プロローグ
人口や兵力は適当なので、どう考えても矛盾が出ると思われます
思いついた限りに書いたので、何処かで深夜テンションが現れるかと
あとあんまり小説に触れた事無いので、他作品と被るところありましたらご指摘下さい
更新は多分しない
大陸の北部に位置するテュルキス王国の、東側の端。
広大な平原ばかりが広がる大地の中央に、人口百人程度の大きな村はある。
二年前の合戦の名残か、草原の所々は歪に抉れ、大地の窪みには見慣れない真紅の花々が咲き誇っていた。
魔術国家グラナートの爆撃魔術は、その痕跡として鮮血の様な紅い花を咲かせる。
刃を用いても除去する事が出来ず、触れるだけで皮膚が焼け爛れる炎の花。
数百年も前から続く関係悪化が原因となり、テュルキスとグラナートとの国境近くに存在するこの村は、小競り合いの度に戦火の火種を浴びてきた。
――しかし、それももう終わる。
理由は唯一つ。
テュルキス側から申し出た和平交渉の場に、他でもないこのツィーゲの村が選ばれたからだ。
その理由は明白だが、万一を考えたグラナートは自分達の魔力源となり得る真紅の花が咲き誇った村を舞台に指定し、テュルキスもそれを受け入れた。
つまりは、山羊の村として少しだけ名の知れているこの村に、両国の王族が数百人の兵士を連れて向かっている――これを知らされた村長は急いで村人達に歓迎の準備を手伝うよう要請し、総出で兵士達に振舞う御馳走の準備に奔走していた。
「・・・・・・ほんと皆、何でここまではしゃぐかなぁ」
少年の名はヨルク。
肩まで伸ばし切り揃えられた濃いグレーの毛髪に、程好くしなやかな中性的な容姿。
彼を生み亡くなった母親譲りの童顔は、髪さえ前に垂らせば誰でさえ少女と見紛える程に美しかった。
事実、剣を教える見返りに兵士に同衾を迫られた事さえあるし、純白と形容されるべきその柔肌には村の女の誰もが嫉妬の感情を抱いている。
耐久性を損なわない程度に刺繍を編みこんだ灰色の服を着込んだ彼は、巨大な木の杭の上を渡っていた。
グラナートの爆撃魔術から村を守る城壁代わりに作り上げられ、結局戦火が及ぶ事無く役割を終えた長い長い塀。
数メートルは間隔が空いた杭を軽やかに飛び移り、また次に向かって跳躍する。
単純なジャンプに飽きた頃には後ろ向きに。
後ろ向きに飽きた頃には宙返りに。
それにも飽きれば片腕で跳んだ。
何時もは誰かに怒られてやめさせられる曲芸を疲れ切るまで堪能した事に満足したのか、不意に跳躍を止め、村の東側にある平原を見渡した。
「・・・・・・」
咲き誇った花々が、徐々に鮮やかさを増していく。
何時しかルビーを思わせる輝きを放ち、更には大量の魔力を放出しているのだから、錯覚ではない。
――頭が痛い。
「・・・・・・ああ、二年前、以来だ」
隣国であるテュルキスにまで轟く程の美貌と智慧、そして魔術の才能。
二年前の戦の時は十四歳だったのだから――今は、十六かそれくらいだろう。
通った高い鼻とすらりとした輪郭、桜の様な薄い唇。
そして、大粒の宝石も砂利に見せるほどの、輝かしい真紅の瞳。
剣士として二年前の小競り合いに参加していたヨルクは、その噂が嘘でない事を知っている。
合戦の最中、敵国の姫君が領地の遊覧でこの合戦地を訪れていると聞き、斬り合いに荒んでいた心は狂喜乱舞した。
遠方から放射状に飛来する爆撃を避け、魔術の雨の中を疾走し、詠唱を呟く魔術師の喉笛を刃で斬り裂く。
一瞬生じた魔術の空白を見計らって自前の望遠鏡を覗き、何とかその美貌を瞳に映す事に成功した。
評判通り・・・・・・いや、伝聞では伝わり様の無い妖しげな色気。
敵国の姫君である事を嘆くしかない程の美貌に数秒見惚れて――不意に目が合った。
マジックアイテムが無ければ視認する事も出来ない様な距離から微笑み掛けられた事に目を疑い、目を擦り、頬を抓り、双眼鏡をまた覗いた瞬間――足元に魔術が炸裂した。
