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1、カミングアウトな夜

『ネイビーブルー』『ロイヤルブルー』のサイドストーリーでもあり、『ノリコブルース』の最後のシーンから、浜田ジョー目線で続いています。申し訳ありませんが、『ブルーシリーズ』をお読みいただいてからでないと、内容が理解しにくいかと思います。

「と、と、父ちゃん、お、遅いぞっ!」


ボロい菩提樹の引き戸が開くなり、待ちくたびれたノリオが唾を飛ばす勢いで文句を言った。

『移転準備の為、休業致します』と表に貼り紙した通り暖簾は店の内側にかかっていて、胸から上は見えないというのに。

急な呼び出しだった為、商店街のオープン準備会議のメンバーはまだ揃いきっておらず。

そして、ヤスシの服装も今朝着ていたものとは全く違う。

それなのに、引き戸を開けただけでそれがヤスシとわかったのは、着替えた事を知っている俺と、足音で聞き分けることが出来る耳の良いノリオだけに違いない。


「案外時間食っちまって。高速ぶっ飛ばすつもりが、ノリコにスピード違反だって引っ叩かれてよぉ、しょうがなく安全運転で帰って来たもんだから、待たせちまったな。悪かったな。」


ヒョイと、暖簾を手でよけたヤスシがそう言うと。

入り口から近いテーブル席に座っていたノリオもヤスオもジョージも綾乃ちゃんも、カウンターを背に寄りかかるこの店の店長のシュウも、そして襖を取っ払った仕切りのない座敷に座っている商店街のやつらも・・・皆、現れたヤスシを見るなり目を見開いた。

今朝までずっと冴えねぇ無口な魚屋のオヤジのキャラだったのに、いきなり本来のヤスシの姿で現れたら、そりゃあ驚くか・・・。

ダセェ黄色のポロシャツ、田舎臭ぇ色合いのチェックのスラックスに、派手な色のチェックの替え上着で今朝は家を出たはずが、白Tシャツの上に薄手の黒のスカジャン、下はシンプルなジーンズ姿に変わっていて。

背中に鷹の刺繍の入った黒のスカジャンとブルージーンズは30年以上前の年季が入っている代物で、それがビンテージっぽくなり、昔のヤスシに戻ってさりげない洒落っ気となっている。

その上、着替えた後俺のワックスで整え誤魔化した髪型は、その後きちんとした美容院でカットしたのだろう、洒落た坊主スタイルになり無精ひげと相まってワイルドにキマっていた。





今日も早々に商品が売り切れたのか、ヤスシが11時前に着替えさせろと俺の家にいきなりやってきて勝手にシャワーを浴び、紙袋から用意していた着替えを出したはいいが。

流石に昔の靴は処分したから、お前のものを出せと図々しいことを言いやがって。

俺ら身長差はあるが足のサイズは同じなのをこいつはわかっていて、寝室奥のウオークインクローゼットに断りもなくズカズカと足を踏み入れ靴箱をあさり、あっと思ったが既に時遅しで。

未使用の●ルメス白のスニーカーを選び出しやがった。

かかと部分にHが大きく入っているデザインで、気に入って色違いで2足買ったが、まだ白は下ろしていなかった。

忌々しくて思わず舌打ちが出たが。

仕方がなく未使用のくるぶしまでの靴下を思いっきり投げつけるとあっさりキャッチされたあげく、イカの塩辛好きなだけくわせてやっからと偉そうな口調で言われ、悔しいのと何だかわからねぇ感情がこみ上げ・・・不覚にも目が熱くなった。

