第10話「人見知り魔術師と強面従霊」
無駄に長いエントランスを抜け、アルマー導師の研究室を通り過ぎると星骸の塔本部の受付に辿り着いた。
石造りの外観からは想像しにくい木目調の告解室に似た受付は、外から中にいる人間の顔を見る事が出来ない。
小さな丸窓に近付くと窓の一部が回転し、ほんの少しだけ網目の様な隙間が生まれた。その中から少し篭った様な声が聞こえてくる。
「こちらは総合受付になります。ご用件をどうぞ」
口調は丁寧だが無機質で感情の見えない声だ。
「あ、え、と……」
その声を聞いた途端に喉が引き攣れ、上手く声が出て来なくなる。
「ご用件をどうぞ」
もう一度同じ文句を繰り返す受付係。
私は何とか自身の登録状況と所属について問い合わせようとしてみたのだが、その事を言い出せない。
何て言えばいいのかな……?
モゴモゴと口の中で呟いていると
「正魔術師の仕事についてだ。担当を出せ」
先にルーちゃんが口を開いた。
「では登録番号と所属部署、お名前をフルネームでお願いします」
彼が代わりに喋ると受付は彼の方と話した方が良さそうだと判断したらしい。
ルーちゃんは受付の言葉を聞くと私に視線を向け、また受付係と話し始める。
「おい、登録番号と所属だーー名前は分かる、ソルシアナ・ファウリア・ド・べネトロッサ」
一瞬だけ視線を投げるルーちゃんに促され、固まりつつあった私は慌てて無くさない様に首から提げた登録証を受付に提示する。
「……登録番号2648、未所属、ソルシアナ・ファウリア・ド・べネトロッサ様ですね。お調べ致します、少々お待ち下さい」
それだけ言うとピシャリと丸窓が閉まる。
恐らく中で調べているのだろうが、それにしてもなんというか、対応が酷い気がする。
何も窓まで閉めなくても。
少しだけ落ち込む私を他所に調べ物は直ぐに終わったらしく、丸窓が再び回転し中から声が返って来た。
「お待たせ致しました。現在、受注中のお仕事は御座いませんが、どういったご要件でしょうか?」
「あ、あ、の……」
確かに仕事は受けてない。
というか、そのお仕事が欲しくて来たんですが。
そう言おうとするも、またも声が出ない。
「従霊登録も等級及び使用能力が未登録となっています。査定魔術師の査定結果と必要書類を提出して下さい。従霊登録が正式に完了次第、所属希望の提出を。それが済み次第、配属となり、以後お仕事の受注が可能となります。また初回受注分のお仕事につきましては、所属上長より通達がありますのでその指示に従いーー」
淡々と、そして長々と説明をされる。しかし内容が余り頭に入って来ない。
どうしよう、何て言えば……
戸惑って無言になっていると、それに痺れを切らしたのかルーちゃんが吼えた。
「ごちゃごちゃうるせえな。いいから、コイツの査定をした魔術師って奴を呼んで来い」
「アポイントメントはーー」
「うるせえ。アポなんぞ知るか。いいから出せ。さもなきゃこの窓ぶっ壊して、てめえの頭かち割って脳ミソ引き摺り出すぞ」
静かに、しかし確実に相手を黙らせるだけの威圧感を込めた声で告げる。
「ル、ルーちゃん……!!」
慌てて止めようとするも、彼は既に窓枠に手を掛けている。ミシリと木製の窓枠が軋み、掴んだ場所が窪む。
どうしよう着いて来て貰ったの
やっぱ失敗だったかも……!?
死人が出そうです。
「しょ、少々お待ち下さい」
その剣幕と不穏な空気に戦いたのか、今迄淡々としていた受付の声に僅かながら怯えが交じる。
確かに見た目真っ黒の不機嫌悪人顔に睨まれた挙句、マフィアばりの脅しをかけられたりしたら、基本引きこもりの魔術師に耐えられる筈もない。
私なら速攻で白旗あげます。
窓を閉めるのも忘れて、中で慌ただしく書類を捲り、誰かに連絡を取る様子が伺える。
これ、下手したら警備の魔術師がすっ飛んでくるんじゃ……
そんな事になったら、お父様に何て言われるか。
逆に不安になる私を他所に、ルーちゃんは退屈そうに欠伸をしている。もしかしたら彼にとっては脅しではなく、普通に頼んだつもりなのかもしれない。
これが普通とは、考えたくないのだけれども。
ヒヤヒヤしながら待っていると、受付の人から声が掛かった。
「大変お待たせしました。査定を行われたシュライク導師は生憎と講義で席を外しておりまして……代わりにロートレック導師がお会いになるそうです。27階の研究室にお上がり下さい。正面の移動階段か、簡易転移方陣をお使い頂ければーー」
「そうか。だとよ、ソラ。行くぞ」
話の途中であるにも関わらず、聞きたい情報を得た彼は悪びれた様子もなく振り返ると、そのまま踵を返してサッサと歩き出す。
「ま、待って……!あ、の……!」
その後に続く前に慌ただしく受付に向かって頭を下げると、私は小走りで先を行く背中を追い掛けた。
ルーちゃん、貴方
ちょっとマイペース過ぎやしませんかね?
