第11話「配属先トラップ」
ロートレック導師の研究室は27階北の比較的大きな部屋だった。
簡易転移方陣からはやや離れてはいるものの、直ぐ近くに浮遊盤と呼ばれる各階移動装置が備え付けられており、不便はなさそうな感じで、流石、著書まで出している導師様は違うと言った所だろうか。
各研究室兼執務室の木製扉の造りはどれも同じだが、扉のプレートには確かに「S.ロートレック研究室」と書かれていた。
「き、緊張してきました……!」
ノックをしようと扉の前に立ったものの、いざお会いするとなると急に尻込みしてしまい決心がつかない。まごついていると、そんな様子に痺れを切らしたのかルーちゃんが顔を顰める。
「おい、日が暮れちまうぞ。さっさとしろ」
「で、でもまだ心の準備が……」
「うるせえ。ゴチャつくなら帰んぞ、俺は」
「ま、待って下さいぃ……」
相も変わらずせっかちな従霊です。
短気は損気なのに。
「知るかボケ。つか遮蔽。いつになったら学習すんだ?ちゃんと脳ミソ入ってんのか?ああ?」
コツコツと頭を叩かれるーーあくまで本人?的には軽くのつもりなのかも知れないが、ルーちゃんは馬鹿力なので、やられた私としてはゴツゴツと石で頭を小突かれたような痛みに襲われる。
「いたた!痛い、痛いですっ!!」
抗議の声を挙げると彼は
「大袈裟なんだよ、てめえは」
と溜息をつく。
しかし、私は言いたい。断じて大袈裟なんかではない!と。
古竜云々はさておき、それを差し引いても魔道具を破壊するだけのパワーを有している彼に小突かれるのだ。痛くない訳がない。
「ルーちゃんは乱暴すぎます!女の子はもっと丁寧に優しく扱うべきです!!」
「人間ルールだろ、そりゃ。雌は強くなきゃ意味がねえ。敵にガキ喰われちまうぞ」
「人間は人間の子供食べたりしないんです!……ま、まあ、そういう非常にごく稀で特殊な嗜好の人間も世の中探せばいなくはないですが……でも一般的には女の子とはか弱く、儚い生き物なんです!!」
「か弱く儚い、ねえ?」
力一杯力説するも暖簾に腕押し。得に響いた様子もない。
むしろ思い切り、どーでもいーわー、と言う顔をされた。
なんか、色々不満です。
「むぅ」
少しだけ拗ねて見せる。すると彼は面倒臭そうに鼻を鳴らした。
どうやら本当に興味がないらしい。それどころか、これ以上続けたら本気で帰りかねない。
それは困るので不満は飲み込みます。
1人とか絶対無理なんで。
深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
ノックして、御挨拶、お礼を言って、要件。
よし、完璧。とそこまでシュミレーションして、いざノックーーと思いきや、私がノックするより先に目の前の扉がいきなり開いた。
自動扉なんですかコレ!?
両開きタイプなのに!?
思わず体を強ばらせると、中から1人の男性がひょっこりと顔を出した。
「ああ、騒がしいと思ったら。ソルシアナ嬢ですね?受付から聞いています」
そう言って柔和な笑みを浮かべたのは三十手前くらいの若い魔術師だった。
黒に近い茶色の髪にライトブラウンの瞳。大きな黒縁眼鏡を掛けた男性は、真っ黒のローブを纏っている。典型的な魔術師の恰好、と言えばそれまでだが……ロートレック導師の助手か何かだろうか。
研究室から自然に出て来た所を見ると、彼は頻繁に出入り出来る立場であると推測される。
「あ、あの、そ、の……!」
とはいえ、いきなりの見知らぬ人物登場に思い切り出鼻をくじかれた。しどろもどろになりながら、辛うじて頷くと男性はにこやかに中へと促す。
「立ち話もなんですから、中へどうぞ。お連れの従霊の方も」
ルーちゃんにも声をかけるが、ルーちゃんはそっぽ向いている。
「ル、ルーちゃん……!」
失礼ですよ、と視線でアピールするものの聞く気はないのか全力で無視。
ホントにこの人、態度悪い(涙目)。
対する男性魔術師は僅かに苦笑いを浮かべたものの、得に苦情を言う訳でもなく扉を開けてくれている。
「あ、りがとう、ござい、ます……」
ぺこりと頭を下げて中に入る。
私に続く形でルーちゃんも入って来る。
一応、着いて来てはくれるみたい。
ホッと胸をなで下ろすと、魔術師が穏やかに口を開いた。
「下では大変な騒ぎだったみたいですね。受付のウィリアムズさんが、『従霊遣いに殺される!』って連絡して来た時は何事かと思いましたよ」
「え!?」
そんな一大事に!?
