*ロイヤルブルー2への序章
結局書き足りなくて、4話になってしまいました。お付き合いいただいた方、ありがとうございました。
『紺野丈治様』と表示されたドアをあけると、啓太ばかりか今日は社長と船津五郎までいやがった。
面倒くせぇ・・・。
しかも、早すぎだろ!
まだ入りの時間まで、30分もあるぞ?
思わず眉間にシワがより、舌打ちが出た。
だけど、仕方がないから挨拶だけはした。
「ゴクロウサンデース。」
棒読みだけどな。
途端に、啓太が丈治!と声を荒げたが、いつものことだと無視。
俺はそのまま楽屋に配置されているハンガーラックの所へ行くと、真っ先に衣裳をケースから取り出しシワにならないよう丁寧にかけた。
そしてキャリーバッグを開き、昨日磨き上げておいた靴も出す。
続いて、取り出したヘアメイク用品や小物が入っているポーチを鏡台の前に置き。
慣れた手順で、ティッシュ、ウエットティッシュ、国産の水のペットボトル3本、楽譜、タオル、携帯用ツボ押し、粘着テープのコロコロ、携帯用クリーナーと鏡に向かって定位置に配置していった。
その様子をソファーに座り黙って見守っていた船津五郎は、俺がキャリーバッグを閉じハンガーラックの横にそろえて置いた途端、待っていたように口を開いた。
「じゃぁ、風町リノさんの楽屋へご挨拶にうかがおうかー。」
なんて、浮かれた声を出しやがって。
つまりは、こいつも風町リノのファンってことか・・・。
今日は東洋テレビで19時から音楽番組がある。
生放送で4時間枠の特番だ。
先月ババアが突然風町リノに戻った日。
ババアは広瀬のジジイに懇願され『TOP OF YOKOSUKA』でミニコンサートを行い、その後の打ち上げで俺の作ったばかりの曲にスキャットを合わせて歌った。
即興の意味もない音なのに、ババア・・・いや、風町リノの歌声は鳥肌が立つほどすげぇと思った。
いや実際は、すげぇなんて思ってる余裕さえなく、俺と風町リノの周りに音のドームが張られたように、2人で作り出すリズムと音が溶け合って、そして反響して・・・俺はただ、夢中でピアノを打ち鳴らしていた。
とにかく、奇跡の様だと思った。
だけど、そう思ったのは俺だけではなくて————
俺とババアの意思を確認する間もなく、次の日にはCDとして売り出すことが決定していた。
そして、その日から超特急で準備が進められ、来月には元々予定していた本格復帰第一弾風町リノのCDと同時発売となる。
今日はその2人の新曲と、風町リノ単独の新曲披露で出演予定だ。
特に風町リノは30年以上ぶりのテレビ出演の為、世間は大騒ぎとなり今日の番組は大注目を浴びている。
驚いたことに、船津五郎はババアと旧知の仲だった。
「リノちゃん、久しぶりだねぇ・・・元気そうだ。今日は、うちの紺野がお世話になります・・・でも、まさか、うちの紺野や木村が子供の頃からリノちゃんにお世話になっていたなんて、知らなかったよー。これも縁かなぁ。紺野は自我が強いところがあるから、他の人と1つの作品を作り上げるなんてまだできないと思っていたけど。相手がリノちゃんだからかな、広瀬さんから『TOP OF YOKOSUKA』で2人の即興でやった音源を聴かされて吃驚した。もうこれは世に出さないと駄目だって、直感したよ。それで、随分無理を言っちゃったみたいだけど。あっ、来週ニューヨークで久しぶりのライブなんだよね?俺も見に行くからね?向うでもリノちゃんのライブ開催結構話題になってるみたいだよー。レオン・シャーマンとかピーター・マックスとかメグ・サントラとかもライブ楽しみだって、ツイッターでつぶやいたって。向こうで会ったら、サインもらえるかな?リノちゃん頼んでくれる?あー・・・ホント、楽しみだなー。それで、ライブでは何歌うの?」
啓太がババアの楽屋のドアをノックして、はいという返事と共に内側からドアが開かれるや否や、ズイ・・・と船津五郎が前に出て挨拶したかと思ったら、いきなりベラベラと喋り出した。
つうか、このオッサン、こんなお喋りキャラだったか?
