表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

2、泣きそうな夜

申し訳ありませんm(__)mm(__)mm(__)m

前後編、2万字でおさまると思ったのですが、調子に乗って書きたいことどんどん入れて行ったら・・・3万字近くになってしまいました。

章の表題をご覧になってお気づきでしょうが、3話になってしまいました。1月3日夜に最終話アップ予定です。

オジサンオバサンの話をここまで引っ張ってしまい、申し訳ありませんm(__)m

今日は、ヤスシとノリコのことで休みを取っていたが。

広瀬がどうしてもノリコに『TOP OF YOKOSUKA』で歌ってほしいと言い張り、結局俺は店に出ることになった。

ノリコはまだ調整が完全ではないらしく、4曲くらいならということで了承し、窓側の『予約席』と1つ向こうのテーブルをくっつけて、相田満と一緒に打合せを始めた。

その席には広瀬や戸田も座り、そして綾乃ちゃんと並んで座るジョージは無言でノリコの一挙一動を見つめていた。

ヤスシは最近養子に迎えたユウの様子を見に一度ノリオと一緒に自宅に戻った。

ユウの姉ちゃんのミカが一緒だから、別に心配はないはずだが・・・アレだ、単にヤスシが寝る前のユウの顔を見たいだけに違いない。

仕事で明日の朝早いノリオは、ここへは来ないだろう。

ヤスオも店が気になるらしく、マネージャーを務めるキャバレーへ戻った。

2人ともヤスシとノリコの外見の変貌に驚いてはいたが、結局父ちゃんは父ちゃんで母ちゃんは母ちゃんだと言うノリオのシンプルな言葉に、ヤスオもそうだなとあっさりと納得していた。

やっぱ、あの2人の子供だけあって、見た目よりも中身という考えなのだろう。


店のスタッフに命じ、ピアノを店の中央に移動させた。

そして、ノリコが歌うスペースを空ける為、その近くの席を撤去した。

今日は週始めで今は20時台ということもあり、客入りはまだそれほどでもないから、席には客がおらず撤去は楽だった。

それでも既に他の席はいくつか埋まっていて、客は何事かとスタッフの動きを見ていて。

これでいきなり『風町リノ』が出てきて歌い出したら、さぞ驚くだろうと思いながら俺は。


「あと30分ほど致しましたら、ちょっとしたミニコンサートを行います。まだピアノ周辺はお席に空がございますので、よろしければ近くにお席を移動させていただきますが・・・いかがいたしますか?」


そう言って、丁寧に一つ一つの席を廻った。

今日の客は見た所、宿泊客ばかりで地元の客はおらず。

だから、たまにここでジョージが演奏することも知らないわけで。

用意した楽器は、ピアノとスツールに立てかけたギターだけだから、その近くにマイクスタンドを設置しても、客は大したミュージシャンが出てくるわけじゃないだろうと思っているようだ。

それでもせっかくだからと、ほとんどの客が席を移ることを希望した。


そして、丁度客の席移動を終えたところにヤスシが戻ってきた。

無言で俺にビニール袋を突き出してきたから受け取ると、やはりイカの塩辛で。


「・・・・・おい。おめぇの履いてるスニーカー10万からすんだけど?イカの塩辛これっぽっちって、どういうことだよ?」


憮然として俺がそう言うと、ヤスシはフンッと鼻を鳴らした。


「セコイこと言ってんじゃねぇよ。あのなぁ、俺もおめぇもジジイだぞ?イカの塩辛一気にバカ食いしたら、すぐ血液検査で引っかかるぞ?新しいマンションで可愛い息子夫婦と一緒に暮らすんだろ?なら、好物も節操をもって食え。いつだって食わしてやるけど、ジジイだから1回の量は限度付きだ。」


