戦闘機と少女
「沖のカモメと飛行機乗りは、どこで死ぬやら果てぬやら♪ だんちょねー♪」
あたしの口ずさむ古い歌が、何もない空間に溶けていく。太陽の熱であぶられ、溶けたようになっている滑走路の端には、三機のレシプロ戦闘機が羽を休めている。ひどく立派な滑走路の端に、草臥れた戦闘機がたった三機だけ並んでいる様子はひどく不釣り合いで、滑走路の他には砂以外何もないこの地域の寂しさを加速させる。
あたしはそれが目に入るのが嫌で、代わりに管制塔の真っ白い屋根に目を向ける。
「今日の花嫁、明日には後家♪ だんちょねー♪」
この場所では何もかもが太陽に溶かされるみたいで、あたしが歌っているうたさえも、自分の耳にはかすかにしか聞こえない。上を脱いで腰のあたりで縛ってある飛行服のズボンには、まだここで昼寝を初めて二〇分しか経っていないのに早くも汗がたまりつつあり、少し気持ち悪い。
「あー、居た! またこんなところに寝そべって変なうた歌ってる!」
妙に明るい声が聞こえた。聞き覚えのある声のような気がするが、ここは管制塔の屋上であり、だから決して同じ小隊員のマユの声ではないはずであり、従ってあたしは昼寝を続行する。
「ちょっと! 無視しないでよ! クレハちゃん!」
わかったから、耳元で叫ばないでくれ、ユマ。
「あー、別に無視してる訳じゃないぞぉー」
また寝返りを打って、体をユマに向ける。
「してた! してたもん! 変なうた歌って、ユマのこと無視してました!」
相も変わらずうるさい奴だ。こんな環境でよく叫ぶ気になるもんだ。
「してないしてない。それに、これは変な歌じゃないぞ。その昔、第二次世界大戦のころ日本ていう国で流行ってた歌でな。その国では飛行機がバンバン落ちるから、そいつらの悲哀を謳ったうたで、つまりは今のあたしたちにお似合いのうたってわけだぁ」
「ほら、変なうたじゃん! 別にユマ、何にも悲しくないもん!」
「ふーん、そっか」
努めて明るい声で返事をしながら、あたしは立ち上がる。
「おめぇ、ふざけんなよ!」
立ち上がりざまにユマの飛行服の襟元をつかみ、管制塔の屋根に押し倒す。可愛らしい悲鳴をユマが挙げるが、今はそんなことは問題ではなかった。
「おまえなあ、今の状況わかってんのか?」
さっきのだまし討ちの為の声とは違い、今度は本心の――怒りの乗った低い声で言う。この程度のことで相手に突っかかるなんて我ながら情けないと思うが、どうしても抑えられなかった。
「あたしたちは、買われたんだぞ。金持ちどもの娯楽のために。この何もない砂だけの惑星で、大昔の戦闘機を使って死ぬまで殺しあわされる。ここから抜け出すには、どこぞの変態にカメラ越しに気に入られて、そいつに股開いて腹の下で媚売るしかない。それが、不幸じゃない?」
「そうだよ! 少なくと、私にとっては、前よりもずっといいよ」
意外と芯のある目で、ユマもこちらを見返してくる。ここに送られてそろそろ一か月。こいつは、こんな目をする奴だっただろうか。
すっかり興が覚めたあたしは、おとなしくユマを開放する。
「終わりましたか?」
声のする方を見ると、屋上に続くはしごのところから、ルガーの呆れかえった目が覗いている。
「ハイハイ。終わりましたよ」
ルガーに関わるといちいち小言を言われる。それが嫌で、あたしはそちらに背中を向けて、また屋上に寝っ転がる。背後からは、大きなため息が聞こえる。
「またそうやってペシミスティックになって」
「なるなって言う方が無理だろ。ここの奴らの平均寿命知ってるか? 三か月だぞ、三か月?」
「まあ、いいですわ。そんなことより、レーダーに感あり。敵が来ますわよ?」
「早く言えよ!」
「言いましたわよ!」
呆れた様子のルガーには耳を貸さずに、あたしは素早く立ち上がると、飛行服を着こむ。ユマに手を貸して立ち上がらせてから、屋上から飛び降りて管制塔のベランダに着地し、外階段を駆け下りて、乗機に滑り込む。すでに機体に駆け寄ってエナーシャを回していた整備員に、
「始動!」
合図を送ってエンジンスイッチを入れると、一二五〇馬力のハ四一が身震いし、鍾馗に命が戻る。後ろからは、ユマの零戦三二型、ルガーの五式戦のエンジン音が聞こえてくる。
あたしは二、三回エンジンを強く吹かすと、ブレーキを解除して、大空に舞い上がった。
*
それは、総天然色の大パノラマだった。敵はアメリカ製の戦闘機が九機。二〇㎜、一二.七㎜、七㎜七の色とりどりの曳光弾が飛び交い、それが当たった飛行機はオレンジ色の炎と真っ黒い煙を上げて落ちていく。
「命の色」
急降下で敵を追いながら、あたしは呟く。そのすぐ後には、引き金と一体になった指が自然と動き、文字通りに敵の命を燃やしていた。機体を引き起こすと、血液が足に集まって目がくらむ。
今ので三機目。ユマとルガーが二機ずつで、敵の残りは二。しかし、残った敵は泡を食って逃げていく。こちらも機銃弾が心もとない。深追いすることも、ないだろう。
機体の風防を開けると、あたしは撤退の合図である信号弾を撃った。
*
それからもあたしたちは、幾度となく敵と戦った。三人で敵を殺しまくり、気づけば一年になった。そして一年になるころに、あたしたちは二人になった。別に、誰かが死んだわけじゃない。ユマが大金持ちに見初められて、ここから出て行っただけの話だ。何やかんや言いつつも、全員で祝ったのを覚えている。ここから出ていくほとんどの少女は、変態共に使いつぶされるらしいが、運のいいことに、ユマは違うらしい。本気で大切にしてくれる相手に、引き取られたようだ。
それからもう一年、あたしたちは二人で戦った。いつの間にかあたしたちは有名になり、あたしの鍾馗とルガーの五式は、激しい戦いの中で塗装もはげちょろになっていった。格納庫に眠ったままのユマの零戦だけが、明るい灰白色のままだった。
そして一年が経ったころ、あたしたちはまた三人になった。補充が送られてきたのだ。それも、ユマが。不信に思うあたしたちの前で輸送用のシャトルから降りてきたユマは、もうあたしたいの知っているユマではなかった。どういうわけか、一年かけて下種野郎にすっかり調教されたらしく、打たれた麻薬のせいで、他人を識別することすらできなくなっていた。あたしのことを下種野郎と勘違いしているのか、あたしの足に縋りつき必死に媚を売るその姿は、なぜだか滑稽で、どうすることもできず立ち尽くすルガーの姿は、意外と笑いを誘い、ユマの目の端にうっすら浮かんでいる涙は、ひどく悲し気だった。
それからあたしの愛機は、零戦になった。その飛行機は、放置されていた一年の間にすっかり痛み切っていて、外見は新しい癖に、中身はあたしの鍾馗以上にボロボロだった。
それでもあたしは、今日も零戦を駆って飛び続ける。そうすることが、この理不尽な世界に対して復讐する唯一の手段だと信じて。
ジャンルは、SFの中に適当な物がなかったので、とりあえず一番近い宇宙にさせてください。
い、一応どこぞの惑星でのお話しだし。
たまには、ちょっと虚しいお話が書きたかった。