呆れてその様子を見ていたら、ドアを開けた近田というババアの担当マネージャーが俺を見て。
「紺野さん、おはようございます。今日はいよいよ本番ですね、宜しくお願いします。」
なんて、黒縁眼鏡を指で押し上げながら、ご丁寧な挨拶をしてきやがった。
仕方がねぇから、俺もキッチリ頭を下げて。
「近田さん、おはようございます。西先生、風町さんもおはようございます。今日はどうぞよろしくお願い致します。」
と、マニュアル通りの挨拶を返した。
その途端、ギョッとした様子で啓太、社長、船津五郎が俺を見たが、無視だ、無視。
ババアが、そんな俺を見てクスリと笑うと。
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします・・・硬い挨拶はここまででいいよ。ジョージ、蒸しパン作って来たよ。食べるだろ?そんなところにいないで、はいっといで。五郎さんも、部屋の入口でそんなに喋んなくても中に入ってよ。啓太も!ココアの蒸しパン好きだろ?そこの、五郎さんの弟ちゃんも久しぶりだね!いつも兄さんのお守りたいへんだね。まぁ入って、入って!・・・あ、ミッチー、そこの紙袋の中から、紙皿出して。」
なんていつものような威勢で、仕切りだした。
招き入れられたババアの楽屋は、俺の部屋よりも何倍も広い豪華なもので。
ハッキリとこの世界でのババアの地位を、俺は見せつけられた。
そりゃあ、確かに・・・俺がガキの頃から憧れていた風町リノはすげぇ歌手で、露出がまったくないのにCDを出せばどれもミリオンヒットで。
実力も実績も右に出るものは確かにいない・・・だけど、それがガキの頃から世話妬いて俺を息子同然に可愛がってくれたババアとなると、何か複雑で。
いや、こうやって一緒に音楽ができること、家族同然だからこそ内側に入って風町リノを間近で見られることは、とてつもない幸運だと思う・・・だけど。
スッピンでパンチパーマ、服装は一年中腐ったとんでもねぇ色のジャージで、縦にも横にもデカい色気のかけらも、デリカシーもねぇお節介の塊の魚屋のババアが。
ある日突然ダイエットを始めると宣言したかと思ったら、筋トレとランニングでグングン痩せていき、そして2か月後にはいきなり俺の崇拝する風町リノに変身するって・・・やっぱ、どうしてもしっくりこねぇ。
まぁ、ババアが歌い始めれば、そんなこと吹っ飛んじまうんだけど・・・何かこうやっていると、複雑な気持ちだ。
先輩に対し言葉使いが悪い事を親父にガツンと言われ、何だ偉そうに・・・とは思ったけど、親父があそこまで懇々と説教するなんて珍しい事で。
で・・・やっぱよく考えたらその通りで、返す言葉もなく。
コンサートの集客数だとか、CDの売り上げが良いとかそんなことで、やっぱ俺はちょっといい気になってたのかもしんねぇ。
あの後帰宅してから、綾乃にも言われた・・・建前のない率直な言動は俺の美点でもあるが、状況によっては自分勝手で傲慢な態度になると・・・いつの間にか俺の音楽に対する考えに慢心が生まれていたのではないのか、そんな心で風町リノの伴奏をする資格はないと。
親父が長々と垂れた説教と言いたいことは殆ど同じなのに、綾乃は端的な指摘で俺を反省させた。
これって、やっぱ綾乃の頭がいいっていうことなんだよなぁ。
語彙力の違いってやつか?
「うわ、おばちゃんの蒸しパン久しぶりだっ。蒸しパンなんてどこでも売っているのに、今でも時々これが無性に食べたくなるんだよなぁ・・・この、おから入りの雑な感じ、これ!これなんだよなぁ。」
ババアがどデカいタッパーを空けた瞬間に、すぐさま啓太が手を伸ばしココア味の蒸しパンを頬張った。
「失礼だねっ。何だい、雑な感じって。大体ねぇ、皆バカみたいに食べるからとても間に合わなくて、苦肉の策で豆腐屋のシゲやんに頼んで分けてもらったおからを使ったんじゃないか。最初はちゃんと、ホットケーキの粉だけで作ってたんだよ?だけど、男5人で食べ始めたらあっという間になくなるし。その上最後はいつもあんたたちとヤスオの3人で取っ組み合いの喧嘩になるし・・・はぁ。」
そう言ってため息をつきながらも、ババアは啓太にウエットティッシュを渡し、手を拭きな!とすかさず注意をして、俺にもウエットティッシュを渡してきた。
俺が無言で受け取り手を拭くと、次は紙皿に乗ったココア味の蒸しパンが出てきた。
「何で、サツマイモの蒸しパンじゃねぇんだよ。」
