リボルト&リグニス《虚住区最強の少年と正義の少女》
無法地帯の虚住区。
それは世界の片隅に位置し、幻とされる区域。そして、そこはどんな事をしても許される。
そこに罪も悪もないのであった。
1人で生き抜く強さを身につけなければ、そこで生き抜くことは出来ない、弱肉強食の廃棄地区。従ってそこに居住まう彼らは特殊に育ち個々それぞれの強さを持つようになった。
そして、その虚住区を支配する青年がこの物語の主人公だったりする。
銃撃が鳴り止まない。だが、その戦いも終わりを迎える。戦いというべきか喧嘩というべきか、どちらも正しいのだが。
国家の軍隊と虚住区出身の荒くれ者たちが相対する中で、少女と青年もまた対峙していた。そこにあるのは抹殺する意志と新たな感情?
少女のその手には拳銃が。青年のその手には拳が握られ。それぞれが交差し、加速した。だが青年の方に覇気はなかった。どこか余裕があって。
「君、名前は?」
青年は、唐突に彼女に問いかけた。彼女からの返答は殺気の眼差しで青年は一瞬その凛とした姿に見とれた。
「あなたには、関係ないでしょう?」
少女もまた銃口を彼に向けていた。5発の弾丸が一斉に撃ち抜かれ、重い銃声が轟いた。銃弾は青年目掛けて真っ直ぐに5弾飛んでいく。だが、彼は軽々とした身のこなしでトントンと廃棄物の上を駆け上がり避けていった。
「チッ……厄介な」
少女から舌打ちがこぼれた。弾丸の攻撃は止まることはない。だが、青年はそれすらを簡単に避け続け飄々としているのだった。その姿が少女の中では気に入らなかった。
ジャラジャラと光る装飾物を纏い、フードを被った青年と軍服を着た紺の短髪少女。一方的な銃弾は彼を殺す気で撃ち抜かれているのだが、そのことごとくが空間へと消えていく。少女が拳銃をもう一本引き抜き、両手操縦で構えて撃ち抜いた。弾丸の数は倍増し、青年からの余裕が少し霞む。
「観念しなさい!!」
銃弾の雨が降り注ぎ、青年はそれでもそれを躱し続けた。青年はアクロバットに身体を使ってリズミカルにステップを踏む。
「俺、女を傷つける趣味ないから」
彼女を見ると、苦虫を噛み潰したように乱れた表情が浮かばせていた。綺麗な顔が台無しだ、そんな落胆を思いながら青年は彼女と距離を狭めた。
「ねぇ、やばいわ。俺、君に一目惚れしたかも。どうしてくれんの?」
ゆらゆらとした朧気のように青年は少女の前にストンと降り立つ。その一言に少女は凍った。彼女の手首を捻って拳銃を落として目の前の少女を見つめた。
「……舐めんな!」
「舐めてない、あくまで俺個人の事情だ」
少女の整った顔立ちは、近くで見るとより美しい質感と色気を醸し出していて青年は無性に彼女を抱きしめたくなった。その透き通るような肌も紺色の真っ直ぐな髪も青の瞳も。
「俺はトアっていうんだ」
自己紹介をする暇もなく少女から、足蹴りが跳んでくる。だが、そんなものでたじろぐ男でもない彼はもう片方の手で彼女の足首を掴みクスリと笑って少女を見つめた。捻ってそれを外そうとしても彼女の力ではビクともしない。
「名前、教えてくれない?」
悔しそうに彼女の瞳がゆらゆらと揺れた。唇を噛んで、その悔しみを飲み込んでいるのだろう。片手で拳銃を構えて青年に突きつけた。
「余裕ぶっぱなしてんじゃないわよ」
撃ち抜かれた弾丸を横に躱して、彼女に顔を近づけた。ドアップで映った彼女の頬が赤くなるのを目に止めてトア自身も薄く笑う。
「君、俺の好みのタイプにドンピシャで当てはまるんだけど。彼氏いる?歳は……ちなみに俺は17歳ということで、同い歳くらいかな?」
間の抜けたそんな発言に彼女は、力づくで身体を捻って彼の腕を振りほどいた。ヒューと口笛を鳴らしたその男から、距離をとるために1度後方に跳躍する。
「こんな場所にずっと居るからまともにそういう恋愛?みたいなことしたことないんだわ、俺。でも分かった、これが俗に言う"恋に落ちる"というやつですね」
ニヤリと笑った青年は、フードを脱いでその姿を現した。金髪に灰色眼とピアス。スラリとした体型からは威圧感があるがまだまだ若い。トアが、少女の後方に目を向けて楽しそうに声を上げる。
「おぉっと、勝敗が決まるかぁ。君らからふっかけてきた喧嘩だけど俺らの勝ちで幕引きかな?」
トア、少女の横に移動し告げた。
「絶対にお前を俺の女にする、シズクちゃん」
耳元で囁かれた少女は、身体中に痺れが走ったようなゾクリとした感覚に襲われたのを実感した。耳に手を当て、クルリと赤面しながら彼を視線で追うと既に姿は消えていた。
