第15話「弟」
その日、私は夢を見た。
幼い日の夢。
まだ私が「落ちこぼれ」と呼ばれる前の出来事だった。
「姉さん!待って、姉さんってば!!」
ヒルデガルド蔵書庫から大量の本を借りた帰り道。聞き慣れた声に名前を呼ばれて、私は足を止めた。
「ネイト、どうしたの?」
首を傾げる。
確かネイトは今日、学院の課外授業で星骸の塔本部へ行っている筈だった。
息を堰切って走って来た弟は、額に軽く汗を滲ませながら無邪気に笑う。
「抜けてきた!つまんないから!」
「つまんないって……お父様とお母様が聞いたら悲しむわ。それにネイト、あなた出席日数もギリギリじゃない。このままだと落第して同級生が先輩になっちゃうわよ」
「それを言うなら姉さんだって蔵書庫に入り浸りで、講義に出てないじゃないか!」
「私はいいの。次の論文の為に蔵書庫で資料を探すお許しを理事長に貰ってるもの」
「ええ!?姉さんだけずるい!僕なんて留年するぞ。って脅されてるのに!父様、姉さんには甘いんだから!」
「ネイト、理事長。とお呼びしなさい」
「えー……父様は父様じゃないか。あ、それよりも姉さん!今から一緒に街に行こうよ!美味しいお菓子がある店、友達から聞いたんだ!!」
不満そうな顔からパッと明るい表情になりながら、ネイトが腕を掴む。
我が弟ながら、ネイトはやんちゃというか、少し自由過ぎる所がある。そこが可愛らしくも、心配な所ではあるのだが。
苦笑いする私に対してネイトはご機嫌で擦り寄りながら
「姉さんと行きたくてわざわざ抜けて来たんだよ?」
「駄目よ。ちゃんと授業に戻りなさい」
一応そう言ってはみるものの
「やだ!姉さんと一緒にいる!姉さんが行くって言ってくれるまで、僕、ここから動かないから!」
そう言って私の腕を掴んだままその場にしゃがみ込む。いきなり体重を掛けられたせいか、危うく本の山を落としかけた。
「きゃ!も、もう!ネイト、危ないじゃない!」
「だって、姉さんが……」
「姉さんが、じゃありません!全く、本が落ちて頭にでも当たったらどうするの?」
痛い思いをするのはネイトだ。そう呟くと、弟はぱあっと表情を輝かせ
「僕のこと、心配してくれるの?」
「当たり前でしょう」
「嬉しい!姉さん、大好き!!」
大喜びで今度は抱き着いてくる。
「ちょ、ちょっとネイト!?」
「姉さん大好き!ほんと、ほんと大好き!」
「分かった、分かったから」
「ほんとに?じゃ、一緒にお菓子食べ行こう?」
ニコニコと手を差し出される。
こうなると私は勝てない。やがて諦め気味に溜息をつくと
「もう、しようがないわね。今回だけよ?」
「うん、ありがとう!姉さんだーい好き!!」
「はいはい」
こうしていつも最後はネイトに押し切られる。
甘えん坊で可愛いくて、天使の様に愛らしい姿でこうも慕われては邪険に出来る人間もいないだろう。
いつもいつも、私の後をついてまわる弟。でも毎回毎回甘やかしてもいられない。
「その代わり、帰ったらちゃんと宿題やるのよ?」
お姉さんらしくそう言うと
「えー……」
俄然ガッカリした様に肩を落とす。
勉強嫌いなネイトにとって宿題は苦痛の様だ。
私としては当たり前の事を言っただけなのに、しょんぼりとした顔を見ていると何故だか自分が酷く悪い事をしている気になる。
仕方がないなぁ……
私は小さく溜息を漏らすと
「もう……分かった。私が見てあげるから。全部持って部屋にいらっしゃい」
「ほんとに!?」
妥協案を提示すると弟は途端に笑顔になる。ほんとにころころと良く変わる表情だ。
うちの一族は基本、鉄面皮と言われる事が多いのでネイトの様にくるくると表情が変わるのも珍しい。
「言っておくけど、あくまで宿題を見るんだからね?」
「分かってる!けどさ、宿題終わったら一緒に遊んでくれる?」
「終わったらね」
「終わらせるもん!だって姉さんと遊びたいし!あ!あのね、ディーンから面白いボードゲーム借りたんだ!一緒にやろうよ!」
「ネイト、宿題!!」
「終わったら、でしょ?分かってる!ね?約束だよ、姉さん!!」
「はいはい、分かりました」
苦笑いを浮かべ、それからはしゃぐネイトを連れ、私は街にあるカフェへ赴き、その後約束通り宿題を見る事にしたのだが
「……ねえ、ネイト」
「なあに、姉さん?」
普段は平均スレスレの点ばかり取るくせに、自分が決めた目的がある時はすらすらと問題を解く弟を見て
これ、私、いらなくない?