俺の好きな蒸しパンは、サツマイモが入っているやつだ。
それはババアも知っているはずなのにと、思わず口が尖った。
すると、ババアが困った顔をして同じ大きさの別のタッパーを紙袋から取り出した。
「いやねぇ、サツマイモを大量に買っといたんだけど、昨日帰ったらヤスシがスイートポテト作っちゃってたんだよ。ユウが食べたいって言ったみたいで。それと今日あんたたちと仕事で一緒になるから持っていけ、沢山作ったって、全部サツマイモ使っちゃってさぁ・・・スイートポテト食べるかい?ヤスシが作ったから味は確かだよ?」
眉を下げたババアの説明に、俺はガックリと肩を落とした。
「スイートポテトか・・・相変わらず旨そうだな。」
「うん、おっちゃんのスイートポテトは、絶品だもんなー。」
そう言いながらもスイートポテトに手を出さない俺と啓太。
だけど、ババアの義兄で、作詞・作曲家の西 数でありプロデューサーの相田 満が食べ始めた蒸しパンを、一気に口に押し込むと。
「えっ、ヤスシのスイートポテト!?食べたい、食べたい、食べたい!!」
とはしゃいだ声をだして、いそいそとスイートポテトへ手を伸ばした。
船津社長も船津五郎も勧められるままスイートポテトを食い出して。
「うわ、これはなかなか!」
「旨いねー、プロが作ったみたいだね。戸田ちゃんが言ってた通り、リノちゃんのご主人『懐石ひろせ』の料理長だっただけあるね。流石だ。」
と絶賛し、お喋りの戸田の親父から仕入れた情報を話す船津五郎。
マジ、お喋り野郎だな、今まで知らなかったけどよ。
とそんなことを考えていたら、ペットボトルのお茶を紙コップに注ぎ配りだした近田が、俺と啓太に話しかけてきた。
「あの、スイートポテト召し上がらないんですか?」
無言でどんどんスイートポテトを食ってる西と、少なくなっていくタッパーの中のスイートポテトを見比べながら俺らをうかがっている。
つまりは早く食わねぇと無くなるぞと言いたいのだろう。
それに啓太も気が付いたらしく、お気遣いありがとうございますと近田に丁寧に頭を下げた。
だが、近田はその返しが理解できなかったらしく、あの・・・と、戸惑った顔をするから。
俺はまどろっこしくなって、ぶっちゃけた。
「あー、俺たちはスイートポテト食わないんで、気にしないでください。」
すると横で聞いていた船津社長がええっ!?と声を上げた。
船津五郎も訝し気な顔で俺たちを見ている。
西だけは気にもせずスイートポテトをむさぼっている。
つうか、この西って結構な歳だよな?
歳くってても、すげぇ色男だけど多分この中で一番の年長なんじゃねぇか?
そんでこのアホみたいな食欲って、こいつやっぱ尋常じゃねぇわ。
ババアに対しての異常な可愛がりようと・・・ああ、おっちゃんに対してもすんげぇ懐いているって感じだよな、おっちゃんの方がどう見ても年下なのによ。
音楽の才能はエグイほど半端ねぇけど、かなりの変人だ・・・。
「確かにおっちゃんのスイートポテトはすげぇ旨いんですけど、完璧すぎてそんな食えないって言うか・・・それに対しておばちゃんの蒸しパンは雑な味なんですけど、いくらでも食えるし。それに早く食べないと取られる・・・っておいっ、ジョージ!お前、さっきから食い過ぎだぞ!お前もう1人で6個食ってるよな!?」
近田にババアの蒸しパンが、俺らにとっていかに中毒性があるか説明していた啓太が、突然俺に食ってかかってきた。
「うるせぇよっ。お前だって、5個目だろう?俺より大人のくせして食い地張りすぎなんだよっ!いいよなぁ、今日はお前の好きなココア味の蒸しパン作ってもらえて。満足か?あ?」
そう言って、食いかけの蒸しパンを口に押し込み、7個目に手を伸ばした。
慌てて啓太も蒸しパンを口に押し込み、6個目を手にする。
それからはお互いにけん制し合い、必死で蒸しパンを頬張り・・・。
そんで、あっという間にタッパーにぎっしり入っていた蒸しパンは無くなった。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
わかる。
眉を下げて空のタッパーを見つめる啓太の気持ちは、嫌というほどわかる。
俺も同じだ。
せっかくババアが作ってくれたのに、よく味わいもせずあっという間に食っちまうなんて、正真正銘のバカだ。
毎度毎度何故同じ過ちを繰り返すんだ・・・って、自分の愚かさに呆れているんだろう?
