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3【Side:R】

 男は船の上から監獄島を振り返った。

 霧がかかった島は今は遠くに見える。船が海面を割いて進み、石造の建物が遠ざかるのを、彼はただ、ぼうっと眺めた。

 海風に吹かれて、男の煤色の髪が揺れる。ミャアミャアとウミネコの群れが鳴いて、船の上を飛んでいった。鳥達は登り始めた朝日に向かって飛び去り、黄金に染まり始めた暁の水平線に小さくなっていく。


「どうした、レイモンド? 冷えるなら毛布を使うかい?」


 船にはもう一人、男がいた。麦の穂のような金色の髪の中に白いものが数本混じった、初老の男だった。名前は、ギデオンという。

彼は漕いでいた櫂を船に置くと、隅に積まれた毛布を掴んで、男──レイモンドに放る。気遣わしげな言葉だったが、口調は冷淡だった。

ギデオンはいつも、そんな調子だった。レイモンドの事を一人の人間として見ているのではなく、ただ使える駒だから大事にしてやらねばと、そんな風に思っている事を、レイモンドは知っていた。

……ただ、早朝の海風は痺れるほどに冷たいので、レイモンドは受け取った毛布をありがたく使わせてもらう事にする。広げて包まると、幾分かマシになった。


「──二年だ。たったそれだけの間なのに、随分と長く、あそこにいた気がする」


 遠ざかっていく島を見つめて、レイモンドは呟いた。


「こうも、あっさりと出られるとは」


 彼は節張った指を首元に当てる。そこにはもう、何も無い。”能力”を縛る首輪はギデオンの手によって鍵を外され、島を出る時、レイモンドはそれを海に捨てた。


「私にここまでさせたのだから、せいぜい役に立ってくれたまえ」


 ギデオンは薄らと笑った。


(どうせ、碌でも無い事をさせられるのだろう)


 レイモンドはげんなりした。しかし、今更後には引けない。彼は全て承知の上で、ギデオンの手を取ったのだから。

 あの島から出られるなら、何でも良かった。ノーブルに残してきた彼の”宝物”に残された時間は、少ない。レイモンドに手段を選んでいる時間は無かった。


「これからどうするつもりだ? レイモンド」


「まずは”あの花”を手に入れなければ。そろそろ底をついている頃合いだろう?」


「ああ。君のお仲間は、随分と商品のやりくりに苦心しているようだ。そのせいで、色々と騒動も起きているがね」


 いくつかの新聞の束をレイモンドに差し出し、ギデオンは彼の様子をじっと窺う。

紙面の文字に目を走らせると、レイモンドは小さく溜息をついた。


「くだらん」


 淡々と言い捨て、新聞を放る。何枚か風に攫われ、波に呑まれていった。


「君の配下が金儲けに目が眩んだ結果だろう? 心が痛みはしないのかい?」


 クッと喉を鳴らして、ギデオンは笑う。それを、レイモンドは鼻先でせせら笑った。


「貴方にだけは、言われたくない」


「ごもっとも、だ」


 気分を害した様子もなく、むしろ機嫌良さそうに、ギデオンは喉の奥を鳴らした。


「いつ入荷へ向かう? 君が逮捕されてからこの方、あちら側も慎重になっている。君本人が出向かなければ、”花”は売ってもらえないだろうね」


「騒動を起こした事に対する詫びの品が必要だ。あちらの機嫌を随分と損ねてしまっているはずだからな。相当な量の玉石を手配しなければ……そうだな、五日くれ」


「結構。では、五日後の深夜に出立としよう。潜伏先はこちらで用意してある。お仲間も既に移っているよ」


「助かる。時間をとってしまって、申し訳ない」


「問題無いさ。たった五日で君の尻尾を掴める者など、いやしないだろう。武官達が騒動に振り回されている間に、あちら側に移り住むと良い」


「……有難い気遣いだが、私はあちら側には移らない。また”花”と共に戻るつもりだ」


 ギデオンはどこまでレイモンドの事情を知っているのか。彼は片側の口端を上げ、レイモンドを見る。


「姫君の面倒なら、私が見よう」


「遠慮する。生憎と私は、貴方のような好色家に娘を託すほど愚かでは無い」


「これは、手厳しい」


 可笑しそうに喉を震わせるギデオンの目は深い海の色をしていて、背筋が凍るほど冷たい。気を抜けばどこか深いところに引き摺り込まれそうだと、レイモンドは時々、思う。


「そういえば君は、亡くなった細君のみを愛したそうだね。私には理解できないな……」


 涼しい顔をした、自分より一回り以上も歳が離れている男が、未だに浮名を流している事を噂に聞いていたので、レイモンドは嫌悪感を抱いて顔を顰めた。

 この、鼻にかかったような甘い声と、年々深みが増す色気で、幾人もの女性が誑かされてしまったらしい。


(五十近い歳になっても尚、落ち着かないとは)


 レイモンドは呆れ果てた顔でギデオンを見る。


「奥方は変わりないか?」


「……さて、どうだろうな?」


 嫌味だと分かっていながら、ギデオンは屈託なく笑う。


「あれは美しいが、興味が失せてしまってね」


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