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ノーマライズ・アナライズ  作者: タケダ
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『2』個のリュックサックだと、足りないだろう? If you are going on a trip, a suitcase is a good idea. (5)


 キーを捻って、電源を入れる。

 僕はヘルメットの顎紐を固定しながら、片手で右手側ハンドルのモードボタンを押す。総走行距離数を示すモニタに表示された数値は僅かに二十キロ。


「こ、これ…殆ど新品じゃないですか」

「あー。勢いに任せて買ったらしい、何事も衝動的なあの人らしいよ」


 なだらかな曲線美を描くボディライン、シックなデザインに実に可愛らしさを覚えさせる小ぶりなスタイル。落ち着きを覚えるような高級感にどこかイタリアンを感じるというのは、なんとも日本人的な感性だろうか。而して排気量百五十シー・シーを誇る彼女であれば、高速道路の運転も可能になるという頼もしさ。ああ、素晴らしい…。


「き、キモいよ…西園寺洋介、目つきがもう…」

 アミーの方から明らかに僕をさげすむような声が聞こえる。


 ドン引きされようが構わない。

 僕はこのスクータを愛している。


 奇妙なめぐりあわせで、堕天使トラオア・フロイント・アミークス及び堕天使セラフィムを、遥か五百四十四キロ先まで送る事になった僕は、小旅行と言うには余りにも遠すぎる、そんな距離を公共交通機関を使わず、このスクータで向かう事になってしまったのだけれど。


「それでも絶空さん、本当に使って良いって言うんですかね?」

「当の本人が居ないんじゃ、仕方ないよ。僕も行方は追っているんだけれど、あの人を見つけ出すなんてさすがの加藤豊にも出来ないんだなあ、これが」


 このスクータのオーナーにして、徒然荘大家の絶空独尊はあの日、セラフィムが落とした全身全霊の隕石を打ち砕いたその日から、一切の足取りが掴めていないという事を知ったのはついさっき。ユタカ先輩に届いたメールを最後に、連絡がつかないとのこと。


『ウチのスクータ、自由に使っていいからな。ちと出家する。徒然荘は任せる。洋介君とそのお友達によろしく。壊したらブっ殺す』


 殺意の籠った文面を残して、めっきり姿を見せないとは恐ろしい。


 …楽観的に捉える事は出来なかった。ここまで多くの『何か』が連続している中で、絶空独尊の失踪とは、何ら関係があってもおかしくはない。けれども本物の『異常』である彼の失踪となると、ふらりと『普通』に帰ってきそうでもある。


 …出家ってなんだ?


 僕は考えないようにして、スタンドを蹴り上げる。

 続けてスイッチボックスにあるセルボタンを押した。

 始動音が一瞬高く鳴って、低く唸るようにエンジンの音が続く。

 最高に心地が良い。


「なァ、アミーよォ…。生物でもない機械に対して『愛しの』とか『この子』とか、果てには『彼女』ッてェ、ぶつぶつ独り言が聞こえるんだが、イカれちまッたのか?クソガキは」

「わ、わからないけど、怖い」

 冷ややかな目線を感じる。気にしない。


「おい、準備終わッてんならそのスクータでさッさと出るぞ、クソガキ」

「この子の名前は『プリマーちゃん』だっ!」

「キャラぶッ壊れてんぞ、おい、『普通』どうした、『普通』」

「『普通』全人類は二輪車を愛するんだよ、君は知らないのかも知れないけれど。僕は十八歳になった時、これだけが人生の指針だと信じて普通二輪免許を取った。最初に乗ることになるのがこの『プリマーちゃん』だなんて…最高じゃないか」

「ユタカさん、西園寺洋介、壊れちゃった」

「安心しなアミーちゃん。元から壊れてるんだよ」


 …タンデムと言う形で、今や翼も天使の輪もない、可憐な少女と化したアミーを後ろに乗せて走ることになるのだからと、僕は自前のヘルメットを渡した。


「これ…着けるの?」

 おぼつかない手つきで顎紐をくしゃくしゃと触っている。

「こうするんだ」

 と言って、僕は手を伸ばして彼女の紐を固定した。


「乗り物は初めて?」

「うん…緊張する」

 自転車の練習に来た小学生みたいな、なんだか強張った顔つきのアミーを見て思わず笑ってしまう。


「はは」

「な、何がおかしいの」

「今度さ、自転車とか練習してみなよ」

「自転車?」

「うん、その時はゆっくり教えるからさ」

「ちょっと…興味ある」

 そうか。アミーは知らない。ヘルメットの顎紐のつけ方だけじゃあ無く、スクータに乗ったことだって、自転車の乗り方だって、もしかしたら、今日のみかんの味だって知らなかったのかもしれない。

 『普通』の生活を…天使が送る謂れなんて無かったのかも知れないけれど。


 天使にだって、知ってほしい。


「おい!ぼさッとしてねェで、出るんだろォ?」

 上空からはセラフィムの声が聞こえる。アイツは翼も無事なので、僕らの上空を飛んでいくそうな。

「ああ、行こう、アミー」

「うん」

 そう言ってスタンドを上げて、僕は愛しのプリマーちゃんのシートにまたがった。

 心地よい振動。そして後方にまたがるアミー。


「よーすけくーん!君の単位と、その他諸々は俺が保障するから、頑張ってくれよー。おみやげも、頼んだぞぉ!」

 と、ユタカ先輩はこちらに手を振っている。


 持ってきたのは、一週間分の着替えと、渡された事件の資料。ユタカ先輩の四十万円(僕が倒れていた一週間で十万円は使われていた。天使のくせに浪費癖がある)、失踪した絶空独尊のスクータ。


 兵庫県、明石市にある『時間』の決定地に向かい、ズレた時間軸を正しく戻す。


 そして…トラオア・フロイント・アミークスを取り巻く不可解な事件の謎を解く。


 僕に与えられた『異常』な能力、サタンと化した西園寺洋介。


「極めて『普通』に、頑張ります!」


 ハンドルのグリップを捻って、スクータは走り始めた。

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