俺も呆れているぞ。
サツマイモも旨いが、ココア味も旨くて・・・マジ、もったいないことをしちまった。
「はぁ・・・・。」
「はぁぁ・・・。」
俺と啓太がほぼ同時に、後悔のため息をついた。
その途端。
「ブッ・・・。」
「クッ・・・。」
「ククッ・・・。」
船津社長、船津五郎、近田がふきだした。
何だ?と思って笑っている奴らを見ると。
「本当に、すみませんねぇ。もう、あんたたちはどうしていつもそうなのさっ。嫁さんももらったいい大人なんだから、恥ずかしくないのかい?私は恥ずかしいよっ。ちょっとは落ち着いて食べられないのかい!?」
ババアがそんなことを言いながら、俺と啓太の頭をパシッ、パシッと叩いた。
俺と啓太が同時に叩かれた頭に手をやる。
叩きなれているっつうか、相変わらず音と痛みと衝撃が絶妙だ。
そりゃぁ、男5人を育てたって言っても過言ではないもんな。
自分の子供じゃねぇ3人も、自分の子供と同じ様に可愛がって叱って育ててくれたもんな。
俺も啓太も秋も、ババアがいなかったらこんな風にまともに育ってないだろう。
「なーんか、わかったなー。リノちゃんの空白の30年が。本当に楽しく子育てしてたんだな。双子の息子さんがいて、あと木村君の弟さんで5人か・・・いや、男ばっかり・・・凄いなー・・・でも、リノちゃんが育てたんだから皆イイコに育ったんだろうね。広瀬さんから録音した音源を聴いて、表現に深みが増したと思ったリノちゃんの声は・・・そういう30年でできたんだねぇ。いや、今日の2人のパフォーマンスが楽しみだ。だけど、すましてピアノを弾く紺野君を見て、蒸しパンを頬張っている顔を思い出したらまずいなー・・・アハハハッ。」
俺らの様子を見ていた船津五郎が、そんなことを言ってゲラゲラと笑った。
それと一緒に船津社長も近田も笑い出し、俺と啓太も今更ながら大人気なかったとガックリとしていたら。
「本当にジョージ君って、浜田君に似てるよねぇ。さっきの木村君との言い合い、このあいだのヤスシと浜田君の言い合いにそっくりだったよー。下らないところが・・・いや、俺そういう下らないの好きだからいいんだけどー。だけど、ノリコも大変だねー、周りこんな男ばっかりでー。」
なんて、思い出したくねぇことを、西が言いやがった。
この間の親父とおっちゃんの喧嘩にはブッたまげた。
しかも、喧嘩の理由がババアへのおっちゃんのヤキモチだぜ?
ありえねぇっつうの、マジ勘弁してほしい。
しかも、あんなジジイがマジの殴り合いのけんかするなんて、思ってもみなかった。
いや、殴り合いじゃねぇな・・・親父がなぐられただけで、おっちゃんは無傷だ。
ミカの父親の件で、おっちゃんが昔は地元じゃかなうもんがいない位喧嘩が強かったって聞いていたけど、俺は半信半疑だった。
だって、おっちゃんだぜ?無口で覇気がなくて冴えねぇのに、浮気ばっかの・・・存在感の薄い、ババアに次ぐぐれぇ服のセンスもねぇだせぇおっちゃんが。
まさか、本気出した親父が触れることもできねぇくらい強いなんて、思わないだろ?
