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 ライオネルは腰に下げられたポーチからシルバーバングルを二つ取り出すと、ベッドの傍のサイドテーブルに置いた。片方のバングルには水晶が嵌め込まれているが、もう片方には何の装飾も施されていない。ライオネルは水晶があしらわれている方のバングルを手に取り、腕に嵌めると、もう片方のシンプルな方を差し出した。


「取引に乗ると言うのなら、これを受け取ってくれ」


 ファリーンは言われるがまま銀に光るバングルを手に取り、目の前にかざして観察する。なんの変哲もないアクセサリーにしか見えないが、単なるプレゼントを渡される状況でも無い。


「これ、何かしら? 水晶が付いている方が可愛いじゃないの。そちらをくださる?」


「贅沢を言うんじゃない」


 ライオネルはファリーンの要望をすげなく却下すると、やれやれとばかりに眉間を押さえた。


「俺が持っている方は、監督装置と言って、騎士が身につけるものと決まっている。貴女に渡した方は、保護観察計画を適用する罪人につけるための手錠だ」


「手錠? 鎖も何もついてないけれど……」


「何を言っている。鎖があっては外で暮らしにくい上に、ただの見せしめになってしまうだろう? 更生の妨げにしかならん」


 至極もっともな事を言われてしまい、ファリーンはきゅっと口を閉じた。


「鎖が無くても、逃げる事はできないぞ。罪人側の手錠をつけた人物の居場所が、水晶付きの腕輪を嵌めている武官に分かるという仕組みになっているそうだ。どういう理屈なのかは俺にも分からないが、これを作った者の能力によるものだろう」


(つまりは、前の世界で言うGPSね)


 そういえば、キャシーの故郷でも仮釈放中の犯罪者にGPS付きの足枷がつけられていたな、とファリーンは思い出す。裏路地ストリートで仲間とたむろしていた時に一度、ホームレスのおじさんに見せてもらった事があった。

 物々しく見えたあの装置と比べて、この手錠はアクセサリーにしか見えない。年頃のティーンエイジャーとしては、非常にありがたいデザインだ。


「ちなみに、一度その手錠をつけると、水晶側の腕輪を身につけた武官にしか外せなくなるそうだ」


「まぁ、そうでしょうね。罪人が勝手に外せたら大変だもの」


「それから、非常時に強制的に身柄を拘束するため、手錠をつけている罪人の動きを封じる機能もあるそうだ。……できれば使わせないでくれ」


 苦い顔をしたライオネルに大人しく頷いて見せると、彼は表情を和らげた。あからさまにホッとした表情に、ファリーンは少し、口の中が苦くなったような気がした。


(これじゃ、キャシーの時のような”やんちゃ”はできないわね)


 元々キャシーは、喧嘩は買っても売りはしなかったが、今後は売られても買わないように……なるべく、気をつけるようにしよう、と胸に留めておく。


「制限付きの自由に不満がなければ、手錠を左手首につけなさい」


 ファリーンは、手に持ったままだったシルバーバングルを、じっと見つめる。決心がつくと、左の手首に嵌めた。

 念の為にと、本当に外れないのか試してみたが、ライオネルの言った通り、どう頑張っても掌を通り抜けなかった。大きさに余裕があって、腕をあげると肘のあたりまでスルスルと下がってくるのに、手首より下には落ちない。


「取引成立だな」


「そうね。これからよろしくお願いするわ、ライオネル様」


 ファリーンが片手を差し出すと、ライオネルはまじまじとその手を見つめ、手を出そうとして、スッと引っ込めた。


(こちらの世界にも握手の文化はあるはずだけど、何を躊躇っているのかしら?)


「あまり罪人と、馴れ馴れしくしたくはない?」


「──違う! いや、大きな声を出してすまない。断じて、そんな事は思っていない」


 そう言っておきながら、彼は難しい顔でファリーンの手を睨んでいる。しばらく待っていたが、いい加減腕が疲れてきたので、強硬手段に出ることにした。ファリーンは身を乗り出すと、ライオネルの手を掴む。


「はい、握手」


 ライオネルは顔を強張らせ、途方に暮れたようにファリーンを見る。そのまま、一向に手を握り返そうとしない。


「握手なんだから、相手の手を握らないと失礼だわ。大人なんだから、ちゃんとして」


 むすっと、ファリーンが唇を尖らせると、「弱ったな」とライオネルは困りきったように眉を下げる。


「……俺が触れたら、その……」


「何? 聞こえないわ」


 彼らしくも無いボソボソとした声だったので、ファリーンは聞き取れず、首を傾げる。


「貴女の手は華奢だから、壊れてしまうのではないかと……」


 ファリーンは瞬きして、ライオネルを見る。じわじわと込み上げてくる笑いを堪えきれず、とうとう声をあげて笑った。


「あはははは! そんなわけないじゃない! どこの口説き文句よ!」


「く、口説……!? いや、それより……笑っ……」


 ライオネルは面食らったように口を開閉した。ファリーンがひとしきり笑い終わって、涙が滲んだ目尻を拭うと、彼は拗ねたように目を逸らす。


「……俺は別に、口説いたつもりは無い。ただ……本当に、女の子に怪我をさせた事が、あったから」


 ライオネル・グラントは人の何倍も強い力を持つ”剛力”の能力者だ。騎士としては非常に重宝される能力だが──能力が発現したばかりの頃、彼は力を制御できず、一緒に遊んでいた女の子に怪我をさせてしまったらしい。


