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彼と彼女と残念ごはん。

10年目の結婚記念日、イイ嫁ちゃんである騎士団長夫人は罠をはる(※物理)

作者: 砂臥 環

題名から旦那へのざまぁを期待して開いてしまった方、ブラウザバックを推奨致します。

旦那ざまぁはないです。

申し訳ないのですが、全くそういう話ではないので、ご高覧される場合予めご了承ください。


「ぎゃー!?」


それは結婚記念日の前日の夜のこと。


「ん? どうしたの?」


湯を浴びてからキッチンへと戻るや否や叫んだ私に、いつの間にか帰っていた旦那様がキョトンとした顔でそう尋ねる。

私は──


『どうしたもこうしたもありませんよ、旦那様……

アンタが今まさに食ってるそれは、私が今日の昼から明日の夜に向けて仕込んでた筈のビーフシチューじゃありませんか!』


──と、言いたいのを辛うじて堪え、引き攣った笑顔を向けた。


「い、いえ……私の苦手な虫がですね」

「なに?! どこ?」

「いたような気がしたんです」

「なんだ~」


気の抜けた顔ではははと笑う旦那様。


「あゴメン、腹減っちゃって。 勝手によそっちゃった。 もう食べたよね?」

「ええ。 最近お忙しいですもんね~、そりゃお腹も減りますよ。 沢山食べてくださいね、お代わりありますから!」


ワインを注ぎながら、私は別のことを考えていた。



半年前に騎士団長になったばかりの旦那様はただでさえ引き継ぎで忙しかったのだが、このところ物騒な事件が発生しているらしく、特に忙しいご様子。

私はというと「待ってなくていい」とのお言葉通り先に食べているし、なんなら先に寝ている。

けれど、決して悪妻に非ず。

起きている時はこうして旦那様を存分に労う、とてもイイ嫁ちゃんである。


旦那様もイイ旦那様なので忙しくても私に疲れている様子は見せないが、たまに寝室に辿りつけず、玄関先で倒れるように眠ったりしている。


そんなところを見ているだけに、勝手に明日の晩餐を食われたくらいで目くじらを立てるワケにもいかない。

これはもう、油断して片付けずに湯浴みした私が悪いとしか。


とはいえちょっとモヤっとはした。

勝手に食われたことにではない。


(……どうすっかな~明日の夜)


──モヤッとした理由はコレ。

メインディッシュが無くなってしまった。





私は腐っても元貴族令嬢であり、実家で料理は手伝い程度しかしたことがない。ついでに不器用なので、残念ながら凝った料理のレシピまで手が回らず、早10年。


ハレの日のメニューといったらいつも大体これだというのに、旦那様は気付かず食っていたのだ。つまり──


(これは結婚記念日など、スッカリ忘れているに違いない……)


『特別料理』と気付いていない様子だけに、コレを明日も出そうものなら記念日にもかかわらず、旦那様的には『昨日の残り物』になってしまうこと請け合い。


(そもそも明日も今日くらい早いとは限らないし……)


「──旦那様、今日は早かったですね~。 問題は解決したんですか?」

「いや~ここからが正念場だね。 明日から大変だから、今日は早目に帰ったんだよ」

「……」


(間違いない……忘れてるなコリャ)


「ミラベルも変な時間や妙な場所には、ひとりで出歩かないようにね」

「……」

「ミラベル?」

「あっ、はい勿論ですとも!」


記念日を忘れているなら尚のこと、わざわざ早く帰ろうとはしないだろう。

っていうかなんなら『帰ってこれないかも』的な発言してたしね?


特別なものは作らないことにしようか──とも考えた。でも、


(やっぱりなんかしたいよなぁ)


ゴージャス飯など金に物を言わせれば簡単だし、それくらいのへそくりはある。だが帰ってこない場合、完全に無駄金。

ならば休みの日に外食に行く方がいいだろう。


ただ仕事の進捗状況によっては、今日のようにならないとも限らないというのが悩ましい。

それにたとえ自己満足に終わろうとも、私がなにかしたいのだ。

まあ、忙しい以外にも結婚記念日を旦那様が忘れているのは仕方ない部分もあるし。

互いに記念日に無頓着な方なので、毎年結婚した日の周辺の休みに『あ、そういや今月結婚記念日あったよね』みたいな感じで出掛けたり、ちょっといいディナーに行ったりするのが常。

