とりかえ魂
皆々様においては、これはひどくおかしな話になりましょう。
それはとても奇妙な光景だった。石畳の上で女子高生が青い顔をして滝のような汗を流しながら正座をしている。そんな彼女の目の前には、地獄の閻魔でさえも素足で逃げ出しそうなほどの形相で腕を組む一人の青年の姿。彼から放たれる絶対零度の空気を浴びながら、女子高生は何を感じ取ったのか慌てた雰囲気で身振り手振りをしながら「あわあわ」と意味不明の言葉を吐いた。どうやら彼女、かなり混乱をしているようである。
青年はそんな彼女を視野に入れながら、気色の悪いモノを見るかのような怪訝そうな眼差しで彼女を見つめた。青年が口を開く。
「言い訳なんてどうでも良いから。さっさとこの気持ち悪い状態、どうにかしてくんない?」
飛び出たのは、どうも青年とは思えない口調。しかしドスの効いた良い声であった。そんな彼は言い終わると同時に小さく身震いをし、両腕を擦った。
女子高生は彼の行動を静かに見つめ、モゴモゴと口を動かし、目を彷徨わせ、そして最終的に彼女が行った行動は彼の目の前でガバリッと地面に覆いかぶさったのであった。
…………所謂、土下座である。
「も、申し訳ございません! ぼ、僕の至らないばっかりに!!」
「言い訳はいらないって言ったでしょう! 脳みそ入ってんのアンタ!!!」
女子高生の泣き言が上がると、青年が苛立った言葉を吐きつけ、大いに怒鳴り声を上げた。苛立ちが治まらないのか、青年は長い黒髪をガシガシと掻きむしった。
しかしやはり違和感のある光景である。何故、女子高生は彼に正座をし、青年は怒鳴り散らしているのであろうか。
――その答えは案外すぐに出た、
「御託はどうでも良いから、早く私の身体返しなさいよ!!」
青年の言葉によって……。
実はこの二人、互いの中身と身体が入れ替わってしまったのである。つまり、泣き崩れて謝罪をしている女子高生の身体は本来、青年の中に入っている人物。そして憤慨して今にも泣きべそ女子高生を殴らんばかりの勢いを醸し出している彼は、なんと女子高生に入っていた人物なのである。
……なんだか傍目から見て、口を開けば違和感しか無いが、口調を直せば中身的に違和感のない二人。不思議で、奇妙な二人。
何故、この二人がそんな不可思議な状態になってしまったのか? それについて説明をするとなると、少しばかり時間を遡ることとなる。
――では、まず先に彼女について説明をしようと思う。
彼女は見ての通り女子高生で都内在住…………では無くとも、いま彼女がいる場所よりかは遥かに交通の便が発達している市内の娘であった。けれど彼女は、まるで陸の孤島かのような不便な此処『金藤』という不便な田舎に来ていた。そんな金藤はなんと彼女が幼いころに住んでいた云わば故郷、彼女は学校や家に嫌気がさし半ば家出同然とばかりに身一つで故郷へとやって来た。変わっていく市内の風景を見続けていた彼女にとって、変わらずあるその姿形に懐かしさを感じながら、彼女はとある場所を目指した。……それは山の中、誰も手入れをしていない為に、道と呼べる道は無く、むしろ獣道のようになっているその場所を短いスカートで黙々と歩きながら、彼女は一つの廃神社に辿り着いた。狛犬の代わりに狐が出迎えるその神社は酷く閑散とし、そして何よりボロボロであった。不気味を通り越して、もはや言葉が出てこないほどの荒れ姿に、彼女は時の流れを無情だと感じた。
彼女は少しばかり境内を見つめ思い出を振り返りながら歩く中で、彼女が本堂へと足を向けたその時である。
空から一匹の狐が不思議な奇声を上げて落ちてきたのは――、そしてその狐の声を聞きつけた彼女が見上げた時、狐の頭と彼女の頭がゴチンッという良い音を上げて落ちてきたのである。
「痛った!!?」
彼女がそう叫びをあげたその時、彼女の目が、顔が、丸くなり固くなった。そして、自分に対して違和感を抱いた時、彼女は自分に起きた状況に驚愕したのだ。見下ろせば、そこには倒れる自分の姿。彼女は気が遠くなりそうな自分を何とか踏みとどまらせ、目の前の自分を起こしにかかろうと取り掛かった。
――さて、では今度は青年の番である。まあ、簡単に言えば落ちてきた狐とは、青年の事なのである。しかし、どうして彼が落ちてくることになったのか、皆は当然想像もつかないだろう。それについて簡単に説明しよう。