なんて、もっともらしいことを言いやがって。

腹が立ったから、ケリを入れた。

あっさり躱されたが。

だけど、それでも悔しいから。


「ケッ、節操なく女喰ってきたやつに言われても、説得力ねぇよっ。」


そう言い捨てると、ヤスシはニタリと笑い。


「説得力ねぇけどよ、ジジイでもまだおめぇと俺はつるんでバカやりてぇんだよ・・・だから、血液検査は大事だ。」


なんて、憎いことを言いやがった。

どうしてか気持ちばっかが胸にこう・・・詰まっちまって、何も言えねぇ俺の肩をヤスシはポンと叩くと、そのままノリコがいる席へ歩いて行った。

その後姿はもうだせぇ腑抜けた魚屋のオヤジではなく、確かにガキの頃からの俺のイカれた相棒で。

そんで、情けねぇ事にまた目頭が熱くなり・・・だけど、やっぱさすがにこれは情けねぇと思い、俺は気合を入れなおした。

だから、イカの塩辛の入ったビニール袋を冷蔵庫に放り込むと、俺はカウンターへ向かった。





「富士見さん、今の姿が本当の富士見さんなら・・・いえ、ノリおばさんもそうですが・・・どうしてこんな素敵な姿をずっと偽っていたのですか?」


トレーを手にヤスシ達がいるテーブルに近づくと、綾乃ちゃんはそんなヤスシとノリコをじっと見つめて、真正面から疑問をぶつけていた。

その疑問に、ジョージが今更ながらハッとした顔をして。


「ノリオの・・・病気か・・・。」


そしてすぐ、確信にふれた。

昔からのノリオの健康状態を考えれば、それは誰だってわかることだ。

生まれた時は仮死状態で、一命をとりとめた後もいつ何時発作が起きるかわからない。

親は子供の命が一番で。

それで多忙な芸能活動や、責任のある料理長などはとてもできない。

比較的時間が自由になる実家の魚屋を選択したのは、何よりも子供を優先したからだ。

そして、この街で子育てをして生計を立てていく以上、悪評高い『風町リノ』のままではいられなかった。

そして、ヤスシも昔のノリコに合わせて、一流の料理人ではなく無口で冴えない魚屋の親父になった。

そうでもしなければ、今までの暴れん坊のヤスシのままでは、何を置いても守らなければいけない家族よりもその凶暴性が前にでてしまうから・・・そんなことを端的にヤスシが説明したが。

ノリコはその言葉に少し首を傾け。


「だけどね、綾乃ちゃん。本当の姿って・・・見た目は確かに変えたけど、私達中身は元々こんなもんなんだよ。私はデリカシーなんて元々ないしおせっかいだし、ヤスシだって、喧嘩はしなくなったけど・・・結婚前から女にはだらしなかったし。そうそう、浮気が私にバレた日に、堂々とプロポーズするし。しかも『ウナギ食わせてやるから返事しろ』だよ?」