咄嗟に反応して飛び退いていなければ、腰から下が消し飛び、未来永劫平原に赤い花の咲き乱れた死体を晒していた事だろう。
無音の詠唱、精密な発動、存在しないタイムラグ。
魔術による直接的な負傷こそ無かったが、爆発によって吹き飛んだ鋭利な小石が側頭部を擦った。
斜めに駆ける、浅い傷。
巻いた包帯で隠してはいるが、そこにも花は咲いていた。
傷の痛みはその瞬間がピークだったが、日によって痛みはまちまち。
「・・・・・・ッ」
そして、今日。
側頭部に咲いた赤い傷口は、平原に咲き誇る花と同じく、紅い魔力を発している。
ジク、ジク、ジク。
水瓶を使えば浸した水に広がり、小川に顔を浸せば下流中に花が咲く。
かの姫君は、数年前の些事を記憶の隅に留めているだろうか。
どちらにせよ、側頭部の花は除去して貰わねばならない。
「――?」
視界の奥から轟いた咆哮に空を見上げれば、真紅が天空を裂いて飛来していた。
――小競り合いは、小競り合いでしか無いのだ。
グラナートより飛来する紅の行列を一瞥し、ヨルクは頭に巻いた包帯に手をやった。
周辺含め、この大陸に存在する七つの国は、十四の国々が形を変えた姿である。
北部のテュルキス、東部のグラナート、西部のスマラクト、中央のアハート、百数十キロメートル離れた巨大な島に、コラレとアメティスト。
そして、南部のディアマント。
国土の大部分を雪が覆うテュルキスとも、魔術国家として高度な文明が発達したグラナートとも違う。
ディアマントに住んでいるのはその殆どが亜人であり、文明など何も持っていなかった。
巨人、吸血鬼、狼人、鬼。
亜人が一人居れば人間を十人殺せる。
亜人が十人居れば竜を一体殺せる。
他の六国も決して一枚岩ではないが、ディアマントはまさに混沌。
法は存在せず、ただ暴力だけが支配する国。
そして、テュルキスとグラナートの和平交渉の理由はまさにディアマントにある。
穏健――いや、慎重派として亜人九十万を従えていた狼男ブラオが、吸血鬼の配下と下ったのだ。
吸血姫アートルム。
直属の配下のみを数えたとしてもその数は五十万に届き、既に神の一端に届く力を持つとさえ噂される現世最強の幻想。
彼女が合計二百万の軍勢を傘下に入れたと共に、亜人達は隣国への侵攻を開始した。
そして、不幸な事に隣接していたアハートの国土は、その二割が亜人達に蹂躙されていた。
「フランチェスカ様。間も無くエリアス王が到着されます」
「そうか」
持ち込ませた大きな玉座に座り、絢爛豪華な衣装に身を包んだ少女が不機嫌そうに返答を述べた。
十代中頃を迎えたばかりの少女の容姿は、絶世の美女と讃えてもまだ足りない程に洗練されている。
黄金の毛髪と真紅の瞳は、平民ならばひれ伏して視界に映す事を懇願するべき宝物。
――事実、謁見を許可された一部の気に入りを除き、許可無しに美貌を目にした者には相応の罰を与えていた。
斬首刑、拷問、皮剥ぎ。
苛烈にして残虐なグラナートの姫君。
王位継承権第三位――フランチェスカ・グラナートは、魔道具たる大粒のガーネットのステッキを弄び、王が到着するまでの時間を潰していた。
彼女の不機嫌の理由は、一重に時間の浪費にある。
本来ならば和平交渉の申し出を受けた時点で最もこの土地に近い場所に居た姉の仕事だというのに、とうの彼女は仕事の名が出た瞬間、王宮に引き篭もってしまった。
そもそも、外交の道具にするために定期的に襲撃していただけの下らない辺境の村に喜んで立ち寄る王族など――ああ、妹が居たか。
遊学という名目で大陸中を連れ歩いていたあの頃が懐かしい。
人を殺す事を最後の最後まで許そうとしなかったから、アメティストでは罪人の子を見逃してやった事もあった。
合戦の最中、不敬を働いた敵兵を殺す覚悟すら持っていなかった。
「――シル、ヴィア」
私を慕っていた妹は、どうしているだろうか?