とか考えていると、ネイトはニコニコとしながらこちらを見る。
「宿題、出来るなら自分の部屋でしたら?」
「えー……やだよ。1人だとやる気起きないもん。姉さんと遊ぶ約束したから、頑張ってるんだよ?ね、偉いでしょ?褒めて!」
「……ネイトったら」
どうしてこう、やる気に左右されるのか。
頭を抱える私を尻目に、大量の宿題をあっさりと終えた弟は目を輝かせて友人に借りたと言うボードゲームを取り出す。
「さ、終わったよ!遊ぼう!」
「ネイト。明日は早課でしょう?早く寝ないと」
「大丈夫!授業中寝るし!」
「それ絶対駄目なやつ!!!」
突っ込むとネイトはくすくすと笑った。
もう、この子ったらいつもそうなんだから
ほんと、仕方のない弟だ。私がしっかり見張っておかないと。
「ねえ、ネイト。一回だけだからね?」
そう言って、振り返った時だった。
「何だお前は、俺に話掛けるな」「……っ!」
急に冷たい口調で告げられ、私は息をのんだ。
「ネ、ネイト……?」
「気安く呼ぶな、落ちこぼれ」
「!!」
姿形は可愛い弟のネイトそのものだが、目の前の彼は私を姉ではなく、汚いものを見るかの様に不快げに吐き捨てた。
「べネトロッサの面汚しめ。さっさと失せろ」
幼い姿から一変。成長したネイトが現れる。
「お前がいると迷惑なんだよ」
「何の役にも立たないくせに」
「恥さらしが」
「ゴミ屑以下だな」
次々と現れては消えていく。無数の“弟”の幻影。その言葉はどれも私が、誰かから1度は言われた事があるものばかりだ。
けれど、それがネイトの口から出てくるだなんて……信じられない。
これは夢だ。
そうに決まってる。
そう思うのに、私は投げ付けられるその言葉に衝撃を受けた。
「お前のせいで散々だ。何故俺が謝らなきゃならない?謝るのはお前だろう、このクズが」
吐き捨てるネイト。
「ネイト……ネイト、ごめんなさい」
一生懸命謝罪しようとするが、彼の幻影が放つ侮蔑の言葉は止むことはなく、鋭利な刃物のように心を抉る。
「ごめんなさい」
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい、ネイト
口にして、想いも込めて何度謝ってはみたものの、彼は決して許そうとしない。
それどころか
「もういい、消えてくれよ」
白い手袋を嵌めた手が私の首にかかる。
嘘だ。
反射的に脳が否定した。
これは夢……
そう、夢よ
冷静に振舞おうとした。けれどーーそれでも首を締めるその感覚は妙に生々しくて……私はその場に崩れ落ちる。
苦しくはない。
ただ、悲しかった。
夢だと分かっているのに。
昼間の現実が、それを夢だと信じるのを阻害していた。
ああ、ネイト
本当にごめんなさい……
こんなにも嫌われているのかと一度思えば、涙が後から後から溢れて来た。
目を開けていられずに瞼を閉じると深い闇が迫ってくる。弟の罵声は絶え間なく続いており、段々とそれが私の身体を蝕んでいく。
もうやめて……
許して、お願い……!
