『2』個のリュックサックだと、足りないだろう? If you are going on a trip, a suitcase is a good idea. (6)
「ね、アイス買ってよ、いいでしょ、西園寺洋介」
高速道路に乗ってから二時間弱が経過していた。静岡県に入って少しの所。ガソリンの補給を兼ねてサービスエリアに入った僕らは、少し溜まった疲れを癒す。
「あ、アイス…?さっきも食べたんじゃ…」
アミーめ、ここぞとばかりにねだって来る。
上目遣いで。
「ね、お願い…」
か、かわいい…。
「おいクソガキ、相手しなくていいッての。雑魚天使の食欲に構ッてちャあキリがねェんだから」
そう言って僕に助け舟を出したセラフィムは、まるで当たり前かの様にサングラスを着けていた。いやお前、絶対そこのおみやげ屋さんで買っただろ、おい。
星形のサングラスはダサすぎるって。
『普通』に似合わねえよ。
「げえーっ、ケチ天使、ケチ最強、ケチ普通、ケチガキ」
「ケチのバーゲンセールだね」
言って僕はアイスの販売機にお金を入れる。
「どれがいい?」
「チョコ!チョコ!チョコ!チョコ!」
出て来たチョコレート味のアイスを僕は手渡すと、行儀もクソも無くひたすらにアイスを食い散らかすアミー。
「バカ!甘やかし過ぎだ、オイ!雑魚天使、礼も言えねェのか!」
「あ、ありがとう」
おいおいアミー、口元がチョコまみれだぞ。
ハハハ、なんて幸せなんだ。
繰り返す。なんて幸せなんだ。
「チッ、おい!クソガキてめェ、そのペースで食いもん買い続けてみろ、ぜッてェに金なんざ直ぐ溶けちまうんだからな…ッて」
その異変は、突如として訪れた。
さっきまで、売店に並んでいた人の群れが、無い。
トラックの中で少しの休憩をするあの人も、観光バスから降りてくるあの人たちも、家族連れの子供たちにおみやげを買わされるあの人々も、みんないない。
その感覚は、あの時に近かった。最強の『熾天使』セラフィムと、闘った『あの時』。
「待って、西園寺洋介。おかしいよ」
「そうみたいだね…どこにも人が居ない」
「…ッ、おい!クソガキィ!」
未だかつてない声で轟くセラフィムの声に、僕は既に彼女の手を引いて走り出していた。
「今すぐスクータに乗れェ!こいつは」
「ヤバすぎるッ!」
アミーにヘルメットを被せて、僕はスタンドを蹴り上げすぐにスクータを出した。高速に乗って、ひたすらに直線を走ろうとする。
メータの数値はゆっくりと上昇を続ける、八十五、九十、九十五、百、百十、百十五…。周囲に一切の車の姿は見えず、自分以外のあらゆる車の姿が見えなかった。
上を見ると、セラフィムが後方をチラチラと振り返りながら飛んでいた。
「西園寺洋介!聞いて、これから来るのはあなたと私達を殺そうとしている『処刑人』!」
と、とんでもない奴がやって来た。
「せ、セラフィムに任せよう!あいつは天使の中でも最も位の高かった『熾天使』なんだよね?」
「それは、無理なの!神によって『堕天』させられた私達は『願いの力』に制限がつく!」
「そ、それでも」
「今までの、五百分の一だと考えて。セラフィムの『願い』の出力は特に落とされてる。人々の『信仰』が全く足りないの!」
マズい。非常にマズい。
現状、戦闘要員は居ない。つまり…。
「あなたしか居ないの!」
僕はスピードをとにかく上げようとグリップを捻り続ける。けれどもプリマーちゃんは頑張ったところで精々百十五キロ程度。どれだけ捻ろうと、上がらない。
「クソガキィ!来るぞ!」
瞬間、大きくハンドルを持っていく様にして。
鋭く空気を切り裂く様に、強い突風が吹いた。
「あらあら、あらあらあらあら、あらあらあらあらあらあらあらあら。どうしたのかしら?」
高く響く、まるでオペラの様な、ビブラートを効かせた女性の声。
「あなたかしら、大悪魔『サタン』って?」
僕は恐怖で後方を見ることが出来ない、けれど確かに。
すぐそばまで迫っているであろうことは、容易に想像が出来た。
「ただのオトコにしか見えないのだけれど?」
ま、真横!
顔を動かさずとも、僕の視界に入って来たその女はマジマジとこちらを覗いている。
「我が炎は円環を求めず…故に清く神聖なる炎である…神に感謝を、聖人に祝福を、不穏に裁きを」
「〈我は灼熱に身をやつして罪なる子らを滅却する〉ッ!」
上空から詠唱される力強い響き。
嫌と言う程僕らにぶつけられたその言葉は今、僕らの『敵』に向けられた。
「そッから離れろ!名無しの天使!」
その炎は弾となって、僕のすぐ隣に降り注いだ。けれどもそれを完全に避けきった謎の女は、まだ悠々と空を飛んでいる。
「あら!『熾天使』セラフィム様…本当だったのね、『サタン』のしもべに下って『堕天』したってお話。あたしてっきり嘘かと思っていましたわ。〈天使の九階級〉序列一位なんて、『序列の外』の私じゃ、何にも出来ないもの…。でも、安心した…」
「今のあなた、弱いわね」
僕は激しい危機感を覚えた。
あのセラフィムが、煽られている。絶対的優位で、常に罪人を見下し、裁きを全うしようとしていたあのセラフィムが、今度は『執行』されようとしているのだから。
「うッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッるせええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええェェェ!」
逆鱗しているセラフィムは、何をしでかすか分からない!
