Secret and Hope
Secret and Hope
人と私たちの時間は違うけれど、願わくば……
「ビオル」
「おやぁ、木涙さん。どうしたのぉ?」
掛けられた声にビオルは、焼き上がったばかりのパンがいっぱいに詰まったバスケットを抱えて振り返った。
声を掛けてきたのは、同じ四精霊の長の一人、土を司る木涙だ。
「少し、話しがしたいのだけれど」
波打つ栗色の長い髪、深い森のような緑の瞳。北域の神話で謳われる女神のような薄い衣を身に纏っている。
そんな彼女の辺りを見回して、他に誰かが居ないのを確認する動作に、ビオルは小首を傾げた。
「……良いよん。場所移すぅ?」
「ええ」
いつもなら周囲など気にしない者が気にするのだから、恐らく聞かれたくないのだろうと。
ビオルと木涙は静かにリト達の家付近から遠ざかった。
「それでぇ? リトさんや樹宝さんにぃ聞かれたくない話しって何かなぁん?」
樹宝は微妙だが、確実にリトは来ないだろう森深く。
ビオルは小首を傾げて問い掛けた。
「ビオル、良いの?」
唐突なその言葉に、流石にビオルも意図を汲みかねる。
「うん?」
「リトは良い子」
「うん」
「樹宝は、幸せもの」
「うん」
「いいの?」
いや、だから何が。そうとしか返せない質問だ。
「えっとぉ、確認の為に聞くけどぉん」
「?」
無いとは思うが、一応聞いてみる。
「私がリトさんにぃ、恋情があるとは思ってないよねん?」
その言葉に、木涙は不思議そうに眉をひそめた。
「あるの?」
「ないよぉん。後見人としてぇ、大切に思ってはいるけどねぇ」
とりあえず誤解はないのを確認した所で、ビオルは溜め息と共に言葉を返した。
「それなら、答えは簡単。是だよん」
「ハザマが生まれる事になっても?」
何度も聴いた言葉だけに、苦笑も浮かぶ。
「くふ。ねぇ、それの何が問題なのぉ?」
「……」
「私は、樹宝さんとリトさんに幸せになってほしい」
木涙や樹宝が気にしてくれているのも、それが気遣いだというのも、わかっているけれど。
「樹宝さんに……大陸の心に、人を知って欲しいと、思っているんだよぉ」
それさえ叶うなら、そんな気遣いは無用なのに。
「人と、私達の時間は、同一ではないわ」
当たり前の事を、確かめるように木涙は言う。
「だからこそ、重ねる時を大切にして欲しいと思わないぃ?」
「大切だからこそ、失った時、悲しみは絶望に変わる」
「変わらないよん」
「何故」
「絶望しそうになる度に、思い出すから」
消えない思い出が、絶望を許さない。
それは、ある意味で絶望よりも苦しいかもしれないけれど。
「死ぬよりぃ、よっぽど苦しいかもねん」
苦しくて、苦しくて、消えてしまいたくなるかも知れない。
「だけどぉ」
だからこそ。
「絶望よりも、なお強く」
虚無よりもなお鮮烈に、抗いがたく。
「想いは消えない光になる」
それは、残酷で。それは、何よりも辛くて。
けれど、愛しい記憶。
「……どんな形であれ、壊れないものはないよん。終わりのない時間もないしぃ、いつかは精霊すらも消えていく」
「……」
「先か後か。それだけかなぁ」
精霊は不死ではない。ただ、終わりが来るのが人間より遅いことが多いだけ。
「だったらぁん、路の別たれるその前にぃ、沢山の灯を作って、大切にする方が良くないかねぇ?」
そう。遅いというのすら、絶対ではない。
ならば、きっと精霊も人間も、大きな意味では大差ないのだろう。
大差ないから、人間に起こりうる事は、精霊にも起こらないとは言い切れない。
全ては表裏一体なのだから。
「灯りのある限り、大陸の心は狂わない」
そう。長い永い旅路を照らす灯りがあれば。
灯りが、あったなら。
たった一つでも。
「私はぁ、信じているよん」
「……それが正しいかどうか。私には判断できない」
木涙は静かに視線を反らして呟く。
「けれど、それならば、『私』は信じる。リトと樹宝、そして風の長、あなたを」
ビオルは木涙のその言葉に、少しだけ苦く笑った。
「あは。最後のはぁ、どうかなん。さ、戻ろうかねぇ、お昼御飯に呼ばれているしぃ」
「ええ」
今度こそ、灯りをその手にしてくれる事を、願っている。
終