『トア』
「……なんで、あの男。私の名前知ってんのよ」
少女はその屈辱に腹底から強く叫んだ。頭にはその名前がくっきりと刻み込まれていた。
◇◇◇
青年は数十人のチンピラの上に立っていた。ちょうど今、喧嘩が終わったという雰囲気だろう。だが青年はつまらなさそうにナイフを投げて遊んでいた。だからか、その表情に覇気などない。腕が訛っているとは自分でも思うし、虚住区出身者としてはこんな古ぼけた街のひとつを落としたところで面白みにかけるのであった。それこそ、そこにいるメンバーだけで十分なのだから。
「なぁ、ジーク。今年の警備隊に引き抜かれたのは何人だっけ?」
「15と言ったところか。ま、強者ばかりが引き抜かれ危険物には絶対に触れない。そういうもんだろう?国ってもんはよ」
虚住区の存在は、幻とされているものの国はその存在を認めその強さに寄りかかっているのが現状。そこに住む人々は異端者であり、個性豊かであり、そして強者である。故に、毎年数名の人間が引き抜かれて軍事に加担するように仕向けられるのであった。まぁそれも、彼らが掲げてくる利益がそれ相応に高いためだ。まぁいろいろ派閥もあるが、青年は自由を好んでいた。
「勝手だな、国も……」
「そんな萎えているお前に、おもしれぇ話を持ってきてやったけど?」
黒髪に青サングラスをかけていたジークが新聞を手渡してくるので、それを渋々受け取る。正直、この国の近況や経済状況などに興味はない。だが、ジークが言うのは大体は当たっている。そしてトアもそれを見て少しだけじっと停止した。
「さて、今年もこの季節がやってまいりました。虚住区内で最強を決めるドンパチ祭り。誰が最強の座に着くのか!?デスマッチイベントー」
青年がテンション低めながら、パチパチと手を叩いたと同時に周囲は静まり返った。そして時が動き出すように歓声は雄叫びになり湧き上がった。年に一度、その年最強の男の気まぐれによって開催されるドンパチ祭り。なんでもありのこの区域だからこそできる、騙しあり殺しありの祭りであるのが青年の言う『デスマッチイベント』だ。
「景品は……」
新聞の記事を読んで、トアは久しぶりに少しの期待をその胸に宿した。明後日、国の中央で今年最大規模のオークションが開催される。そして、今年の大目玉が金の王冠であったからだ。
「トア、行くだろ?」
その答えは勿論
「決まっている。盗むぞ。この王冠を。今回の王者の優勝賞品が王冠だ。今年は絶対面白くしてやっよ」
それを唱えて最強の座に着く青年は立ち上がった。
◇◇◇
中央の都市。コーヒーに口をつけた少女は自分の上司からの護衛の責務についてグルグルと思考を巡らしていた。そんな時に、フッと後方に現れた青年に気づき視線だけを変えずに質問を投げかけた。
「なんの用だ?」
「シズクちゃん、お久だね」
その距離が一気に縮まり、背中間近に気配を感じる。彼が誰なのかなど直ぐにわかるもの。トアはシズクの肩に手を起き耳元でそっと囁いた。
「昼からそんな物騒なものを持ち歩いてないでさ。軽く俺とデートしない?」
銃を持つ手をなぞられてシズクは躊躇なくその青年に向けて銃口をかざした。
「発砲されたい?今ここで」
「シズクちゃんにならそれもいいかも」
ティータイムを楽しむ周囲の人には迷惑極まりない行動だろう。こんな場所で暴動を起こされれば、たまったものではない。だが、彼女の軍警の制服がそれを許してくれていた。シズクは考え直して銃口を下ろし、度静かに席に腰を下ろした。
「あなたの相手をする暇はない。私には私の責務があるの。だから勝手にしてください」
「つれないねぇ、まぁそんなとこも好きだけど」
トアはそんなシズクから手を離し、パチンと指を鳴らした。それと同時に立ち上がる複数の男たちはそのままトアの指示通りにその店を出る。それはある意味、牽制の意も込めていた。
「じゃあ1つ、シズクちゃんに教えてあげるよ。明日のオークションの王冠。あれを当日に盗む。厳重に警戒よろー、俺たちはそれをかいくぐっていく自信があるから」
「は?」
シズクはそれを聞き返そうとした。でも青年は既にそこから消えていた。問ただそうにも彼は神出鬼没で彼女は掴もうとした手で空を握り、机から直ぐに立ちあがった。
「わざわざ言いに来るとは相当な自信なのね。馬鹿にはキツい制裁をくださなければ、ね?」
お会計を済ませてシズクはかけておいたぶレーザーを手に走り出した。
◇◇◇
「シズク、奴らはこちらに本当に来るのだろうな」
「はい」
だってわざわざ私に普通言いに来ますか?
