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落ちこぼれ魔術師と終わりの竜  作者: 伊空優希
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第11.5話「知られざる、小さな戦い」

昼に無駄に動いた所為で疲れた。


俺はすっかり定位置になったソファに寝転び欠伸をする。


あ。普段と始まり方が違うとか思ってねえか?


そりゃそうだ。


何せ話してるのはこの俺だ。


誰かはもう分かってるよな?


おい、今首傾げたそこのお前、噛むぞ。


俺だ俺。あの、うっかり迂闊な小娘に召喚されちまった従霊って奴だ。


自分で名乗るのも腹立たしいが、一応、この世界に現界した際、件の小娘から与えられた名前は「ルーちゃん」と言うらしい。


由来は……俺が黒いから、飼ってた犬を思い出したんだとか何とか。


ふざけやがって。


いつかぜってー噛んでやる。


とまあ、怒りをぶつけるのはまた後でって事で……横に置いといてだ。


唐突だが、眠い。


すっげえ眠い。


二度目の欠伸を噛み殺した。


ああ、くそ、だりぃな


本来なら、俺に生理的な睡眠は必要ない筈なんだが。勿論、暇潰しに眠るという行為を行う事はあったが、それは生物で言う所の睡眠とは異なる。


俺の場合、以前は暇な時に時間を潰す為に行う行為が「眠る」という行為だった。 それがどういう訳か、この身体を得てからと言うもの、どうにも生理的な意味での睡眠を身体が欲している様だった。


……あ?


何で睡眠が必要ねえかって?


あー、軽く説明すると俺は本来、真っ当な生き物じゃない。詳しくはまあ、そのうち話すかも知れねえが……とにかく、寝なくても生きていける生き物だった。


なのに、この眠気。気を抜けば一瞬で意識を失いかねないレベルで、現在、睡魔に襲われている。


だりい事この上ねえ。


俺に限らず従霊という存在には寝食が必要ない。身体の維持に必要なのは契約した魔術師の魔力のみ。


だが俺の場合、契約をした魔術師の魔力が貧弱な所為か、全盛期の様に身体が活発化しておらず、また慢性的な魔力不足の為に従霊としてのコアがエネルギー消費を抑える為に「休眠」という選択を行っているのだろう。


魔力が潤沢な状態ら「あちら」にある“本体”から己の肉体を一部なり何なりを引っ張り、この身体にまとわりついた“眠り”という概念を破壊する事で、この鬱陶しい感覚と戦う必要はなくなるんだが、小娘が“ダウンロード”したのが俺の本体ではなく、意識体だけだったから……まあ、しょうがねえ。


小娘の魔力で「こちら」に出せる限界がそれだった。身体を呼ぼうとはしてみたが、召喚の際に形成された“扉”が小さ過ぎて通れなかった。


そのうち呼べるといいんだが。


「……ねみ」


そこまで考えて、また眠気に意識を持って行かれそうになる。


「くそ……霊核のサイズも関係してんのか?」


苛立ちを覚えてつい言葉を吐く。


従霊には霊核(れいかく)と呼ばれるコアが身体の中心にあって……まあ人間で言う所の心臓の該当する訳だが、それを維持するのにも魔力が必要になる。


霊核が破損したり、エネルギー不足に陥ると従霊は存在が維持出来なくなり消失する。故に本来は契約時に受領した魔力を遣り繰りしてそれの維持に充てるのが普通だ。


当然、魔術師側にも霊核消失に対する危機感はあるだろうから受領時に渡した分とは別に、足りない分は従霊が命令(オーダー)を受諾した際に対価(報酬)として支払う。


そうやって従霊は契約者との契約を文字通り、ギブ&テイク、持ちつ持たれつで成立させている訳だ。


丁度いい。折角なんで、従霊のコストについても説明しとくか。


眠気覚ましに、ちょっと付き合え。


先にもいったコストについてだが、従霊の魔力消費量(コスト)は各々が持つ力によって異なる。


例えば単純に「敵を殴る」といった命令を「雑霊」(イノム)と呼ばれる最下級従霊に下した場合ーーその消費量を1とした時、その1つ上の階級である「下位級」(デルフォア)は2、「中位級」(シリカ)は4、更に上の「上位級」(ライゲ)は8、最上級の「伝承級」(レシェン)に至っては16と、消費量が乗倍で加算されていく。


勿論、雑霊と伝承級では一撃の能力にも天と地ほどの差があるから当たり前と言えば当たり前……なんだが、「雑霊」の等級(と言っても正式なモンじゃねえが)に位置する俺でも、霊核の維持にも普通の従霊に比べコストが掛かる。


何故か?


