『2』個のリュックサックだと、足りないだろう? If you are going on a trip, a suitcase is a good idea. (3)
「さ…サタン?僕が?」
「で、俺達はそれに仕える悪魔だとよ、笑わせてくれる…」
「な…」
「僕が何をやったって言うんですか!」
焦りは精神を不安定にさせる。今の僕に落ち着きがない事は、俯瞰せずとも分かっていた。
「だ、大丈夫だよ、西園寺洋介、だから、落ち着いて…?」
こちらの掌にみかんを一つ置くアミー。
みかん程度でカバーできる情報ではないのだけれど、精神を『普通』の状態に持っていく。
「さて、現状を把握してもらったところで、僕から聞きたいことも少し良いかな?」
と、飄々とした様子でユタカ先輩。
「ここ最近の人知を超えた現象。直近ではこの通り」
言って、リモコンのボタンを押し、テレビのニュースが画面に映る。聞こえるキャスターの声。
『東区児童公園で発生した火災から約一週間が経過し、被害の全貌が見え始めました。今月七日、児童公園を中心とした火災は隣接する民家などに燃え移り、多くの住宅が被災しました。然し驚いたことに休日の夜十時頃にも関わらず地域の住民全員が外出していた為、奇跡的にケガ人などが発生しなかった東区の奇跡と称されている火災ですが…』
「こいつはセラフィムくんと洋介君の大喧嘩が作り出したおっそろしいバトルフィールドの話だが」
そう、僕らが殺し合った時、そこには誰一人として、人間が居なかった。
一切の静寂をもたらした、あの場所。
「さて、当たり前だが地域住民全員が外出ってのはありえない。ここらだけで何人が住んでると思う?腐っても東京、『二千三百人』だ、それが一斉にここから離れる?冗談じゃない」
セラフィムがユタカ先輩を向いて正座。
態度の違いエグ。
「俺の『執行術』です。〈モン・サン=ミシェルの祈り〉と言って」
ユタカ先輩は今度は宙を見て遮るように言った。
「そう、そうなんだよ。炎出したり、普通がどうこう言ったり、火傷まみれの腕を治したり、今度は隕石、そんで執行術と来た。なんでもありだ」
僕と目が合う。その目は恐ろしく遠くを見通しているような、どこかを眺めている、そんな目。
「二十八人、翼を生やして殺すことだってできるのかい?君たちなら」
空気が変わる。皆が息を吸った。
二十八人。翼を生やして殺された被害者。
全国連続不審死事件。
アミーに懸けられた、冤罪。
ユタカ先輩の本質へ切り込む度胸は恐ろしいものだった、目の前に自身の命を刈り取れる程の力を持つ相手に、こうも踏み込めるか。
「九州で四人、四国で四人、関西で四人、関東で四人、東北で四人、中部で四人、道で四人。そいつら全員が翼を生やして死んでいた。少なくとも、ただの人間の出来るコトじゃない。明らかに『変形』して、グロテスクにそれはあった。僕に…少しだけ教えてほしい、一体どんな『天使』の力を使ったら、あんな殺しが出来るんだ?」
張り詰めた空気に、セラフィムの声が響く。
「正直、それについては『人外』なる俺達にも…わかりません」
「ただ、俺達には分からないことが多すぎます。例えば、トラオア・フロイント・アミークスの『偽証』について…とか」
「『偽証』?」
思わず僕は尋ねた。尋ねてしまった。
「俺はなァ、『嘘』か『嘘』でないか、手を触れると分かんだよ。物理的現象を元に、それが真実であるか否かを判断する『裁きの右手』…と言っても、使用頻度はごくわずかだが…神の言う事に疑いを持ったことなんか、俺は無かッたからなァ…」
神に従い続けたセラフィムの重い言葉だったけれど、その『手』が暴いた真実が、僕は気になっていた。
「一言で言やァ、不信感だッたが…コイツに俺は触れ、そして問いを与えた」
「誓って、殺人を犯したと、そう言えるのか…」
まさかとは思ったけれど。
そのまさかだった。
「『はい』、そう言った雑魚天使の言葉は」
「嘘だ。こいつは人を殺してなんかいねェ。どうにも訳が分からねんだよ、まッたく…」
彼女は、人を、殺していない?