ルーちゃん、貴方の所為ですからね!
受付さんを脅したりするから!!
「も、申し訳ありません……」
従霊のした事は主の責任。
後で受付さんにも謝らないと。
そう思い謝罪すると、彼は声をあげて笑った。
「あはは!ウィリアムズさんも災難でしたねぇ。でも従霊に凄まれるって貴重な体験ですし。僕も一度くらいは経験してみたいなぁ」
マジですか
思わず目を見開く。
私だったらルーちゃんに凄まれるとか、一日1回で充分です。
魔術師には変わり者が多いが、この人も御多分に漏れず、随分な変わり者であるらしい。
まあ従霊を連れた魔術師など、うちの系列の魔術師くらいしかいないから間近で見た事ないと言う人も多いので、あくまで興味本位なのだろうが。
「あ、あの……ロートレック導師は……」
いけない。
この人の心臓強度の事を考えて、本題を忘れる所だった。モゴモゴと口を動かすと、彼はニッコリと微笑み
「ああ、申し遅れました。僕がサミュエル・ロートレックです。はじめまして、ソルシアナ嬢」
「……え?」
思わぬ自己紹介に目をパチパチする。
「貴方が、ロートレック、導師……?」
可笑しい。確か導師は50代くらいの尊大な男性だった様に記憶している。
何年か前に講義を受けた時はそうだった。
だが目の前の男性はどう見ても30代いくかいかないかだ。
年齢が合わない。
戸惑う私の様子に何か察したのか、ロートレックと名乗った魔術師は少し肩を竦めた。
「ああ、そうか。受付ではロートレック導師としか言わなかったんですね。貴女が思い浮かべているのは多分、ガーウェイ・ロートレック導師の事でしょう」
「……え?」
「僕はサミュエル。ガーウェイは父です」
「は、はい……!?」
つまり、ロートレック導師はロートレック導師でも、息子さんの方のロートレック導師と言う訳ですか。
「す、すみません……私、てっきり……」
お父様の方へ面会させられるのかと思ってました。
私の反応にサミュエル導師(判別する為にそう呼ぼう)は笑顔を崩さぬまま
「紛らわしいですよねぇ。すみません。丁度手空きの導師格が僕しかいなかったものですから。シュライク導師はお忙しい方で、アポを取っても会えるのは2ヶ月待ちになりますし」
「そんなに!?」
声を上げるとサミュエル導師は応接セットの椅子に腰掛けながら
「まあ、売れっ子ですからね。その点、僕は導師になりたてなもので比較的暇なんですよ。あ、どうぞ。お掛け下さい」
「し、失礼します……」
促されて素直に座る私とは対照的に、ルーちゃんは椅子に座りもせず壁にある本棚に背を預ける。
「従霊の方も、どうぞ座って下さい」
「いらん。俺に話し掛けるな」
「ルーちゃん……!」
導師の申し出を一蹴したばかりか、余りに失礼な態度に背筋が凍る。
下手したらこれ、従霊への監督不行届で私、左遷されるんじゃ。
あわあわと挙動不審になる私を他所に、ルーちゃんは窓の外を見ている。
我関せずとはこの事だ。
「警戒されちゃいましたかね?それとも新米だから相手にされてないのかな?」
「申し訳ありません、導師。その、ルーちゃんは、ちょっと、その……」
気難しいというか、気分屋というか。
何とか説明しようとするものの、彼はニコニコと楽しそうにしている。
「構いませんよ。確かに新米ですから信用して貰えないでしょうし。ぶっちゃけ何の権限もありませんからね」
「そ、そんな事は……」
ないのでは?
