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お楽しみに災難が合流する

 8



 人ごみの中イェーリはウキウキしながら秦之介の手を引いた。

 異国の者に街を案内してやりたかったのだ。

 飾り気のないジューテの街だったが、彼女の言葉の中ではアストレア(※ヴィネス・アストレアの首都)のように飾り立てられていた。


 あまりに夢中になって秦之介の方を見ていたから、時たま通行人にぶつかってしまう。

 鉢合わせた紳士は眉間にしわを寄せるが、彼女にはそんなもの目に入らないらしい。


 風のように踊って人をかき分けると、件の通りに行きついた。


「で、こっちがポルガス通り。私の家はこの通りの近くにあるの! 姉さんの働いているお店もここにあるのよ!」


「姉がいるんだ?」


「そう! 綺麗なお姉ちゃん! お店に案内してあげようか?」


「いや、遠慮しておく」


 なんとなく、頬が痛くなった。

 レヴリカのことを思い出したからだ。


 何を隠そう昨日ずっと飲んだくれていたのはこの通りにある居酒屋だ。

 そして昨日の襲撃場所の近くもここである。

 案内されるまでもなくこの通りがどういう場所かはよくわかっていた。


 イェーリが丁度その話に触れようとしたときに秦之介は話題を逸らした。


「なあ、どこか休めるとこでもないか? 喉が渇いたんだ」


「ああ、それならいいカフェがあるよ!」


 跳ねるように言うと、イェーリは秦之介を行きつけの喫茶店に案内した。

 


 そこはポルガス通りから四つずれたところにある大きな煉瓦の店だった。

 店内に入ると紅茶の薫りが漂ってくる。

 明るく所々に花が生けられていて女の子に人気そうだ。


 見上げるとシャンデリアがあった。

 店主が奉公に出かけた先から頂いたものだとか。

 これも若い娘の心をときめかす要因だろう。


 店員は二人に気付くと卓に着くのを許しオーダーを取った。


 しばらくすると紅茶と茶菓子が運ばれてきた。

 秦之介は二人分の金ををウェイターに渡すと、気を利かせて少しチップをはずんでやった。


「どう? 美味しいでしょ?」


「あ、ああ」


(不味いな。茶は出がらしみたいだし、茶菓子は焼きすぎて苦くなってる)


 舌の肥えた秦之介にはお茶に満足しなかったが、向かいのイェーリの喜ぶ顔を壊すようなことはしなかった。

 一通り味を楽しむと、二人は話に華を咲かせ始めた。


「シンの故郷のおとぎ話ってどんなのがあるの?」


「おとぎ話? そうだな。果物から産まれた戦士が動物たちを引き連れてデビルを倒しに行く話や、竹っていう木から産まれた美女が月に帰る話とか、たくさんあるな」


「へえ~面白そう! 結構ファンタジーなんだね!」


「ここはどんな話があるんだ?」


「ジルランダスはそうね。とある兄妹が森に捨てられるんだけど、そこへ行く道中に目印を落として家に帰るって物語とか」


「それならこっちにも同じような話があったな」


「本当!? 私この話大好きなの! 最初は家に帰る為に印を落としてたんだけど、何度か繰り返すうちにそれが夢の国への目印になって、兄妹はそこで幸せに暮らすんだ」


「面白い話だな。こっちのとは全然違う」


 秦之介はお茶を啜ると自分の知っているヘンゼルとグレーテルの話を披露した。


「そうしてその家族は持ち帰った宝で金持ちになった。めでたしめでたし」


「その話も面白いね! でもお菓子の家ってすごい発想」


「確かに」


「いいなあ。行ってみたいな。ニホン! きっと楽しいそう!」


「楽しいよ。確かに。ここにはないものもたくさんあるし——」


 会話の途中に秦之介はいきなり立ち上がり店の外の人ごみを睨んだ。

 唐突に秦之介の背中を冷たい殺気が刺したような気がしたからだ。

 一気に臨戦態勢に入る秦之介。

 しかし、手の中に炎が揺らめいた時にはその殺気は消えていた。


「どうしたの? シン?」


「いや、なんでもない」


(今のは猛獣使いか? ロシェの所に戻った方がいいな)