私を慕っていた妹は、どんな事を考えているのだろうか?
私を慕っていた妹は、どれだけ美しくなっているのだろうか?
私を慕っていた妹は、何処に居るのだろうか――
フランチェスカの殺意を感じ取って気配を潜めていた侍女達の一人が、恐る恐る口を開く。
「エリアス王が到着されました」
「通せ」
ステッキを侍女に放り投げ、ピクリ、と口内の舌を動かす。
たったそれだけの微かな詠唱で、持ち込まれた豪勢な食事の食べ残しが一斉に炎に包まれ、煙すら残さずにこの世界から消え失せた。
グラナートの姫ともなれば、この程度の中位魔術の行使に音を必要とする筈も無い。
テーブルの上の食器の上に真紅の花が咲いてから数秒後、十数人の護衛を連れたテュルキスの王が、集会所の門を開いた。
「・・・・・・やっと着いたか、テュルキスの」
半世紀を生きるテュルキスの君臨者はm王座に腰掛けた少女の姿を視界に入れ、やっと身体中に流れる冷や汗に気付いた。
確かに彼女の美貌と気品、そして威厳は殺人的ではあったが、同じ程度の女はテュルキスの貴族にも見た事がある。
――ならば――この冷や汗は――何だ?
答えは、この空間に満ちた魔力の奔流。
テュルキスの魔術師数千人を集めても再現する事の出来ない、可視化出来る純粋な魔力の流れ。
「う――ぐぐ、ぅ」
小娘一人への返答もままならず、歯を食いしばり苦悶を耐え、護衛の兵士の助力を得て小さな椅子に着座する。
対面に置かれた玉座に比べれば数百段は格の劣る出来の悪い椅子に座り、一国の王は漸く少女と対面した。
――無論、対等では無い。
こちらの狼は三メートル級が二百、五メートル級のが五十。
対してあちらの竜は四百。
兵士五百人と同等の価値を持つ真紅の竜が天空を赤く塗り潰す光景は、見た者全てが同様に魂に刻み付けるだろう。
一騎あればこの村など簡単に焼き尽くせる災害が、四百。
常に南のディアマントに竜騎士を派遣し続けているというのに、まだ是ほどの余裕があるなどと、テュルキスの誰が予想したのか。
「まぁ楽にしろよ。テュルキス・・・・・・世間話でも始めるか?」
「ふん、戯言を。和平交渉が出るのを待ち侘びていただろうに――何が望みだ」
ディアマントの侵攻がテュルキス、グラナートのどちらにとってより痛手だったか。
答えはテュルキスだ。
竜と魔術は亜人に優位に立ちまわれる上、グラナートの領域は国土中に咲いた鮮血の花によって護られている。
しかし、テュルキスは違う。
魔術はグラナートに比べ進んでおらず、飛行亜人に制空権を取られれば劣勢を強いられる。
中央のアハートはグラナートとの共同戦線を張ってはいたが、アハートへの侵略を食い止める義務はグラナートには無い。
アハートに陥落されたくないテュルキスならば、多少の不利益を被ってでも敵国への助力を求めるだろうと、グラナートは数年に渡って小競り合いを維持し続けていたのだ。
「話が早くて助かるな。土地は――ケイルの滝まで全部、狼は百あればいいさ」
「――ッ、それは、余りに・・・・・・!!」
「リィテ、兵士を黙らせろ」
「仰せのままに・・・・・・<沈黙>」
「――!?――!!」
フランチェスカの命を受け、侍女が行使した魔術がテュルキスの近衛の口を封じる。
ケイルの滝から国境までは約六百キロ、全部というからには、この細長く歪な形の国土を持つテュルキスといえど、その面積は五万キロ平方メートルにも及ぶ筈。
発せられた言葉に場の緊迫が高まる中、とうの姫君はテーブルに置いた脚の手入れを別の侍女に命じ、ただ無言に退屈そうに天井を見上げていた。
「兵の無礼を許せ。ただ、その声には私も同感だぞ。元はと言えば貴様等が始めた戦であろう?渡せたとしてもこの村まで、狼の子は四十だ」
「それを言えば、テュルキスの東部を治めていたのはグラナート出身の貴族。テュルキスに魔術を持ち込んだ大逆者の選定はこちらが権利を持つのだし、当然奴の財産はグラナートに帰属する」