仮にも導師。星骸の塔に所属する正魔術師の中でも僅か5%しか頂けない称号だ。
世の中には生涯を賭けても導師の称号を手に入れない人がごまんといる。ましてや彼はこの若さで導師に抜擢されたのだ、きっと物凄く優秀な人に違いない。
そう告げる様に見詰めると、サミュエル導師は困った様に頬を掻き
「ええと、期待されてる様で大変心苦しいのですが、僕はホントに大した人間じゃないんですよ。この春、導師に昇格はしましたが丁度うちの部署の導師格に空きが出来たのと、半分は親の七光りみたいなもんですし」
「導師格に、空き……?」
「そうなんですよ。うちの部署の名前は知ってます?対外広報支援部って言うんですけど」
「対外後方支援、ですか?」
戦略部の部署かと思い訪ね返すと、彼は違う違うと手を振った。
「対外、広報、支援です。簡単に言うと塔の外部に向かって情報を配信する広報部を間接的に支援する部署ーーと言えば聞こえはいいですか、要はボランティア部ですね」
「ボ、ボランティア、ですか?」
なんだろう。
全く内容が掴めない。
困惑する私に、サミュエル導師はゆったりと足を組みながら
「分かんないですよねぇ。やっぱり。僕も最初は何か凄い部署なんじゃないかと期待してたんですけど、蓋を開けてみたらこれがまあ、酷いのなんのって」
サミュエル導師は相変わらずにこやかだが、何やら言葉の端々に不穏なものを感じる。
どうしよう、あんまり聞きたくないかも。
嫌な予感に落ち着きを無くす私を他所に、サミュエル導師はにっこりと人好きのする笑みを浮かべ
「広報部が広報誌を作って学会や協会に配ってるのは知ってますよね?」
「はい」
「基本的には新しい学説や優秀な魔術師の紹介、事件や事故の報告、塔員の進級後退なんかを纏めてるんですが、たまにネタがない時があるんですよ」
「はあ」
「で、そんな時にネタを提供するのが、我々、広報支援部のお仕事なんです」
穏やかな口調で淡々と、彼は自分の部署の話をしていく。
「広報誌はページ数が決まっていますから、ネタが無いからと言って削る事は出来ません。それにページ数が減れば今期あまり活動していない様に見えるでしょう?それだと困るんですよ、対外的に」
見栄もありますしね、と彼は継ぎ足す。私はひくっと頬を引き攣らせる。
まずい……
もしかして、この部署……
「かと言ってネタが豊富な時に良いネタをストックしてても、後出しして他所にすっぱ抜かれたりでもしたらもう大変。職務怠慢で上からお叱りを受けちゃいます」
サミュエル導師は手近なポットからお茶を注ぎながら終始笑顔で説明していく。固まる私。
そしてーーとうとう確信ネタが投じられた。
「で、ネタが無くて苦しんでる広報部の為に、何かどうでもいいけど無いよかマシ。って内容を適当に見繕って差し上げてるんですよね、うちで」
「なっ……!?」
き、聞きたくなかったぁあ!!!
「ああぁ、あああの、サミュエル導師!?」
もしかして私が面会して頂けた理由って……!
冷や汗を流しながら問い掛けると、彼はニッコリと天使の様な笑みを浮かべながら、はっきりとこう言った。
「ようこそ、対外広報支援部へ。歓迎しますよ、ソルシアナ嬢」
やっぱりかぁあーー!!!
