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落ちこぼれ魔術師と終わりの竜  作者: 伊空優希
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第12話「グッドモーニング・パニック」

暖かい日差しが緩やかに窓から射し込む。


白や淡いブルーを基調とした品良く小綺麗に纏まった室内。東寄りの窓に近い位置に置かれたベッドの上で、少女は身動ぎした。


少女、と言うには少し年齢が上か。どちらかと言えば女性と表した方が的確な年頃ではあるのだが、瞼を閉じ、どこかあどけなさが残る寝顔は少女の様だとも言える。


柔らかな光を浴びて彼女の長いプラチナの髪が仄かに輝く。光を反射すると言うよりは湛えるという表現が一番しっくりくる。


目映くはない。ただ、見る者が見れば確かに美しいと感じるだろう。


長い日差しが帯のようにその白皙の面に降りると、薄い瞼が微かに震えた。


幾度が眩しそうに軽く眉を顰めたものの、やがてゆっくりとその目を開く。


瞼が上がると、その奥から夏の日差しを湛えた高い空を思わせる青い瞳が現れた。まだ幾許か微睡みの中にいるのか、その焦点はあまり定まっていない。


「………」


ぼうっとした様子で暫くうとうとしていた彼女だったが、もう一度眠りに落ち掛けた所で、何か硬いものをその両手に抱いている事に気が付いた。


普段ならふかふかの抱き枕か、モコモコで温かなクッションを抱いているのだが。


何故か今日手にしているそれは物凄く硬い。


それどころか、それはひんやりと冷たくすらある。


「………?」


寝惚けた頭に疑問符を浮かべ自分の両手に目を落とすと、そこには白や淡いブルーといった彼女の好きな色の調度品の類ではなく、驚くほど重厚な黒い何かである事が分かった。


真っ黒でひんやりとして、随分長い。


ゆるゆるとそれを伝うように視線を動かせば、それが何かの一部である事が分かった。


真っ黒なそれの先には、これまた真っ黒の両足。真っ黒の上着。はだけた胸元から覗く浅黒い肌。そしてーー闇夜の闇を掻き集めた様な黒髪。


「………?……!!」


そこまで来て漸く、彼女は微睡みの世界と盛大にお別れした。


「ふわはぁぇええーーー!!!?」


美しい容貌台無しの、余りに色気のない叫び。


彼女ーーソルシアナ・ファウリア・ド・べネトロッサは、これまで生きて来た中で、最も衝撃的な朝を迎える事になった。


さて、それでは物語の主導権を彼女に返すとしよう。


「な、なな………!!」


私はあまりの驚きに、口をはくはくとさせながら目を見開いた。


この世に生を受けて早19年ーー今迄で最高に衝撃的な朝を迎えたからだ。


目の前には真っ黒な塊ーーもとい、私の従霊であるヴァウニア・ルルファスことルーちゃんがいる。


そう。


それだけなら何の問題もない。


ルーちゃんはいつも一緒だもの。


召喚してからずっと。


ただ、今は状況が違う。


何故か一緒に寝ているのだ。


ルーちゃんが。


私のベッドで。


「な、な、な、何で……!?」


昨晩ルーちゃんは確かに、いつもいるお気に入りのソファで眠っていた筈だ。薄着で(というか、服が大部ボロボロなので)風邪を引いたら可哀想だなと思って毛布を掛けてあげた記憶もある。


そこから私も眠たくなって、ベッドに潜り込み……で、何でどうしてこうなった!?


思い出そうとしてみるが、全く記憶にございません。


そりゃそうだ。


だって私、寝てましたから!!!


「ルルル、ルーちゃん……!?」


目を閉じているので眠っているのかもしれないが、起こしたら可哀想とかいう気遣いをする余裕など無かった。


今はただ、全力でこの様な状況になった経緯をご説明頂きたい!!


声をかけると彼は薄い瞼を面倒くさそうに上げた。血の色を思わせる深紅の瞳が、これまた面倒くさそうにこちらを睨む。


「朝っぱらからうるせえな……なんだ」


ドスの効いた低い重低音が耳に突き刺さる。


うあ、起き抜け超絶不機嫌!!!