なんて昔の事を言い出した。

その言葉に、綾乃ちゃんばかりかジョージまでドン引きし。


「最低です!信じられません!」

「あぁっ!?浮気は昔からかよっ!?」


と、ヤスシを非難した。

ジョージはともかく綾乃ちゃんにそんなことを言われ、オロオロと居たたまれない顔になったヤスシに、今日やられっぱなしの俺はここで漸く留飲を下げた。

そして、しょうがねぇなぁと・・・助け舟を出すべく、ヤスシの前にマティーニを置いた。

続いてノリコの前にはシンデレラ、広瀬の前には・・・ラバーズ・ドリーム。

広瀬が少し、切ない顔になった。


「懐かしい・・・これ、確か『シンデレラ』だよね?前に浜田ジョーが私に作ってくれたカクテル。」


久しぶりのノリコの『浜田ジョー』という呼び方に、一気に昔に戻ったような気がして。

やっぱ、ヤスシが言った通り、俺もヤキが回ったのかと、グッと奥歯をかみしめたら。


「えー・・・俺にはないの?えー、俺もカクテル欲しいー。」


と、相田満が騒ぎ出しやがった。

だけど、それは想定内の事で。

すぐに、後ろからやってきた店のスタッフが、相田満と戸田の前にチョコバナナ・リキュールを置いた。


「おおっ、これっ・・・懐かしいなぁ!」

「うわー!美味しそう!もう、浜田君、何で俺の好みわかるのー?」


こいつらルックスは全く正反対だが、男のくせに甘いもんが好きなところは共通していて。

それを俺は既にわかっていたから、カウンターのバーテンに作らせたのだった。

ヤスシとノリコ、広瀬については何となく他の奴に作らせる気にはなれなくて、久しぶりに自分でシェーカーを振った。

そして、ジョージと綾乃ちゃんの前にはキンキンに冷えたシャブリのボトル。

その途端、綾乃ちゃんの口角が思いっきり上がり、それでジョージの奴も上機嫌になった。

ふと、視線を感じて、目線を移せば。

ヤスシがカクテルグラスを粋に持ち、俺に少しグラスを掲げる仕草をすると。

昔の通り、3口で飲み干した。

そして————


「変わってねぇな・・・旨い。」


30数年ぶりに聞いたダチの嬉しい言葉が、俺の喉をヒクつかせた。





ノリコにとっては久しぶりのステージだからと、相田満の意向でミニコンサートが終わるまで、店を締め切りにして途中で客は入れないことにした。

確かに客が出入りすれば、集中力が落ちるわけで。

おまけに、ずっと露出のなかった『風町リノ』が歌っていたら、入店した客は騒ぐだろうし。

ノリコはそんな大げさにしなくてもいいと言ったが、相田満は勿論俺もヤスシも広瀬も戸田もノリコの歌に集中したいから、店の外に貸し切りと札を出しドア締め切った。

21時もとっくに回り、店内は8割客が入った状態で。

いきなり広瀬がスタンドマイクの前に立ち、来店の礼とこれから行われるミニコンサートについてノリコの事は言わず上手く説明した。

客はいきなり店を締め切りにすることに戸惑いを見せはしたが、誰も文句も言わず席を立とうともしなかった。

わざわざ『グランドヒロセ』の社長が出てきたということは、何かあるのかもしれないという空気になっていて。

スタンドマイクの横に置かれたスツールに座り、ギターの調整を始めた相田満に視線が注がれていた。


暫くして調整が終わったのか、相田満が前触れもなくいきなりカウントを取ると、ギターを弾き始めた。

あ、この曲は・・・・そう思った時、窓際の『予約席』で背を向けて座っていたレモンイエローのワンピース姿の女が、いきなりスクッと立ち上がった。

その突然の出来事に客がギョッとしている中、マイクを持った女が振り返った。

唖然とする客の空気をものともせず、その女は堂々と『バーボンブルース』を歌いながらピアノに向かって歩き出し————

その直後、店内でとんでもない歓声と拍手が沸き起こった。

歌い出したのが、『風町リノ』だと皆気がついたからだ。


俺がノリコの生歌を聴くのはヤスシ達の結婚式の翌日、このホテルのオープニングセレモニー以来だった。

まだ調整ができていないなんて言っていたが、ノリコの歌は昔以上に迫力があり・・・『バーボンブルース』だからだろうか・・・何か感情がすげぇ胸に入り込んできやがる。

この歌は、亡くなった俺の養父・・・親父さんの為の歌だから、歌う時ノリコはいつも親父さんを想い歌っていると、前にヤスシが言っていたことを思い出した。

そうか、何十年たってもその気持ちは変わらないのだろう・・・ノリコはそういう女だからな。

俺は、ノリコの気持ちを噛みしめながら、遠い昔のぬくもりに思いを馳せた。


そして、その後一切トークを挟まず。

ノリコのデビュー曲の『紫陽花ブルース』、そしてノリコがレコード大賞を取った曲『あの日の景色』を一気に歌い上げた。

店の客は1曲目から、全員身を乗り出して滅茶苦茶盛り上がっている。

と、そんな中。

店の入り口付近で、スタッフが誰かと押し問答している声が聞こえてきた。

店は締め切りにして途中で客は入れないことにしたはずだが、一体何やってんだと心の中で舌打ちしながら入り口に向かうと、めずらしく加藤がいた。

加藤は普段11時くらいまでカフェの営業だし、あんま高い店で酒を飲むのが好きじゃねぇから、ほとんどここへは来ない。

『みのり』や『マイクJr.』の店は気が楽なのか良く飲むが・・・それでも、今日はノリコが歌うから聴きに来たのだろう。

服装もエプロンを外し襟付きのシャツに替え上着と、わざわざ着替えてきたようだ。

店も今日は臨時休業にしてきたに違いない。


『みのり』での集まりは相田満の話と調査資料開示で騒然となり、特に『兼治』のカミさんと『音金堂』の息子が怒り狂い、揉め出して、肉屋と電気屋も商店街の連中に責められたりで収拾がつかなくなり、後は加藤とシュウに任せて俺らは先に『みのり』を出たのだった。