「一体何年前の話をしておる。ファティマ元帥は既に逝去し、土地の権利は既に子息であるミルヴィナ家が引き継いだのだぞ」
「そのミルヴィナが問題なのだ。ファティマは遠縁といえどグラナートの貴族の血を引く――」
「――新兵、ですか」
渓谷に建築された石造りの要塞の上、曇り空の空に見下ろされながら、二人の男が言葉を交わす。
作りの良いローブに身を包んだ老人と、しかめた顔で言葉を返す三十過ぎの男。
身なりから前者は要職に就く人物で、後者は熟練の兵士である事が分かる。
老人の汚れの無い衣服とは対照的に、重厚なプレートアーマーや腰に携えた二本の剣には汚れが目立つ。
後方で政治や軍略を担う人物と、前線へ指揮や戦闘に借り出される人物との差か。
「先の戦での損耗は甚大な物であった。であるからして、二ヵ月後の行軍に同行させるべく十二名の新兵を新たに加える事にする」
「・・・・・・彼等は、もう此処に?」
「うむ」
予想されるコラレの兵力百六十万に対し、こちら――アメティストは百二十万。
戦が起きる度に数百数千が死んでいくこの島において、常に兵は不足状態にある。
事実この砦からも死者は大勢出ているが、だからこそ大量の新兵の育成は難易度が高い。
十人に一人が相手に手傷を与えられれば御の字といった程度だと、そもそも人数には数えられない。
「今日で、私の受け持つ新兵は五十名を越えました。出来れば、都市から熟練兵を派遣して頂きたいのですが」
「この砦が都市で何と呼ばれているか知っているだろう?まともな人間ならば、まずこんな場所に来たいとは思わんよ」
投げやりな返答に苦々しい笑みを浮かべて、砦の兵長――マティアスは眼下の中庭を見下ろす。
目が合って急いで頭を下げた十数人を新兵だと断定し、二人揃って中庭への階段を降り、彼等へと近付いて行く。
ああ、また気合だけ入った馬鹿共なんだろうな――そんな憂いは、磨かれた鎧を着た新兵に混じった一人の少年を見た時に吹き飛んだ。
ガチャガチャ鎧を鳴らしながら整列する新兵達の中、何処から如何見ても浮いている少年を見つけて心の中でほくそ笑む。
「きょ、今日よりこの砦に配属されました、十二名です!」
緊張にどもりながら声を発した新兵の、二つ飛ばして右の新兵。
ここらじゃ珍しい艶のある黒い毛髪が良く目立っているが、マティアスが注目したのはそこではない。
「ああ、見れば分かる。分かるんだが――貴様。何だその武器」
「・・・・・・剣、ですが」
剣。
見れば分かる。
――だが、逸脱していた。
「抜け。見てやる」
「いや、これ、抜けなくて・・・・・・」
見得か、慢心か。
どちらにせよ、十六にもなった青年がやるには余りに幼稚で馬鹿な事。
(中庭に付いていた土の削れた跡は、あれを引き摺った痕跡だったか)
巨大。
柄から鞘の先までが、青年の背丈より数十センチも長い大剣。
それに、見た限り高価な物なのだろうが、間違い無く飾り物。
この事を問い詰めるならば、青年が途惑いの視線を送る先、自分の傍らに居る老人。
「オスカル様、これは一体どういう?」
「マティアス。世の中には知ってはならない事があってだな――」
「オスカル様」
「むぅ、分かった。訳を話そうではないか・・・・・・二年程前かの。倅が言うには蛮族出身らしいが、兵士を希望したので連れてきたのだ」
「な――蛮族ですか!?」
驚嘆の声を漏らしたのはマティアスではなく、新兵の一人だった。
自らの同胞に騎士道とは真反対の人間が居ると聞けば、当然の反応だろう。
――しかし、マティアスの意識はそこには無い。
「それは、一体何故?砦にその様な者を迎え入れる等、貴方が最も嫌悪していると思っていたのに」
「まぁ待て。こやつの剣技は腐らせるには惜しい程だし、理由あっての事なのだ」