いや、何だかわからねぇ感情と言いつつも・・・つまりそれは、長年腑抜けを演じきっていたヤスシが、元の相棒に戻ったってことに対する感情で。


「・・・おめぇも、ヤキが回ったよなぁ。ジョージの結婚式からすっかり涙もろくなっちまって。やっぱ、歳かー。」


なんて、ふざけたことを言いやがるからイラついて、手加減なしにケリをいれたら。


「ヌリぃんだよ。」


と、あっさりかわされ、やっぱこいつはすげぇと思った。

無類の女好きだが冴えねぇ無口な腑抜け男を30年演じていたくせに、体型は何一つかわっちゃいねぇ。

確かに、魚屋は重労働だが・・・カミさんに店を押し付け余所の女にうつつを抜かして爛れた生活を送っていると見せかけて、決してそうではなかった。

いや、女には頭おかしいんじゃねぇかっつうくらい、確かに走ってたけどよ。

だけどそれでも、ヤスシんところは夫婦仲が良い。

浮気三昧だったが、それでもヤスシは何よりもノリコを大切にしていた。

まぁ、カミさんが腹の座ったノリコだからか、根っこの部分でこいつらはきっちりつながっていたんだろう・・・そんなことを考えていたら。


「いい加減もういいだろと思ってよぉ。ミチルもしびれを切らしてるし・・・ノリコを歌手に戻すからよ、俺もかぶってた猫脱ごうと思ってな。取り敢えず、ノリコのパンチパーマとイカれ腐ったジャージ姿やめさせるわ。まぁ、商店街の連中が何と言おうと、ノリオもヤスオも30過ぎたし。俺らも好きに生きてもいいだろ。ジョー・・・おめぇにも随分心配かけたな。すまねぇ。」


なんて、頭をさげやがった。

10万円以上するスニーカーをイカの塩辛と引き換えだとふざけたことを言うくせに、こういうことに律儀なところがヤスシらしい。

だから、グッとこみ上げてくる何かに俺はあえて気が付かないふりをして。


「おー、ホッとしたわ。ノリコのあのパンチパーマと腐った色のマケタスポーツのジャージ30年も見せられて、俺も目がイカれちまいそうでマジ限界だ。なら、早速今晩、商店街のオープン準備会議って名目で商店街の連中を『みのり』に集めるからよ。思い立ったが吉日だ、そこでおめぇら2人カミングアウトしちまえよ。」


俺はふんぞり返ってヤスシにそう言うと、さっそく休業中の店をあけろとシュウに連絡すべくスマホを手に取ったのだった。






「・・・はっ!?・・・父ちゃん!?・・・・・!?」


ヤスオが信じられないと言った顔で声を発したが、驚愕の為かそれ以上言葉が続かなかった。

皆も驚き過ぎて言葉がでないようだ。

そして、ヤスシもそんな息子に対しどう言っていいのか困った顔をしたが、俺はヤスシにニヤリと笑い。


「漸く、だせぇ陰気な魚屋の親父のキャラを止めたんだからよ、またおめぇと一緒にツルんで、悪さができるよなぁ?」


なんて、皆にわかるように声をかけた。

するとカウンターに座る俺の横で、カフェのマスターの加藤が、元の富士見さんに戻った・・・と涙ぐんだが。

俺はふと、ヤスシがこいつに結婚前、浮気をバラされノリコにボコられたことを思い出した。

すると、ヤスシが俺の言葉に焦ったように。


「お、おいっ!?何言ってんだ、そんなことしたらノリコにまたボコられる・・・いいや、今度こそ、おめぇも一緒にボコられるぞっ!」


と本気でそう言い、思わず俺はふきだした。

きっと加藤を見て、俺と同じことを思い出したのだろう。


「ブハッ・・・そうだ、そうだ。昔っから、おめぇはノリコにはかなわねぇもんなぁ。クククッ・・・。」


俺の揶揄にヤスシはイラつき、ギロリと俺を睨んできた。


「うるせぇよ。」


だけどそう言い返すヤスシに、俺は嬉しくなり笑いながら。


「で?そのノリコはどうした?おめぇが元に戻ったんだからよ、ノリコだってもう不細工でクソだせぇイカレた魚屋の女将のキャラは止めんだろ?体型もキッチリ戻したみてぇだし、本格的にカムバックすんだろうが?・・・大丈夫だ。未だに大嘘を信じてくだらねぇことを言っている馬鹿野郎どもは、俺がギチギチにシメてやるからよ?安心しろや。」


なんて、調子づいて言うと。


「マジ、うるせぇ。自分の大事な女のことぐれぇ、自分でキッチリ始末つけるわ。俺を誰だと思ってんだ?いいか、ジョー。おめぇは、余計な手出しすんじゃねぇぞ?カタは俺がつける。」