こんな時、金やんがいたらとりなしも上手いんだが。

生憎、金やんは自宅も兼ねていたラブホを取り壊した為住むところがなく、新築マンションに入居できるようになるまで川崎のダチの所へ行っている。

わざわざ川崎に行かなくても、俺が持っているマンションの空室に入ればいいと声をかけたが、何故か金やんは偶にはダチとゆっくり話がしたいと、よくわからねぇ理由を持ち出し俺の誘いを固辞した。

首をひねる俺に、ヤスシがため息をつきながら、金やんの川崎のダチはソープを経営者だと追加情報を入れてくれたから、漸く納得したのだが・・・。


押し問答をしていたスタッフにこいつは関係者だと言って、加藤を中へ入れると。


「あ、俺らも関係者なんで入れてください・・・うわ、もう始まってるー。」


「そうだな・・・かなり客も温まってるからなぁ。リノ、調子いいのか?」


加藤の後ろに続いて、大きなハードケースを持った男性デュオ『オリーブ』の2人と、大きなカバンを持ったもう1人——


「おめぇ・・・親父さんにヤスシのことで直談判しに来たノリコの幼馴染の・・・そうだ、マサルか?・・・ああ、ノリコんとこの事務所のマネージャーになったって、昔言っていたな。」


『バーボンブルース』を聴いて、キャバレーにノリコがやってきたあの日のことを丁度思い出していたからか、洒落たスーツを着てすっかり風格が変わった目の前の男が、ノリコの幼馴染だとすぐにわかった。