だけど、本当のおっちゃんは・・・小柄だけど、男っぽくて、親分肌のイイ男だった。見た目もガラリと変わって、まさかうちの店の常連だったとは知らなかった。
30年も前にじいちゃんが選んだスタジャンを着こなす姿は堂に入っていて、信じらんねぇことに格好いいと思った。
だけど、親父との喧嘩はガキかと思うほど、くだらなかった・・・。
そんなことを思い出して、俺はゲンナリとしたが。
「こんな男ばっかりの中に、ミッチーも入ってるけどね。ミッチー、ヤスシに『懐石ひろせ』のアドバイザーの件、承諾させたでしょ?広瀬さん喜んじゃって、お礼にってうちにまで静岡のみかんマフィン届いたんだけど?」
と、ババアが西をギロリと睨みつけた。
その途端、西が空になったタッパーをババアに渡し、立ち上がると。
「あっ、俺、そろそろ番組プロデューサーの所へ挨拶行ってくるねー。戸田君のスタジオセットももうできるだろうし。近田、そろそろヘアメイクの金子が来るからよろしくー。」
と言うやいなや、部屋を出て行った。
パタンと閉まったドアを見ながらババアが、はぁ・・・とため息をついた。
そんなババアに船津五郎が、穏やかな声で話しかけた。
「西さんは相変わらずだねー。というか、リノちゃんと西さんの会話も相変わらずだね。ちっとも変っていない。経験の分、表現力が増したけど・・・リノちゃんは相変わらずリノちゃんで嬉しいよ。」
「何言ってるの、五郎さんこそ。テレビでは渋い演技派って言われてるけど、ミーハーでお喋りなところ、全然変わってないじゃないさ。昔、撮影終わりに現場に迎えに来たうちの旦那にしつこく私たちの馴れ初め訊いて、ブチ切れられてたよねー。」
「ああ、リノちゃんのご主人、怖かったなー。あれで、安易に訊いていい人とダメな人がいるってわかって、勉強になったよ。凄まれた時は殺されるかと思って、ちょっと泣いちゃったけど・・・それからそういうのは人前で上手く隠してきたつもりなんだけどー。」
ババアとの会話から、船津五郎のイメージがどんどん崩れてく。
だけど、そう思っているのは俺だけじゃなくて。
「ジョ、ジョージ!入りの時間だ。一度楽屋もどろう。スタッフの人が探してるかもしれない。」
啓太がこれ以上船津五郎の話を聞いているのに堪えられなくなったようで、そう言って立ち上がった。
「この歌が終わったら、登場となります。暫くここでスタンバイ願います。」
番組進行担当者にセット裏へ誘導され、表から見えない位置で立ち止まり、説明を受ける。
チラリと横に立つ風町リノを見下ろすと、信じられないほど綺麗にメイクされた顔を俺に向けた。
本当に同一人物かと思うほど、その容姿は垢抜けていて正に芸能人だ。
元々発色の良い色が好きなのか、衣装は今日も黄色で。
いや、昨日飯食いに行った時に今日の衣装を綾乃がねだったから見せられていて。
繊細なレースで仕上がったぴったりとしたドレスだ。
綾乃が言うには、マーメードラインっていうやつらしいんだが、信じられないことにすんげぇ似合っている。
「どした?ジョージ、緊張してるのかい?」
俺が黙っているからか、そんなことを言い出した。
「緊張なんかしてねぇよっ。そうじゃなくて、ジャージばっかだったのに、いきなりこんな姿してっからよ・・・なんか、しっくりこなくてよ・・・本当に、俺の知ってるババアなのかって。」
本番直前の、今言うことじゃねぇと思ったけど、腹の底でもやもやしていたものをつい、吐き出しちまった。
流石に言ってから、悪いとすぐに後悔したが。
だけど、ババアはそんなこと屁とも思ってないようで。
「なーに言ってんの。さっき、楽屋であんなにバカみたに私の蒸しパン食べたじゃないのさ。オカラがバンバン入った雑な味の蒸しパン、他の誰が作るって言うんだい。」
「雑な味って、俺は言ってねぇぞっ。雑な味って言ったのは、啓太だ。俺はあのボソボソした喉にひっかかる食感、好きだぞ。じゃなかったら、あんなに食わねぇって。」
「・・・喉にひっかかる食感って、褒め言葉じゃないだろ・・・はぁ。本当に、あんたたちは物事の機微ってものに疎いよね。」
「いや、ババアに物事の機微について語られたって、説得力ねぇだろ。」
「・・・・ほら、ちゃんと私が誰かわかってんじゃないのさ。姿形が変わったって、私は私だよ?中身なんて変えようがないんだよ。あんただって、こーんな洒落た色のズボンを穿く日が来るなんてねぇ。今までくらーい青色ばっかり選んでたのに。こんな明るい青色のズボンに白いシャツなんて。ひねくれものジョージだったのに、さわやかジョージになっちゃって・・・グフフッ、綾乃ちゃんに感謝だねー。昨日私の衣装を見てから、綾乃ちゃんがあんたの衣装選んだんでしょう?グフフッ。」
「・・・・・・。」
ババアの話がいつの間にか俺の話になって、挙句にひやかされた。
つうか、グフフッて笑い方は何だよ。
そんな洒落た格好しているのに、これじゃあパンチパーマにジャージのババアのまんまじゃねぇかよ!
そう心の中で毒づいて、ハッとした。
・・・・ババアの言ったとおりだった。
そこで、出番ですお願いしますと声がかかり。
ババアがパンッと俺の背中を叩くと、先に歩き出した。
その気合の入れ方は、いつも俺を元気づけるときのババアのやり方で。
だから、俺も迷うことなく足を踏み出した————
【序章、完 ~ ロイヤルブルー2 へ続く】