と、ヤスシが眉間にシワをよせ、ハッキリと言い返した。

その表情は流石に迫力があり、店の中の奴らが息をのむほどだったが。


「ちょっと、ヤスシッ。何言ってんだいっ!?またバカみたいに暴れたら、承知しないよっ!」


どうやら店に入るのを躊躇っていたらしいノリコが、今の話を聞いてすげぇ剣幕でヤスシに掴みかかった。


「ブハッッ!!」


相変わらずすぎて、思わずふきだしちまった。

だが、本来のノリコを知らない奴らにとっては、それどころじゃないらしく。


「ええっっ!?」

「か、か、かあちゃんっ!?」

「嘘だろっ!?」


驚きの言葉と、どよめきが『みのり』の中で湧き上がった。

縦も横もデカい体(ここんところ痩せたからジャージの下にタオル巻いて体型を隠していたらしい)に、スッピン、パンチパーマ・・・そして極めつけは、マケタスポーツの腐ったとんでもねぇ色のジャージを一年中着ていた、センスのかけらもねぇイカレた不細工な女が。

スラリとした体型に姿勢を正し、眉を整えきちんとメイクを施して、髪は明るい色に染め痩せて尖ったおとがいに良く似合う洒落たベリーショートに変えて・・・服装はラインの綺麗なミモレ丈のノースリーブワンピースをまとっていた。

ノリコは、レモンイエローってビビットな色も品よく着こなしていて。

多分着ている服は、コットン素材だがハイブランドの商品だろう。

まぁヤスシと結婚して魚屋になる前のノリコは、ずっと一線で活躍していた歌手だったから、性格は気さくでも雰囲気はこんな感じだったんだが。

昔のノリコを知らない奴らは、信じられないと言った目でノリコを見ていて。

そして、ジワジワとノリコが何者かなのかに気づき始めたようだ。


「ま、まさか・・・風町リノ!?」


「うっ、うぇぇっ!?」


クラシックからリズム&ブルースへと興味を持ち始めた頃に、傾倒した歌手が風町リノだったジョージは、驚愕の表情でノリコに問いかけた。

ジョージの問いかけにノリコが口を開く前に、座敷に座ってこっちを見ていた佃煮屋夫婦が愕然とした顔をして、CDショップのオヤジがパニックになったのか、変な声を上げた。

その声に、ノリコは一瞬困った顔をしたが、意を決したようにジョージに向き直り。


「昔馴染みから熱心にライブの誘いがあってね、やっぱり本格的に復帰して歌いたいって思って・・・もう一度『風町リノ』に戻ることにしたんだ。悪かったね、今迄黙っていて。」


「・・・・・・・。」


信じられないといった顔で言葉も出ないジョージの肩を、俺はポンと叩いた。


「お前が昔言ったとおりだ。商店街の奴らの頭がおかしいんだ。今は潰れていなくなった花屋の嫁のひでぇ嘘をまるまる信じて、30年以上『風町リノは性悪』って言いつづける奴らだ。もう時効だから言うけどよ、兼治かねはるっ、音金堂おんきんどうっ、おめぇらあの嫁とヤっただろ?」


ネタ元も定年退職して随分たつし、もういいかと思い爆弾発言をかましてやった。

因みに『兼治』が佃煮屋の屋号で、『音金堂』がCDショップの屋号だ。

兼治のオヤジは、昔店でヤスシに理不尽に絡みノリコとノリオのことを根拠もねぇのに口汚く罵り。

ブチギレたヤスシが兼治のオヤジに出したパンチをノリコが庇ってケガしたっていう経緯があるから、当のヤスシばかりでなく未だに俺も腹に一物ある。

ヤスシの両親もその時は大怒りで、特にヤスシの母ちゃんの激怒っぷりは凄まじくて。

兼治と今後一切付き合いはしないと言い捨てて、本当にそれから兼治に一切魚を卸さなくなった。

佃煮屋に魚は不可欠で・・・仕方がなく、別の街の魚屋から兼治は仕入れるようになったが、ヤスシんとこのように思った品が中々手に入らず、兼治は随分と苦慮していた。

そんな様子を見かねてノリコがヤスシの母ちゃんにもうそろそろ許してやっては・・・と言い出した。

だけどまだ腹を立てていたヤスシの母ちゃんは、暴言を吐いた兼治のオヤジが頭を下げて頼みにこないのに、こっちからそんな情けをかけてやることはないとノリコに言ったが。

当のノリコが、別に頭を下げてこなくたっていい、自分は兼治のオヤジではなくその両親を思って言ったんだと。

兼治のオヤジの両親は良い人だ、その人達が困っているのを自分が苦しくて見て見ぬ振りできないから、結局は自分の為だと言うノリコの言い分に、ヤスシもヤスシの両親も何も言えなくなった。