心の中で大絶叫する私を他所に、彼は実に晴れやかな様子で
「いやー、助かりました。今期の新人は皆配属が決まってましたから。貴女の申請が遅れてたお陰で何とか人員確保出来たんです」
「そ、それは……!」
「本当は建前上、面接くらいはするつもりだったんですが、べネトロッサ家のご令嬢ならネームバリューだけで充分採る価値あります。うん、即採用!」
「サミュエル導師!?」
「それから配属早々ですが、貴女を対外広報支援部主任に任命します。僕が導師に上がっちゃって主任職にも空きが出ちゃったので。あ、一応主任魔術師ですから、他所の部署の主任とも同格ですよ!配属と同時に即出世。いやぁ、おめでとうございます。多分歴代最速ですよ!」
僕の配属された頃は、この部署もまだ5人はいたので。と導師は良いのか悪いのか分からない情報を語る。
まずい!
このままだとまた落ちこぼれ街道まっしぐらに!?
何とか辞退しようと口を開きかけたが、その動きを読んだかの様に、導師が先手を打った。
「因みにたった今、お父上のべネトロッサ卿にも確認の書類を転送しました」
「い……」
いつの間に!?
見ると応接用のテーブルの上に、小型の簡易転移方陣が敷かれていた。
書類一枚くらいなら即座に転送出来るサイズで、ご丁寧に転送時に発生する魔力律動による光を完全に抑える術式で組み上げられている。
話に気を取られていたとはいえ、私の目を盗んで方陣を展開し魔術を行使するとは、侮り難しサミュエル導師。
そこへ駄目押しとばかりに書類が舞い戻ってくるーーやはり方陣発動時の光は無い。
なんたる完成度!?
そして書類に目を落とした導師からは更に驚愕の事実が告げられる。
「あ、べネトロッサ卿から承認の印が届きましたよ。良かったですね」
「はいっ!?」
ちょっと待って、お父様!
そんなに私が嫌いですか!?
もうどこでもいいから、さっさと引き取ってくれ感満載の早さじゃないですか!?
愕然とする私。笑顔の導師。無視を決め込み、完全空気なルーちゃん。
「これから頑張りましょうね。僕と二人、二人三脚です。あ、従霊の方も一緒だから三人四脚かな?」
「俺を巻き込むな、迷惑だ」
「ルーちゃぁぁぁん!!」
お願いだから見捨てないで!!
縋りつく様に振り返るも、彼は知らんぷり。
俺には関係ないと、思いっきり態度がそう語っている。
がっくりと項垂れる私に、サミュエル導師はニコニコと微笑みながら
「では、明日からは9時に出勤して下さいね。どうせ何もありませんが、とりあえず引き継ぎらしきものを10分くらいしたら早速ネタ探しです」
「10分で済む引き継ぎって!!?」
「あ、何なら今やります?現在持ってるネタはありません。以上です」
「10分どころか5秒で終わってますが!!?」
「そうですねー。困りましたねー」
全然困った様に見えませんが!?
寧ろ楽しんでる様に見えるのは気のせいですか?!
「あはっ!とりあえず、明日からよろしくお願いしますね、主任。受付は顔パススルー出来ますから、一々行き先告げなくても大丈夫ですよ!」
う、嬉しくなぃぃい……!!
「うぅう……」
こうして私は未所属から、星骸の塔対外広報支援部への配属が秒殺で決まってしまった。しかも対外広報支援部主任という、有難くもない肩書きまで添えて。
「用が済んだなら帰るぞ。眠い」
「ちょっと待って下さいルーちゃーーぐぇっ」
来た時と同じ様に尻尾が首に巻き付き、そのままズルズルと引き摺られる。
「また明日~」
ヒラヒラと手を振る導師に見送られ、私はロートレック導師の研究室を後にしたのだった。
お読み頂きありがとうございます。
祝、ソラ配属!
しかもいきなりの役職!!
おめでとう!(左遷部署だけど)
これからも騒がしい2人?を宜しくお願いします。