おそらく『結婚記念日を忘れている』というより、『細かい日にちなどは忘れている』というのが正しいのだろう。


だけど流石に10年目。

そう、明日は結婚10年という節目の記念日。

スイート10アニバーサリーなのだ。


私達は政略結婚であり、互いの性格的にも甘々な生活ではないが仲は良好。

しかも今年は旦那様が出世した上、毎日忙しくしている模様……イイ嫁ちゃんとしてはいつもより特別に労ってバチは当たらん、と頑張るつもりでいたのだが。





旦那様と私は適齢期を迎えた後での緩やかな政略結婚である。

ズバリ言ってしまうと嫁き遅れだが貴族令嬢だった私に、辺境伯様が紹介してくださった方。

辺境伯領で起こった魔獣大発生(スタンピード)時の功績から、騎士爵を賜ったばかりの旦那様を王家が望んだことがきっかけらしい。一平民でしかなかった彼には、貴族の妻がいた方がいいだろうとのお考えのよう。


通常より短い婚約の一定期間、探り探り結婚を前提としたお付き合いを続け、結婚後は王都での新生活。互いにあわあわしながら、協力が不可欠な状況で生活を共にした。


運命的ではないが、それはまさに運命共同体……絆も情もそりゃ~生まれるというもの。


そう思っていたけれど、落ち着いた今になって『相性が良かったんだろうな』としみじみと感じる。


残念ながらまだ子供はいないが、旦那様の爵位は一代限り。特にうるさく言われることもなくふたりの生活を楽しんでおり、私達は仲がいい。


旦那様への労いを欠かさない私。

そして私自身、てらいなく自分の『今日やったったこと』を『どやーイイ嫁ちゃんやろがい!』と嬉々として報告するタイプだ。

旦那様は細かいことに気付く人ではないが、それに嫌な顔などせず素直に褒めてくれるので、家庭は概ね円満である。



そんな10年の記念日なのだから、やはり自力で旦那様を盛大に労い、盛大にドヤり、私も労われたいところ。


甘い言葉こそ囁かないが、ぶっちゃけ私は旦那様が大好きなので。


料理は下手だが掃除はまあまあ得意だし、かつての淑女教育のおかげで飾り付けも心得ている。

とっておきのファブリック類は準備万端、あとはセッティングのみ。

今日出したいつものワインの他、いいワインも買ってある。


(あとは……豪華飯だけ……!!)


悩んだ結果私は、『いい肉を買って焼く』という、甚だ安直かつ間違いのない結論に達した。


もし旦那様が帰って来られずとも、肉はある程度保存がきくし。

なんならサンドイッチを大量に作って届けてもいい。むしろイイ嫁アピールとして、そうすべきでは。


幸いなことに、美味しいと評判のパン屋で買ったパンが、パントリーに入れたまま手付かずで残っている。

パン作りは難しくあまりに成功率が低かったので、折角の記念日にわざわざ『一か八か!』という博打うちみたいなことをして炭焼きパンが炭になっては悲しい為、はなから焼く気がなかったことが功を奏した。

足りなさそうな分は、注文しておこう。お届けが明日の夕方なら朝注文でも間に合う。






──そんなワケで。


朝食を素早く用意し、旦那様を見送った後。

日常の家事を恙無く、且つスピーディーに終わらせ、部屋を整えた。


きっと、はたから見たら三人ぐらい嫁がいるように見えたに違いないが……残念だったな、それは残像嫁だ!


どやー!!

イイ嫁ちゃんやろがい!(※自褒めは欠かさない)


「フッ……あとは、いい肉のみ!!」


自褒めにより更に高まりし自己肯定感が、私に揺るぎなき自信をも与えてくれる……私はそれに後押しされるように服を着替え、颯爽と馬に跨った。


王都の別宅であるアパルトマンへから、追加注文の為にパン屋を経由し、外れの小さな街にある本宅へ。


目的地は森──そう、狩りである。


やっぱりいい肉を買って焼くだけではこう……10年記念というのに相応しい『やったった感』がないな、と。

『じゃあビーフシチューはなんなんだよ』と言われてしまえばまあそうなんだけど、アレは記念日前に食われてしまった以上、最早過去の遺物。


そんな過去のガッカリした思い出を糧に、より良い今を生きる私……なんて素晴らしい。


(旦那様は遅くなるだろうし、まだ時間はタップリあるわ)


外れの街まで往路だけでも1時間はかかるけれど、幸い旦那様は早朝に出て行ったのもあって、ついた頃にはまだ朝といえる時間帯。


これは狙える……大物を!!