自分で言うのもなんだが、俺は魔力コストが相当に大きい事に由来する。


原因は“俺”という存在が、今居るこの世界にとって非対応な概念状態になっちまってるからなんだが……


あー……世界に非対応な概念状態とか何とか言っても、良く分かんねえよな。


簡単に言うと、今の俺は生前(要は現界前に地上で生きてた時代の事な)とは多少異なるスペックで現出しちまってるって訳だ。


で、今回与えられた仮初めの肉体に、本来俺が持つべき概念(持ち前の能力だとでも思ってくれりゃいい)が完全に反映されてなくて、不完全な事態で現界しちまってる。


この世界の、生き物が存在する為の存在条件ーーつまり、「そういう生き物」に該当する条件欄から漏れちまってんだよな、多分。


人間は人間、エルフはエルフ。そんな感じである程度、生き物には特有のスペックが存在するんだが、俺はこの世界の生き物の「どれにも該当しない」。だから“不詳存在”(アンノウン)として分類され、維持するのに必要以上の魔力を要求されている。


ほんと、めんどくせぇ。


不足分を補う為にあの小娘から魔力を摂取する事も出来るが、そんな事すりゃ間違いなくアイツは死ぬだろう。いや、下手したら肉の体だけでなく魂までなくなっちまう。そうなると「こちら」との楔がなくなり、俺は「あちら」に強制送還されちまう。


折角久々に色や音、匂いのある世界に来たのに、それを失うのは惜しく思えた。だからこうして日々、霊核要求から来る空腹や眠気とオトモダチしてる訳だが。


そんなこんなで。


魔力の欠乏からくる絶え間ない空腹と殺人的な睡魔から逃れる為、対策を余儀なくされた俺は、昼間の大半を源素(マナ)の吸収に費やさなくてはならなくなった。


現状、これ以外に不足を補う方法が無いからだ。


この世界に於いて一番強力な源素粒子は、太陽の光と熱に含まれている。


生き物を育む所謂「生命力」の象徴が太陽であるのは周知の事実だが、これから直接源素を回収出来るのは俺くらいなもんだろう。


まあ、伊達に悪食じゃねえ。ってか?


喰う事に関して俺はこの世界の誰よりも知識が豊富だと自負しているーーそれが“俺”という概念だからだ。


しかし、なんつーかホントにだるい。


本当は地脈の巡りの良い場所で源素の回収作業に徹するのが理想なんだが、それをするにはあの貧弱娘を連れて大山脈を登るという非常に面倒な行為を行わなければならないので没にした。


俺はともかく、あの小娘が登山に耐えられるとは思えねえしな。体力ねえのは見れば分かるが、ビビリで矮小で卑屈なんでどうしようもない。


まあ根性と度胸だけは変なとこで出すので、そこだけは面白えなと評価はしてるが。


「くぁ……」


大欠伸をして口を閉じる瞬間にガチンと牙を鳴らすと、小娘が驚いた様に振り返る。


怯える小動物みたいで面白い。


少しだけ満足したので俺は今一度、己の意識を保とうと目を閉じて集中する。


「ルーちゃん、寝るんですか?ちゃんとお布団被らないと風邪引ーー」


「……うるせえ。話掛けんな」


「でも」


「……噛むぞ」


「ごめんなさい」


誰が寝るかボケ。


睡魔に負けたら終わりだっつの。


霊核からの要求がデカすぎる。この状態で眠ろうもんなら、そのまま一生意識を手放す可能性だってある。


そんなのは御免だ。


俺が苦しい戦いを強いられてる事など知りもしない小娘はほんの少し脅す様に声をかけるだけで、直ぐに自分の意見を引っ込めた。


「もう、昼間もずっと寝てるのに」


ささやかな抵抗のつもりなのか何かぶつくさ言ってるが、知ったこっちゃねえ。


こっちは必死なんだ。


ほっとけ。


この脳天気なうっかり迂闊馬鹿小娘は、昼間のあれを日向ぼっこかなんかだと思っている様だが、こっちにしてみりゃ、いい迷惑だ。


しかしまあ。


悪し様にしちゃいるが、この小娘が楔で良かったと思える瞬間もある。それが、こいつの持つ魔力の質だ。


こちらに来て小娘以外の魔術師を見て思った事だが、こいつの魔力純度は非常に高い。


昼間に塔で何人かすれ違った連中と比べると分かるが、まあ破格だ。


霊層と呼ばれる魔力核の質がかなりの上等品で濃度、密度共にかなり濃い。


普通の魔術師の魔力なんぞ薄味過ぎて腹の足しにもなりゃしねえが、俺が辛うじて現状を維持出来るだけのエネルギーを得る事が出来るのは、こいつの霊層が食料として提供されている事に因る。


純粋に霊層の質、量共に、それだけなら自身の身内にいる天才とやらを超えるだろう。


じゃあなんでコイツがこんなにもヘッポコなのかと言うと、その原因は霊層からのエネルギーを外部に魔術式(スクロール)として出力する為の基定回路と呼ばれる配線部分に問題がある所為だ。


