舞い散る花びらのように
「朝子、あなたに葉書が届いてるわよ」
母から受け取ったのは大学の同窓会の往復葉書だった。
朝子は東京の大学を卒業した後、郷里に戻り就職して3年が過ぎようとしていた。
『参加と不参加のどちらかに丸をつけて投函しなければいけないけれど』
朝子が迷っているのは大学時代に付き合っていた人が結婚したことを風の噂で聞いていたからだ。
卒業後、彼は東京で就職した。
郷里に帰った朝子も銀行員として働いた。
お互いに忙しく遠距離交際は自然と消滅した。
もし彼が同窓会に出席していたらと考えると勇気が必要だった。
翌日参加に丸をつけた葉書をポストに入れた朝子は空を見上げた。
大学時代の彼との思い出が走馬灯のように頭をよぎった。
彼とは選考した講義が同じだった。
「ここ座っていいかな」の彼の言葉がきっかけだった。翌日も他に席があいているにも関わらず朝子の横に座るのだった。
「名前を教えていただけますか?」
「ああ、ごめん。僕は池田雄大、君は?」
「田辺朝子」
消え入るような声で朝子は言った。
それから映画を見に行ったり、美味しいと評判のラーメンを食べに行ったりした。
●
まだ先だと思っていた同窓会の日が来た。
朝子はローカル線から新幹線を乗り継ぎ同窓会の会場に着いた。
親しかった友人と話しながら、彼は参加しているのかな?と辺りを見回した。
同じように友人と話していた彼と目があった。
彼は以前と変わらない屈託ない笑顔で朝子に近づいて来た。
「元気だった?」
「うん」とだけ朝子が返事をした。
彼の左手の薬指には結婚指輪がキラキラと輝いていた。
同窓会幹事の人がマイクで「本日は皆さんお疲れさまです。どうぞ楽しい時間をお過ごし下さい」の声にざわついていた会場は一瞬静かになった。
彼は友人たちのもとに戻り、朝子も近くの友人と話しを始めた。
立食形式の同窓会はあっという間に時間が過ぎていった。
朝子は、二次会に出席しない事は最初から決めていた。
最終の新幹線とローカル線の切符を手に同窓会の会場を出た。
すると「田辺朝子さんだよね、僕のこと覚えてるかな?」と声をかけられた。
「覚えてないよね、目立たない男だから」と1枚の名刺を手渡された。
そこには司法書士 浅野友和とある。
確かに浅野という人のことは知らなかった。
「すみません、急いでいるので」と朝子は答えると足早に駅へと向かった。
新幹線に乗り、ローカル線を乗り継いで駅のホームに降りると花びらが散るように、なごり雪がちらちらと朝子の頬に降ってきた。
ざわつく同窓会、付き合っていた人との再会に疲れきっていた朝子は『ああ、やっぱりここが落ち着くわ。ここが私には合っている』と空を見上げて深呼吸をした。
その後、同窓会の名簿で知ったのか同窓会で初めて会った浅野友和という人から電話があった。
彼は穏やかな人で、朝子が話す事を聞いてくれる人だった。
朝子はデートを重ねて、彼と結婚することになった。
●
『やっぱり私はこの人で良かったんだ』と思いながら、二十年ぶりの同窓会に共に出席するために駅のホームにたたずんだ。
夫である浅野友和と腕をくんで桜の花びらのようにちらちら降る雪を見ていた。
最後に…。
朝子の父が結婚式の前日に書いてくれた短歌の色紙は今も壁に飾ってある。
『明日嫁ぐ 娘の頬に なごり雪 そっと降りつつ』