(そういえば私からプレゼントって、あんまりあげてないのよねぇ~)


なんせ元貴族令嬢とはいえ、今や人妻。

働いていない私の持つお金はお小遣い、旦那様の稼ぎが元である。それが小遣いだろうとへそくりだろうと所詮は還元しているだけなので、どうしても確実性を求めて共に買いに行くのが基本。

案外保守的なので、『もし気に入らなかったら』とか『使わないかも』とか考えるとサプライズとかはしない派なのだ。


しかし今回は完全自力。

してみせましょう、サプライズ!


(なんなら余分な肉と素材は売っ払って自力小遣いもGETすれば、消えものじゃない物品のプレゼントもできるわね! フフ……やはり私ったらイイ嫁ちゃん♪)


まさに皮算用をしながら、私は鼻歌混じりでご機嫌に幾つかの罠を設置すべく森の奥へと足を踏み入れる。

勿論この後は自ら攻めていく気だが、設置した罠により、その時間も無駄にしないという二重構造……匠の為せる技である。


10年という時を経て、私は今『イイ嫁ちゃん』から『有能なイイ嫁ちゃん』へと進化しつつあるのだ……!


(考えてみたらこのスキルを発揮する機会って、今までなかったもんねぇ)



我が実家である子爵家は元々狩猟を生業(なりわい)としていた北部民族の末裔である。

辺境伯家とはよき隣人として仲良くやっていたが、交流があったことで王国に帰化する者が後を断たなかったそう。そんな折、隣国との戦に協力参戦した結果、上手いこと戦果を挙げて貴族となったらしい。


子爵領として与えられた地は、民族だった頃の地を含め、当時から交流していた周辺の村や町。辺境伯領の一部を賜ったかたちで、王家からは子爵位とそれに整えるための財産と邸宅を授かった。

そんな経緯であったからか、もう既にこの国の貴族としてそれなりに馴染んだ今でも、子爵家の教育には狩猟が含まれているのである。


子爵家の淑女教育の一部に、民族の文化を守る為の織物もあったが、私はあまり上手くならず。一応はできるが、母や姉の作るもののように高額美術品となるような価値はなく、良くてちょっといい工芸品止まり。糸も子爵領でしか飼育されていないナルパカという高山動物から採れるものなので、そのうち『糸が勿体ないからやらなくていい』と言われるまでにセンスが皆無だったのである。

嫁き遅れたのは多分そのせい。北部でこの織物はそれなりに有名で、姉は貴族や商家から縁談がそれこそ引く手数多だったが、私にはからきしだった。


逆にこの溢れる滾る狩猟センス……!

何度過去に『男ならなぁ……』と残念がられたことか。



結婚して王都に来てからは、慣れない主婦業をこなしながらの市井の生活と、騎士団の奥様方とのお付き合い、加えてたまに貴族っぽい茶会や夜会にお呼ばれすることもあり、慌ただしく奮闘していた私だ。

本邸近くに森はあれど、狩りに出る暇などなかった。


「フフン♪ 久々だけど、腕はなまっていないようね」


罠を設置しつつ、既にブラッドホーンラビットとヘルファイアバードを矢で仕留めている。


(しかしどちらも小物……勝負はここからよ!)


獲物は軽く血抜きをしたあと臭い封じの袋に入れ、衝撃で袋から出るように紐で括って罠の手前の木に吊るす。こうすれば荷物を減らすだけでなく、それ自体が罠にもなり得る。


さあ、出てきなさい大物!


しかし、見つけたのは望みの獲物に非ず。


「……んん? これは……(わだち)?」


本来、馬車なんか通れる道などない場所なのだが。

よくよく周囲を見ると、巧妙に切り開かれている。つまり隠し道だ。


(あら……狩猟場として開拓されてたのかしら……)


貴族がゲーム的に狩猟を楽しむ場合、安全面から馬車が通れるように隠し道を設ける場合があるが、それには領主の認可がいる。

乱獲への懸念やゲームとしての安全性の確保から、森の規模と狩猟場として使用できる範囲の指定があるので、この森は総面積から認可が下りないと思っていたのだけれど。


(──ま、いいわ。 それより大物大物!)


そのあたりは後で調べてみることにし、一先ず目の前の狩りに集中することにした。





そして川辺にて。

ようやく捉えた、大物!