目の前が真っ暗になり、息苦しさに身を捩った。
苦しい
踠く私。と、そこへ
「ーーーい」
誰かの声がした。
……誰?
「ーーおい」
もう一度。
「おい、ソラ」
更にもう一度。
良く響く声だ。そんなに大声ではないのに。
まるで闇の中を悠々と滑る様に、その声は私に届く。
「ルー、ちゃん……?」
名前を呼ばれた事で反射的に答えた。私をソラと呼ぶ人は、彼しかいない。
「ソラ」
ぐいっと何かに腕を引かれる。
戸惑っていると有無を言わさず強い力で引き摺られ、闇に沈んでいた身体が浮上していく。
首にかかっていたネイトの手の感触も、恨む様な沢山の蔑みの声も、どんどん遠くなっていく。
「……起きろ、このボケ」
「!!」
浮遊感から一転。
ぱちりと目を開けると、そこには絶好調に不機嫌なルーちゃんの赤い瞳があった。
「……あれ?」
夢、だったのか。
ゆっくりと首を回して辺りを確認すると、そこは紛れも無く私の部屋の、ベッドの上だった。
「寝惚けてんじゃねえ。つか、放せ」
「……はい?」
首を傾げると、何かがグイーッと私の顎を押し上げた。
ゴリゴリと鉄製の何かで顎の下を抉られる様な感覚に、思わず悲鳴をあげる。
「痛い痛い痛い!!」
「やかましい」
私の顎を容赦なくゴリゴリしたのは、ルーちゃんの尻尾だった。
黒く長い、鉄よりも頑丈で大きな鱗に覆われたそれはカッサよろしくザリザリと肌を擦る。
「擦れる擦れる!擦り切れちゃいます!」
「知るかボケ。いいから放せ、噛むぞ」
良く見ると私はまたルーちゃんの尻尾を両手に抱えていた。
ーーなんでまた!!?
目を白黒させると、ルーちゃんは非常に不機嫌かつ不本意そうに顔を顰めた。
「うんうん唸ってやがったから様子見に近寄ってみりゃ、またこれかてめえ」
……うん、どうやら私、またルーちゃんの尻尾を捕まえちゃったみたいです。
ギロリと睨み付けられ、私は慌てて手を放す。
「すみません!あと、噛まないで!」「チッ」
尻尾を手放した事で自由になると彼はこれ見よがしな舌打ちをし、ドスドスと定位置になったソファへと戻っていく。
ああ、また怒らせちゃった……
ただでさえ、帰って来てから機嫌悪かったのに。
ネイトの従霊であるフィンドールに押し負けたのが余程腹に据えかねたのか、帰って来てからというもの、彼の機嫌は頗る悪かった。
多分、彼の人生で負けた事があまりなかったからなのかも知れない。
「ねえ、ルーちゃん……」
「あ?」
恐る恐る声を掛けると、不機嫌な瞳と共に低い唸りにも似た声が飛んでくる。
ただ一応話をする気はあるのか、ソファに寝転んだままではあるが、こちらを見ていた。
「あの、すみませんでした」
謝罪の言葉を述べると彼は意思の強そうな眉を器用に片方だけ跳ね上げ
「何の事だ」
「昼間の……ネイト、弟の事です」
私のせいでルーちゃんまで酷い言われ方をしてしまった。
どうしてだろう。
昔のあの子は、あんな風に誰かを貶めたりする様な子じゃなかったのに。
思い返すと、また気分が落ち込んできた。ベッドで丸くなり枕に顔を押し付ける。
ああ、また泣きそう……!