一気に血の気が下がる様な冷たさだが、それよりも私の混乱の方が上を行った。


「な、何で……!?」


「あ?」


くあっと大口を開けて欠伸をするルーちゃん。


鋭い歯が朝日を浴びてギラリと凶悪に光る。


閉じる時にガチンとトラバサミの様な苛烈な音を立てるのは最早恒例だが、それに対する恐怖よりもまず、絶対に、確認しなければならない事がある。


「どうして!何で!私のベッドに!ルーちゃんが寝てるんですかっ!!?」


悲鳴に近い声音で追及すると、彼は思い切り迷惑そうに顔を顰め牙を剥いて静かに言い放った。


「てめえの所為だろうが」


はい!?


私の所為!!?


訳も分からず目を白黒させると、彼はゆっくりと私の胸元を指差したーー正確に言うと、私が胸元にしっかりと抱えているソレを。


「へ?」


視線を下げると私は確かに抱き抱えていた。


彼の、尻尾を。


「何でーーーっ!!?」


貴族の娘、朝っぱらから大絶叫。


普通ならゴシップものですが、こればかりは仕方がない。


だってあろうことか、なんと私はルーちゃんの尻尾を、抱き枕よろしくしっかりと両腕に抱き締めていたのだから。


「起きたなら離せ。いい加減うぜえ」


「は、はひっ!!」


慌てて尻尾を離すとルーちゃんはのそりと起き上がった。


でも何で私、ルーちゃんの尻尾を?


ダメだ、全く記憶にない。


慌てて真っ赤になったり、真っ青になったりする私を彼は暫く鬱陶しそうに眺めていたが、やがて気怠げに首を鳴らすと


「それ返したら、てめえに取られた」


それ、と指差したのは私が彼に掛けてあげた毛布だった。


「え?え?」


つまりあれですか?


私が親切で掛けてあげた毛布を、彼は私に返そうとして、その時に私がうっかり掴んでしまったと?


「な、何で……」


壊れた玩具の様に、何で。を繰り返すと漸く自由になったとばかりにベッドを降りてソファに戻りながらルーちゃんが口を開く。


「起きたら掛かってた。俺には必要ねえ。で、てめえが寝床で丸まってたから返した。それだけだ」


「……それはつまり、私が寒そうだったから返したと?」


「まあそうだな。つーかてめえ、従霊が風邪引くとか思ってねえよな?体があるっつっても、俺らはてめえら人間と違ってそうした概念に縛られてねえんだよ」


「……あぁ!!」


「………なあ、やっぱてめえ、馬鹿だろ」


呆れた様に溜息をつかれた。


それはそうだ。


すっかり失念していたが、そもそも従霊は風邪を引かない。


彼の言う通り肉体を得ているとはいっても彼らのそれは人間の身体とは異なり、病の原因となるウイルスが繁殖しないのだ。


元々、従霊の肉体とは叡智の扉を潜る時にこの世界に物質として現界する為のツールであって、彼等自身の血肉ではなく源素を凝縮して作られた仮初の形でしかない。


無論、傷が付けば血を流したり痛みを伴いもするが、術者からの魔力供給が充分であれは瞬時に傷は塞がるし痛みも消える。


基本的な事なのに、忘れてました。


ガックリと肩を落として打ちひしがれていると、追い打ちをかける勢いでルーちゃんが呟く。


「いるよな。知識はあんのに、活かせねえ馬鹿」


「うぅぅ、お願いですから追撃しないで下さい……!」


「まあ知識ねえよりはいいか。頭でっかちでも」


「フォローになってません!」


涙目で追い打ち乱舞を自粛するよう訴えかけるも彼は一向に止める気配がなく、それどころか出会ってから初めて聞く、珍しく親身そうな若干優しげにすら聞こえる声で


「なあソラ、お前な、前にも言ったと思うが少しは頭使わねえと腐るぞ。マジで。一応入ってんだよな?そこ」


「うぅうう……」


諭す様に告げられ、私はベッドに両手をついて号泣する。


従霊に泣かされる主って、この世界にどれだけいるんだろう。


少なくとも、私の周りにはいない。


ええ、一人も。


「ルーちゃん、後生ですから、もう勘弁して下さい……」


このままだと一生立ち直れないくらいのダメージを受けそうだったのでそう願い出ると、彼は漸くその追撃の手を緩めてくれた。そして


「で、何か俺に言う事ねえか?」


「……尻尾掴んで、すみませんでした……」


「よし」


許す。とばかりに長い尻尾が揺れる。


これじゃどっちが主か分かったもんじゃないけれど、今は何も言えない。


ぐったりとしてベッドでうじうじしていると、ルーちゃんはもう私を弄るのに飽きたのか、ソファでゴロゴロしながら日向ぼっこを開始する。


さっきまで寝てたのに


まだ寝る気ですか、貴方


突っ込もうにも先ほどの失態の手前、何も言えない。


それに午前中の日向ぼっこを邪魔すると、彼は恐ろしく不機嫌になるのだ。そうなるとこっちが足腰立たなくなるくらいまで、全力で魔力を吸い取りにくる。いや、足腰立たなくなるって言うか、最早昏倒するレベル。