リヴァーフレイムリザード!!


味はあっさりとやや淡白だけど、身はしっとりとしていて肉部分が多く、食べ応えあるのよね!

それに皮が高く売れるし!!


リザード(とかげ)とか言いつつ、ほぼでかいワニ。

案外素早い上に、生意気にも火の玉を吐いて攻撃してくるので、注意が必要。


「おっと!」


早速吐いてきた火の玉を避けながら、背中に装備していた『ミラベル考案・狩猟用変型武器(※特許出願中)』を素早く弓型から槍型にする。


「さぁかかって来なさい♪」


ソースは昨日のビーフシチューの、すね肉を柔らかくする為に使った玉葱がまだ残っているから、シャンピニオンソースにしようかしら!

でも淡白だし、焼くんじゃなくて揚げるのもいいわね!!


はげしい攻防の中、調理法を考える。

なんせ時間は有限……真に有能な主婦とは、常に先のことを考えながら家事をするモノだもの!


私ったらなんてイイ嫁ちゃん!

主婦の鏡!!


「ふう……思いの外、時間が掛かってしまったわ」


戦闘中遠くで悲鳴が聞こえたから、避けた火の玉が流れ弾的に当たった獣もいるのかもしれない。確認しに行き、それも捕獲しようかとも思ったけれど、既に戦果は充分。


(これ以上は荷物になるからやめておこうっと)


なにぶん自然の恵み。貴族のゲームとは違い、狩りとは日々の糧である。あまり信心深い方ではないが、恵みの神に於いては別の私。欲張るのはよろしくないのでやめた。


「さてと、ギルドで皮を売っ払うついでに捌いても~らおっと♪」


ブラッドホーンの角と毛皮、ヘルファイヤ・バードの羽根も高く売れ、懐は温か。


私は大満足で帰路についた。


本邸で装備を解いて着替えると、管理をしてくれている義弟の妻、タチアナが『お荷物が多いですから』と馬車で帰るのを勧めてくれた。

タチアナは子爵家の侍女だった男爵家の元令嬢。本当は織り子として子爵家に入ったのだけれど、彼女も私と同じで挫折した結果、侍女になったという経緯がある。だからか何故か慕われており、結婚の際ついてきて、なんだかんだ義弟を籠絡したちゃっかりさん。

家の管理の他、『乳母としても頑張りますよ!』と言ってくれ、既に3人子を産んでいるが、こちらはできてなくて大変申し訳ない。

ちなみに義弟は腕のいい職人で、『ミラベル考案・狩猟用変型武器(※特許出願中)』を作ってくれた人である。


私の結婚記念日をしっかり覚えていたタチアナは、用意の手伝いに一緒にきてくれるという。最近物騒だからと断ったのだが、実家の商会が近いので大丈夫だというので、甘えることにした。


アパルトマンに戻った後、折角タチアナも居るし少し休憩することにした。


「棚に焼き菓子が……ああ、そういえば何も食べてなかったわ」

「すぐお茶をお淹れしますね~」


そんな矢先のこと。


「お忙しい中失礼致します! 王都銀狼騎士団第一部隊、マーク・モファットと申します!」


騎士団の方から騎士様がやってきた模様。


(あら~やっぱり帰れないのかしら)