「イェーリ、悪いが用事ができた。今日はここまでにしよう」


「ええ……うん、わかった」


 目に見えてわかる彼女の落ち込み具合に心を痛めながら秦之介は店を出た。


 店を出た秦之介を待ち構えていたのは驚くべき出会いであった。


「あ……」


 そこに居たのは見覚えのある少女だった。

 ブロンドのポニーテールと目元に可愛らしく散りばめられたそばかす。


 そう、昨日の酒場のウェイトレス、レヴリカがそこに居た。


「あの飲んだくれ!」


 言うと、レヴリカは自分の妹と一緒にいる彼を睨みつけた。


「あの暴力ウェイトレ——」


 秦之介の買い言葉は言い切る目に飛んできた拳に妨げられた。

 しかし、相変わらずの反射神経でそれをようようと躱す秦之介。

 その所作がレヴリカの心を逆撫でる。


「なんであんたがイェーリと一緒にいるのよ!」


「なんだ? 知り合いだったのか。世間は狭いな」


「知り合いも何も妹よ! ちょっとイェーリ! なんでこんな奴なんかと!」


「どういう事? シン! お姉ちゃんを知ってるの?」


「昨日ちょっとあったんだ。なに、変な間ではないよッ! まあ、こうやって拳をかわすなかさ!」


 秦之介のナンパなセリフに腹を立てたレヴリカは、

 お構いなしに秦之介を殴った。

 だがまるで最初から分かっていたかのように秦之介はそれを躱す。


「まあ、とにかくだ! イェーリ! 今日はこれでお別れだがまた次回にデートしよう! これはお詫びのしるしだ。受け取ってくれ!」


 姿勢を変え、立ち位置を変え、鉄拳の嵐から逃れながら秦之介は謝辞を述べ、そしてイェーリに可愛い小さな宝石のブレスレッドを渡した。


 受け取ったイェーリはまるで家宝にでもせんと言わんばかりに大事そうにそれを腕に付け、姉に追い返される秦之介を見送った。


 9



「やられた……」


 ひっくり返ったテーブル。

 足の折れた椅子。

 開け放たれた窓。

 

 宿に戻るとその異様な光景に秦之介は驚愕していた。

 そして、ロシェと別れた過去の自分を激しく恨んだ。


 二人が取った宿の部屋は激しく荒れていた。

 争いがあったことは明らかだった。


「……猛獣使い」


 秦之介は注意深く部屋を観察した。


(本当にそうか? 奴だとすればこの部屋の荒れ方は大人しすぎる)


 仮に猛獣使いがその力を行使して、魑魅魍魎をここへ使わせたとすれば部屋は破滅的な装いのはずだ。

 しかし、秦之介の眼前に広がる小さめの角部屋は行儀正しく乱れていた。

 秩序を持つものが力を振るった時のような、言葉を変えて言うなら人間らしい仕業だった。


 秦之介はそのもっともたる理由を見つけていた。

 窓枠の所に付けられたナイフ痕。

 襲撃者が獣でなかったことは確かだった。

 

「ロシェは、窓から飛び降りて逃げたのか?」


 秦之介は急いで宿を出ると通りへ出てロシェを探した。


(何はともあれ、ロシェは今追われている。それが奴かどうかはわからないが)


 息を切らし、ゆく先々で金髪の少年を訪ねる秦之介。

 しかし、誰に聞いても明確な情報は得ることはできなかった。


 万事休すといったところで秦之介は昨日の路地近くに来ていた。


 大通りの昨日の現場近くには人ごみができていた。

 黒焦げになった裏路地に人々が気付いたのだ。

 誰がやったのかを野次馬たちは口々に推理していた。


 秦之介はその様子を脇目に見ると気まずい気分になって踵を返した。


「ちょっと待って!」


 逃げようとした仕草を疑われたのか、背後からの声が秦之介を呼び止めた。


(不味いな。こんなところで絡まれている暇はないのに)


 難しそうな顔をしながら振り返ると、そこに拳が飛んできた。


「何をするんだ!」


 不意の出来事に回避は叶わず、秦之介の顔面はミシリと嫌な音を立てた。

 暴行の犯人はそのまま力任せに押し倒すと馬乗りになり、秦之介に追撃を喰らわせる。


「返せ! 返せ! 返せ! あの子をどこへやった!」


 女の声が拳の向こうから降る。

 悲しみと怒りが入り混じった涙声。

 秦之介はそれをどこかで聞いたことがあった。


「待て待て待て!! やめろ! レヴリカ!!」


「変態クソ野郎! お前! イェーリをどこへやった!」


「なに? イェーリ? 何のことだ?」


「とぼけるな!」


 怒声と共に、レヴリカは秦之介にメモ書きを突き付けた。


≪お前の妹は俺がもらっていく。ムィ・シンノスケ・ヒオリ≫


「な、なんだこれは?」


 それはイェーリの誘拐予告だった。

 


  


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