さてさて。
受付での遣り取りも終わり、こちらは塔内部。
先程居た受付のあった場合から真っ直ぐ進むとホールがあり、中央は最上階に向かって吹き抜けになっている。
その中を渡り廊下が東西南北を繋ぐ様に張り巡らされており、その様はさながら蜘蛛の巣の様にも見える。
ホールの二箇所には螺旋状の移動階段がオブジェの様に設置されており、その左右には簡易転移方陣と呼ばれる、行先を告げるとその階まで転送してくれるタイプの魔術陣が敷かれていた。
「普通に昇るのは怠いな。方陣使うぞ」
ルーちゃんは相変わらず大股で歩いて行ってしまう。置いていかれないように、私も後に続いた。
「移送方陣なんぞ使うのは久々だな」
陣を踏み、そう零す彼の横に立つと私も頷く。
「私もです」
昔は父の特別講演を聞く為に上層の大ホールに足を運んだりもしたが、今では行きづらくて出席していない。
「あれくらいの高さなら翼がありゃ、こんなモン、必要ねえんだがな……」
上を見上げた彼が零す。
「あ、そう言えばルーちゃんって、翼が無いんでしたっけ」
何の気なしにそう問うと、彼は不機嫌そうに顔を顰め
「うるせえな。……元々は、あった」
「そうなんですか?」
じゃあ飛べたんですね、と口に出すと彼は益々不機嫌そうに黙り込んだ。
これはーーもしかしたら、余り触れない方がいいのかも知れない。そう思い黙ると、人の到来を感じた魔法陣が淡く輝き出す。
「27階へ」
発動した魔法陣へ移送先を告げると、淡かった光が急激に光量を増し、目の前が真っ白になる。
そのまま目を閉じてゆっくりと息をすると、一瞬の浮遊感が生まれた。
閉じた瞼越しに光が弱まったのを感じ目を開けると、ストンと足が地面に着く。
あっという間に27階に到着だ。
「で。会う、つった導師は知り合いか?」
急に問われ、私は少し困った顔をした。
「ロートレック導師、ですよね」
「んな名前だったな、確か」
「知り合いではありませんが……お顔と、お名前くらいは」
ロートレック導師は姉が技術開発部門に所属する前、三日間だけ所属した教務部の幹部の1人でべネトロッサ魔導学院でゲスト講師も務めた事のある人物だ。
私も一度講義を受講した事はあるがーー正直、あまり印象に残っていない。
確か専門は古代語だったとは思うのだが、御自身の著書である古代語と現代語の類似性についての講釈を延々と繰り返し、著書の売り上げだとか、発行部数だとか、何か商業的な面ばかりを押し付けていたのでまともに聞いていなかった。
「その面見ると、余り期待出来る相手じゃなさそうだな」
「ええ、まあ……」
導師には申し訳ないが、私の受けた印象はそうだった。他に記憶に残っている事と言えばーーなんか偉そう。それくらいだ。
「あ。でも一応は凄い方なんですよ?導師ですし」
魔術師の階級の中でも導師と言えば高位に当たる。
所属団体により異なるが、一般的に魔術師は魔導学院を卒業後
預かり<準所属<正魔術師<役職魔術師<導師<上級導師
と言った順に階級分けされる。
正魔術師以上が塔に所属する事を許され、各部署の主任や室長は基本的に「魔術師」の括りとなる。
導師はそれ以上の階級であり、各部署を統括する所謂トップだ。
例えば正魔術師になり技術開発部に所属した場合を例にとって挙げると、単に開発部と言っても戦略技術開発課、一般技術開発課、技能課、施工課、監査課、営業推進課、総務課の様々な課があり、更にその下に「係」や「班」と呼ばれるセクションが存在する。
で、その各部署のトップである部長クラスが導師階級以上の人物なのだ。
ロートレック導師は教務部のトップなので、所属魔術師への教育を担当する部署のお偉いさんという訳だ。
そんな人物に本来ならば登録されたばかりの新米がアポもなく会える筈もないのだが……そこは恐らく、べネトロッサのネームバリューが効いたのだろう。
勿論、私の場合は「出来の良くないべネトロッサ」ではあるのだが、父や兄弟達は塔でも要職についている為、その点を考慮しての措置なのかも知れない。
私は少し肩を落とし、それから気を取り直す様に深呼吸すると辺りを見回した。
廊下には各階の見取図があり、そこに各個人の研究室や部門の名前が記されている。
ロートレック導師の執務室は北側にあるらしい。
「とりあえず、お会いしてみましょう」
もしかしたら再査定をしてくれるかもしれないし。
若干気が滅入りはするが、行動しないと先には進めない。
なけなしの勇気を振り絞り、私はルーちゃんと共にロートレック研究室へと向かうのだった。
お読み頂きありがとうございました。
駆け込みアップ。
プレビューの見方が分からない……そんな機械音痴、伊空です。