そんなことを心内で誰に聞き返すわけでもなく思いながらオークション保管庫の前の警備に当たっていた。シズクは、軍警の中では上の方に位置する戦闘用員である。それは女性であっても認められているという点で例外ではない。従って、真っ向勝負で負けることは到底許されないのであった。
「前回の屈辱果たしますよ、当然」
彼女にだってプライドというものがある。銀色の銃身を撫でて、もう一度腰に収めた。
「あぁそうだな」
対立関係にあるのは紛れもない事実。虚住区出身者を引き抜いているのもあるが、それは上の命令で実際の隊員たちはそれを良しとは思っていない。良くも悪くも彼らは自由だったからだ。
「オークション、始まりましたね」
歓声が上で聞こえてシズクは目を伏せ頷いた。その脳裏に彼の顔が浮かぶ。
「は?」
思わず声を出していた。私は何を考えているんだ!?1人赤面してしどろもどろしている様子は幸いにも上官には気づかれなかったが、
だからこそかシズクの耳にはその低い声が鮮明に聞き取れた。因果関係は謎なのに彼の声はよく届く。
「はい、とつにゅう」
低い声が下で聞こえたように感じた。この建物は実に面白い構造になっており、保管庫がオークションの上層に位置している形となっている。シズクは上官に目でコンタクトを送り腕を広げて周りに静止の合図をした。
バンッ!!
確かな銃声の音と歓声ではない異なる悲鳴をシズクたちの耳がキャッチした。
「敵襲ッ、到来した模様。直ちに迎撃に当たれ」
響いた上官の声に従ってシズクは駆け出そうとした。彼女には先陣を切って攻撃する特攻型に適性があった。そのためシズク自身、自分が1番に飛び出すことが先手必勝であると考えていた。
借りも返さなければならないから尚更。だが静止の声にシズクは困惑を浮かべて立ちすくんだ。
「シズク、お前はここに残れ。今回は俺が司令塔になる。ここでアイツらの自由を食い止めるためにな」
上官は確かに自分よりも戦闘力があった。
「ですがッ!!」
だが自分にもやりたいことがある。反論をしようとした。それでも上官の命令は絶対で口ごたえすることは許されない。
「なんだ?」
「……はい。承知しました」
シズクは自分を抑えて、黙りを貫くことを決意した。結果シズク含めて3人が残り、他の警備は下のオークション会場へと向かっていった。
「私は用無しですかってんのよ……」
人がいなくなった閑散とした空間にシズクは1人で呟きその目に悔しみを滲ませた。もっと上に立たなければ私自身の力でこの国事態は変わらない。彼女は、自分の『平等な国家の実現』という夢を果たすために軍隊に加入した。
だからこそ無力な自分が腹立たしくてしょうがなかった。あの男とももう一度手合わせすることは、ないか……
そんなことを思いながら、注意力が削がれていたんだと思う。シズクは自分の周囲を囲んでいた濃い霧状のモヤに気づいていなかった。
近くにいた1人が倒れて、初めてシズクは敵を認知した。
集中しなければ、と改めて緊張感が走りシズクは銃を目の前に構えた。両手を添えてトリガーに指をかける。だが敵は姿を現さず霧は段々濃くなっていくばかり。
「そこの!口を抑えて低い姿勢を取れ!」
もう1人の立っていた仲間に声をかけてシズクは目を細めて煙の正体を感知しようとした。
急性の毒か、いや違う。これは一時的な麻酔作用のものだ。冷静に判断してシズクは注意を怠らなかった。だがあの男とは違う、嫌な声が耳に届いた。
「お前が、あの男の弱点か」
シズクは後方に忍んだ足音を見抜いていた。だからこそ、その男の手には捕まることは無かった。肘鉄をかまして男を倒し、前方に現れた影に弾丸を撃ち抜いたのだ。
だが、銃声が響いたと同時に彼女は何かに口を塞がれたことを理解した。強く口と鼻を押えられれば息が出来ずに酸素が回らなくなる。意識が遠のきながらシズクはその相手の顔を見ることは出来なかった。
おかしい、早すぎる……下に降りて行った上官たちと鉢合わせるはずなのに。それにこんな姑息な手段をアイツらは取るんだろうか?