すると僅かな溜息と共に何かがベッドに近寄って来るのが分かった。そのままドカっと乱雑な衝撃がベッドのスプリング越しに伝わる。
びっくりして飛び起きると、そこにはベッドに戻って来たルーちゃんが居た。
「あ、あの……?」
戸惑い気味に声を掛けると彼は不機嫌さを隠そうともせずに
「一々謝んな。うぜえ」
一言そう言うと、長い尻尾を私の顔に押し付けた。
「わぷっ」
思わず変な声を出すと、彼はゴリゴリと尻尾で私の顔を擦りながら
「てめえの所為でとんだ大恥かいちまったじゃねえか」
「う……す、すみません……!」
「あんな低級従霊に押し負けるなんぞ、ありえねえ」
フィンドールは決して低級従霊ではないのだけれど。見た限りでは中位というより、やや上位寄りだと思う。
真名は分からないが、銀の鎧の騎士といえば思い当たる節もある。
ある叙事詩に謳われる「白銀の騎士」。数百年前、西方のとある地方に遺る伝承に、その記述があった。
確証はないが、世界的にメジャーではないし、従霊登録では中位とされていたので多分間違いないだろう。
従霊の等級について説明し忘れたが、彼等には召喚された時に等級と呼ばれる階位が付けられる。
最高位の伝説級をレシェン、上位をライゲ、中位がシリカ、下位をデルフォア。そして等級に値しない雑霊をイノムと言う。
ルーちゃんにはまだ等級が付いてはいないが、恐らく当てはまるとしたら中位のシリカだろう。
パワーは規格外だし、普段の言動からは読み取りにくいが知識も豊富だ。無論、術者に対して従順とは言い難いので下位相当と評価される恐れもあるが、純粋に能力面からみれば、その辺が妥当と言える。
「てめえがもう少し積んどけば、押し負けたりはしなかった」
「ですよね……」
積む、とは恐らく魔力の事だろう。
確かにルーちゃんは大食いだ。私が昏倒する手前まで摂取してもまだ「足りねえ」と零す事もある。
他の従霊がどうかは知らないが(私にはルーちゃんしかいないので)、彼に満足に魔力を与えた場合どの位のパワーを発揮するのかが気になる所だ。
考えながら、ルーちゃんが押し当てて来た尻尾をそっと握る。
「……」
一瞬睨まれたが彼は特に文句も言わず、ただ黙ってそっぽを向いた。
「ルーちゃん……」
尻尾を握ったまま呼びかけると
「なんだ」
不機嫌そうに返事をする。私は迷った挙句、静かに呟いた。
「私、落ちこぼれなんです」
ぎゅっと、硬い尻尾を抱き寄せると彼は鼻の頭に皺を寄せた。ただ怒ってはいない様で私の言葉の先を催促するように鋭い視線を向けた。
「ずっとずっと、誰も呼べなくて……独りで。誰にも迷惑かけないようにって、それだけを考えて生きてきました。だから、ルーちゃんが来てくれて嬉しくて、それだけで満足で……忘れてたんです」
「何をだ」
問われると胸が痛む。ぎゅっと心臓を掴まれた様な痛み。
久しく忘れていたそれが何なのかーー私には分かっていた。だから呟いた。
「悔しい、って気持ち」
本心を吐露した。
ルーちゃんは凄い従霊だ。
それは術者の欲目とかではなく、彼の自己に対する自信や普段の言葉端、身体的な実力からも容易に理解できる。
事実、彼は査定の際に召喚陣がその効力を失った(正確に言うと半起動だが)状態でもこちら側にコンタクトを取ることが出来た。
半開きの扉からこちらに語りかけるのは、力ある従霊にしか出来ない。
本来、従霊の住む世界と現世の間には明確な理の差があって、その理を無視してこちらに干渉出来るのは優れた超界率を持つ一部の存在だけだ。
それこそ、存在自体が語り草となるような。
ルーちゃんはこちらに来る時、私に対してその超界率を示した。けど私はーー未だに彼に、自分の力すら示さぬままに甘えている。