俺の言葉に、俺の目を見てご無沙汰していますと綺麗に頭を下げるマサル。

それだけで、こいつの人となりがわかった気がした。

スタッフに風町リノの関係者だと告げ3人を招き入れた直後、入り口を閉めるよう指示を出すと、いきなりガシリとドアが外から抑えられた。


「あ、近田さん。間に合ったんですね。浜田さん、この人もうちの事務所の者で、ノリコの担当チーフです。」


閉めかけた入り口のドアを開けて入ってきたのは、黒ぶち眼鏡で地味なスーツを着た少し神経質そうな俺と同年代の男だった。

余程急いできたのか、少し息が乱れている。

その男はマサルの紹介の言葉で俺に会釈をすると、手にしていた大きな紙袋を床に置き。

忙しない様子でポケットから綺麗にプレスされたハンカチを取り出し、額の汗をぬぐった。

そして本当に気が急いているのか、その汗をぬぐいながらも視線は俺から外れ、既にノリコを追っていて。


「会場内、随分あったまってるな。結構歌ったのか?・・・ミド、リノさん何曲くらい歌ったんだ?」


近田と言う男が、『オリーブ』の緑川にいきなりそう聞いた。

つうか、今来たばっかりの緑川に訊いたってわかるわけねぇのに。

そんなことを心の中で突っ込んだが、仕事中だから顔に出さず。

当然緑川は、俺をチラリと見て困った顔をした。


「『バーボンブルース』、『紫陽花ブルース』、『あの日の景色』と3曲歌われました。」


仕方がねぇから、俺がそう答えてやった。

すると、緑川がホッとした顔で、ありがとうございますと俺に礼を言った。

その様子を見た途端、何故か近田が気まずそうな顔をして、緑川に悪い・・・と呟いた。

何だ?と一瞬思ったが。


「支配人、どうしたのー?」


入り口とはいえ、何人もこうやって荷物を持った男が入ってきて、言葉を交わせば流石に気になったらしく。

3曲一気に歌い終えトークに入りかけたノリコが、そのまま声をかけてきた。

そればかりか、ちょっと待ってくださいねと言いながら、こちらへ歩いてくる様子がうかがえた。

その相変わらずのフランクさに、客がどっと笑う。


入り口は照明が邪魔になるだろうと暗くしているから、ホールからは見えにくい。

だから余計気になったのだろう。

今日は突然の事で進行する者もいないから、ある程度自分で仕切らないといけないと思ったのか。

確かめるように、近くまでノリコがやってきて。

その途端、ノリコの顔が輝いた。


「うわっ、天の助け!緑川さん、黄田さん!ありがとう・・・皆さん『オリーブ』のお2人が来てくれました!」


そう言って、ノリコは緑川と黄田の所に駆け寄ると、2人の手を取り。


「よかったー。一気に3曲歌ったら、もうオバサンだからさー、バテちゃって。ちょっと漫談でもして、時間稼ごうかと思ってたんだー。」


なんて言いながら、ホールへと戻った。

突然の『オリーブ』の登場に、会場内が更に湧いた。

2人が登場したことで、演奏をしていた相田満がおもむろに立ち上がった。

そして、いきなりちょっと貸してとノリコからマイクを取り上げると。


「えーと、進行がグダグダで大変申し訳ありません。今日は、風町の進行・司会担当の春川十夜が、生意気にもハリウッド映画の撮影で渡米中で不在でして。おまけに、先程いきなりミニコンサートをやれとこのホテルの社長に無茶ぶりされましてねー。本当に権力者って、我がままですよねー。金でなんでも解決できるって思っているんですからー。それでまだ調整中だったんですがあの悪徳社長に圧をかけられましてね、仕方がないので弱小プロダクション所属の風町は、皆様の前でほんの4曲ほど歌わせていただくことになりまして。それで先程私と打合せをして、進行も確認したんですけどねー。それが・・・来月を予定していたはずの風町の復帰が突然決まったことを、マネージャーを通じて同じ事務所仲間の『オリーブ』が聞きつけまして、このように面倒なことになりました。つまり、自分たちも参加させろ、風町と歌わせろ!と横暴なことを言い出しまして。仕方がないので、皆様飛び入り参加を交えて、もう少しお付き合いいただけますでしょうか。」


口調は若干丁寧だが、いつもの調子で好き勝手なことを喋った。

大体、広瀬つかまえて悪徳社長って中小企業の社長ような口ぶりだが・・・グランドヒロセは世界的に大企業だし、春川だって国内のみならず今や海外からもオファーが絶えない大俳優で、『オリーブ』もずっと第一線で活躍している大物歌手だ。

マジ、言っていることが滅茶苦茶だ。

だが、客は相田満の身も蓋もないこき下ろしに大喜びで。

爆笑と拍手が沸き起こり。

そして客は笑いながらも、そんな大口叩けるなんて一体何者だと言う目を相田満に向けた。

まぁ、広瀬も、『オリーブ』の2人もノリコも笑っているが。


「ミッチー、まって、まって。勝手なことを言ってるけど。緑川さんも黄田さんもちょっと調整しないといきなりは無理だよ・・・皆さん、まだお時間ありますか?よかったらもう少しお付き合いいただけますか?・・・・ああ、よかった。それなら、少し休憩挟みませんか?時間が長くなりそうだし、お手洗い大丈夫ですか?あと、飲み物も注文してください!営業協力お願いします!それと、さっきから滅茶苦茶なこと言っているこの人!皆さん、気になっているでしょう?実はこの人、私のプロデューサーなんです。腕はあるんですが、この通り変わり者なんです。あ、諸般の事情で顔出しNGなんで、ここだけの話にしてくださいねー。」


なんて、相田満からマイクを取り返すと、ノリコも負けていない自由な口調で、客への配慮と相田満のフォローをした。

流石に西にし かぞえという名は出さなかったが、変わり者のプロデューサーという紹介で客を納得させた。

ゲラゲラ笑う客に、ノリコは笑顔でじゃあ10分後に再開しますので・・・と続けると、スタンドにマイクをもどした。

すると、近くの席に座る客が突然ノリコに話しかけた。


「あそこに、ピアニストの紺野丈治さんがいるけど、彼は今日演奏しないの?」


俺に似て、体のデカいジョージはどこにいても目立つから、とっくにバレていたのだろう。

もしかしたら、後から飛び入りで演奏するかもしれないと、客は期待していたのかもしれない。

いや、一番演奏することを期待していたのは当のジョージだ。

だけど、ノリコの歌の伴奏をしたいとジョージが申し出たが、即座に却下された。

まぁ、理由はわからないでもないんだが・・・だけど、やっぱ相田満の個人的感情が大きいんじゃねぇかと思うところもある。

それはジョージも同じらしく、客の問いかけにムッとしたのが離れていてもわかった。


「ああ、彼は所属事務所が違うので、勝手なことはできないんですよー。ほら、悪徳社長の無茶ぶりで急に決まったことなので、彼の事務所に確認がとれていなくて。ただ彼は、個人的に風町の家族と親しいので、あくまで今日は観客として来ているんです。」


