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ペンダントを求める道中の無駄話

 3



 ペドゥマとはジルランダス南西にある港町だ。

 ジルランダスで二番目に大きく、ドゥラやランテル、ペールといった国との交易船が行きかう。

 ジューテの街からペドゥマまでは歩いて1週間、馬車なら3日といった具合だ。

 ペドゥマ行きの魔道列車はあるのだが先日のトカゲの襲撃で運休している。


 質屋から出た後、一番最初に捕まえられた馬車は安いものだった。

 荷台の屋根はカニスの皮だけで前後は開いている。

 風通しが良く、夏場はいいが冬場は厳しいものだった。

 もっとも、今の季節は春。

 乗るには不自由ないが、ロシェも秦之介も上流階級出身。

 このような馬車は初めてで不安だった。


 だが、四の五の言ってられないと息巻いたロシェは決心して、嫌がる秦之介を無理やり乗せるとペドゥマを目指したのだった。


「なあ、やっぱり別のもっといいものに変えよう」


 ガタガタと揺れながら賢者様が提案する。

 左肩が他の客に触れるのが嫌なようで、グイっとロシェの方へ身を寄せている。


「ちょっと、狭いんで退いてくださいよ」


「おしっこの臭いがするんだよ」


「そんなのさっきからずっとしてますよ。諦めてください。これがペドゥマに行くのに一番早いんですから」


「そうは言うがロシェよ。俺もお前も貴族だ。貴族は貴族らしくしなきゃいけないだろ? この馬車はダメだ。まるで百姓じゃないか」


 ふふふと周りの客が薄ら笑った。

 秦之介の言葉がジョークに聞こえたらしい。


「僕が貴族である証はペドゥマにあるんですよ? 誰の所為ですか? 文句言うなら取り返してくださいよ」


「いや、取り返すさ! でも、もっと違う馬車を使う!」


「ああ、もうわかりましたよ! 勝手にしてください! 降りて、どうぞ」


 議論に埒が明かないと悟ったロシェは馬車の後ろを顎で指した。

 後ろの道には馬の排せつ物が散らかっていた。

 生温かそうで湯気が立っている。


「わかった! わかったよ! どこまでもついていきますよ! ダ・ロシェ・ジレイユ!」


 帰る道はないと暗に言われた秦之介はそれからプリプリしながら寝ようとしてみた。

 ベストを脱いで顔を覆うが、臭いと揺れの所為でなかなか寝付けない。


 対するロシェは、確かに不自由さは感じていたが、今まで経験したことのない世界を見れて喜んでいた。

 箱庭では体験することのできなかった冒険が待ち受けているかと思うと胸が躍る。

 

 馬車はゆっくりと街道を進んでいった。


 最初の経由地である小さな村に着くと、馬車は補給のためにしばらく休憩した。


 秦之介が新鮮な空気を求めていち早く馬車を降りていく。

 ロシェもそれに続いて村に入った。


「腹が減ったな」


 伸びをしながら秦之介が言った。


「そういえば朝から何も食べていませんでしたね。お店を探しましょう」


「こんな田舎に飯屋なんてあるのかね」


 馬車が本当に気に喰わなかったのか、秦之介の機嫌は相変わらずだった。


 ロシェはそんな大賢者様の機嫌を取りながらも村で一軒の飯屋を見つけ出した。

 入口に立つと焼きたてのパンの薫りが香ってくる。

 二人は早速そこに入ってみることにした。


「いらっしゃい!」


 出迎えたのは気前の良さそうな女将だった。

 髪を団子に結われていて、口元には黒子がある。

 見た目の印象からすると四十くらいだろうか。


 お店は女将と旦那で経営しているらしい。

 女将が接客、旦那が調理。

 こじんまりとしている店ではそれで充分だ。


 女将は秦之介をみると目の色を変えた。


「あら! まあ、あんた! とっても素敵じゃない! なんて名前なのかしら?」


「え? ああ、ムィ・シンノスケ・ヒオリだ。スィエン」


「シンノスケ! なんてミステリアスな名前! それに貴族様だなんて! ムィ・シンノスケさあ、こっちいらっしゃい! ご馳走するわ!」


「……すごい女将さんですね」


「ああ。嫌な予感がするよ……」


 女将は偉くテンションが高かった。

 突然来訪したイケメンに心奪われたらしい。

 二人を席に通すと鼻歌交じりに料理を運んできた。


 こういう田舎の店だとメニューというものはなく、店が一方的に客に料理を出す。

 客は品を選ぶことはできず、たまに料金に不釣り合いな粗品を出されることもあるが今回は、秦之介に限ってそうではなかった。


「さあ、これがうちの自慢のクルミパンだよ! こっちは特性のキャベツスープ! これも美味しいわよ。あと、これ! 久しぶりにカニスを買えたから特別に串焼きも付けちゃうわ! 油が蕩けて絶品よ!」