「誰がやると思って・・・・・・まぁ、構いませんが――誰か、模擬戦用の剣を持って来い!!」
マティアスの声に、一番近くに居た二十台半ばの兵士が面倒そうに走り出し、何処からか四本の木製の剣を持ち帰る。
それぞれ新兵達に投げ渡させ、観戦を決め込もうと階段に座り込んだとき。
「待て、お前・・・・・・その剣で戦うつもりか?どう見ても重さに苦労してるらしいが」
「世話してから一日たりとも離す事は無かったのだ。今更捨てられるとこっちが悲しくなるわい」
馬鹿馬鹿しい理由を並べ立てる老人に適当な相槌を打って、もう何も考えずに気の抜けた号令を発する。
「うっし、始め」
「・・・・・・えー」
ハリボテの剣を持った少年が試合に相応しくない戸惑いの声を発した瞬間、彼の腰を狙い、木製の剣が振るわれた。
「――ぐ、ッ!」
剣を縦に構えて受け流しながら半歩分のバックステップを踏み、鳩尾に向かい突き出された剣の柄を足蹴りで打ち払う。
「一人目」
取りこぼされた剣を手に取ってすぐに身体を捩じらせ、二人目の上段切りを掠りながら避け、背中に回って軽く肩を斬り付けてやった。
「えッ!?」
「二人目。そら、あと一人」
敗者を淡々と数えるマティアスの声に動揺し、慎重に間合いを取る戦法に切り替えた三人目と四人目。
先の二人の失敗を踏まえてか中々斬り出さない新兵二人と、ぼーっと突っ立って隙を見る少年。
「・・・・・・クッ」
「・・・・・・」
「・・・・・・の?」
「・・・・・・ええ」
得意気な表情のオスカルに呆れつつも、内心マティアスは感心していた。
何処で学んだのか剣の基本は抑えているし、剣技は繊細だが大胆さも持っている。
軽快な体捌きを披露するからには鎧に隠された肉体も相応の筈だし、もしかすればこの砦でも中くらいには強いかもしれない。
――まぁ、木の剣を得て尚、左手に握られたあの大剣を捨てればの話だが。
誰もが瞬きもせずに彼の出方を伺って――その静寂を、男の声が打ち破る。
「へ、兵長ーー!!マティアス殿は何処におられますかー!?」
突然響いた大声は三人の戦意を殺ぐに足り、既に双方は声の出所を探して中庭を見渡している。
「あー、此処じゃ日常茶飯事だからな。これからは動じずに続けるように――中庭だ、ハラルド!!」
「なるほど・・・・・・そちらにおられましたか。王都より使いの鴉が」
「渡せ」
忙しそうにこちらに走り寄る背の低い男から一枚の手紙を受け取り、傍らのオスカルと共に中身を改める。
「この時期に伝書鴉とは・・・・・・どうせ、良くない事だろうな」
「同感じゃ」
少年が新兵達から視線を送られているのを視界に入れながら、仲良く二人で愚痴を吐く。
三羽の鴉が意味するのは、ヴァリス騎士団の紋様。
ヴァリス騎士団と言えば、コラレとアメティストの戦線の東側を担っている騎士団。
この砦は東側戦線の後方に建造されているのだから、文書の内容は読まずとも分かった様な物なのだ。
――兵士の催促。
開封して読み上げた文章には、まさにそれと同じ言葉が並べられていた。
来月までに、この砦から四百名の増援を要請するとの文言。
戦線から数えて四つ目の防衛ラインとして期待されるこの砦からの出兵となれば、よほど戦線を押し上げているのだろうか。
劣勢ならば砦を強化させるべきだし、各地からは続々と前線へと兵士が送られていると聞く。
「来月までに到着って事は・・・・・・一週間後には出発って事か?ふざけてる」
「ほう、四百と来たか。一度の合戦で死ぬ人数を思えば少ないが、この砦の八割となると大事よの」
蛮族上がりの少年の観察より重要だと判断したのか、新兵達が二人の会話に耳を澄ます中、マティアスは難しそうに俯いた。
この砦は都市に近いため比較的支援は得られやすい上、戦線までにはまだ三つの砦がある。
第一、第二砦は数千人が滞在出来ると聞くし、そこを拠点にすれば問題は無いか?
