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ノーマライズ・アナライズ  作者: タケダ
3/42

『1』つ卵を砕いてしまえば、あとは簡単に。 Probably won't be able to eat it. (3)


 冷たい床、暗い空、肌寒い風…。目を覚ました西園寺洋介は、そこがアパートの廊下である事に気づく。記憶が混乱している…。家賃のゴタゴタがあり、大家…絶空独尊が怒り、僕に拳をぶつけ…。


 僕に拳をぶつけ…?おかしい、痛むところが何処にもない。

あのスピードで、あの力で殴られて人間が無傷でいられるはずが無いのに、確かに今の僕に怪我などは見受けることが出来なかった。


 一体何故かと考えると答えは直ぐに分かった。

 寸止めだ。あの大家は、本気のパンチで空を裂き、僕の顔面ギリギリで拳を止めたのだ。そしてその勢いと恐怖で思わず僕は気絶してしまったという訳だが…。


 なんて奴だ。あのパンチの勢いだろうか、隣家の家の窓はヒビ割れている…。モロに喰らっていればまず間違いなく頭部が吹き飛んで即死していただろう。

そして、


「やられた…」


 と思わず呟く、財布の中の札束が全て抜き取られていたのだ。申し訳程度に身分証明書だけを残して、それ以外は全て持ち去られていた。

 絶空独尊…、その行動に僕は三週回って怒りを通り越し、ある種の感動を覚えていた。その異常な力は一般的な人間のソレとは思えない。あの男がもし軍資金をスッて、怒り狂えば…その力でその店舗、いや、ひいては店舗のある街を一晩で壊滅させてしまうというのは想像に難くない。あらゆる意味で負けてほしくないと思う…。


 さて、これで文無しだ…と僕は考える。これでは何もできない、あの大家から取り返すのは絶対にできないとして…家族から突然の仕送りなんて期待できないし、このままでは餓死する。

 朝と昼と、眠るようにブッ倒れていた僕の胃袋はもう限界で、とにかく腹を満たすことが最優先だと考えた…。

 そうして僕はポケットをまさぐり、携帯を取り出す。

 あの大家、マジで金にしか興味無かったんだな…。

 そして僕は、ある番号にかけた。


「もしもし、西園寺です」

「おお、洋介君か?どうしたんだ!」

 電話口から陽気な声が聞こえる。

「お金を貸してほしいんです」

 僕は単刀直入に告げる。マジで切な願いだ。


 三秒の沈黙。


「よーし、とんでもない事を言っている自覚はあると見た!洋介君、俺はとやかく言わないから、まあ一杯付き合え!ブクズシ集合で、頼む!」


 電話はそこで切れた。あまりの物わかりの良さに僕は思わず感動した。

 麻布公園のすこし東に位置する居酒屋、ブクズシ。ここから大体十分程度で到達できるその場所で、電話の主『加藤ユタカ』先輩は待っているらしい。


 ユタカ先輩は大学の二年上の先輩で、偶然大学を訪問した時に道案内をしてもらった縁から何かと大学で世話になっている。ここに越してくる前から大学の詳しい地理情報、サークルカースト、講義の選択、あらゆる情報を教えてくれる人で、この徒然荘の存在を教えてくれたのもユタカ先輩だ(これはちょっと恨むかもしれない)。


 ジャーナリスト志望で、あらゆる物事を俯瞰的に見つめ、うまく懐に入り込み、コネを作ったり…。何かと情報を扱う事には長けていて、あらゆる方面で僕の知らない面白い話を知っていたし、何よりコミュニケーションが簡単だった。


 一線を引かず、恐れを知らず踏み来んでくるタイプで、同級の『うまく馴染もう』、『嫌われたくない』というスタンスから来るコミュニケーションとは全く違っていた。けれども、互いが気を遣う必要がないという事を共通認識として敷いてくれる事で、僕も『普通』の自分をさらけ出すことが出来るのだ…。


「いらっしゃーせー」


 そんなこんなでブクズシの扉を開けると、カウンター席に座っているユタカ先輩が姿を見せる。

 シャツにネクタイ、ばっちりと整えられた髪に黒ぶちのメガネ。同じ大学生で、歳は二つしか変わらないはずなのに、おちょこで酒をたしなむ姿から漂う威厳と言うか雰囲気は、完全に僕とは異なる『デキる男の大事な時間』といった感じがあった。


「おう、洋介君。まさか開口一番、金を貸してほしいなんてな!」

 がっはっは、と大口を開けて笑う先輩。いや、こっちは割と笑いごとじゃないぞ!