そんな経緯があり、兼治との付き合いは再開していたのだが。


俺の言葉に兼治と音金堂がうろたえ、そんなことあるかっと否定の声を上げた。

だけど、そこで座敷の奥に座っていたここの地区の商工会議所の会頭が立ち上がった。

実はそいつがネタ元で。

俺とヤスシの小・中の同級生のアキオといって、元は地元の信用金庫に勤めて役員までなった男だった。


「あの嫁こそ、真の性悪だ。俺も定年になってからずいぶん経ちますから、言いますけど。浜田君、この2人ばかりじゃないです。色仕掛けで、あの嫁の言いなりになって、その上金まで都合したのはそこの肉屋の三代目と電気屋の二代目・・・もう亡くなりましたけどスナックのマスター、あと、ヤモメだった床屋の三吉さん、本屋の先代、風呂屋のご隠居・・・ある時、同じ月に皆定期預金を解約するって言い出して、変だなと思ってたんです。それも皆、家族には内緒と言うし。でも、お客様の申し出に口出しできないので黙って解約手続きをしたんですが・・・中学卒業して新聞販売店に住み込みで働いていた同級生の森部君が、ずっとコツコツ貯金していた定期預金を解約するって言い出したから黙っていられなくなって、新聞販売店の奥さんに相談したら・・・やっぱり、あの嫁に金の無心をされたってことがわかって、森部君はお金を渡す前だったからよかったですけど・・・随分、あの嫁に皆さんだまし取られたんじゃないですか?でも、色仕掛けに乗ったから、騙されたなんて言えなくて。それで、『風町リノは性悪』って言い続けているんじゃないでしょうか?」


さすが商工会議所の会頭だけあって話に説得力があり、一気に店内の空気が変わった。

佃煮屋『兼治』の嫁が、『音金堂』の息子が、顔色を変えて問い詰めだした。

肉屋も電気屋もいたたまれない顔になっている。

そらそうだよな、『風町リノは性悪』ってことあるごとに口汚く罵っていた・・・いや、未だに言っているやつらだけど、ノリコはそんな酷ぇ話を聞きながらも『兼治』のオヤジの父親が寝たきりになった時には、しょっちゅう手伝いに行った。

ヤスシの両親が手伝うノリコに渋い顔をしたがこの時もまた、人が困っているのを自分が見て見ぬ振りできないから、誰の為じゃない結局は自分の為だとノリコは言い張り、結局嫁さんと一緒に看取るまでした。

もうここまで来ると、ノリコのお節介に誰も何も言わなくなっていて。

『兼治』のオヤジの母親だって痴呆で3年前から施設に入っているが、自分の親なのに『兼治』のオヤジは何だかんだと理由を付けて見舞わないから、免許のない嫁さんが気の毒で、ヤスシんとこの店の軽トラを運転してノリコは週に一度は嫁さん連れて一緒に隣街にある施設まで面会に行っている。

そして、前にヤモメのCDショップのオヤジの息子の嫁が流産した時も、女手がないからって嫁に付き添って洗濯や何かと色々世話やいて励まして、おまけにオヤジと息子に大変だろうからと夕飯のおかずまで差し入れしてお節介をやいていた。

息子の嫁の母親は既に鬼籍に入っていたから、頼る人がいなくて気の毒で見ていられないというノリコらしい理由で。

そんで、その3年後に無事子供が生まれた時も自分の事のように喜んで、入院中はまた同じように世話妬いて、退院してきたって嫁の床上げまでは何かと手伝いに行っていた・・・。

いや・・・この商店街で、ノリコがお節介をやかなかったやつなんて、誰1人いやしねぇ。

ノリコの今までの行動をみりゃあ、誰だって何が正しいのかわかるはずだ。

なのに、誰も言葉を発しない。

アキオの話をヤスシは知っていたのか、今の発言に驚きもしなかったが。

今まで『風町リノ』を口汚く罵っていた奴らを、ただヤスシはギロリと睨み回わした。

すっかり昔に戻ったヤスシだから、その眼力と圧が半端なく・・・皆は顔色を変え、店の中はシン・・・と静まり返った。


「ヤスシ、ちょっと落ち着け。おめぇ、怒ると圧が半端ねぇんだよ。とりあえず、ノリコは今まで言われたい放題だったからよ、ちゃんと真実を話したらどうだ?せっかく、今日皆集めたんだからよ。」


