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後に宿命だった出会いすらも水を差される

 5




「ふむ、それは災難だったな」秦之介は話を聞き終えると薄っすらと笑みを浮かべていた。

 

「何が可笑しいんですか?」


 秦之介の無礼に眉をひそめながら、ロシェは返した。


「いや、失礼。新しい稼ぎ口を見つけたのでな」


「稼ぎ口?」


 ロシェは相変わらずわからないといった様子で聞き返した。


「俺の稼ぎ口さ。なあ、ロシェ。俺をアロイトス家まで連れて行って欲しい。俺はな、実は貴族の家庭教師として今まで生計を立ててきてたんだよ。今はちょっと事情があってこうして泥にまみれてるけど、俺の手ほどきで魔術の腕が上達したってお嬢様方が沢山いるんだよ」


 言いながら秦之介は後ろを振り向いた。

 視線の先は大通りに平行に走るもう一本の裏路地に向いていた。

 そこは先ほどのネズミが逃げた先であった。


 ロシェは秦之介の話を受け取ってから少し考えた。

 だがロシェの返事を待たずに秦之介は、今度は少し緊張感を含ませながら言葉をつづけた。


「それと、こういう時に俺みたいなやつがいると安心だぜ?」


 言い終わるや否や、秦之介は小さく、そして素早く呪文を唱えた。

 炎の揺らめきは次第に力を帯びて、秦之介の右腕に真っ赤に纏った。


「エル」


 呪文の結びのように、秦之介がはっきりとその言葉を口にした瞬間、炎は弾となって路地へと放たれた。


 ドカンと煉瓦が弾け飛んだ。

 砂埃が巻き上がり、薄暗かった路地がさらに目が利きにくくなる。


 突然の賢者の行動に、ロシェは驚いて尻餅をついた。

 夕方の魔物を目の前にした時のような緊張感が彼の心臓に巻き付いた。


 衝撃の後はロシェも秦之介も動かなかった。

 秦之介は揺らめく煙の先の何かをずっと睨んでいる。

 ロシェの方はと言うと、秦之介と現場とを交互に見ながら事態が動くの黙って待っていた。


 ころんと、小石が一粒、煙の奥から放物線を描いてロシェの足元に飛んできた。

 石は着地すると少し転がってロシェの股の間に来ると動きを止めた。


「来る……!」


 小石に気を取られたが、ロシェは何とか秦之介のその小さいセリフを聞き取ることができた。


 秦之介は再び呪文を唱え、収まりつつあった煙の向こうに火球を放った。

 両端の壁を焦がすほどの灼熱の塊が進む中、その脇を二匹の真っ黒い犬が通りすぎる。


「ビートロウム!!」


 ロシェが思わず叫んだ。

 ビートロウムとは、いわゆる犬型の魔物で、残忍で狡猾で卑しい真っ黒い存在だ。

 主に群れを成して狩りをしており、森などでビートロウムの群れに出くわしたら死を意味するぐらい凶悪で厄介だ。


 それが今、彼の目の前に出てきている。

 二匹ではあるがこんな逃げ場もない所では数など関係ない。

 ロシェは自分の死を悟りペンダントに口づけすると祈りを唱えた。


 狗どもは火球をすり抜けると真っ先に秦之介の元へと走った。

 鋭い牙にべっとりとした涎を滴らせながら秦之介に喰らいつこうとしている。

 対する秦之介はとても冷静な様子だ。


 左腕を正面に向けるとまた小さく、とても聞き取れないような速さで呪文を唱えた。

 手のひらから眩い稲光がさく裂する。

 

