『3』人の犯罪者を匿って。 There are no extenuating circumstances! (1)
あれから六時間が経過して、すっかり辺りも暗くなった高速道路を、淡々と走り続ける。
アミーはあれからただの一言も発さずに。
ただ僕の後ろに座っていた。
「…」
僕は何も言わないし、言えなかった。
全く読めなかった。『生命の実』と言われて…アミーがその目の色を変えたワケがわからない。状況から推測するに、アミーに…その『生命の実』がらみで何かあったと見るのが正しいのだろう。
過去の話。
誰だって避けたい事は、ある。
もちろん、僕だってそうだけれど。
『先に向かッてろ、俺はやらなきャならねェ事ができたが…直ぐに追いつく。元とは言えど『熾天使』だ、スピードだッて伊達じャねェ』
とだけ言って、あれからセラフィムは大天使を連れて別行動を取っている。何をしているのか、僕には全く推測がつかないけれど、多分、これから先、必要になる何かを掴んだのだろう。
二人きり。
「…」
『普通』に話すこともままならず、ただ『時間』だけが『普通』に過ぎていく。
今や時間も狂っているんだったか。
もう『普通』はどこにも無いのかもしれない。
「今はただ、君が知りたい、本当に、真の意味で『友達』になって、『普通』に日々を君達と過ごしたい。ほら…セラフィムだって、意外と良い奴だ…僕を一度殺してるんだけど…アイツだって、三人のツーリングを楽しんでたさ、悪い奴じゃないよ」
とか、そんな事を言ったところでこの空気が変わるわけでもない事は百も承知だ。
僕は覚悟を決めた。
これから、僕は逃げない。
「労働や生活は、本来たとえ苦しくとも、同時に喜びを意味するものでありたいと思いますが、残念ながら現在私たちにとってそれらはますます灰色となりつつあります…なんて事を偉い人は言った」
僕はまたハンドルを強く握る。
アミーにだけは、伝えておきたい。
「でも僕はこうも思っている。それは『普通』のボーダーが、ある一定を超えているからなんだ。つまり、労働に喜びを求める事、それ自体が『普通』じゃない。苦しい、辛い、そう思う事が『普通』で、それより上位の感動を得ようとするから、裏切られるし、失望する」
重心を傾け、今度は右向きのカーブを曲がる。
「僕の人生は、概ね『普通』だったんだけれど、ある一点のみ『異常』な事があった」
カーブを曲がり終えると、またしばらくはまっすぐ進む。
「僕はその時、『普通』とは言い難い…中学生だった。若気の至りって奴かな?はは、この歳でこんな事、変だよね」
高速道路のまっすぐな道が、だんだんと嫌になってきた。
「なんの変化も無い、図書室の受付。僕は蔵書を読み漁っては、好奇心を満たしていた。今思えば…淋しかったんだろうね。僕には話す相手なんて、一人も居なかった」
変わらない風景、繰り返すトンネル。
「カエデ先輩と、コウジ先輩…」
「…毎日図書室に訪れて、本を読むでもなく、ただ花瓶の手入れを続けていた『カエデ先輩』は、何かと僕をずっと気にかけてくれた。コミュニケーションさえマトモに取れなかった僕に、あんなに優しく接してもらった事は、今でも忘れない。日を追うごとに、僕も彼女に馴染んでいった」
僕はまだ、真っすぐ前を見つめている。
「そこにまた、本が好きだったコウジ先輩がやって来て。彼の抜けている所を見るのは面白かった。彼が疲れている時に、蔵書管理のバーコードと見間違えて、服のボーダー柄をスキャンしようとした時、どれだけ笑ったか…」
「僕ら三人は毎日のように図書室で過ごした。僕は初めて『楽しい』と思ったし、多分それが『最高』の青春なんだ」
今でもまだ、僕の脳内にはありありと、あの頃が蘇る。
「けれども僕は、そんな日々を、三人の時間を永遠の様に求めたんだ」
「十二月十七日、僕はいつものように、図書室の受付で座っていた。五時半にはカエデ先輩は花瓶の水を差し替えにやって来る。部活終りのコウジ先輩もその時間には図書室に駆け込んで、今日の出来事を面白可笑しく伝えてくれる」
「けど」
「最終下校の七時を過ぎても、先輩たちは来なかった」
あの日、図書室で過ごした時間は、それこそ永遠のように感じたし。
今でも時は止まったままで。
「次の日の校内放送は、僕にとっては信じ難い、最悪の報せだった」
「コウジ先輩の自死と、カエデ先輩の刺殺」
なびく風はこれまでと違って、どこか冷たく。
刺すように、痛い。
「園崎カエデは他殺で、その犯人は安坂コウジ。それが世界が僕に示した、決定的な事実で」
「僕が『期待』を裏切られた瞬間だった」
沈黙。
ぶうんと唸るエンジンの音、車がタイヤを走らせる音、チラチラと通るトラック。
この世界には、それしかない。
「だから僕は『普通』以外を望まない。何も失わない、何も得ない、それで良い。少なくともこの前の、アミーがやって来るその日まではそれで良いと思っていた」
「…でも、僕は…」
「気付いたんだ。今にも消えそうな『堕天使』を目の前にして、僕は…」
「『普通』を捨てても、目の前の少女を助けないと…って」
静かに高速道路を走り続ける二人の遥か上空で、雪が降り始めた。
手の甲に、真っ白な雪が落ちて、溶ける。
「僕は誰だって、『普通』に過ごしてほしいんだ。絶対に、僕のような『異常』を経験させたくない」
後ろから、すっと伸びた手は、優しく僕を包んで。
『天使』は言った。
「…西園寺洋介」
「一人で、全部を背負わずに」
「『普通』に泣いても、いいんだよ?」
その瞳から、涙が落ちた。
「…僕は…」
「僕は…」
一生懸命に前を見て、道を進んだ。