「ありがとう。スイェン」


「いいのよ! 貴族様の為ですもの! ムィ・シンノスケ!」


「あ、あの……僕の分は?」


「あんたはパンで十分でしょ? 召使なんだからご主人と同じものを出せるわけないでしょ!」


「召使!? 僕が!?」


「ははははははは!」


 女将の勘違いに秦之介は大声で笑った。


 彼女はどうやら秦之介を貴族、ロシェを彼の召使と思い込んでいたらしい。

 確かに、店を探していたのもロシェだし、秦之介の傲慢そうな態度も相まってそう思われても仕方がない。


「違います! 僕も貴族ですよ! ダ・ロシェ・ジレイユ! ドゥラのジレイユ家!」


「ええ? そうなのかい? あんたみたいなちんちくりんが?」


「ちん……ちくりん!! ふふふ!!」


「ちんちくりんって! あなた、貴族にそのような口の利き方! 無礼ですよ!」


「ええ? いや、あたしは別に悪気はなかったんだけどね。ただそういうふうに見えたから」


「余計タチが悪い!!」


「はははははははは! もういい! もういい! スィエン! ちんちくりんでも、彼は本当に貴族だ。だから、ふふふ……それ以上おちょくるのはやめてあげてくれ、ははは」


「シン!」


 キリっとロシェは秦之介を睨んだ。


(どこまでも人の心を逆なでしてくる人だ! 本当に!)


 馬車の時とは一転、今度はロシェがプリプリした。

 秦之介はそんな彼をまた面白がって茶化すものだから余計だった。

 しかし、最後には少しやりすぎたと反省して肉を一切れ分けてあげるのだった。


 少々ピリピリとした食事の時間、終始注がれる熱い視線が秦之介は気になった。

 あの女将である。

 秦之介の一挙手一投足すべてに注目しているのでとても食べずらい。

 たまに耐え切らず目を向けると女将がウインクしてくる。

 秦之介は胃もたれしそうだった。


「なあ、ロシェ」


「……」


「なあ、おいって! 返事しろよ」


「……なんですか」


「まだ怒ってんのかよ!」


「怒ってないです! で、なんですか?」


「女将の目が」


「どうかしたんですか」


「さっきからずっと見られていて食べずらい」


「良かったですね。モテてる証拠ですよ」


「良くない! 対象外だ!」


「知りませんよ」


「どうにかしてくれ」


「いやです」


「なあ、いい加減機嫌直してくれよ? ほら、もう一切れやるから」


「ん……どうも。で、何すればいいんですか?」


「いや、具体的にどうとかは……」


 話をしていると女将が近寄ってきた。

 ちらちら視線をくれる秦之介にさらにドキドキしたらしい。

 秦之介はビクンと肩を震わせた。


「ムィ。どうかした?」


 まばたきの量が異様に多かった。

 秦之介は不自然な笑顔で女将を見た。


「いや、なんでもない……」


「そう! ならよかった。パン、どう?」


「ああ、美味しいよ! なあ? ロシェ」


「はい。すっごく」


「ありがとう! そう言ってもらって嬉しいわ!」


「ずっとここでお店を開いているんですか?」


(おい! バカ!)


 早く話を終わらせたかった秦之介はロシェを睨みつけた。

 ロシェは視線に気づくと舌を出した。

 秦之介への当て付けらしい。

 まださっきのことを根にもっているのだ。


「5年くらいだわ。街道を通る人たちにご飯を食べさせようとね。息子がお金全部出してくれて」


「全額ですか?」


「そう! ロジェイって言うんだけど頑張ってくれてね。ペドゥマに出稼ぎに出てるの! ペドゥマは本当に豊かみたいね! 毎月20万も稼げるんだから」


「20万!?」


「もう本当に。自慢の息子だわ。ただ、最近は帰って来なくてね。手紙もよこさないし、どうしちゃったのかしら」


 女将はそれから話したいだけ息子の自慢話をすると、他の客に呼ばれてその場を去っていった。

 秦之介はその間ずっと気まずそうにパンをかじっていた。


「20万ってすごいですね。ペドゥマはそれだけ発展してるんですね」


「いや、多分そうじゃないぞ」


「え?」


「大きな声では言えないが、そのロジェイは、多分≪下の世界≫の住人だな」


「違法なことをしてると?」


「じゃなきゃ月20なんて稼げないだろ。平民が」


「うーん」


 ご飯を食べ終わると二人は女将にお代を払った。

 秦之介は払いたがらなかったが、ロシェの意向で色を付けた額を渡した。

 大喜びの女将にハグされる秦之介を後ろから眺める為だった。


 出発の時女将が二人を引き留めた。


「ムィ。それからダ。ペドゥマに行くなら気を付けて。最近、特に治安が悪くなったって噂だから」


「ご親切にありがとうございます!」


「治安ねぇ……」


 遠くの方で雷が鳴っていた。

 ペドゥマの方角に漂う大きな雨雲の所為だ。

 この先、雨になるだろう。


 秦之介は憂鬱な気分で馬車に乗り込んだ。





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