今日は出勤しなきゃいけないのに、初日から魔力欠乏による昏倒が原因で欠勤だなんて落ちこぼれの恥の上塗り以外の何者でもない。


諦めてベッドから出て、そこでふと気が付いた。


あれ?おかしいな。


時計の針の位置が……。


「………」


もう一度見てみるが、どう見ても短針が10時を回っている気がする。


もしかして、まだ夜なんでしょうか。


窓の外を確認してみる。


うん、明るい。


今日もいい天気です。


……………。


「嘘でしょおぉおおーー!!!?」


朝から二度目の大絶叫。


ルーちゃんが五月蝿そうに眉を寄せたが、それどころじゃない!


「ち、遅刻じゃないですかぁあ!!」


出勤時刻は午前9時。


只今の時刻ーー午前10時11分。


「いやぁあぁああっ!!」


バタバタと走り周り、夜着を脱いでローブを纏う。


髪とかお化粧とかどうでもいい。


いや、女性としては大問題だが、それよりも今は一刻も早く研究室に向かわなければ!


朝食も摂らずに正魔術師の証であるバッジを付けると、私は大急ぎでうつ伏せでぬくぬくと日向ぼっこをしているルーちゃんの尻尾をガシッと掴む。


「ルーちゃん!遅刻です!!急いで!!!」


「ああ!?」


思い切り怒りを込めたドス声が響いたが、こっちはそれどころじゃない。


遅刻なんです。


出勤初日から。


盛大に。


「早く早く早く早く!!!」


「おい!引っ張んな!!」


「後でマフィンお腹いっぱいあげますから、今はつべこべ文句言わず一緒に来て下さいっ!」


「俺は犬かっ!つかてめえ、食いモンに釣られて俺が動くとでもーー」


「立派な竜種ですよね!知ってます!マフィンにスコーンにチョコチップクッキーも付けますから!ほら、早く!!!」


「だからーー!!」


何やらルーちゃんが吠えているが、私は構わずに思いきり彼の尻尾を引き摺りながら走った。


「動きづれえ!!!」


「じゃあ無駄な抵抗しないで走って下さい!」


ギャアギャアと言い合いながら馬車に飛び乗り、御者に告げる。


「本部まで!安全運転かつ全力でかっ飛ばして下さい!!」


「かしこまりました。では、シートベルトの着用を」


淡々と対応する御者に従いシートベルトを装着。


「オッケーです!」


「かしこまりました。安全運転かつ全速力で参ります。途中かなり揺れますが、しっかりとお掴まり下さい。舌を噛みますので、私語もお控え下さいますようお願い致します」


「了解です!出して下さい!!」


私の合図を切っ掛けに馬車は急発進する。


「おい、だから俺はーーづっ!?」


グダグダ文句を言っていたルーちゃんが、馬車の揺れに翻弄され思い切り舌を噛んだらしく口元を押さえている。


だから御者さん言ったじゃないですか


舌噛みますよって


心の中で突っ込むと、ルーちゃんからとてつもなく鋭利な視線が飛んできた。


てめえ、後でぜってー泣かす。


そう言っているようにも思えたが、今の私にそれを受け取ってあげられるだけの余裕はない。


兎にも角にも、今はまず可及的速やかにサミュエル導師の元へ行かなければならないのだから。


初出勤でやらかした分


しっかり汚名挽回しなければ!!


「汚名を挽回してどうすーーぃっ!」


だから喋っちゃダメですってば


唯でさえ貴方の歯、凶器なんですから


突っ込むと今度は軽く殺意の篭った視線を向けられる。


苦情は後程!!


遅刻した分を取り返したらお詫びします、と内心告げて、私は時折壁走りをする馬車に揺られながら、家を出て7分後に27階にある研究室まで辿り着いた。

お読み頂きました皆様、ありがとうございます。


初出勤から遅刻……

なんだか胸に来るものがあります←ぇ


マイペースな更新となっておりますが、引き続き宜しくお付き合い下さいませ。

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