俺がとりなすようにそう言うと、ノリコはチラリと俺を見た。

その目の色はいつもの前向きなノリコのものではなく、長年積み重なったやるせない気持ちが表れたものだった。

そんなノリコを見て、ヤスシはノリコの背中をそっとさすった。


「ノリコ、風町リノってバレて、ここに住みにくいなら、鎌倉へ引っ越したっていいんだぞ?姉ちゃんやミチルはその方が喜ぶだろ。部屋だって沢山空いているし・・・俺は、ここまで通ったっていいし。なぁ、ノリオ、母ちゃんは歌手にもどるからよ、俺と2人で店回していけるよな?」


ヤスシの言葉に、商店街の奴らが焦った顔になった。

そりゃぁそうだ、皆普段から何かとノリコに世話になっていて、ノリコがここからいなくなったら不都合が出てくるからな。

だけど、それはあくまでノリコの好意で続いていたことだ。

本当なら、突発的なことは別として、それぞれが考え継続的に世話になるような図々しいことだと思うべきだが。

そうはいっても、俺だってノリコにはジョージのことで随分と世話になった。

まぁ、今は綾乃ちゃんが世話になっているしな・・・そんなことを考えていたら。


「それ本当?ヤスシ、ノリコ鎌倉に戻してもらえるの?」


急に、店の入り口の戸が開き、そんなことを言いながら嬉しそうにノリコの義兄の相田あいだ みちるが店に入ってきた。

その後から、戸田と広瀬も続いて入ってきて。

そして、揃っていなかった商店街の面々も入ってきて、ヤスシとノリコを見て固まっていたが。

そんなことお構いなしに、戸田がノリコとヤスシに話しかけ。


「うわ、本当に昔のノリコちゃんに戻ってるっ!つうか、富士見も戻ってるじゃねぇかっ。おいっ、睨むなよっ!さっそく、恐ぇえよっ。」


「本当だ、富士見も、風町さんも元に戻ったね。だったら、ニューヨークのライブ前に、是非うちのホテルで練習がてらミニコンサートやってくれないかな?慣らしなら、大広間じゃなくて最上階のバーで、ライブ形式にしてもいいからさー。というか、久しぶりに俺が風町さんの歌、生で聴きたいんだ。取り敢えず、今日どうかな?相田さんからは、OKもらってるんだけど?」


なんて、広瀬まで勝手なことを言い出した。


「ええっ!?い、今からっ!?」


ノリコがギョッとした顔で、広瀬を振り返った。

すると、驚愕で黙って事の成り行きを見ていたジョージが興奮した声を上げた。


「おいっ、ババア。俺にピアノの伴奏させてくれよっ。」


と、ノリコにそう詰め寄ったら、相田満がノリコとジョージの間に素早く割り込み。


「何度言ったらわかるんだ?俺の大切な妹に向かって『ババア』呼ばわりは許せない。しかも、歌手の『風町リノ』は君なんて足元にも及ばないアーティストだぞ?言葉使いに気をつけろ!」


と、かつての『タランチュラ』を彷彿させる目で、ジョージを睨みつけた。

めったに相田満は横須賀には来ないが、やはりノリコが心配なのかそれでもこっちに来る機会はあって、ヤスシの家に入りびたりだったジョージは何度か相田満と顔をあわせたことがある。

ジョージのノリコに対する口の悪さと、昔々の俺とエミとのいきさつがあるせいか俺の息子ということで、相田満はジョージに対し一貫して塩対応だ。

ジョージはそんな相田満に対してイラっとはしているが、ガキの頃歯向かった時にガツンとやられたらしく、相田満にかなわないことがわかっているのか自分からからむようなことはしない。

それに————


「ちょ、ミッチー!ジョージにそういう言い方ないだろっ。この子はねぇ、ノリオやヤスオと一緒に育ってきて、私の子供同然なんだよっ。」


と、必ずノリコがジョージを庇うことになる。

だけど、今回ばかりは状況がいつもと違って。


「いや、ノリコ。仕事がらみじゃなければ、ジョージは俺らの子供同然で、おめぇの言い分もわかるが。芸能に関することなら、ジョージもプロだ。そしておめぇは音楽の世界じゃ大先輩だ。ノリコ、そこはきちんと言葉使いから弁えて当然、ミチルの言うとおりだ。」