「何時も通り返信は不要と来たし、行軍の準備をするしか無いな。新兵は適当に誰か・・・・・・イヴァール!!」
「――げ」
階段を登って行くマティアスに急かされ、心底嫌そうにトボトボとこちらに歩み寄る兵士が一人。
二十代後半で、他と変わらぬ筋肉質な長身にプレートアーマーを装備した男。
兜は外しており、短く刈られた金髪が特徴的だった。
「北西の森に狼だぁ?」
「ああ。謁見目当てで献上品を探していた村の人間が見つけたんだってよ」
「あー、やっと休めると思ったのによ」
口々に悪態をつきながら、男達はぞろぞろと自らの共生者の上に跨る。
村の南東側で休んでいる竜の集団と離れた北西側で待機していたとはいえ、狼達の挙動に普段と比べ乱暴さを感じながら、十数人の狼騎士達は北西を目指し行軍を開始した。
戦火が及び様の無かった平原には赤い花は咲いておらず、狼達は足元の罠を気にする事無く悠々と森の方角へと進んでいく。
三メートル狼の巨大な足が大地を踏み締める中、暇を感じたのか、先頭から二番目の騎士がべらべらと話し始める。
「いやぁ、それにしてもよ。この村に美人なんて居ないと思ってたけどよぉー・・・・・・居たんだよ、それがよ」
「お前に言わせりゃ、猪だって美人さ」
「茶化すなよ・・・・・・それがよ、辺境らしい灰色の髪でよ、頭には包帯だって巻いてたんだよ!!」
男の演説を受け、先頭を行く狼に騎乗した兵士が、思い出したように疑問を呈する。
「・・・・・・その事だが。この村では少女が森に入って狩りを行うのか?」
「あー、言われて見ればそうだが・・・・・・この村の人間にとって、王との謁見の機会なんて二度と無い。単純に張り切っただけだろう」
「そうならいいがな」
「なんだ?グラナートの罠だとでも?」
「いや、いい。話を続けてろ」
言いながら、視界の奥に映った濃い色の森林が狼の住処だと結論付け、方角を微妙に修正する。
兵士達に狼の事を報せた少女の姿は、それは見事な顔立ちだったと認めよう。
都市の女と違って媚びが無く、しなやかで、力強い。
どんなに良い娼婦にすら興味を示さない堅物な騎士でさえ、その在り方にはたちまちの内に魅了されるだろう。
――だが、それ故に、誰も彼女を疑わない。
『た、多分、三メートルはありました・・・・・・』
狼の事を報せてすぐにその少女は消え、結局大した位置を聞く事すら出来ずにヴォルフ騎士団第六分隊は狼狩りへと出発する羽目になった。
何処と無く、彼女の態度は我々を森に誘っている様にも見えたのだ。
狼の目撃位置、大きさ、数。
こちらが投げ掛けた質問の全てが誘導されたものであり、何時しか誰もが彼女を疑うことを忘れきっていた。
狼騎士としての十五年の経験と直感が、悪意無き嘘だと叫んでいた。
(・・・・・・考え過ぎなど、有り得ん)
踏み入った森林は、日光が厚い木の葉により遮断された暗い森。
地面、木々、葉。
その全てに神経を捧げて進軍し――不意に、駆る狼達が背中の上の騎士達に目を投げる。
・・・・・・嘘では、無かった。
狼の巨大な瞳に闘争の色が浮かび、鋭利な牙をむき出しにして小さな唸り声を上げている。
騎士達全員が野良の存在を認識し、息を潜めた瞬間――森の奥から、人の悲鳴が響く。
