『3』人の犯罪者を匿って。 There are no extenuating circumstances! (2)
駆け足で、これまでの顛末を。
ガチでヤバかった。
ちょっとしんみりした後に言うのもなんだけれど、我が愛しのプリマーちゃんのエンジンの調子が非常に悪く。突然スピードが落ちて、変な音がする。
大阪府に入った辺りで高速を降りて、地元特有のオイル臭い(この匂いが大好き!)バイク屋に入った僕らは、それでも近畿地方に入れたことに安堵していた。
「あー、焼き付いとるわ」
「…焼き付いてます?」
「おん、やきついちょる。そんでも…おん、エンジンを丸々オーバーホールしちまえば大丈夫やろが、ワシにかかりゃこんなもん、明日の朝には直せるわ。たまたま同型が置いてあるさかいに、兄ちゃん、ラッキーやなあ。そんでも兄ちゃん、どないな無理させてんや?」
「いやあ…はは、ラッキーですねえ…」
まさか言えない。
謎の『大天使』から命からがら逃げる為、フルスロットルで走らせたうえに、無理やりウィリーで大事故を起こしたなんて、言えるわけがない。
僕も訳が分からない。
そんなこんなでバイク屋を出て、僕らは近くに今夜の宿を(人間認知されないアミーの料金をケチって)取ることにした。
旅行の醍醐味といえば、それこそ『宿』だろう。普通のビジネスホテルで、これと言って注目するところが無いからこそ、売店で買うおやつ、カップ麺が最高にうまいのだ。
鍵を開けて、中へ入る。
「うおお!そんなに広くない!というかむしろ狭いね!」
「当たり前だよ、一人部屋だしね」
「ケチらず二部屋取るべきだったね?西園寺洋介」
よく考えたら無限に(ユタカ先輩の)お金はあるのだから、と僕の貧乏性を自省する。
人の金は無限に使っても怒られないのだ。
「じゃ、僕は売店で飯でも買ってくるよ。待ってて」
アミーもすっかり元の様子で、僕は少し安心する。
何か彼女の心境に変化があったのなら、それはとても嬉しい事だ。
けれども無理に強がっている様にも見えた。
…僕を励まそうとしているんだろうけれど。
切り替える。
せっかくの贅沢だ。僕はここぞとばかりにお金を持ち出し、ビジネスホテルを出てコンビニへ向かおう、そう考えてエレベーターに乗り込んだ。
その時。
「どうもー」
隣に立っていた人が、突然僕に話しかけた。
「は、はあ、どうも」
女子高生…だろうか?ビジネスホテルのエレベータにセーラー服の姿で立っている少女は、どこか場違いな雰囲気があったけれど、僕に話しかけるとは一体何事か?
「ふーん、なっさけない挨拶ねー。こんなのがあたしの『主様』とは、つくづく不幸だわ」
「は?」
僕を指して『主様』と言ったこの少女は何者か。ようやっと気づく。
『普通』じゃない。
然し、手遅れ。少女は両の手を結んで何かを唱える。
…詠唱だ!
「我を過ぐれば憂ひの都あり、我を過ぐれば永遠の苦患あり、我を過ぐれば滅亡の民あり。義は尊きわが造り主を動かし、聖なる威力、比類なき智慧、第一の愛、我を造れり」
密室と化したエレベータからの脱出を試みるが、非力な僕には何も出来ない。
「か、勘弁して!」
「永遠の物のほか物として我より先に造られしは無し、然して我永遠に立つ」
僕の脳が情報を処理する。ダンテ・アリギエーリ、神曲。
「汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ」
「開け、『地獄門』」
僕は確かに、エレベータの中に居た。
確かに中に居たのにも関わらず、そこは一瞬にして風景を変えて。
血みどろの池、生臭いような空気、煉獄の炎、空を飛ぶ人間の様な姿をした『何か』。
そこは確かに、地獄だった。
「ようこそー。ここが『地獄』、あなたがこれから生きるところよ」
「な、何が起きたんです!」
「何って…あなたの居た現世と地獄を接続したのよ。手間はかかっちゃったけど、あたしにすれば上出来よ?」
訳の分からない理由で胸を張っている。怖い。
怖いとか言う次元じゃない。真後ろで人間が串刺しなのに、それを前にセーラー服の女の子が、
「いやー、今年の人間はしぶといわねー。こうも悪人の意地が悪くなったのには、なーんか理由がありそうなんだけどなー」
とか何とか言って、「えい」と首をちょんぱしてトドメを刺している。
狂気だ。
「あ、自己紹介。あたしの名前は『ベルフェゴール』。忠実なるサタン様の『しもべ』にございます…って、あんたにへりくだるのは何かしゃくだわ」
サタンとは、僕の事だろうか?
『大天使』は言っていた、回想。
『大悪魔サタン?『堕天』した天使二人なんて、足手まといにしかならないわよ?もし本気なら、悪魔を従わせないと』
「べ、ベルフェゴール…さん?あなたは、その…『悪魔』ですか?」
僕は訊ねる。
「んー。まあ、そうだよ。あたしは悪魔、ベルフェゴール」
「そんな…ベルフェゴールさん…が、何故僕を、こんな所に…?」
「決まってんじゃん。あたしがあんたに『隷属』するって意思表示よ」
隷属…?
駄目だ、エロい事考えるな、西園寺洋介、ダメだ、ダメすぎる!
「エロい事考えた?」
「か、かかかかかかかか、考えてないです」
「お望みとあらば?」
スカートをペラリと捲るベルフェゴール。僕はすっと視界を逸らした。
「やめてください、ベルフェゴールさん…。僕は、あいにく…その、『隷属』とか、そういうのは分かんなくて…」
かかか、と小さく笑うベルフェゴール。
「いや、あたしがあんた…『サタン』様をお守りしないと、地獄でも示しがつかないって言うかさあ、そもそもあんた、あの『堕天使』二人組だけでしょ?今の仲間」
仲間。トラオア・フロイント・アミークス、そしてセラフィム。
「死ぬよ?あんな雑魚二人抱えてたら。人間が勝手にくたばる分には構わないけど、『サタン』様に死なれちゃあたしらが困る」
そう言われて、僕は動揺した。
死ぬ?
「来るんだよ、あんたにとっての『最終決戦』が」
最終決戦。
「あーまあ…いいよ。今のあんたにプレゼント、『悪魔の力』が欲しくなったらあたしを呼んで?必ずあたしがそこに行く」
「ちょ、どういうことですか」
「あたしは魔界、そして地獄の君主。その力であんたを助ける。熾天使セラフィムとは『一件』で折り合いが悪いからあんまり会わせないでくれると助かる」
「『一件』?」
「殺しあったのよ。あたしが負けたけど、あいつも相当効いたはずよ。クソっ、思い出したらイライラしてきた、あの拗音カタカナヤロー…」
…悪い人じゃあ無さそうなのは、何故だろう?
『悪魔』なのに。
「さて、最後に忠告」
「あたしが渡した悪魔の力、あんたは使う『権利』がある。いつでも使えばいい」
「けれどもそれは『サタン』様として。『西園寺洋介』ではないわ」
「悪魔の力を行使して」
「『普通』に過ごせるなんて、思わない事ね」