僕は重心を傾けて、今度は右側に逃げた。
「〈ファイアリー・フライング・サーペント〉〈ファイアリー・フライング・サーペント〉〈ファイアリー・フライング・サーペント〉〈ファイアリー・フライング・サーペント〉〈ファイアリー・フライング・サーペント〉〈ファイアリー・フライング・サーペント〉〈ファイアリー・フライング・サーペント〉〈ファイアリー・フライング・サーペント〉〈ファイアリー・フライング・サーペント〉〈ファイアリー・フライング・サーペント〉〈ファイアリー・フライング・サーペント〉〈ファイアリー・フライング・サーペント〉!」
や、ヤケクソ乱れ撃ち⁈
「よ、よけて!西園寺洋介!」
言われなくとも!
「ふふ…ふふふ、ふふふ?」
またそれを悠々と避けながら、不敵に笑う女。
「名乗らせて頂くわ!『大天使』アリエル!あなた方を『執行』し、『四大天使』、いいえ、『熾天使』にまで昇ってやるの!『サタン』殺しの称号は、あたしが頂くわ!」
『大天使』。僕は知っている。知りたくなくとも知っている情報が、僕にはある。キリスト教に定義される天使の九つの階級。『天使』、『大天使』、『権天使』、『能天使』、『力天使』、『主天使』、『座天使』、『智天使』、『熾天使』…。最も最上位であったのが『熾天使』ことセラフィム。もしこのシステムに準拠するのであれば、この天使は…。
下から数えて、二番目の筈だ。つまり、そこまでのやり手ではない。けれどもこのやられ様、セラフィムにはつらいだろうと僕は思う。
さて、ではこの命の危機に僕がどう対応するのか。
『願いの力』、それ一つに頼らざるを得ない。
「大悪魔サタン?『堕天』した天使二人なんて、足手まといにしかならないわよ?もし本気なら、悪魔を従わせないと」
「ぼ…僕は!だ、大悪魔でもサタンでもありませんよ、極めて『普通』の…人間です!」
「あら、『普通』の人間は、あたし達なんて知覚できないわよ…あと、あなた、おねーさんは苦手かしら?」
ま、まずい。見抜かれた、対女性コミュニケーション。
「情けない!西園寺洋介!こんな胸がでかいだけの女、ビビらなくていいよ!」
「あら?あなたは…『離反者』、そして『堕天使』トラオア・フロイント・アミークスね?てっきり彼の妹さんかと思ったわ?天使の威厳も無い、おこちゃま体形ね?」
「ム、ムキー!」
そんな昭和の漫画みたいな擬音で怒る奴がいるのか⁈
とにかく、今の僕にできる事は『会話』を続けて機を待ち続ける事だった。
というのも、僕の力は『異常』を『普通』にしてしまう能力。実戦の感覚を思い出して、気づいたことがいくつかある。
あの時、確かにセラフィムから放たれる『炎』という『異常』は消してしまう事が出来た。けれども『飛行』であるとか、『燃える体』というのは消せなかった、という事。
推察するに、『一つ』異常を封じれば、他の異常は封じれない、という可能性がある。その場合、この大天使アリエルの飛行能力を封じた時、彼女の持つ『願いの力』は行使し放題になる。
もしも、バカでかい『攻撃的』な願いの力だった場合、なすすべもなくやられてしまう。
なんて、『普通』じゃない量の情報を脳で整理する。生まれつき、こういう事が得意なもんで。
「アリエルさん!僕らを、どうやって殺そうとするんです?」
直球に聞いてやる。まだ、彼女は知らないかもしれない。僕の『願いの力』を。
だとしたら…。
「あら、教えてあげるわ…ボウヤみたいなかわいい子には。あたしはね、『属性』に『風』を持つ偉大な『大天使』よ!このまま吹き飛ばしてあげる!」
よっしゃ!かかった。後は僕にもできる、はずだ。
『普通』じゃない、セオリー通りではない、勝ち方。
「〈ノット・ピンキー・フィンガー〉!」
そう言って、僕らのスクータより前に飛び出て、両手を前に出す『大天使』。
「『詠唱』なしのシロウトなんて、やっちゃえ!西園寺洋介!」
目に見える正に『竜巻』の様に巨大な『風』は、こちらをめがけてやって来る。
舞う砂埃が襲いかかる。
けれども僕は、こんな所で負けられない。
『仲間』を前に、負けられない!
「竜巻が起こせるなんて…」
「『風』で人を殺そうなんて…」
「そんなの!」
「『普通』じゃないっっっっっ!」
一瞬にして、目前の『竜巻』は、その中心を失って、四方に散った。
「わ、私の〈ノット・ピンキー・フィンガー〉に…な、何をしたの⁈」
「いいですか、アリエルさん。教えてあげますよ」
「あなたの敗因は!」
「『普通』の悪役みたいに、手の内を明かしたことです!」
ただ『風』を封じたんじゃ、勝ちとは言えない。
けれどもパンチなんて繰り出せない。
トドメがさせない。
けれども思い出してほしい。今、僕が乗り込んでいるのは。
プリマーちゃんこと、スクータだ。
「アミー、少し重心を後ろに」
言って、僕もやや後ろにのけぞる。
やることは分かってる。
あとは出来るか、出来ないか。
エンジンの回転はとっくに上がっている。
ハンドルを、強く押す。サスペンションがふわりと起動する感覚。
そのまま、のけぞって…。
「な、なにを、何をしようとしているの⁈」
ウィリーで、彼女を思いっきり。
轢いた。