「――ッ!!走れッ!!」
悲鳴の原因が狼であるか、そうでないか。
その思考を不要だと切り捨て、騎士達は自らが跨る狼達に疾走命令を出し、人の身を救う事に全霊を捧げる。
小川を越え、倒木を飛び越え、視界に入れたその現場。
「これは・・・・・・ッ!」
静寂に包まれた森林の中、その場所だけが凄惨だった。
転がった死体はどれも四肢の何処かが無くなっており、流れ出た鮮血が大地を汚している。
狼による被害だという事は、熟練の騎士でなくとも一目で分かった事だろう。
「狼か・・・・・・こいつらは一体、此処で何してたんだ?」
「さあな。村人は一人残らず確認したし、村の人間じゃない事は確かだが」
近くに狼が潜んでいる可能性も考えて、警戒を崩さず狼に騎乗したまま現場を見渡し、それぞれが見解を述べて行く。
「転がってるのは鎌に斧。木こりには見えねえけどな」
「毛はどれも黒。普通なら灰か白が混じる筈だが」
「黒狼か。早い内に駆除しなければ五メートルを超えるぞ」
成体でもせいぜい三メートルが頭打ちの白や灰とは違い、純粋な黒狼の成体は五メートルを軽く越える。
騎士団においても隊長クラスでなければ騎乗を許されないそれは、言って見れば騎士団全員の憧れでもあった。
ただ、成長すれば竜と渡り合う彼等は、大きい分良く食らう。
一日の食事で牛三頭かそれ以上の肉を食らう黒狼によって、騎士団は財政の圧迫と共に歴史を重ねて来た。
大食らいが成長すれば、やがて――
「――とにかく、捜すぞ」
「ああ」
「了解」
一時間前
ヨルクは一人、森を駆けていた。
広葉樹の葉によって遮られた日光が微かに大地を照らす中、前方五メートルの鹿から目を放さずに一人愚痴を吐く。
「・・・・・・弓でもッ、持ってくればッ、良かったかなァッ!!」
子供の頃から剣か弓しかやって来なかったのだし、腕前には多少の自負がある。
尤も、忘れた今になって言うのも時間の無駄なのだが。
「・・・・・・!」
低い位置にあった太い枝を足掛かりに跳躍し、鹿との距離を縮めようと疾走を続ける。
今では三メートルの虚空だけがヨルクと鹿とを隔絶し、強者の手から弱者を守り抜いていた。
――その弱者が強者の視界から消失したのは、僅か三秒後の出来事。
「ッ!?」
「――ッ!!」
瞬間、鹿は断末魔を上げる間も無くヨルクの視界から消え去った。
――先を、越された。
瞬きにも満たない時間ではあったが、鹿を咥えて走り去ったのは、恐らくは三メートル級の狼。
この大陸の伝統として、和平交渉が締結される度に、締結地の動物の肉が振舞われるという物がある。
そして、その肉を献上した人間に与えられる謁見の栄誉こそが、ヨルクが目当てにする物だった。
「ハァッ、ハァッ、・・・・・・くっ、そ」
競争率の低さが勝利の鍵だったのだが、獲物の鹿は今目の前で奪い去られた。
恐らくは王に引き連れられてこの地を訪れ、名誉を求める兵士の仕業だろう。
(いや、そうにしては、おかしい――)
酸素の足りない脳を稼動し、考えを巡らせる。
神聖な獲物を騎手無しに捕らえたとなっては騎士の名折れも甚だしいし、あの瞬間、確かに聴覚は太い骨が折れる音を捉えていた。
――野良か?