相田満の説明で更に苛ついた様子で、ジョージが乱暴に足を汲みかえる。

そんなジョージに、ヤスシが何かなだめるように話しかけているのが見えた。

それを横目で見たのか、ノリコが困った顔で付け加えた。


「ジョージは旦那の友達の子供で、うちの息子と同い年で・・・家族ぐるみって言うか、息子同然なんですよ。だから、何かオンとオフが上手く切り替えができなくてですねー・・・ジョージ、悪いけど今日はそこで大人しく見てて。」


「・・・・・・。」


てっきりノリコの伴奏をジョージが切望しているのにもかかわらず許可されないのは、相田満の個人的感情が大きいと思っていたが。

どうやら、ノリコの意見が大きかったようで驚いた。

ジョージも、驚いた顔をしている。


そのまま休憩になり、あちこちから注文が入った。

スタッフが大慌てで対応しているが数が多いので、俺もカウンターの中に入りシェーカーを振った。

次々と注文をこなしていたら、ノリコがふらりとやってきた。

そしてカウンターのスツールにストンと腰かけると。


「浜田ジョー、さっきのカクテル、もう一度つくってもらえる?」


と言い出した。

注文の順番はあるが、客の方は歌が始まってから届けても大丈夫だが、ノリコはそうはいかない。

しかたねぇなと、手早く作ってやると、ノリコは嬉しそうに手を伸ばした。

だけど、その伸ばした手はかすかに震えていて———

驚いてノリコの顔を見ると、バツが悪そうな表情をしていた。


「・・・バレちゃった。そうなのさ、私にとってはホームグラウンドでも、やっぱり30年以上ぶりの復帰だから、実はかなり緊張してるの。ミッチーはもちろん、緑川さんも黄田さんもそこらへん、よーくわかっているから私も安心してお願いできるんだけどね?・・・ジョージはそうはいかないでしょう?ジョージが子供のころから『風町リノ』のファンで、今日も私と一緒に演奏したいって思ってくれているのは分かるんだけどさ。だから、浜田ジョー悪いけど、ジョージを上手くなだめといてくれない?」


そう言ってグラスを持ち上げかけたが、手の震えがグラスを揺らす。

ノリコは少し困った顔で、もう一つの手を添えて、両手でギュッとカクテルグラスを持つと、一気に中身を煽った。

たったそれだけの行動なのに、グラスをコースターの上に置いた時、ノリコは肩で息をしていて。

そんな見たこともないノリコを目の当たりにして、俺は思わずノリコの頼みに頷いていた。

するとノリコはそんな俺に、悪いね・・・と頭を下げると、静かにスツールを下りた。

だけどしおらしいノリコはそこまでで。

俺に目を向けたノリコは、不敵な顔で。


「これで、昔、浜田ジョーにつきあってヤスシが浮気した件は、水に流すよ。」


なんて言いやがった。

オイオイ、全然しおらしくねぇぞ、何が緊張だ。

そう心の中でつっこんだが・・・まぁ、普段あんな強気の女がこんなところを見せるのも、たまにはいいかと思いなおし、思わず口元がほころんだ。

だけど・・・ふと、キツい視線を感じて顔を上げれば。

窓側の『指定席』からヤスシがすんげぇメンチをきってきやがった。

いや、おまえ・・・それって、嫉妬ってやつか?

いやいやいや、相手はノリコだぞ?

それはないって・・・そういう気持ちを込めて、首を振ってみたが。

まとめて10人でも殺せそうな眼力で、睨み返してきた。

いわゆる、殺人ビームだ。


「・・・・・・。」


散々浮気してきたくせに、こんなジジイになってまで、何全力でてめぇの女房にやきもちやいてんだ?

はぁ・・・何だか、泣きそうになってきた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