にギリギリだったけどね」
僕は最後の一撃を与えた『怨霊自念の剣』を舞台から拾い上げながら、クロリスへ笑い掛ける。この剣がなければ、僕は死んでいた事だろう。もう剣身が根元に少ししか残っていない剣だけれど、
「本当にありがとう」
クロリスが僕のMPが枯渇しているのに気付いて、『魔力譲渡』のアーツを使って僕のMPを回復してくれている中、『怨霊自念の剣』は、僕の手の中で誇らしげにしている気がした。
「で、残ったのが、あのドロップアイテムって訳ね?」
クロリスが『魔力譲渡』の後に視線を向けたのが、骨片から光の塵となって消え去ったスケルトングラッジスイーパーのドロップアイテムである、『グラッジスイーパー』と言う、同名の蛇腹剣だった。ドロップアイテムだと言うのに、今しがたの激闘の跡が残り、その蛇腹剣もまた、ボロボロだった。僕は激闘の記念にそれを拾おうして、『グラッジスイーパー』を掴む直前で手を止めた。
「クロリス」
「何?」
「僕たちまだパーティ組んでいるよね?」
「当たり前でしょ? まさかここまで来てパーティ解消したいの?」
変な勘繰りで、僕の頭の周囲を回りながらプンスカ怒るクロリス。
「いや、そうじゃなくて。だったら、クロリスの『自動回収』で、この蛇腹剣も『ストレージ』に回収されるんじゃないかと思ったんだけど……」
「…………」
僕の発言で無言になったクロリスは、直ぐ様自分の『ストレージ』確認し、
「確かに、スケルトングラッジスイーパー関係のアイテムは入手出来ていないわ。それに……」
クロリスは周囲を警戒する。
「ボスを倒したのに、転移陣も、転移陣へ続く通路も出現していない」
えーー、それってまだボス戦継続中って事? それともこの『怨霊蠱毒の壺』のボスは、スケルトングラッジスイーパーじゃなかったのか?
「ふん。下手な小芝居はやめるのよ」
僕とクロリスとの間に、不穏な沈黙が続いた後、何とも可愛らしい、しかしどこかダウナーな女の子の声が頭の中に響いた。
「そうやってマスターに拾って貰って、また宿主を呪い、操るつもりなんでしょう?」
声の出所が分からず、周囲を見回し、そして気付いた。声は、僕が手にしている『怨霊自念の剣』から発せられていた。
「え? 剣が喋っている?」
「マスター。マスターはあたちが守るわ。だから、こんな老害、破壊しちゃうのよ」
やっぱり剣が喋っている。いやいや、え? いやいや、え? 二度見しても事実は変わらない。それよりも剣が話した内容の方が重要だ。この剣の話によれば、蛇腹剣を僕が持つと呪われて、この蛇腹剣の操り人形になるようだ。
「老害とは心外な! 某はあの滾る熱い激闘を乗り越えた同士として、この生命持つ者を認め、同行を願い出ようとしていたのだ!」
この声、スケルトングラッジスイーパーの声だ。それが蛇腹剣から聞こえてきた。
「ふん。嘘も大概にするのよ。それなら、マスターがあんたに触ろうとする前に、声を掛ければ良かったのよ」
「そ、それは……、この者が某に意思が宿っていると気付くかの試験のようなものだったのだ。うむ。試験は合格だ。生命持つ者よ、お主を某の使い手として認めよう」
…………怪しい。多分、いや、恐らく、9割9分、僕を呪おうとしていた臭い。
「ほ、本当だ! 生命持つ者を呪おうとなど考えていなかった! ただ、剣がいきなり喋り出したら、この者が驚くだろうと思い、機を見計らっておったのだ!」
「嘘なのよ、マスター。こいつはマスターを呪うつもりだったのよ」
「何を言う。それならばそちらこそ、何故少年に言葉を話せると教えなかったのだ。そちらこそ何か下心があったのではないか?」
「下心なんてないのよ。それこそ機を見て、話せると教えるもりだったのよ」
「怪しい。所詮同じ穴の狢。他の同類同様、自分の事しか考えておらなかったのであろうて」
「同じ穴の狢じゃないし。それにやっぱり同類だ何だと言うなら、そっちこそ呪おうとしていた証拠なのよ」
「する気はないと言っているであろう!」
蛇腹剣がひとりでに立ち上がった。僕は触れていない。どう言う原理か、蛇腹剣は宙に浮いている。
「あたちだってそんな気ないのよ」
などと驚いていると、僕の手の中から、『怨霊自念の剣』が飛び出し、蛇腹剣同様に宙に浮き上がった。ええー?