途切れる意識の中、シズクは不意に起きたその一瞬の出来事に疑問を浮かべて倒れるのだった。
◇◇◇
「んー、おかしいね。これ、どうして俺らが突入する前に全員殺られちゃってんだろう」
トアが最後列の椅子に座って肘をつきながら前方の方を広く眺めていた。綺麗さっぱりお掃除されている、と言えばまた異なるのだが。血が付着してオークションの買手たちは全員生々しく倒れているのだった。
「えーとっ!これなんなんだろうね、てかシズクちゃんが見当たらないんだけど絶対来てると思ったのにつまんないのー」
数人の部下が彼の背中を見て呆れている。だが、自分たちより幼いはずの青年に食ってかかるやつもそう居ない。ここにいる奴らは全員、実力の差を知っているから。
「トア、あれって軍警じゃね?」
椅子の上に立っている隣の青年を横目にジークがタバコを吐いて舞台近くの扉の先を指す。トアがおおっ!と無邪気に新しいものを発見したような視線でそちらに視線を持っていった。だが、それはただの1つの発見に過ぎなかった。
「シズクちゃん!」
「てかそこらに転がってんの軍警も混ざってる気が済んだけど俺の気のせい?」
目を輝かせたトアに対して、ジークはタバコを踏んでその疑問を口にした。スケートボードや金属バットを持った数人が確認しに行ったあと、彼らが軍警であることも発覚した。
「ということはっ!、と……」
ジークが椅子を渡って、そのまま舞台袖の扉から顔を出したと同時にナイフは振りかざされた。
「危なっ、急にはやめて欲しいよ……ったく」
そのままそのナイフを避けてクルリと身体を回転させ、男の背後に周り手刀を決める。ガタイが良くともジークの手刀は首元の一角を強く打ちつけるもので大男も悶絶ものだ。気絶した大男を上から眺めてジークは息を吐いた。
「トアー、あの女そこらに居ないぞ。もしかしたら上かもな」
トアがわざわざ挑発に言ったのだから彼女が来ていないこと事態おかしい。そこまで考えてジークはトアに声をかけた。
「本当ー?今行く!」
椅子に座り直していたトアが立ち上がりこちらに軽く一回転してストンと降りてきた。
今年のドンパチ祭りのための商品の王冠だけにわざわざ出向くなんて言うのもこいつらしいと言えばこいつらしいのだが。
「なぜそんな呆れた顔をする?」
「……いや?なんでも。ほら行くぞ」
階段が近くにあったのでそのまま駆け上がり2人は保管庫の扉まで足を進めた。途中のチンピラは言うまでもなく一瞬にして片付けた。
「あ、あの……!シズクさんを探しているんですか?」
保管庫近くまで来た時に、ヒョロい軍警の制服を着た男が絞り出すような声で話しかけてきた。
「えぇ、君!シズクちゃんを探してるの!?」
「いえ……僕じゃないです」
勢いに圧倒されるように男が少し、しりごんだのを見てジークは苦笑を浮かべた。
「あ、えっと。シズクさん連れてかれちゃったんです。あの保管庫に」
指さす先は分厚い鉄の壁。トアの顔から笑顔が消えて逆に作り物の笑顔に変わる。
「だから……」
トアがその壁をまじまじ見ていてヒョロい男はよろよろと立ち上がった。よく見ると彼には怪我のあと1つない。
「ここで僕の手柄になってください!」
「あー本当?教えてくれてありがとぉね、少し強気でいかなきゃあの壁こじ開けられないわなぁ」
飛びかかってきた男を反転して肘落としで地面に叩きつけたトアがジークに顔を向ける。
「ジーク、お前は戻ってていいよ。下の奴らにももう言ってあるから多分虚住区では始まってる」
「オーケイ、トップ」
そこに少しの本気を感じたジークは、泡を拭いて地面に叩きつけられた男に少しの慰めの目を向けながら振り向かずにその場を後にした。
「さて、と……」
立ち上がったトアの心境は怒りだった。ジークの考えは大体が合っていて少しだけ間違っていた。