俺の見る限り、こいつの回路の大部分はメインルートを除き全て閉じている。


原因は不明。


生まれつきかもしれないし、後天的な何かが切っ掛けかもしれない。が、とにかく霊層からの魔力を出力しきれてない。


回路が上手く機能しないと生物の防衛本能で、炉心となる霊層が出力を落とす。無理に魔力を流すと回路を突き破った己の魔力が術者自身を(そこな)うからだ。


だから回路が開かない限り、こいつがどれだけ努力しても全て無駄と言う訳だ。


先天的に欠陥がある場合、回路を開く事は難しい。だが後天的な何かが原因なら、それを取り除けば回路は開く。


そうなりゃ俺も少しは楽出来るんだが……まあ、無理に開いてこいつにぶっ壊れられても困るしな。


俺はもう少し、こちらでの生活を楽しみたい。


体の感覚はまだ鈍いが日々少しずつ霊層からの摂取量を増やしているので、気長にやれば絶好調とまではいかなくとも、それなりに動く事は出来る様になるだろう。


……いつになるか、分かったもんじゃねえが。


本格的に体の自由が効くようになれば、この小娘ともおさらば出来る。


そんときゃサクッと喰って終了。後は好きにやらせてもらう。


それまでは精精、面倒見の良い従霊を演じてやるか。


「……ルーちゃん、眠っちゃいました?」


「…………」


決めた矢先、唐突に声を掛けられた。


俺は狸寝入りでやり過ごす。


どうせ見破れもしねえだろ。


こいつ、馬鹿だし。


そう思って目を閉じていると、身体に何やら布の様な物を掛けられた。


「今日はありがとうございました。ルーちゃんがいてくれて、私、ほんとに良かったです……おやすみなさい」


小声で呟くと小娘の気配が離れていく。


衣擦れの音。


寝床に入ったか。


どうやら眠るつもりらしい。


程なくして、微かな寝息が聞こえてくる。


ゆっくりと目を開けると、自分に掛けられたものを指先で摘む。


毛布だ。


別に俺は風邪引いたりしないんだが。


どこまでもお人好しで、世間知らずの馬鹿だ。ここまでくると阿呆臭くて溜息すら出ない。


小さく舌打ちすると身を起こす。


あちらの様子を伺うと小娘が寝床の上で手足を丸めて眠っていた。


春とはいえ、夜は冷える。しかし小娘の寝床に毛布はない。


どうやらこの馬鹿は、自分のを俺に分け与えたらしい。


「てめえのが風邪引くだろ、馬鹿」


まあ馬鹿は風邪なんぞ引かねえのかもしれねえが。


小娘の匂いの付いた毛布を片手に、俺は少し考えてからそれを小娘に返した。


少し乱雑に掛けたが、小娘が起きる気配はない。


「馬鹿か」


もう一度呟くと背を向けてソファに戻ろうとする。すると何かに尻尾を掴まれた。


「あ?」


足元に目を向けると、なんと小娘が俺の尻尾を掴んでいやがった。


「おい」


離せ、と軽く尻尾を振るが小娘は完全に抱き枕よろしくしがみついている。


「……………はぁ」


寒いのは分かるが毛布は返しただろうに、まだ何か寄越せと?


溜息をつくと俺はもう一度尻尾を揺する。しかし、小娘は何やらにへらと笑みを浮かべたまま幸せそうにスヤスヤと眠っていた。


「だりい」


叩き起しても良かったが何となく、ほんの気紛れに起こすのを思い留まり、小娘の寝床に腰掛けた。


「……ルーちゃぁん……」


「なんだ」


別に起きてはいないんだろうが、呼ばれたので返事をしてやると小娘はにへーっとしまりの無い顔で笑った。


なんつーか、雛の世話をする親の気分だ。


めんどくせえ。


尻尾を掴まれているので妙な体勢になるのが面倒で、俺は寝床に上がった。


距離が近くなる分、この方がまだ体の自由がきく。


「幸せそうに寝こけやがって」


愚痴を零すと小娘はまた笑う。


こいつ、ホントは起きてんじゃねえか?


そう勘ぐって頭ん中を覗くと絶賛夢真っ盛りだったので、それはなさそうだ。


子供の頃の夢の様だが、何故だか俺まで出演してやがる。阿呆か。出演料とるぞ。


馬鹿馬鹿しくなったので寝床で横になると、小娘はお構い無しに人様の尻尾を抱き締める。


涎つけたりしたら、寝てても構わねえ


マジで噛む


そう心に決めて結局俺はその日、小娘の寝床で一晩過ごす事に決めた。


寝床に横になりながら、尻尾を提供し且つ自分が落ちない様に意識を保つ。そんな苦行も、小娘の阿呆面眺めてると昼間に比べて時間が経つのが早く感じた。


仕方ねえな。


飽きるまではコイツで遊んでやるか。


「ルーちゃん……」


「うるせえ、黙って寝ろ」


「…はぁい……」


素直か。


苦い顔になるのが自分でも分かったが、まあいいだろう。


規則正しい寝息を聞きながら、俺は再びゆっくりと目を閉じた。

お読み頂きありがとうございます!


「0.5」シリーズは別キャラ視点でのお話しになります。


今回はルーちゃん。


これから先、度々出てくるとは思いますが、こちらの方も宜しくお願い致します。

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