ならばやはり大量サンドイッチ制作がベター……こうなるとタチアナが来てくれたのはラッキー。


そう思いながら一応覗き穴で確認後、扉を開ける。玄関前に背筋を伸ばした良い姿勢で立っていたのは、まだ入団したばかりなのか、とても初々しい若い騎士様。


「わざわざ御足労頂きありがとうございます、伝達ですよね?」

「とんでもございません! あ、伝達ではなくお届け物であります!」

「……あら?」

「こちらを……それでは失礼致します!」


終始畏まった様子で、少し頬を紅潮させながら私に紙袋を渡し、騎士様は足早に去って行った。


「どうされました?」

「うん……」


お茶を淹れつつ尋ねるタチアナに曖昧に返事をしつつ、紙袋を開く。


「あら……あらあらあらあら?!」


袋にはお手紙と、プレゼント。


✼••┈┈┈••✼••┈┈┈••✼••┈┈┈••✼••┈┈┈••✼

愛する妻ミラベルへ


今日は10年目の結婚記念日だね。

君との10年は常に新鮮で、あっという間だった。

本邸にいるよりアパルトマンで過ごすことの方が多く、貴族令嬢だった君には大変な生活だっただろう。なのに君はいつでも前向きで、私に元気をくれた。

あの頃から変わらず朗らかな君の笑顔には、今も昔も癒されているよ。


平民貴族関係なくご婦人方と満遍なく仲良くしてくれる君の支えもあって、部下や上司との関係も上手くいっている。

この歳で団長という大役を拝命することができたのも、君の協力と献身あってこそだと思う。


いつもありがとう、これからもよろしく。

10年の感謝を込めて。


ミラベルの幸福な夫アラスターより

✼••┈┈┈••✼••┈┈┈••✼••┈┈┈••✼••┈┈┈••✼


加えて手紙の端に、急遽書いたのかやや乱暴な文字での追記、『折角の記念日なのに帰れなくてゴメン!』と書かれている。


綺麗に包装された長細い箱には、小ぶりだが良質な宝石のついたペンダント。ちょっとしたお出かけにも普段使いにもよさそうな、シンプルで品のいいもの。


そして裏側に刻まれているのは、今日の日付と『AtoM』と『10th』──旦那様は結婚記念日を忘れてはいなかったのだ。


「うふふ、旦那様ったら……」


私は早速ペンダントを着けた。


「まあ、よくお似合いですわ! 旦那様の瞳の色ですね」

「旦那様の……!」

「ふふっ、奥様? 瞳の色は独占欲のあらわれと言いましてよ」

「まあ!! 旦那様の独占欲?!」


タチアナの褒め言葉にニヤニヤしつつ、軽い足取りで少し自室へ戻り、鏡を確認する。


「素敵……!!」


それは希望に満ちた瞳であるかのようにキラキラ光っている。いいえ、独占欲であるならば監視の瞳……キラキラと言うよりギラギラなのかもしれない。


よもや旦那様にそんな情熱的な側面があろうとは。


10年目にして新たな発見。

ならばこれはまさに旦那様の心眼なのかもしれない……そう、第三の眼が開いたのだ!


──という暗喩(メタファー)かもしれないわ!!(※浮かれすぎて意味不明)


大切にリボンと包装紙を畳み、お手紙とプレゼントと共に袋に戻すと、チェストの引き出しにそっとしまう。


「──よしッ!」


そして緩む頬を叩いて、気を引き締めた。



10年目を迎え、心眼を開きし旦那様の為に、私もイイ嫁ちゃんから有能なイイ嫁ちゃんとして進化を遂げるべく、次なる戦いに挑まねばならん。

そう……差し入れ用大量サンドイッチという。


「奥様、お茶は?」

「ちょっと飲んでて。 私は下準備だけしたら飲むわ」


まず昨日のビーフシチューの残りと、別の鍋にいれた水を火にかけてから席に戻り、お茶を飲みながらタチアナに手順を説明する。


「シチューは具をほぐし、煮詰めてソースにすることにするわ。 これはカツレツ風に焼き上げたリザード肉用。 肉の一部は茹でて、サラダチキン風に。あとステーキの三種類ね。 タチアナはシャンピニオンソースを作ってくれる?」

「畏まりました!」


肉はすぐ焼けるので最後、先に私はビーフシチューの鍋を見つつ添え物の菜っ葉をちぎる。カツレツ風の肉に衣をつけている間、玉ねぎを切り終えたタチアナ。丁度サラダチキン風用の肉がゆだったので、ほぐして香草とオイルと塩を利かせたバットへと漬け込んでもらう。タチアナは迷うことなく、空いたコンロで玉葱を炒め出した。手際が良くて助かる。


「私だけだったら三種類は無理だったわ……」


有能なイイ嫁ちゃんの道は、まだまだ遠く険しいらしい。



夕方から作り出し、出来上がりは夜7時前位。騎士舎に着くとちょうど夕飯時あたりの時間だった。屈強な騎士様達が忙しなくバタバタ動く。

応接間に案内されそうになったが、忙しそうなのでそれを丁寧に辞し、差し入れを渡して帰ることにした。


旦那様は帰らないので、家に泊めたタチアナと久しぶりに楽しく飲み明かし、10年目の結婚記念日は終わった。





──数日後。

ようやく旦那様のお仕事も落ち着き、お休みが取れたそう。

例年の結婚記念日同様、改めて記念のお祝いの為にふたりでお出掛けをすることになった。


よく晴れた日。陽の光に旦那様の第三の眼(ペンダントの宝石)がキラキラ光る。


「良く似合うよ」

「うふふ」


知ってましてよ旦那様、独占欲なんでしょう?