 雷は無秩序に広がりながら炎を掻い潜った狂犬たちを直撃した。

 きゃいんと情けない断末魔を上げながら二匹のビートロウムが地面に臥せた。

 だが、襲撃はそれだけでは終わらない。


 路地の向こうからさらに四匹のビートロウム達が飛び出してきた。

 犬たちは斥候の敗北をもろともせず、邪悪な口を大きく広げて秦之介たちに飛びつく。

 三匹が秦之介に、一匹がロシェに。


 秦之介は先ほどと同じように雷を破裂させる。

 二匹がまた餌食になった。

 もう一匹は直撃は避けたが、眼前を光が掠めたようで目が潰れたらしい。

 狙いの定まらない攻撃が秦之介の斜め後ろにある樽に直撃した。


 秦之介はさらに手の向きをずらし、自分を通り過ぎて行ったビートロウムに狙いを定める。


 ロシェがその鋭牙の餌食になろうかという瞬間、一際大きな稲妻が犬の身体を切り裂いた。

 グロテスクな音を立てながらロシェの両脇に墜落するそれからは肉の焼ける臭いがした。


 樽にぶつかった一匹を始末すると秦之介はロシェに近寄った。


「ケガはないだろう?」


「い、今のは?」


「言った通りビートロウムだ」


「違う! なんでこいつらがこんな市街にいるんだって!」


「フッ——」秦之介はさぞ愉しそうに息を吐くと、何も知らない子供に教えるかの如くロシェを諭した。


「こいつらの額をよく見ろ。文様だ。これは術者が使役するときに付けるものだ。詰まるところ、ダ・ジレイユにわかりやすく教えるならば、こいつらは誰かに使役されている」


「し、使役って……」


「それにだ。もう一つダ・ロシェ・ジレイユに教えてやるならば、ビートロウムを使役するような奴は十中八九、殺し屋ってもんだ。……お前、一体誰の恨みを買ったんだ?」


 秦之介が言葉の最後の息を吐き終えた瞬間、再び路地の奥から気味の悪い殺気が漂ってきた。

 ちゅうちゅうとうるさく反響する数多の鳴き声を受けて、二人は第二波を予測した。


「離れるなよ」


 言うと秦之介は、乱暴にロシェを抱き寄せた。

 直後、角の向こうから大量の黒いネズミが押し寄せてきた。


「うわああああ!? これは!???!」


「見てわかるだろう! ネズミだ!」


 隣で発狂寸前のロシェを抱えながらも秦之介は冷静に危機に対処した。

 右手の中指と人差し指を立てて二人を囲むように地面に向けて円を描いた。

 描かれた円は黄色い輝きを溢しながらメラメラと熱い焔に変化していく。


 ネズミたちの先頭は今にも二人に襲い掛かろうとしている。


「ドフ・エレート!!」


 獄炎が彼らを取り囲んだ。

 灼熱が激しく揺らめき次々に向かってくるネズミたちを灰へと変えていく。

 勢いはとどまることを知らず、近くにあった樽や木箱を巻き込みながら路地を焦がす。

 もはやビートロウムの死体も原型を留めてはいない。


 彼の操る炎の前では全てが弱者だった。


 炎は最後のネズミを燃やしてもしばらくは威力を弱めなかった。

 あたりの燃えるものが全て塵芥になってやっと鎮火した。

 煉瓦は真っ黒になっていた。

 ガラス窓もどろどろに溶けていた。


 秦之介が手を離すとロシェはその場に崩れ落ちた。


「だろ?」


「だろって……何が?」


 ロシェの声は震えていた。


「俺と一緒にいた方がいいって話だよ。さっきの続きだが、本当にダ・ジレイユ。どうしたんだ? これは、あれだ。猛獣使いだ。聞いたことあるか? 今ブリジット三ヵ国やドゥラで話題に上がってる最もヤバい奴。ダ・ロシェ、お前はそんな奴に狙われるようには見えないんだがな。あ! 安心しろ? 彼はここから離れたみたいだ。もう気配は感じない」


「……わからない」


「そう。そうだよな。お前みたいな甘ちゃんには気配なんて分かりっこないよな」


 ロシェはムッとすると「恨みのことだ」と独り言ちた。


「ああ、誰だっていつ恨みを買ったかなんてわからない」


 秦之介は鼻で笑うと言葉を続けた。


「哀れだな」


「その猛獣使いが列車を襲ったのか?」


「ん? まあ、お前が言う黒いトカゲってのも推察するにそいつの使役獣の一つだろうな。しかし、魔道列車を止めるなんて彼も派手なことをする。あれだろ? ドゥラの公爵家が担当しているんだろ?」


「クルシュ公爵家だ」


「そうそう。クルシュ家。可哀そうに……ところでだ。さっきの話。俺をアロイトスに紹介してくれ。ダ・ロシェ・ジレイユ」


 不敵な笑みが混ざった視線を向けながら、秦之介はもう一度旅の同行を申し出た。


 ロシェにとってはもはや断る理由はなかった。


「その件に関しては了解です。えっと、シュール?」


「ムィ・シンノスケだ。長ければシンでも構わない」


「じゃあ、ムィ・シン。お願いします。アルニとはぐれてしまった今、あなたがいてくださるととても心強い」


「アルニ?」


「さっき話した僕の従騎士です。列車から逃げる時にはなれ離れになってしまって」


 とても難しそうな顔をして秦之介はその話を聞いていた。


(本当に哀れだな。並の騎士なんて猛獣使いと闘って勝てるわけなかろうに。……だが、こいつにそんなこと言っても面倒くさくなるだけだろうな)


「ああ、そうだったな。よろしく、ダ・ロシェ」


 こうして、気弱な貴族の三男坊と女たらしの大賢者様は出会いを果たした。



 

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