呟く私に、ルーちゃんは縦長の瞳孔を意外そうに収縮させ
「なんだ、てっきりあの野郎と仲良くしたいなんぞと、くだらねー泣き言いうかと思ってたんだが」
「仲良くはしたいですよ?それは勿論」
だって、ネイトは私の弟だ。でも
「でも私、ルーちゃんが酷い事言われた時、すごく、すごく悲しかったんです。それと同時に、すごく腹が立ちました。ネイトに対してじゃなく……自分自身に。ルーちゃんは、私に力を示した。なのに私は……全然示せてない。ルーちゃんは頑張ってるのに、私は……全然頑張れてないんです」
落ちこぼれってレッテルを受け入れて、先に進む事を拒否した結果がこれだ。
悔しい。
もっと、強くなりたい。
唇を噛んだ。
「ルーちゃん……私、強くなりたいです」
ルーちゃんが自慢出来るくらいーーとまではいかなくても、せめてル彼が満足出来るくらいに。
そう呟くと、彼は座ったままの態勢で私の頭をワシワシと撫でた。尻尾で。
「あたた!痛い痛い!痛いですルーちゃん!!」
髪が鱗に引っかかり数本持って行かれる。
痛いと抗議すれば彼は、知った事かと言わんばかりにーーけれど、どこか楽しげに口元を歪めた。
「知るかボケ。……けど、まあ何だ。そうした気概は嫌いじゃねえ。てめえがその気なら、力を貸してやる」
「ほんとですか?」
意外な言葉だった。驚いて見上げると、ルーちゃんはニヤリと笑いながら
「俺は嘘は言わねえ。信じろとは言わねえが、こと何かをぶっ潰す事に関しては定評があるんでな」
「ぶ、ぶっ潰すって……」
「あ?ぶっ殺すよりはいいだろ?」
「え、あ、はい」
何となく逆らえずに頷くと、彼は極悪な笑みを浮かべてベッドに横になった。
「負けっぱなしは性に合わねえ。次はやり返す」
「はい。……あの、所でルーちゃん?」
「あ?」
声をかけると、なんだ?と視線を向けられる。私は少し迷ったものの、今一番気になっている事を問い質した。
「……あの、ここ、私のベッドなんですが」
「そうか。で?」
何か問題あんのか。と言いたげに首を傾げられる。
いやいやいや!
気付いて!
ここ、乙女のベッドですから!!
全力でそう訴えるのに、ルーちゃんはそしらぬ顔で人のベッドの上で目を閉じる。
ちょっと待って!
貴方、私のベッドで寝る気ですか!?
いつもなら駄々漏れだと文句を言うのに、こういう時だけ全く思考を読まない。
「ルーちゃーん?」
「……うるせえ、噛むぞ」
やんわりとソファに移動して欲しいな、と訴えると、不機嫌MAXの声音で脅された。
「いいから寝ろ。明日は日の出に叩き起す」
「え、嘘」
「マジだ。朝から出歩くからな。覚悟しとけ」
「えぇー…… 」
研究とかで午前様は良くあるが、ここ最近だらけた生活をしていた身としては日の出と共に起きるとか、ぶっちゃけキツイんですが。
そっと訴えてはみたものの
「いいから寝ろ。俺ももう寝る。話掛けたら噛む」
「う、すみません!!」
端的に要点だけ言われ、私は急いで目を閉じた。
彼の思考は読めないし、またその歯の強度も知っている。噛まれたりしたら、間違いなく身体のどっかに穴があく。それは御免被りたい。
殿方と同じベッドというのに抵抗はあるものの、まあ、ルーちゃんなら寝込みを襲ったりもしないだろうし。
私のこと、手のかかる子供か玩具ぐらいにしか考えてないだろうから。
思い至れば単純なもので、直ぐに眠気が襲ってくる。
「……おやすみなさい、ルーちゃん」
声を掛けるなとは言われたが、一応そう告げると長い尻尾がゴンと頭を叩いた。
さっさと寝ろ、この馬鹿。そう言われた気がした。
痛い……
少し頭は痛むものの、静かに目を閉じると私は眠りの世界へと落ちていった。
今度は、悪い夢は見なかった。