と、ヤスシがノリコを嗜めた。

その途端、カフェのマスターの加藤が大きくうなずいた。


「あー、そうでしたよね。富士見さん、『グランドヒロセ銀座』の『懐石ひろせ』で働き始めた時、どう見ても年齢も実力も上なのに、先に店で働いていたからって俺ら見習いに敬語で話してましたもんねー。親しく話すようになっても敬語崩さなかったし・・・まぁすぐにごぼう抜きで一気に煮方まで行きましたから、それからは敬語なくなりましたけど。でも、担当が下でも年上の人には、鎌倉で料理長になるまで敬語で話していましたよね?富士見さんの実力に相手が恐縮して、敬語やめてほしいって言っても一貫して使ってましたよね?富士見さん、普段口調も荒いのに、仕事となるときちっとしてましたから。やっぱ、プロ意識高かったですよねー。」


加藤が懐かしいと言った表情でそんなことをしみじみと話したら。


「えっ?ヤスシが料理長?・・・『懐石ひろせ』でうだつが上がんなくて見切りつけて実家の魚屋継いだんじゃないのか?」


佃煮屋の『兼治』のオヤジが思わず声を上げた。

そう言えば、こいつはヤスシの凄さも知らねえで、日ごろからヤスシをそう言って馬鹿にしていたな。

やっと本当の事が言えると、口を開きかけたら、憤った顔の加藤が先に話し出した。


「はあっ!?富士見さんは鎌倉店を一気に人気店にして、そのあと銀座店の料理長になってずっと一線でやってた伝説の料理人なんですよ?俺、富士見さんが料理人辞めることになって、俺・・・富士見さん以上の花板なんていないと思って、富士見さん以外の奴の下ではもうやりたくないと思って、俺も料理人辞めたんです。まぁ、料理から離れられなくて結局カフェやってますけど・・・大体、うだつの上がらない料理人くずれの魚屋があんなに繁盛するわけないでしょうがっ。魚の捌き、処理、扱い、目利き、道具の手入れ・・・どれも一流だから、皆『魚富士』の魚を食べたいって思うんですよっ。佃煮屋だって、魚を扱っているのに、そんなこともわからないんですかっ?」


余程『兼治』のオヤジに対して思うことがあったのだろう、普段はヘラヘラしている加藤がマジで捲し立てる。

それに対して、『兼治』のオヤジは一言も言い返せなくて、いや・・・とか、あの・・・とか口ごもるだけだ。

そこへ、広瀬がダメ押しのように言葉を続けた。


「うん、富士見は凄い料理人だったよ。確かに、加藤の言う通り、未だに冨士見を超える料理長・・・いや、花板はでてこないもんなぁ。最初から家業と二束わらじって言うことで勤めてもらったし、家庭の事情だから仕方がなかったけど、本当におしいよなぁ。俺、まだあきらめきれないし・・・なぁ、富士見。よかったら、板場復帰は無理でも、魚の捌きとか、店舗チェックとか・・・ちょっとその他いろいろアドバイザー的な感じで、『懐石ひろせ』に復帰してくれないかなぁ?もちろん、本業の邪魔にならない程度でいいからさっ。」


まるで、ヤスシが本来の姿に戻るのを待っていたかのように、そんなことを広瀬が言い出した。

天下の『グランドヒロセ』の社長にそんなことを言わせるぐれぇの腕だったのは、俺もよくわかっているが、息子達を始め商店街の連中は思いもよらなかったみたいで、広瀬とヤスシを驚愕の表情で見比べている。

だけど、当のヤスシはというと・・・すんげぇ面倒臭そうな顔で。


「今更俺がしゃしゃってどうすんだよ。それに、店舗チェックなんて広瀬、おめぇの仕事だろうが。面倒な事俺におしつけんなよ。ノリコが歌手に復帰すんだ。メディアに露出しないCD発売だけで、ミリオンヒット出してんだぞ?露出したら、忙しくなるのは目に見えてる。俺は、ノリコが安心して活動できるように、これからはバックアップしていこうと思ってんだ。余計な仕事増やすんじゃねぇよ。」