「それからずっと、女の子を怖がっているの?」


「怖がってなど……いや、そうなの、だろうか。必要に迫られて触れる時も、力が入らないから、少々困っている」


 女性の罪人を扱う時にも無意識に力を抑えてしまうので、騎士としては欠陥を抱えてしまっている。どうにかしなければと思いながら、男所帯の騎士団の中ではそうそう困ることも起きず、そのままになってしまったのだと、ライオネルは苦く笑う。


 ファリーンはそんなライオネルを半目でじとっとめ付けた。二人はこれから、一緒に捜査をしていくのだ。笑って諦めている場合では無い。変な遠慮があったままだと、いざという時に連携がうまくいかない恐れがある。


(私の捜査活動のためにも、ライオネル様には頑張って、女に慣れてもらわないといけないわね)


 なにせファリーンには減刑がかかっている。できる事は全てやらなければ、自由は掴めないだろう。


「ライオネル様は、ちゃんと自分の力を制御できるはずよ」


 ファリーンは握ったライオネルの手に、もう一方の手も添える。


「私、新聞で見たもの。小さい子供や、動物を救ったのでしょう? 守りたいものをきちんと守れる、素晴らしい力だわ」


 ライオネルはまじまじとファリーンを見つめて、瞠目する。


「貴女にそんな事を言ってもらえるとは、思わなかったな」


「本当のことだもの。それに、お母様に刺されてしまった時、私をお医者様のところまで運んでくださったのは、貴方なのよね?」


 意識が混濁していて、実を言うとファリーンはあまり覚えていないのだが、アーチボルト夫人が取り押さえられ、誰もがアリスを守ろうと動く中で、ライオネルが駆け寄ってくるのが見えたような気が、する。


「よく覚えていたな」


 やはり、間違っていなかったらしい。ファリーンは得意げに笑う。


「貴方はちゃんと、やるときはやれるのよ。少しずつ、慣れていきましょう? これから手を組んでやっていくのだから、握手くらいはできるようになりたいわ」


 ライオネルはファリーンに握られっぱなしの己の手を見つめて、ゴクリと喉を鳴らした。恐々と、指先に力を込める。そうしてようやく握り返された手を、ファリーンは固く握る。そうすると、ライオネルもまた少し、力を込めた。


「痛くはないか?」


「ええ、痛くないわ。上出来ね!」


 小さな一歩だけれど、前進は前進だ。なんだか嬉しくなってファリーンが笑うと、ライオネルは目を丸くした。


「今日の貴女は、よく笑うな」


(”ファリーン”らしくなかったかしら)


 ファリーンは手を離すと、自分の頬を押さえる。ライオネルを驚かせてしまったようだが、わざわざ以前の辛気臭い顔を続けるなんて、疲れるだけだ。それに、笑っている時の方が、気分が良い。


「お人形のままでいるのは、やめることにしたのよ」


 ライオネルは目尻を下げる。

 彼は何も言わなかったが、見守るような、暖かい目をしていた。なんだかこそばゆい気がして、ファリーンは落ち着かなかった。

 ファリーンになってからはもちろん、キャシー時代にだってそんな目を向けられたことは殆ど無い。キャシーが実の親と離れてからは、特にそうだった。学校の先生や里親は、キャシーの運が悪かったのか、ことごく無関心な人ばかりだったから。


「捜査上で知り得た貴女は痛ましいほど”感情”というものが抜け落ちているように見えたが……今日の貴女の表情はくるくる変わって目まぐるしいな。……良い顔をするようになった」


「だとしたら、多分アリス様のおかげよ」


 もちろん、キャシーの記憶を取り戻したから、という理由も大きいだろう。目が覚めた後からずっと、ファリーンの感情は大忙しだった。ほとんど固まりかけていた表情筋が、今までの分を取り戻すかのように働いている。

 それでもやっぱり、心を取り戻す一番最初の切っ掛けをファリーンにくれたのは、アリス・センツベリーだった。


「一度、きちんとお礼を申し上げたいわね」


「会いに行くか?」


 ライオネルは微かに口元に笑みを浮かべて、驚いているファリーンにポーチから取り出した封筒を手渡す。

 シーリングワックスに刻まれた刻印は、聖女を示す藤の花だ。


「謁見の許可証だ。聖女猊下がお待ちでいらっしゃる」


 ライオネルは立ち上がり、ファリーンに手を差し出した。躊躇わず、その手を取る。


「──あ、ちょっと待って。靴を履いていなかったわ」


「……早く履きなさい」


 勇気を出して差し出した手だったのだろう。それを三秒もせずに離してしまったので、ライオネルは憮然とした表情でベッド脇の靴を指差す。


 いそいそと靴を履いて、もう一度やりなおし、とばかりに、ファリーンは彼に向かって手を伸ばした。

 ライオネルは溜息を吐きながらも、諦めたようにファリーンの手を握る。そのまま手を引かれてベッドから立ち上がり、ファリーンは彼の前に立った。


「荷物が纏まり次第ここを出るぞ、ファリーン嬢」


 ──その時確かに、目の前に新しい道が開けたような、そんな気がしたのだった。


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