村から二キロメートルも離れていないこの森に、三メートル級が居るだなんて聞いた事も無い。
いや、だが、現実として狼が走り去った方向に点々と血が続いている。
(訓練した兵士が十人居ても、三メートル級には傷一つ付けられない――)
狼を討伐しようと思えば、同数の狼、あるいは大量の兵士の損耗が前提となる。
「帰って報告するか、狩りを続けるか・・・・・・どうする」
報告すれば今日中に王の軍に討伐されるだろうが、グラナートの姫との謁見は不可能になる――いや、もう少し考えてみる。
上手くやれば、肉の献上など比較にならないほど彼女の傍に寄れるかもしれない。
結論を出したヨルクは村の方角に進路を変え、駆け出した。
テュルキスの兵士達が狼と共に森の方角へ消えていったのを見送ってから、ヨルクは村の反対側、グラナートの兵士達が待機する草原へと向かっていた。
何せ友好条約の締結の場なのだし、彼等も竜を出動させない訳には行かない。
村民から聞いた話によると、会議は五分前から中断状態にあるらしいし、暇を持て余し、或いは力を誇示するため、姫君自ら狼狩りに赴く事まで考えられる。
「あのー、何方かー」
草原に着いて声を張り上げると、兵士の一人が面倒そうに立ち上がって此方に近寄ってくる。
魔力の感じられない丸腰の少年など警戒に値しないと判断したのか、驚くほど柔和に声を掛けた。
「どうした。竜にでも乗りたいか」
「――ああ、それもありますけど、狼の話は聞いていますか」
兜の中から響いた声に少しだけ意表を突かれた後、兵士の胸元に目を投げて合点が行った。
真紅に塗られたフルプレートから聞こえたのは、くぐもってはいたが若い乙女の声。
そして鎧の胸元には、ヨルクにはあまり馴染みの無い、二つのドーム型の突起があった。
「む、此方の耳には入っているぞ。既に竜騎士が上空から捜索している。すぐにでも犬の死体を届けるだろうさ――待て、お前、頭はどうした」
――タラリ
頬を一筋の血流が流れ落ちたのを感じて、反射的に服の袖を頬に当てる。
ジク、ジク、ジク。
ついに、止まっていた出血が始まったらしい。
瞬く間に衣服に花が咲いていくのを見て、手馴れた手つきでヨルクの頭に手を翳す。
「残滓か・・・・・・癒着してるし治療は諦めろ」
兵士がプレートアーマーを鳴らしながら懐を探り、取り出した革の袋をこちらに寄越してそう言った。
魔力を吸収する薬草を磨り潰した物らしく、これを塗っている内は花が広がる事も無いらしい。
「・・・・・・これ、癒着とかするんですか」
ジク、ジク、ジク。
「一年も経てば治療は不可能になる。グラナートの魔力に近付かない限りは痛みも無いだろうが・・・・・・平原の花に近付かん限り、痛みはしないだろう?」
想定外の言葉に胸を殴打されながら、兵士の言葉に記憶を探る。
「・・・・・・いえ、特に、そんな事は」
ジク、ジク、ジク、ジク、ジク、ジク、ジク。
あ、ああ、あああああ。
「妙だな・・・・・・おい、どうした」
痛みが、痛みが、痛みが。
ジク、ジク、ジク、ジク、ジク、ジク、ジク、ジク、ジク、ジク、ジク、ジク。
ジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジクジク。
花が呼応し、呼び、叫び、咲いていく。
流れ出した血液は顔中の皮膚を焼き、既に視界は消失している。
「治癒士を呼べッ!!花が咲いたぞ!!」
****助け******私**********グラ********ルム**********
「・・・・・・シル、ヴィア?」
眠気を堪えながら竜に騎乗していたフランチェスカは、微かな魔力の波動を感知する。
愛しき妹の魔力と声を、聞き違える筈が無い。
意識のまどろみを魔力の奔流で消し飛ばし、瞬時に高位魔術を編み上げて自らの座標を転移させる。
「・・・・・・うわぁっ!?」
一年間一緒に住んで居て、あの無口な少年が悲鳴を上げたのを聞いた事が無い。
小僧の無様な姿を見物しようと階段を降りて中庭に行ったオスカルが目にした物は、少年が肌身離さず持ち歩く大剣が真紅の光を放つ姿だった。
プロットで飽きていた小説の一話だけを急いで書いた物です
先程書いてすぐの投稿なので、何か矛盾とか誤字とかあれば指摘して下さい。