アミーの方を見れば、然し彼女はその表情を変えることなく、いつにもない真剣な表情で言うのだった。僕にはその魂胆が分からなかったけれど、彼女が嘘をついた意味を理解は出来なかったけれど。
「違うんだよ、私は…」
一粒の水滴がポツリと落ちた。
「私は…殺しちゃったんだよ、ひとりの、人間を…」
泣いていた。
それ以上の追及は、僕にも、セラフィムにも、先輩にも。
誰にも、できなかった…。
「オイ、女の子泣かせてんじゃないぞ、お前たち」
と言ったのは先輩で。どう考えても責任を転嫁しようとしている。
「か、勘弁してくださいよ、俺はそんなつもりじャあ無くッてェ…ほ、ほら、ハンカチだぞ、ほら」
タジタジのセラフィムは思いのほかダサくって、小学校の悪ガキが先生に叱られた後みたいだ。
「テメエも黙ッてねえで何とか言えや」
「え⁈」
「うん。セラフィムくんの言う通り。洋介君、君が何とかしなさい」
「あ、あ、えっと、その…ごめん…その、あ、あの…」
デジャヴ。西園寺洋介の『普通』じゃないポイントその一、対女性コミュニケーション。
女の子が悲しんでいる時って、どうすればいいの?と疑問符を立てて、脳内で『普通』を構成する。
そして、テーブルにあったみかんを一つ、差し出した。
「こ、これ…いる…?」
無言でこちらを見るアミー。
「要らない」
終わった。命かけて救った相手にこのザマなら死んだほうがいい。終わりです、僕の人生。
「でも、どうしてもって言うなら…もがが」
あっ、皮ごといったわ、コイツ…。
「…ありがとう、おいしかった」
うん、いや、それは凄く良かったんだけど、こいつの食欲、どうなってんだろう…?
もうなんかたらふく食わせれば悩みとか全部忘れるんじゃないか?
「おいおい、おいおいおいおいクソガキよォ、物で釣るなんざ誠意ッてモンが伝わんねェぞ、もッとこう、いい感じにお悩み相談的なさァ」
「抽象的だな。人に文句は言うけれど、セラフィム、なんだかんだで苦手なんだろ、こういうしめっぽい雰囲気が」
「あァ⁈うるせェよクソガキ!てめェのなんだ?『ア、ア、あの、えっと、そ、そ、そ、そ、その…ごめ、ごめ、ごめめ、ごめん…』だっけか?おもしれェぐらいに声出てなかッたじャねェか?え?」
「う、うるさいぞ!僕に負けたくせに」
「てッッッめェェェェえ!やんだな?今、ここで⁈」
「ほら、近所迷惑だろ、君たち。やるんなら極力被害の出ない、海の底とか、そんなんでやりなさい」
「じゃ、行くか、海底」
「バカ、僕にハンデがありすぎだろ!君は確かに海底でも生きられる人外かも知れないけれど、僕は『普通』に水圧でぺちゃんこだよ」
「しらねーよ、挑発したのはてめェだろうが」
「違う!断じて違う!」
なんだか、しょうもない喧嘩に発展してしまったけれど、いや海底は無理。全然無理。余裕で死ねる。
そんな事をごねていると、聞こえて来た笑い声。
「…はは」
「あはははは!」
「ああ、おかしい…はは…」
少し涙で目をはらして、顔も赤いけれど、それでもすごく楽しそうに、彼女は笑った。
「こんな日に、私…憧れてたのかもしれない…」
その顔を見て、僕は居ても立っても居られずに。
こんな言葉を、口に出した。
「こんな『普通』が一生続くと、いいね…」
アミーはとびきりの笑顔で。
「うん!」
と、そう言った。
僕は酷く後になって気づく。
こんな願いは、『普通』じゃなかった…という事に。