それはトア自身が、これを機にシズクをデートに誘うという馬鹿げた目的を掲げていたということ。
「開けるか、」
拳を握り骨を鳴らして、指の運動をした後にトアは扉の境目に指をかけた。そして一瞬だけ強い力を込めて腕力だけでこじ開ける。金属音がギリギリと音鳴り重厚感のある鉄壁が少しずつ開いていく。
開いた中にいた数人はこちらに向けて目を見開き数人は待っていましたと言うかのように興奮気味に高揚を浮かべた。
「お前が虚住区トップの座についているトアっていう男か!」
1番の大柄な男がこちらを見て湧き上がるような嬉しみを述べた。その前にふらつく少女の姿。その後方には数人の倒れたチンピラが居てトアはますます惚れる、と苦笑した。
「ねぇ、お前。俺の女に手、出さないでくれる?」
「俺はお前と戦うためにここまでの準備をさせてもらった。軍警もやはり、大したものではない。最終局地に来た俺の相手に相応しいのは虚住区最強の座に君臨するお前なんだってなぁ」
テンプレのモブキャラによく居るようなセリフを吐くその男にトアは興味が一切なかった。彼の視界に映るのは少女だけ。
「……あんた、何しにきたわけ?……私、1人で十分よ」
いつもよりは弱々しい言葉にトアはとぼけたようにヒーローみたいな?と冗談気味に言う。
「おい、お前は俺と戦うんだぞ!」
その時男は青年の身体に突進してきた。大柄な体型な割によく動く。トアは腕の長さを頭に入れながら一瞬、後方に退いた。
「シズクちゃん、大丈夫?」
やはりトアの視界にはシズク1人しか存在しない。恋に盲目と言っても面白いほどに彼は極端な人間なのだろう。
「舐めやがって!!」
男はナックルダスターを煌めかせ、構えをとってトアを見据えた。トアはまだズボンのポケットに手を入れたまま。そのまま猪の如く加速した男は拳を下に突き落とす。トアの足を狙った攻撃。だがそれは床に穴を開けて主張を強めるものでもあった。トアが手を出し、床に着けて転回する。
「早いね、君。その図体のわりに」
初めてトアの声は男に対するものへと変わった。
「そう来てくれねぇと意味がねぇ、俺はお前と戦うために下の人間を殺しその女を人質に取った。まぁ何人かで乗り込んでくるもんだと思っていたが、まさか1人で来るとはなぁ」
男が強く踏み込みそこに跡が残る。身体の重さを感じさせない俊敏な動きに早い拳が押し寄せる。横に振りかぶられたと思ったら上からそのまま潰そうとする攻防。
こいつは、馬鹿じゃない。そう感じたトアはそのまま蹴りを横からふっかけた。しかし身体の重さでトアの蹴りはその場で留まる。
「いいじゃん、君。正式な祭りでそれを見せてくれたら良かったのに」
名残惜しそうにトアの瞳が揺らいだ。男は拳を鳴らしてそのまま突っ込む。右へ左へと揺らしながら最後の機会を狙っている。しかしトアは表情を消した。
「でもその程度じゃ、俺たちのとこでは生き残っていかれない」
それと同時に大きく跳躍したトアは天上スレスレまでに跳んだ。身体能力が普通じゃない。それを実感した男は一層に叫んだ。
「あぁ、それを待っていた。最強の名を俺が奪うに相応しい相手」
がっちりと固められた腕はトアの拳をカウンターで押し返すために準備されたもの。シズクの目にはその光景が鮮明に映っていた。
くっきりと、細切れにされたように色はシズクの目にハッキリと映し出される。
彼は本気を微塵も感じさせない。その時でさえもただ拳を握っていた。天上を一蹴りして力に勢いを加える。体重を一緒に組み込んだ拳はその大男でさえも凌駕した。それこそ綺麗な鋭い槍のように。トアの拳は男の拳が入る前に顔横、つまり頬をぶん殴って地面に叩きつけていた。
男の牽制の威力を遥かに超える。拳だけでそのまま男は床にめり込み破壊した。そして止めていた息を吐いてストンと床に戻ってきた。