即ちこれは旦那様の第三の眼であり、私の首輪!

いいでしょう、着けられて差し上げてよ!


だが、わかっていてもデリケートなことは口にしないのが、イイ嫁ちゃんなのである。代わりに当たり障りのない言葉を選んで、旦那様に尋ねた。


「結婚記念日、覚えていてくださったんですね?」

「ミラベルもね。 改めて、あの日は差し入れありがとう。 それから前日のビーフシチューも」


旦那様はビーフシチューが特別メニューだというのも、ちゃんとわかっていた。

だが空腹からあまり確認せずウッカリ食べてしまってから『明日のだ』と気付いたらしい。


「あの時はごめんね……謝ろうかとも思ったんだけど、プレゼントをサプライズにしたかったから、つい」

「ああ! 確かに『覚えている』とわかったら、プレゼントがサプライズになりませんものね?」


『サプライズ』を考えてくれたのが嬉しい。

あの時も『美味しい』と食べてくれたし、些細なことだ。


(おかげで、私の懐も潤ったし──あら、そう言えば……)


久々過ぎてスッカリ忘れていたけれど、罠を解除して帰った覚えがないような?


(それにあの轍、結局なんだったのかしら)


「問題も一掃したし、今日はのんびり過ごせそうだ」


あそこが狩猟場になっていたのかも結局調べていないけれど、旦那様がそう言うので忘れて少し遅い結婚記念日を楽しむことにした。





ディナーの際、旦那様は大変だった物騒な事件を教えてくれた。

なんでももう、新聞に掴まれてしまったそうで、『少しだけ先に』とのこと。


それは、大規模犯罪組織による奴隷売買事件。

狙われたのは足が付きにくい王都に旅行や出稼ぎに来た女性達。商品として捕らえられた女性達の一時保管に使っていた場所へ、少人数ずつを小さな馬車で運び、小舟で異国の商船を装った奴隷船に渡していたのだとか。


あの夜は一網打尽にすべくその場所を囲い込み、犯人らを追い詰め、囚われた女性達を助け出していたそう。


慎重に慎重を期した計画だったが、女性達の保護が優先。犯人達の数からも、多少取り逃がすことは予測できた。


だが逃げ出した犯人達は何故か皆、運悪く途中で負傷したり動けなくなったりしており、全員捕まえることが出来たらしい。


「あら~、不思議なこともあるものですねぇ」

「うん。 しかし騎士団長になって初の大きな任務で、上手くいってよかったよ……」

「ふふ、きっと旦那様に神様も味方したのね!」


守秘義務の関係上、新聞記者の掴んでいない詳細までは教えてもらえないけれど、私は内容自体にそこまで強い興味があるわけではないのだ。


どんな内容であれ、旦那様が無事で良かったと思うだけ。なんなら失敗して、左遷されても無事ならいい。

勿論、女性達は助かって欲しいし、悪は滅されてほしいけれど、それはまた別の話。


皆の為にお仕事を頑張るのが騎士様であれ、それを支える私は旦那様ファーストでいいのだ。


それがイイ嫁ちゃんというモノよ!


だが、旦那様が誇らしく仕事に向かえているのは私も誇らしい。


イイ嫁ちゃんたる私は、狩りの素材で得たお小遣いを早速使い、旦那様には内緒でこっそりとびきりのワインを頼んだ。

そして結婚記念日の他、半年前の旦那様の昇進にも改めて乾杯したのだった。




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― 新着の感想 ―
知らぬはナントカのみ! シチューを食われたあたりで、いい嫁ちゃんに共感できず、旦那をヤッテマエヨ!オラオラ!としてましたが、狩り!なんと献立に困って狩り!! 面白く読ませていただきました! 旦那の独白…
この嫁さまを一家に一人欲しい そうすればきっと一緒に残像ごっこもやってくれるはず 「ふ、残念だったな。それは残像嫁だ」 「ふふふ、誰に話している。それは残像鞠だ」 「何を見ている? それは残像嫁だ」 …
家庭にあっては細やかな気配りが出来る『デキた嫁』。 然も、凄腕のハンターと評しても恥じない強者となれば、自らを『イイ嫁ちゃん』と自画自賛するのも納得。 さり気なく旦那様に手柄を立てさせるのも奥ゆかし…
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