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夜の高速道路で

作者: 川咲 みゆ

夜の高速道路はまっすぐに伸びていく。

どこまでも、そして迷いなく。

はるか遠くにあるはずだった標識が、気がつくと目の前に迫り、そして一瞬のうちにもう振り返ることのできない後方へと流れてゆく。

すべてが過去のものとなってゆく。


自分が運転するこの車のスピードに、僕は自分でついていけないようだ。この車のなすがままに、道が続いている限り僕は流されていく。このとき僕は、自分自身が流されているのか、それとも見える景色の方が流されているのかよくわからない。


長い間厚い雲に隠されていた月がぼんやりと道の先に姿を現した。ほとんど円に近い形をしているが、まだ完全な満月にはなりきれない月だった。僕は今、この月に向っているのだろうか。


ゆがんだ円を薄く覆い、月をぼんやりと見せていた雲が消えていくと、今度は明るく輝く月が現れた。月の明るさは僕の周囲に広がる闇とコントラストを成し、夜の暗さをよりくっきりと浮かび上がらせる。僕は一人闇に包まれている。少し前まで遠くの方に見えていた軽自動車のライトの灯は、一つ前のインターチェンジで虚しく消えてしまった。このまま今度は僕自身が闇に溶け込んで消えてしまいそうだ。ただ、小さく流れているラジオの音と視界の左の端にわずかに入る郊外の町の灯りだけが僕を光の下につなぎ、闇に消えるのをとめていた。


ラジオは80年代のヒットソングを流している。おとぎ話の主人公のようなドレスを着たアイドルが小さなテレビの中で踊りながら歌っていた姿を思い出した。当時テレビを見ていたころの僕の目には大人のように映った彼女らも、おそらく相当若かったのだろう。ぼんやりと聴いているからか歌詞は頭に入ってこない。代わりに、いつのものだか分からない記憶の片隅にあった風景が一瞬頭をよぎり、そして目の前に広がった。


防波堤の外にどこまでも広がっていくかのように見えた真夏の海の輝き。しばらくして、僕はこの風景が自分の少年時代の頃の記憶であると気が付く。幼い頃、僕はずっと人よりも身体が小さかった。やっと周りの友人たちと同じように自分一人の力で防波堤の上に登れるようになった時、僕は自分の成長がうれしくて、理由もなく何度も防波堤に登っていた。


あの頃はどんな小さな事でもうれしくて、どんな些細な事でも悲しかった。

真っ黒なランドセルも、太陽に照らされて光る海に負けないくらいに輝いていた。


いつだったか、夜に花火をすると言って従兄弟や友人たちと近所の公園に集まった時、僕の従兄弟の一人が花火ではなく缶ビールを持ってきた。僕らはビールの味というよりも、酒を飲むという行為そのものに一種の好奇心を抱いていたのだろう。仲の良かった同い年の友人が一人、歩けないほどに酔ってしまい、飲酒が親にばれて結局はみなで叱られた。みなで叱られて、みなで泣いていた。あの日公園でした線香花火にうっすらと照らされた、友人の酔って高揚した顔。その横顔を、なぜか今でもはっきりと覚えている。


線香花火が消える直前の、あの頼りない月のような灯。やがてその灯がそっと地面に落ちた時、本当の闇が訪れる。あの頃の闇が、今、車の外に広がる闇と重なった。やっと雲から逃れられたと思っていた月は、いつの間にか再び厚い雲に覆われて見えなくなっていた。


あの友人は、今頃どうしているのだろう。彼と最後に会ったのはもう8年前だ。古い居酒屋で、昔と同じように顔を真っ赤にして酔いながら、彼は泣いていた。勤めていた会社が倒産したと言っていた。僕は何とも思わなかった。口では慰めながらも、心のどこかで単なる他人事のように思えてしまう自分がいた。


飲酒をしたとき、学校をさぼった時、誰よりも僕を厳しく叱っていた父は3年前に他界した。父の死を受け入れるまでに、そう時間はかからなかった。自分でも不思議なほどすぐに、父は僕の中で過去の人となってしまった。


8年前のあの日に戻って、彼と一緒に泣きたい。戻れないのならそれでいい。今、この場所で一人声を上げて泣きたい。でも涙は出てこない。今の僕には彼のように泣く理由は何もない。ただ、一種の物悲しさがあるだけだ。


ラジオから最近の流行りの曲が流れ始めた時、車の助手席に置いてあるバックの中で携帯電話が鳴った。妻からの電話だろう。仕事の帰りが遅い僕を心配しているのかもしれない。あるいは単に、夕飯がいるのかいらないのかを聞きたかっただけなのかもしれない。高速道路を降りたらどこかで車を停めて電話を返そう。


電話の着信音が消えた時、遠くの標識に次のインターチェンジの案内が見えた。僕を取り巻くこの闇と孤独は、ようやく終わりを告げるようだ。

僕はそっと息を吐いてハンドルを握りなおした。


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