なんと青年は彼女が訪れた廃神社に祀られていた狐神の子孫であった。人が寄り付かなくなろうとも、狐神たちの代は脈々と受け継がれ、青年はその次代を継ぐ若神だった。
「そんじゃ、我が息子よ! 達者で暮らせ!! んでもって嫁さん探してこい!!!」
先代の父に豪い言葉で見送られた青年は、雲と雲を乗り移りながら自分の住まう神社へと目指した。しかし、そこで問題が起きたのである。彼の移動の際、着地しようとしていた雲がなんとタイミング悪く崩れてしまったのである。足場を無くした青年は、突然の事に慌て思わず人の姿を解いてしまった。本来の姿に戻ってしまった彼は、徐々に見えてくる地上に絶叫を上げながら涙を溜め、目を瞑った。
青年は落下するときに、栗色の何かを見たのだが、自分の死を半ば受け入れていたために、もう一度目を開けることは無かった。
そして彼の頭は彼女の頭の上に見事着地………………もとい、落下してくるのである。しかしそもそも彼は神であるため、落下程度では死ぬことは無いのだが、本人は半人前である為にその事を知らないのであった。
そうして気絶してしまった彼が、彼女にたたき起こされるのだが、彼もまた自分に置かれてある状況を見つめ驚愕したのであった。
…………さて、そんなこんなで二人は頭の強打により、魂の入れ替わりが起きてしまったのである。
そして原因のほとんどが、全て青年にあり、彼女はその謝罪と共に問題解決を目指して進言していた。しかし、悲しいことに彼の口から出たのは無情なものであった。
「も、申し訳ございません。僕にもどうすれば良いのか……」
「はあ?! アンタ神様でしょう!?」
彼の言葉に、彼女の怒声が吐き出される。その迫力に呑まれてしまい、彼の肩が縮こまる。
「か、神様といってもまだ、半人前でした……」
「じゃあなに? 半人前抜け出せば、治るの?」
「た、多分…………?」
歯切れの悪い言葉に、彼女の眉がピクリと動く。目元も鋭くなる中で、それが解決策だと思った彼女。ちなみにもう一度、頭をぶつければ治るのではないかと思った人もいるであろう。結論から云おう、治らなかった。
そして彼女は抱え込みたいほどに重くなる頭を右手で支えながら、彼女は大きく肩を落とした。
「仕方がない。じゃあ、さっさと半人前から抜け出すわよ」
「へ?!」
「なによ、へ?! って?」
彼の反応に彼女の機嫌が悪くなる。鷹のような鋭い眼光が、女子高生となった彼に降り注がれる。彼は彼女の眼差しを一身に浴びながら言いずらそうにモゴモゴと口を動かしながらも、声を上げて口にした。
「だ、だって、僕たちは今、入れ替わっていて……それって!」
「なによ」
「貴女が僕の代わりに神になるってことですよ!?」
青年の叫びに、彼女の目がキョトンと丸くなる。そしてパシパシと瞬きを二度ほど繰り返すと、彼女は静かに「ああ、そっか」という何とも軽い口調で小さく頷いた。そして顎に指をあて「ふぅ~ん」などと声を上げ、周囲を見回した。彼女は笑う。何を思ったのか、薄く微笑むようにその場で笑みを零す。
そうして、一人うんうんと頷く中で、彼女は涙を浮かべる彼に言い放った。
「良いわよ、アンタの代わりに神様になっても」
あっけらかんとそう答えた彼女。その顔はまさに「面白そうだから」と書かれてあった。涙を浮かべていた彼は目を丸くし、口を開ける。なんとも間抜けな表情を彼女に見せつける中で、彼は驚愕の声を上げた。
「えぇ~!!!!?」
彼の叫びが境内に広がり、驚いて眠っていた野良猫が慌てて起き出すほどの大音量。下手をすると、木々に止まっていた鴉でさえも飛び出すほどの声量。そんな彼の叫びにも、彼女は気にも留める事無く笑顔であった。
狐神は、人間のそれも女の身体に入ってしまった。
人間は、神様のそれも狐の身体に入ってしまった。
そんな二人が本来の身体に戻る為に、神様へとなる物語。
不安に感じる青年、しかしご安心を皆さま、彼女は口調こそは荒々しいが、根は優しい凄い女性なのだ。
しかしそれを語るのは、どうやらまだまだ先のお話のようである。
それでは、またいつか………………、彼女が立派に神様になった時にお話しいたしましょう。