「やめてよね、この程度で人を殺すとか。誰かを傷つけるのはその意味を理解していないとやっちゃいけないことなんだよ?」
はぁと脱力気味にかがみこんだトアはいつも通りの様子に戻っていた。
「あぁ、あったあった!」
オークションは中止。今頃軍警の上層部は後処理に追われていることだろう。麻酔が身体を回ってさえ居なければ私だってこいつらを屈服させることなど他安かったはずなのに……
「いやぁ、この王冠はシズクちゃんに似合う気がする!」
さっきの殺気はなんだったのか、トアはシズクの手を取り彼女の頭に王冠を乗っけた。頷き笑って彼女を抱き上げる。
「ちょっ!?なにしてんの?」
「だって立てないでしょ?今」
確かに麻酔が効いて足元がおぼつかないのは確かだ。だが、屈辱。シズクはトアにお姫様抱っこされ彼の横顔を見ていることしか出来なかった。少しだけふくれっ面をしてそれもバカバカしくなって。
「弱いわね、この国は」
心の中で呟いたはずの言葉が、外に出ていることに気づいてシズクは思わずその口を塞いだ。するとトアの灰色の瞳がシズクを覗き込んで微笑む。
「そうか?俺はこの国好きだけどな」
立ち上がったトアは階段とは反対方向に足を進めていく。
横顔をまじまじと見ながら、シズクは思った。今はまだ、この男は私たちの手の届かないところに立っている。それは彼の生涯が物語っているのかもしれないけれどそれに寄り添える自分にもなりたいのだと。
「てか、どうしてこっち来てるの?」
壁の外は上空だ。こちらに来ても意味がないのに。
「え?シズクちゃんとこれからデートしに行くためだけど……あぁしっかり捕まっておいてね」
片目をつぶって躊躇いなく飛び降りようとするトアにシズクはブンブンと横に顔を振る。
「そこ飛び降りても上空よ!?」
「ダメだよ、シズクちゃん。もう遅い」
トアは1歩足を進めて、そのまま垂直に落下していく。目を瞑って風を受けた。浮遊感とはまた違う何か、安心感に包まれたように。
「目、開けなよ。シズクちゃん」
トアの息が耳元にかかってシズクは少しだけ目を開けた。光が指して夕刻が綺麗に映っていた。だからいつもよりも数段、素直な言葉が正直に口から零れた。
「さっきはありがと」
トアは少し驚いたような顔をして照れるように顔を背けた。自分からいくのは調子にのるのに相手からこられるとシャイになるタイプなのかと、シズクは可笑しくなって声を上げて笑った。
「なんですか?」
荒くれ者でも同じ人間だ。ただ、少しだけ優しくてただ少しだけ強い。真っ直ぐなのだろう。
「かっこよかったよ、トア」
「は?」
次に、衝撃を受けるのはトアの番だった。照らされたシズクの笑顔は美しく可愛かったから。
「何回俺に、惚れ直させる気?もう十分すぎんだけど」
シズクの顔を見ないようにしてトアは耳まで赤くなっていた。
「へぇ……アンタ、言われる方には慣れてないんだね」
面白くなってシズクはニヤニヤと目を細める。それに対してトアも負けじとシズクを強く抱き支えた。
「これ以上、可愛くなられるととっても困るんだけど。俺もそろそろやばいよ?ほんと」
低く囁かれてシズクはフンと、外を向いた。照れを隠すようにシズクもまた笑顔を抑えるように唇を噛んで。
虚住区の最強と軍警の少女。でも今は普通の少女と青年だった。初々しい2人の姿はそのまま街へと消えていく。そのずっと先には廃棄地区が広がりながら。
あぁ、君には本当に勝てない。
予告よりも遅くなってすみません!!!
今回は超強青年と、かっこいい系少女の物語です。
どうでしたでしょうか!?起承転結を意識して執筆してみたのですが、短編というのも初めてで試行錯誤しながらの執筆はとても楽しかったです笑
ラブコメ織り交ぜのアクションストーリー!単純に面白いを詰め込んだ感じでした^^*