「そもそもお主の事は、最初から気に入らなかったのだ! 生命ある使い手によって、十全に扱われるなど、武器の本望! それをお主のような生まれたばかりの小娘が、手にするなど、100万年早いわ!」
「何言っているのよ。あたちはマスターが振るってくれたから、マスターが望むように進化して、こうなったのよ。周囲に怨念を振り撒くしか出来ないあんたと同じにしないで。やっぱり老害は老害なのよ」
「お主が━━」
「あんたが━━」
何か2人? いや、2体か。がどちらが僕を使い手にするに相応しいか、ケンカし始めたんですけど? と言うか、当の本人置いてきぼりなんですけど? これどう言う状況?
「どうやら2体とも、リビングアーマー系の進化個体だったみたいね」
そこへクロリスが説明してくれた。リビングアーマー……。そう言えばダンジョンの途中から、そんなのが湧いていた気もする。それが進化を繰り返して、意思を持ったのか。しかし、図らずも、「私の為に争わないで」状態になってしまったのだが、のんびり見物している訳にもいかない。早々に2体の争いを収めなければ、上階から新たにアンデッドたちがやって来るのだ。
などと考えていたら、最下層の舞台全体を覆う程の目映い光が、2体を中心に放たれた。
「な……に?」
光の眩しさに目を閉じ、光が収まっただろう頃に目を開くと、また訳の分からない事態となっていた。2体だった剣と蛇腹剣が、1振りの蛇腹剣に合体していたからだ。
灰色の細身の剣身を持つ蛇腹剣は、柄は黒と白の前腕骨が、まるで捻れたようになっていて、その先、柄頭に小さな髑髏、しかも顔が後頭部にもある白黒髑髏が付いている。鍔も人の両手の骨を模したもの(こちらも白い手と黒い手)となっていた。
「ど、どうなっておる!?」
「何で、こいつと合体しているの?」
柄頭の髑髏、黒い髑髏からは男の力強いバリトンボイスが、白い髑髏からは、女の子の可愛らしいソプラノボイスが聞こえてくる。ええー?
訳が分からず、クロリスに説明を求めるも、クロリスからもお手上げのように手を上に上げられては、どうしたものやら。喧々囂々と喚いている2体? は置いておいて、僕は『鑑定Lv20』を使い、その蛇腹剣を鑑定する。
『二律反魂の剣』:2振りの意思持つ剣が、1人の使い手を求めて激しく争った結果、その望みが図らずも同調し、1振りの剣となった存在。
分かったのは名前くらいで、レベルやスキルの一部は、『二律反魂の剣』の方がレベルが高いようで、文字化けして読めない。
「何であんたなんかと」
「それは某の台詞だ!」
まだケンカしているし。1振りの剣になっても、仲の悪さは変わらないらしい。
「どうしよう。呪われたくないし、ここに置いていこうか?」
『そんな……っ!?』
僕がクロリスに相談しようとすると、2体の声が見事に重なる。僕を欲しているのは、本当らしい。
「呪わない?」
『呪わない!』
「僕の為にその身を振るってくれる?」
『振るいます!』
う〜〜ん。
『二律反魂の剣より、仲間申請がきています。受け取りますか? YES/NO』
「どうしよう?」
クロリスを振り返ると、物凄く渋い顔をしている。んん? 何か見覚えがある渋り方だ。そして、何か思い付いたように、『二律反魂の剣』を指差すクロリス。
「毎回『二律反魂の剣』なんて、呼び難くて仕方ないわ! あなたは今から、グレイよ!」
「なっ!? 何をいきなり!? 名前などどうでも良かろう!?」
「もっと可愛いのが良い」
改名を指示するクロリスに反対する2体。いや、ふたり。しかしそれに対してクロリスが睨みを利かせると、
『良い名前だと思います!』
どうやら格付けは決定したようだ。そして改めてふたりから仲間申請が飛んできた。
『二律反魂の剣・喰霊より、仲間申請がきています。受け取りますか? YES/NO』
僕は、器用にうるうると髑髏の眼を潤ませるふたりの根気に負け、『YES』を押下した。
「良し良し良し!!」
「流石はあたちのマスター」
喜ぶふたりの向こうで、舞台が光を放つのが見えた。グレイを握り、その光の方へ向かうと、それは転移陣であった。
「やった。これで帰れる……」
どれだけの時間、この『怨霊蠱毒の壺』に閉じ込められていたのか分からないが、これで一先ず冒険者ギルドに帰れそうだ。