と、あっさり広瀬の誘いをぶった切った。

しかも、今迄広瀬にヘコヘコする男を演じていたヤスシが元の口調にもどって喋るから、事情を知らない連中はそれも驚きだったようで。

ジョージがどういうことだ?と目を白黒させている。

店の中の連中もあまりのヤスシとノリコの変貌にどうしていいかわからねぇ様子で、なり行をただ見つめているだけだ。

本当なら、ヤスシとノリコがこの場でカミングアウトしたことから、くだらねえ噂の白黒をはっきりさせて、きっちりけじめをつけさせようと思っていたんだが。

どうも上手く物事が進まねぇから、どうにか軌道修正を俺が図らなきゃなんねぇかと思って口を開きかけたら。


「ちょっと、ヤスシ待ってよ。ねぇ、広瀬君。ヤスシがもし今君が言ったような事で『グランドヒロセ』に貢献したらさぁ・・・『グランドヒロセ静岡』のみかんマフィンって、その報酬になったりするかなぁ?実はさぁ、この間お土産にもらったそのマフィンに俺ハマって、取り寄せしようと思って連絡入れたら、日持ちしないから取り寄せ不可って言われちゃって。仕方がないから、ここのところずっと静岡まで高速使って買いに行ってるんだよねぇ・・・本当に面倒で。だけどさぁ・・・ここ何年も広瀬君と交流なかったし、頼むのはちょっと図々しいかなって思ってー。」


「・・・・・・。」

「・・・・・・。」


ヤスシも広瀬も絶句。

やっぱ相田満だけは歳をとっても、ぶっ飛んだところはかわらねぇ、マジ相変わらずだ。

それでも、ノリコはこめかみを抑えながら。


「ミッチー、何でヤスシが労働して、その報酬がミッチーの好きなものなのさ?おかしいでしょう?」


と、もっともなことを言うが、相田満も引かず。


「えー、だって。それはここまでノリコの悪評を放置したヤスシの償いの意味もあってー。俺もエミちゃんも随分心配したし、あんなへんてこなノリコを見るのもつらかったし。悪評を流したコリーレコードの事務員の女・・・潰れた花屋の嫁だっけ?そいつがノリコのデビュー前に、会社の前でレッスン終わりのノリコをわざわざ待ち伏せして・・・単にトントン拍子でデビューが決まったからって理由で嫉妬して。何も悪いことしていないノリコにいきなり卵を投げつけて。髪と服とバッグをグチャグチャにされて。車で通りかかった戸田君と俺がそれを丁度見てたから、誤解を解くために説明するって言ったのに、ヤスシもノリコも余計な事するなって言うし。ああ、そうそうあの女さぁ、ここの商店街のスケベなおじさん連中から次々と巻き上げた金を困窮する自分とこの花屋に補填するんじゃなくて、店が潰れた後結婚前から付き合いがずっと続いていたヒモ男と逃げる資金にしたんだってー。最初は新宿の方に逃げたみたいだけど、何かもめごと起こして男に金を持ち逃げされて借金も押し付けられたあげく風俗であちこち転々として、今は滋賀県のO温泉の旅館で働いているみたい。ノリコにこんな仕打ちした女だから、一応兄として追跡調査はずっとしてきたんで、居場所わかるから、お金返してほしい人や文句言いたい人には居場所教えますよー。追跡調査報告書も見たかったらどうぞー。・・・まあ、花屋の店の金も前から結構な額ごまかしてその男に貢いでいたみたいだから、店の経営が悪くなった原因って本当のところどうなんだろうねー。つまりさー、ヤスシも変なやせ我慢して随分時間を無駄にしたんじゃない?そのストレスで、馬鹿な浮気ばっか繰り返して、ノリコを散々泣かせて。俺もエミちゃんもどれだけ心配したか。そのお詫びにみかんマフィンなんて安いもんでしょー?」


結局、相田満がみかんマフィンを食いたいっていうのは本当だろうが、今の会話で完全にノリコの悪評が嘘だったことを証言する結果となった。

こいつはそいう奴だった。

一見、口調と頭が軽そうに見えるが、実は策士で腹黒い。

手にしていたカバンから、結構な数の追跡調査報告書なるものを取り出して、真っ先に佃煮屋『兼治』のオヤジと『音金堂』のオヤジの前に曝した。

そして、相田満は2人を睨みつけ。


「あんたたちがノリコにぶつけた酷い言動は聞いている。それなのに、あんたたちの家庭の問題をノリコが献身的に助けたことも。それも一度や二度じゃないはずだ。」


と、低い厳しい声を出した。

その途端、はじかれた様に佃煮屋『兼治』の嫁が、『音金堂』の息子が、その場で土下座をした。

当の『兼治』のオヤジと『音金堂』のオヤジは、ただそこに茫然と立ち尽くすだけだったが・・・。





計算を致しましたら年齢に無理が生じ、時代と年齢を少し訂正致しました。申し訳ありませんが、ご理解くださいますようお願い申し上げます。

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