「ユタカ先輩…申し訳ないとは思ってるんですけど、遠因的には先輩も絡んでますからね」

「ははは、大体事情は察するさ。大方…絶空さんにむしられたんだろ?」

 正にその通りだった。この人、やっぱり知った上で…。

「悪い悪い、そんな顔するなよ。俺もまあ、色んな事情があるんだよ!」


 色んな事情がね、と呟くユタカ先輩。何となくこちらも事情を察することができた、多分…彼が重要視する『コミュニケーション』の軸の中に何かしら徒然荘の問題があって、それを収めるために僕が飛ばされた、とかそんな所だろう。それにしても酷すぎる、と僕は思う。


「すんません!こいつに鯛茶漬けお願いします!」


 けれども…彼のその悪気のない部分であるとか、底抜けに明るい彼の声やしぐさがどうも憎めない。

 やり手だ。


「恐ろしい強さだったんですよ、本当に。とにかく逃げようとしたんですが、本気の正拳突きの寸止めを食って…気絶しちゃって」

「ははははは…。絶空独尊は…巷じゃ『理不尽』って通り名で有名なおっそろしい男さ。噂じゃ、猛スピードの電車を片足蹴りで止めたり、拳銃の弾を反射神経で避けたり、本気のパンチは戦車を潰したとかって話だ…ま、ホントかどうかは知らねーけどな」

 そんな奴のところにブチこまれたのかよ、僕。ミンチにならなくて良かった。


「さて、金か…ま、俺が撒いたタネでもあるから、これ、やるよ」

 ユタカ先輩は実家が太い。更に言うと彼はその持ち前のジャーナリズムであらゆる場所から金を稼いでいる…が故に扶養から外れていたり、金を持っているのは確かだと思っていたが…。

 諭吉が大量に…目測で五十枚程、ズッと僕の前に置かれた。

「…多すぎません?今月どころか、半年でも返せないですよ」

「返さなくていいよ、何だったら足りないくらいだ。あの絶空独尊を前にして生きて帰ってきてるんだぜ、大概死ぬのに」

「大概死んでるんですかっ?」

「ああ、死んでる。蹴りでぐちゃぐちゃにされて死んでる」

「滅茶苦茶執拗に足で踏まれてる!」

「しかも死体は発見されない」

「踏まれすぎて土に還ってる!」

 どんな所に放り込んでくれてるんだ、この先輩。マジで僕の死骸からめっちゃ元気な花とか生えてきたら凄い嫌だぞ。


「まあ流石の絶空サンも、新しい入居者から金を毟った直後だ…今月は家賃を徴収なんて真似はできないだろうから、暫くの平穏だな!」

 不穏な気配を感じた。一か月後にいつでも金を出せるようにしておこう。

 もうあんなのはゴメンだ。


「こりごりですよ、もう…僕は『普通』に過ごしたいだけなのに」


 僕は本音をこぼす。


 少しの間沈黙があった。

 互いの喋らない、時間。


「さて、ちょっとした自分の話だ。聞いてくれるか?洋介君」

 突然真剣な顔をするユタカ先輩。僕も空気の変わりようを察して少し姿勢を直す。

 おおよそ、ただの世間話をする様子でもない。こういう時に先輩は、いつも襟を正すクセがある。何か頼みがあったり、重要な事象や述べなければならない事がある時はいつもこうだ。


「『全国連続不審死事件』、二年前に日本中で連続した不審死事件だ、知ってるな?」

「勿論です」


 やはり彼の口から飛び出した言葉は、かなりヘビーだ。

 知っている。その時期テレビはそのニュースで四六時中持ち切りだった。九州で四人、四国で四人、関西で四人、関東で四人、東北で四人、中部で四人、道で四人。あらゆる地域で男性が二人、女性が二人、不審死する怪事件。全てに殺人と断定できる証拠が見つからず、連続不審死事件としてメディアが躍起になって取り上げていた…。

 とてもじゃあないが、気分の良い話ではない。


「俺もそこまで調べようとなるハナシじゃなかった…というのも、それらは話に聞く限り女性男性がそれぞれ二人づつ怪死するという因果関係しか持たず、殺人とも言い切れない…なら、俺の出る幕は全くないと、そう思ってたんだ」

「というと?」

「ただの『不審死』じゃねえんだよ、考えてみりゃ当たり前だ。いつまでたっても警察連中は例の事件につきっきりで、今も捜査を続けてるってハナシだ、ただの迷宮入り案件ならこうも何年も現場検証は続けねえさ。それで俺はあらゆる場所に『学生』たる身分を堂々行使し乗り込んだ」

「それで」

「くれぐれも他言してくれるなよ」

 と言うと、ユタカ先輩は神妙な面持ちでこちらに向かった。


「被害者全員の遺体に公表されていない『共通している要素』があったんだ」


 この事件に特別思い入れがあったわけではない。

 ただの興味かと聞かれたら、趣味は悪いかもしれないが、否定できなかっただろう。

 僕はこの先の言葉に妙な予感を感じ取っていた。

 『普通』じゃない。そして、戻ることは許されない。そんな予感。


 けれども僕は、聞いてしまった。予感を無視して、先を急いだ…。


「なんです」


 そして。

 彼はこう続けた。


「いいか」


「それら遺体にはすべて」


「その背中をえぐるように」


「巨大な翼が、生えていたんだ」

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